004:花の街
「あんたが泣いてるの、意味わからないからな」
目の前で鼻を啜っているリンクスに呆れつつ、ノアは泉から帰った後、寝ている間に用意してもらっていた寝袋を腰に挟む。
不用意に口を開けば舌を噛みそうな程の揺れが、彼を苦しめていた。
「結構酔うな……。少し眠りたいから、何かあったら起こしてくれ」
そう言うと、ノアはすぐに目を閉じ、寝息を立て始めた。
「酔うほど揺れがひどいのに、一瞬で寝られるのはなんなんだよ」
「すみません。やる時はやる人ですから、寝かせてあげてください」
「寝ること自体は良いんだよ。早いのに驚いてるだけさ」
リンクス商隊は、隊長・リンクス率いる三名の隊員と、二台の竜車で構成された小さな商隊だ。
通常、商隊は五台以上の竜車や馬車が連なっていることが多いものの、台数の少なさは決して彼らを評価する材料たりえなかった。
「オレたちは少数精鋭なんだ。常に会長直々に仕事を回されてる」
二体の鳥竜がそれぞれ一台ずつ荷車を引く。
積荷は双方に割り振り、一号車にリンクス、ノア、エーファが、二号車に残りの隊員三名が乗っていた。
「結構速度が速いですよね。彼ら、まだ若くて小柄に見えましたけど」
「そうさ。俺らの荷車を引いてるのがピピで、後ろがぺぺ。こいつらはまだまだ育ち盛りの若造よ。だが、とんでもなく優秀で賢い子たちだ」
「御者なしで正しい道を、この速度で安全に走る。よく考えなくたって物凄いですよね」
まるで褒められたことを理解しているかのように、前方からピーと鳴き声がする。続いて、後方からもペーと鳴く声が聞こえた。
魔物は人語を解さない。
彼らの前でその言葉を口にすれば、もしかすると頭に噛みつかれるかもしれない。
「あんたは何で鳥竜が駄獣や輓獣、乗物として使役されているかを知ってるか?」
「この世界で唯一、鳥竜が『人に懐く魔物』だからではないのですか?」
「正解だが、それだけじゃねぇ。こいつらはとにかく力強く、賢く、しかも燃費が良いのさ。速さだって馬と比べても遜色ないしな。魔力を使って、身体機能を強化していると言われてる」
バウム村を出てしばらくすると、一気に目の前が開け、辺り一面に平原が広がる。
遠くには、彼らの本日の休憩予定地である『花の街』ガーランドが見えていた。
「もう今日の目的地である国境の街・ガーランドは見えてるが、一度ピピとペペに水分補給させたい。オレたちも一息つこう」
リンクス商隊長の声掛けで、二台の竜車が街道と【黄昏の森】へ続く道の接続地点で止まる。
二号車からもぞろぞろと隊員が降り、エーファはノアを起こす。
皆、思い思いに伸びをしたり、景色を眺めたりしていた。
「そういや、出発でバタついて、ロクに隊員を紹介してなかったぜ」
「確かに。仕事を引き受けた以上、しっかり挨拶しないとな」
集合!
さほど大きくはない号令だったが、散っていた三人の隊員たちが一瞬で隊長の元へ集まる。
その中のただ一人だけ、小柄な少年だけが気怠そうにしていた。
「まず一人目、隊長補佐のギル。こいつは、口数は少ねぇが仕事はできる。力もこの隊じゃ一番だ」
坊主頭の体格の良い青年が礼儀正しく頭を下げる。
「二人目、隊員のチャーリー。常に明朗快活で社交的だが、そそっかしいところもある。ギルとは昔からの馴染みで見習いの時から一緒だ」
「ちわっす! よろしくっす。ギルとはずっとライバルなんすよ」
八重歯が特徴的な、明るい笑顔の青年が頭を下げる。やや長めの茶髪を後ろで一括りにしている。
彼が好敵手だと口にしても、ギルは一切目線を移さなかったが、その口元には笑みを浮かべていた。
「最後に、見習いのロビン。こいつぁ曲者だぜ……。孤児で路頭に迷っていたところをオレが拾ったが、いかんせん生意気でスレたガキでな」
「うるせぇおっさん。生意気でもオレはちゃんと仕事してる」
「ノアとエーファがいなきゃ、おっさん呼ばわりの代償にぶん殴ってるとこだが、今日だけは勘弁してやる」
ボサボサ頭で黒、というよりは藍色っぽい髪色をしている。
少年は横目でリンクスを睨みつけているが、その瞳の瞳孔はやけに縦長である。
「もしかして、ロビンは半獣人か?」
「ちっ、二分の一じゃねぇ。四分の一だけだ」
道理で、隊長にはある獣耳と尻尾が無いし、身体も毛で覆われているわけではない。
しかしロビンも猫人種ではあるようだ。獣人族の血を引く二人は、纏う雰囲気がどことなく似ている。
「仲良くしろとは言わねぇが、しばらくの間行動を共にするんだ。互いに助け合おうぜ」
「ああ。みんな、よろしく頼む」
「至らない所も多々あるとは思いますが、よろしくお願いします」
ノアが隊員たちに会釈し、エーファも頭を下げた。
休憩を終え、一行が再び竜車に乗り込もうとしたその時、妙な名乗りが聞こえる。
「弱きを助け、強きをくじく。おれ様は頭領のベル!」
「金は稼がず奪う。おいら参謀のトー!」
「地にはいつくばっても花より美しい。あたし紅一点のチカ!」
我らベルトーチカ盗賊団!!
