005:地下水路の大掃除
2026/1/10:エーファのセリフを一部修正
翌朝、物資の補給をするというリンクス商隊の面々と一度別れ、ノアとエーファは何とかしてすぐに金を稼ぐ方法が無いかと、街の中心部へと向かっていた。
リンクス商隊から護衛の依頼を受けたとは言え、彼らの手持ちは依然心許ない。
時と場合によるので何とも言えないものの、余程信頼のある冒険者でもないと前金で依頼は受けられないのだ。
気前の良い隊長のお陰で宿代や食事代は今のところタダだが、さらに厚かましく先に金が欲しいとは頼めない。
「旅の必要品を揃える為にもまとまった金がすぐに欲しい」
彼らは宿を出る前に、自分たちの荷物を改めて整理していた。
バウム村で分けてもらった寝袋、麻紐や麻布、携帯食料など。元から持っていた鉄製の鍋、革の水筒に麻布製の小さな袋が幾つか。
その他大事な持ち物として、ガラス瓶入り幻月花が一輪、マリーから貰った押し花が一枚、風の魔導結晶が一個。
肝心の現金はと言えば、二人合わせて100テラという悲惨さだった。
「これじゃあパンが二個買えれば良い方だ」
「ごめんなさい。私が手持ちをほとんど、エストレアから脱出する際に使ってしまったから……」
勿論エーファを責められるはずもない。
ノアは元々自給自足の生活で、ほとんど金を持っていなかった。
そして、彼女が命からがら必死で、飲まず食わず森を歩いていたことは彼も知るところである。
「リンクスたちは仕事があるってどこかに行ったし、今日丸一日、俺たちはすることが無い。誰かから即金の依頼を受けられたらいいんだけどな」
石畳の続く表通りをゆっくりと歩きながら、二人はただ何となくで目指していた『花の街』ガーランドの中心部、噴水と綺麗な花々が特徴の広場に到着する。
この大きな街で、困っているからと見ず知らずの旅人を頼る者が、果たしているのだろうか。
市場は市場として別にあったはずだが、この広場でも肉串し、青果、花、怪しげな機械部品と、様々な露店があちこちに出店されている。
「あのゴーグル着けた爺さんだけ異質すぎるな」
「そうですね。近寄り難い雰囲気を感じます……」
「帝国から卸しためずらしいモンがたくさんあるぞい!」
目を付けられかけた二人は、さらに奥に続く中央通りへ足早に進む。
するとその時、彼らの前方から怒号が響いた。
「おい待て! 食い逃げ! 食い逃げだ!!」
中央通りをこちらへ向かって爆走する男が一人、叫んだのは、通り沿いの店から顔を出した飲食店の店主らしき中年男性だ。
店主のふくよかな身体は、明らかに走るのには適していない。
ノアは駆け出すと、振り返って後方の様子を確認している食い逃げ犯の前に立つ。
犯人が前方に顔を戻した瞬間、手で男の顎下を掴みながら、足をかけてその身体を地面に対し仰向けに倒す。
倒された際、石畳に後頭部を打ったらしい男は、痛みに悶えてうずくまっていた。
「がああ、痛ってぇ! これ頭割れてんじゃねぇか!?」
「安心しろ、血の一滴も出てない。だが医者には見てもらった方が良い。ついでに道徳心もちゃんとあるか見てもらえ」
受け身くらいとれよ、と彼は続けて零す。
「いやはや、助かったよ~! 兄ちゃん強いね」
息を切らしながらやってきた店主は、倒れたままの食い逃げ犯を一発引っ叩くと、ノアの手を取る。
握手しながらしきりに感謝を述べるが、妙なわざとらしさがあった。
次第に広場に野次馬が集まりだし、辺りが騒がしくなる。
ノアが食い逃げ犯を衛兵に引き渡すため立たせようとすると、人混みが割れて全身を鎧に包んだ大男が現れた。
「一体何の騒ぎだこれは」
くぐもった声には重厚感があり、その身なり、立ち振る舞いから歴戦の騎士であることが窺い知れる。
波打つ二本角の装飾が付いた兜には、似つかわしくない黄色と橙色の花で作られた花冠がちょこんと載せられていた。
領主様、コーネリアス様と周囲の人々が囃し立てる。
この街を治めるお貴族様のようだが、それにしては市民との距離が近く、従者も老齢の紳士一人しか連れていない。
人々の反応は、どちらかと言えば、劇場で大人気の役者や劇作家と相対した時のそれである。
「ガーランド卿、今しがた、わたしの店で食い逃げをはたらいた男をあの青年が捕らえてくれまして」
「ふむ、それは領主兼市長として私も礼を言わねばな。店主、損害は一時的に補償しよう。仔細はルイスに申せ」
「切に御礼申し上げます」
深々と頭を下げた店主と、ルイスという名の老紳士が会話を続けている。
鎧騎士が、食い逃げ犯を取り押さえているノアと、その横に立つエーファの方へ向き直る。
「もう手を放してもよい。この私を目の前にして、再び逃走するような愚か者ではないはずだ」
騒々しい足音が聞こえ、複数人の衛兵が人混みを掻き分けて来る。
促されるままノアは衛兵たちに男の身柄を引き渡した。
「改めて礼を言う。私はここらの土地の領主であり、この街の市長でもあるガーランド伯爵――コーネリアス・ガーランドだ。ややこしくてすまないが、家名と爵位号と街の名が同じなのだ」
「閣下、本来ならばお目通りも叶わぬような――」
貴族から先に名乗られ、すぐさま膝をつくエーファだったが、彼は笑いながら言葉を遮る。
「よい、街の皆の様子を見ただろう。堅苦しい挨拶などいらぬ。それに、この国では貴族としての地位や爵位など、パン屋や石工と同じ、ただの役職名だ」
「旅人のエーファと申します。お心遣い、誠に感謝いたします」
「同じく旅人のノア・ヴェルトだ。よろしく」
対極的な態度の二人に、低音の笑い声をさらに響かせ、領主はある話を持ちかける。
「君たちの力量を見込んで、ひとつ仕事を頼みたいがいいか?」
コーネリアスが言うところには、最近この街の地下水路に魔物が溢れ、整備士たちがろくに入っていくこともできない程らしい。
市民の安全が第一ではあるが、彼らが暮らす場所のすぐ下に魔物が蔓延っている事実は、領主として公表し難い。
だが討伐の為に大々的に衛兵を動員すれば、噂はあっという間に広まり、市民たちは不安を抱くだろう。
「この件は秘密裏に対処したいのだ。この街と何の関係も無い君たちに頼みたい」
「なら、なぜ他の冒険者や旅人に頼まない? ここは大きい街だ。他にいくらでもいるだろ」
「進んで地獄に入る者など居ない。あそこは慣れぬ人間にはちと、堪える場所だ」
ノアは顎に手をやる。少し考えた後、口を開いた。
「目ぼしい奴らには断られたのか」
「喜んで引き受けましょう。その代わり、それなりの報酬は約束して頂きたく存じます」
意外にも、エーファは率先して依頼を承諾する。
「きちんと仕事をしたら10万テラ払う。加えて、私の屋敷にも招待しよう」
「――10万!? 前払いで幾らかもらえないか? 壊れた魔導結晶の代わりを用意したい」
「ノア、それはちょっと厚かましいんじゃないでしょうか……」
「それは食い逃げ犯を捕まえてくれた礼に手配しよう。だが、地下水路の大掃除はこれからすぐだ。まさか魔導結晶が無いと戦えないと?」
兜に隠れ表情は微塵も窺えないが、何故だか鋭い眼光に睨まれたかのような気分に陥る。
ノアは左耳からイヤリングを外すと毅然と答える。
「勿論、そんなことはない」
◇
「上手くいけば、ちょうど魔物掃除を終えた頃には再加工が終わっているだろう」
石細工屋に謎の盗賊団の魔導銃から手に入れた風の魔導結晶を渡し、三人は通りを歩く。
エーファは当然の疑問を口にした。
「閣下、どうして従者も連れずにお一人で街を歩いているのです?」
「必要ないからだ。それに、今は君たちが共にいるではないか」
コーネリアスの案内で街の片隅にある、石造りの小さな階段の入り口に到着する。
古ぼけた木の扉は、所々腐食しているようにも見えるものの、鍵だけは三か所も付いていて厳重に封鎖されている。
――と思われたが、誰かが先に来て開けたのか、扉の鍵は既に開錠されていた。
「これは大丈夫なのですか? 既に開いているみたいですが」
「よい。この扉は第一の入り口にすぎない。それにどのみちすぐ鍵をかける」
先を歩く鎧の大男には、地下へと続く階段は些か狭すぎるようだ。
石壁と金属の鎧の擦れ合う音がこだまする。
螺旋状に伸びる階段を下りていくにつれ、徐々に悪臭が強くなってくる。
思わず込み上げる吐き気を抑えながら二人はコーネリアスの後に続く。
「お待ちしておりました。彼らが?」
「ああ。このまま私たち三人で入る」
階段を下りた先のやや広い空間に、金色の髪を短く揃えた、スタイルの良い女性が立っている。
真っ赤な宮廷服風の正装に身を包んだ彼女は、全身鎧の大男よりよっぽど高貴で領主らしく見えた。
「ちょっと待て。案内だけじゃなくてあんたも魔物討伐に参加するのか?」
思わずノアが問いかける。
その時、金髪の女性の背後に、彼女の背丈ほどの大剣が立てかけてあることに気付く。
コーネリアスは、軽々と大剣を担ぎ上げると言った。
「この街で、私が最も適役だからな」
女性がノアに一枚の紙を手渡す。
「住み着いている魔物の巣と、侵入元と思われる外部と繋がる穴の大まかな予測地点です。穴自体が本当にあるかは分かりませんが……必ずこの地図を失わないように」
「すごいな、これは。まるで迷宮じゃないか」
「迷ったら一生出られませんよ。卿が同行されるので、その心配はありませんが」
結局誰なのかいまいち分からず終いの女性に見送られながら、三人は鉄製の扉の先へ進む。
エーファは今にも吐きそうな蒼白の顔で一点を見つめている。
「開けたらすぐ大勢の魔物、ってわけでもないみたいだな」
辺りを見回し、ノアが呟く。
薄暗く悪臭と汚泥に包まれた石造りの通路。濁った水が流れる水路、等間隔に並ぶ鉄柵。
ふと後ろを振り返ると、エーファがうずくまっている。
彼は優しくその背中をさすった。
「君は何故平気なんだ?」
その様子を眺めていたコーネリアスが尋ねる。
巨大な大剣を肩に担ぎ、仁王立ちする鎧姿に、相変わらず見えない表情が不気味だ。
「腐乱臭漂う、死体の山の中で一晩明かしたこともある。ここと似たような場所で魔物退治した経験もあるしな。慣れてるんだ」
「……でも竜車で酔ってたじゃん」
荒い息遣いで目に涙を浮かべながらエーファが文句を垂れている。
「それとこれとは別だろ」
「本当に面白いな君たちは。一体どういう関係なんだ?」
「おえぇ」
微塵も敬語を使わないノアと、それより余程無礼な行為をはたらくエーファ、しかし鎧騎士はただくぐもった低い声で笑うだけだ。
「落ち着いたら行こうか。私は別に優しい人間という訳では無い。一度引き受けたなら、どんなに苦しくとも仕事はきちんとしたまえ」
三人はその後も、迷路のように入り組んだ地下水路を進む。
間もなく、彼らは魔物の巣に到着した。
数体の大鼠が警戒するように鳴き、こちらを見ている。
真横の石壁は齧られ、大きな穴が空いている。
「エーファ、いけるか?」
「はい。――《星の光》よ、灼き尽くせ!」
眩い閃光が彼女の杖から放たれる。
「待った、判断を間違えたかもしれない。嫌な予感がする!」
ノアが叫んだ瞬間、魔物を貫く光線と火花が一気に膨張し、爆発音が轟く。
彼は咄嗟に全員を魔力で包んだ。
何かに身体を強く押される感覚の後、後ろに吹き飛ぶ。
「エーファ! コーネリアス!」
「一体何が……? 閣下は無事ですか!?」
「命の危機を感じたのは久方振りだ!」
興奮冷めやらぬ、といった様子の声が通路を反響していく。
「このような、下水が流れる地下水路では火気厳禁だと伝え損ねておったわ」
爆風で通路の灯りに使われていた魔導具が破壊され、ほとんど周囲の見えない暗闇が広がる。
三人全員が、互いが何とか無事であることだけは理解できたものの、コーネリアス以外の二人は未だ混乱していた。
「人の排泄物を含む、下水や汚水、汚泥というものは特殊なガスを排出している。それが炎と反応し、周囲に漂う魔素が反応を増幅させ、大爆発が起こったのだ。君たちに伝えるのを失念していた私の落ち度だ」
一人だけ、やけに冷静に状況を把握し、説明している。
「いや、俺も以前に似たようなことを言われたのを忘れていた……。とにかく、誰も怪我はしてないな?」
「大丈夫ですけど、私が慣れない攻撃魔導なんて使ったからです。すみませんでした」
「怒りや恥、苦しみの感情を魔力に載せて放つ魔導を使う旅人。そして、魔導結晶も無しにあれほどの規模の爆発を抑えつつ、三人全員を庇う圧巻の魔力操作センスを持つ旅人。面白い、面白いぞ」
金属音の足音と共に、どちらも何の魔導かはよくわからんが、と呟く声が聞こえる。
「思ったより変なおっさんだ」
「こら、伯爵ですよ」
暗闇で役に立たない視界の代わりに、魔力探知でコーネリアスの後を追う。
ぼんやりとした光が、段々と近付く。
灯りが生き残っている丁字状の通路の真ん中で、鎧騎士が佇んでいた。
「君たちは、私の予想を遥かに超えた者たちのようだ。もっと君たちを間近で見たい! 引き続き魔物討伐を続けよう」
汚泥で変質した魔粘塊を、巨大な大剣で薙ぎ払っていく。
やはり、貴族と言うにはあまりにも荒々しく、力だけでなく技術も一級品だ。
「なんでそれほど戦える? 伯爵ともあろう貴族の動きじゃない」
「武勲を挙げ、今の爵位を得た。ただそれだけだ」
「そんなはずありません。ここ百年、伯爵の地位を賜れる程、それ程の功績を挙げられる大きな戦いは無かったはずです」
触れぬが吉。
無言の空気がそう告げていた。
「あ、でも、最上位級の魔物討伐に貢献したなら、あり得るかもしれませんね」
エーファは勝手に一人で納得している。
「そういうことにしておこう」
「嫌な言い方をするな。実際のところ、エーファの言う通りで合っている」
しかし、ノアは微塵もその言葉に納得していなかった。
「大鼠の大群だ。どうする?」
話を逸らすかのようにコーネリアスに問いかけられ、太刀を構えて駆け出す。
薄汚れた焦げ茶の塊が、前方で波打ち、ひとつの巨大生物のように蠢いている。
赤黒く光る眼の奥に、感情などあるのだろうか。
牙と爪を立てた獣が一斉に彼へと襲い掛かった。
「――どうするかって? 全部斬るだけだ」
流れる雲を思わせる動き。
揺蕩うように、舞い踊るように。鼠の大群の隙間を縫う。
一振り一振りが綿を掴むように丁寧だ。
「見事なものだ。君はとことん目を引く戦い方をするな」
「お褒めに預かり光栄だ」
金属音の拍手が鳴り止み、鎧騎士が問いかける。
「『慈悲の心を持ち、決して苦しませることなかれ』。その動き、東方の剣術か? 恰好からして学んでいるとは思っていた」
「あんたの言う言葉そのままは聞いたことないが、信念は違わないな。学んだことがあるのか?」
「私は無い。昔の戦友が語っていたのを思い出したのだ。私は、何を言っているんだと一笑に付したがな」
言葉とは裏腹に、彼は魔物の死骸を踏みつけるようなことはせず、エーファもその後に続く。
「君は何かを迷っているのか?」
目ざとく、鎧騎士はノアの表情を読み取る。
「正直なところ、ほんのつい最近まで魔物に対して慈悲の心なんて無かったさ。でも少し考えが変わった。動物を己の命の糧とする時に祈るように、魔物を殺す時にも、その命と真剣に向き合わなければ、ってな」
「殊勝な心掛けだが、所詮、魔物は魔物だろう」
「物事の道理の話だよ。命を奪って金稼ぐなら、それなりの責任と背負う覚悟が必要なんじゃないかってことさ」
ノアも別に高尚な生き方をしているつもりは無かった。
これからも、生きるために彼は魔物や動物を殺すだろう。
直接的に彼の家族を襲った魔物という存在に、恨みを抱えて生きていくだろう。
ただ、街の地下に潜む鼠の命も、背負っていくのだ。
「ああ、私が先程、魔導で貫いた大鼠の姿が浮かんできます」
後ろで静かにしていたエーファが目を閉じて嘆く。
「……何も一々心を痛めろって言ってるんじゃない。そもそも、害獣だからな?」
「害獣だったら相手を想う事無く命を奪っても良いんですか? それって何か矛盾してません?」
「面倒くさいな。物事に優先順位があるのもまた事実だろ。俺は魔物より、上で暮らしてる人たちの生活の方が大事だ」
頭上を指さし、ノアが先へと歩き出す。
「嘘つけ。お金でしょ」
聖女の頭と太刀の柄がぶつかる音と、くぐもった低い笑い声が暗い地下水路に響いた――。
評価、リアクション、感想等お待ちしてます。
仕事始まってしまいましたね……学校は、まだ休みなんでしょうか?
最近の長期休みについては何も分からず。
もっとペース上げて投稿したいんですけど、結局、年末年始でそんなに書き溜められていないのでこれからも遅々としたペースになりそうです。何卒お付き合いください。