このだだっ広い平原の一体どこに潜んでいたのか、謎の三人組は各々ポーズを決めて突然に現れる。
盗賊というにはあまりにも警戒に値しない存在のように見えた。
「ほっとけ、どうせ暖かくなるとよく出る変人の類だ」
興味の無さそうに告げると、リンクスはさっさと竜車に乗り込んでしまう。
続くように三人の隊員たちも二号車に乗り込む。
「……どーいうことだよ! トーのケッサク、迷彩外套は効果あったようにみえたぜ!?」
「やっぱり名乗りを上げてから盗む盗賊なんていないよ~」
「なんにも言わずにいきなりおそうのはヒキョウじゃねぇか!!」
何やら言い争いを始めた三人組に茫然としつつ、ノアは太刀に手をかけて問う。
「一応聞くが、この商隊を襲うつもりか? それなら俺があんたらを斬る」
「あたぼうよ! やらいでか!」
「何語……? 私が聞いたこともないなんて」
「共通語だこんちくしょうめ」
エーファに吐き捨てると、頭領は目線で合図する。
次の瞬間、参謀が背負っていた巨大な鞄から大型の銃を取り出し、竜車に向けた。
ノアが重心を下げ、深く一歩踏み込む。
抜刀の動きのまま柄で参謀の鳩尾を突くと、取り落とした銃を叩き斬った。
数多の部品が散らばり、中から手のひら大の魔導結晶が転がり出る。
「おあー!! おれ様たちのヒミツヘイキが!」
「ズラかりましょうアニキ。このままじゃ本当においらたち斬られちまう」
彼らは、逃げ足だけは一流の盗賊に匹敵するようで、瞬く間に散らばった部品を拾い上げると姿を消した。
「おい、いつまで待たせんだ! 早く乗れ」
竜車からリンクスが顔を出している。
ノアとエーファは急ぎ足で竜車に乗り込んだ。
ピピとペペが再び平原の中の街道を、『花の街』へ向けて進み始める。
荷車内では、ノアがどさくさ紛れに拾っていた魔導結晶を真ん中に置き、三人での話し合いが続いていた。
「魔導銃をぶっ壊したのは失策だったかもな。アホな盗賊が手に入れられる代物じゃねぇ」
「突然のことでつい、な……。大きさから見て竜車どころかあんたらの命も危なかった」
「私、初めて見たけどあれは一体何だったの?」
エーファが緑色に輝く石から目を離し、ノアの方を向く。
「魔導銃――つい最近、ヴェスタ帝国が完成させた魔導具の一種だ。鉄の銃弾の代わりに魔力を発射する銃。特徴的なのが、使用者の魔力が不要で、魔導が使える必要も無いが、威力は並みの魔導を凌駕することだ」
彼は説明の言葉を止めると、顎を触って考え込んでいる。
代わりにリンクスが口を開く。
「まさかあのバカどもが自作したわけじゃあるまいし、横流しの線も薄いだろう。どこかから盗みやがったな」
「なおさら、壊したのと逃がしたのは失敗だった」
「やっちまったもんはしょうがねぇ。ノア、あんたは十分護衛の仕事を果たしたぜ」
そう言い、商隊の長は魔導結晶を手に取る。
「風の魔力、大きさも申し分ない。これはあんたらが持ってろよ」
「素直に喜べないな。いかにもな厄介事の種だ」
「そんなことねぇさ。再加工でもして、あんたのひび割れたそれの代わりにしろよ」
「元が盗品っぽいですけど……これ。あまり良くないような」
至極真っ当な善性と倫理観で困り顔をしている聖女に、隊長は口角を上げて言った。
「オレの地元じゃ、『盗られる方が悪い』って言葉もあるぜ」
価値観の違いに驚き、口を開けている彼女を見て、リンクスはさらに笑っている。
竜車はただひたすらに、目的地へと向かって驀進中だ。
◇◇◇
おかしな盗賊団の襲撃から何刻かが過ぎた頃、一行は本日の休息地である『花の街』ガーランドに到着する。
日はすっかり落ちており、暗闇の中に街の灯りがぼんやりと浮かんでいた。
その名の通り、街をぐるっと囲む壁、目の前にある門にさえ、種々様々な色とりどりの花が綺麗に飾り付けられている。
門の前にできた、長い列に加わり、彼らは竜車を降りる。
「女が好きそうな街だ。相変わらず」
「うわっ、嫌な言い方! リンクスさんって偏見に敏感なくせして、配慮が無いですよね」
「そういうめんどくせぇ獣人だオレは。これでも、妻と子どもだっているぜ」
獣人族は人間族からすると年齢がわかり辛いが、大して衝撃の事実でもない。
だが、エーファはまたもや口を開けて驚いている。
まだ出会ってから短いが、ここ最近は随分と表情豊かだな、とノアは一人考えていた。
「出会った当日に蛙を食べさせてきたノアの方が、幾分紳士かもですね~」
「あれ根に持ってるのか?」
「なんだそりゃ! 面白そうな話じゃねぇか。もっと詳しく聞かせろよ」
入国審査の為の身分確認と積荷の確認、諸々の審査を受ける待機列の中で、リンクス商隊は二人の出会いの話を聞く。
だが、話の核と二人の真の目的は、不用意に教える訳にはいかなかった。
上手くぼやかしつつ、蛙のエピソードは鮮明に伝える。
「次! 全員分の身分証と荷物の中身を見せて」
二人の門衛が、一行のひとつ前で並ぶ冒険者パーティに声をかける。
途端、聖女があたふたとし始めた。
「私、今身分を証明できるものなんて持っていません!」
声を落としてノアに伝える。
たとえ彼女が身分証を持っていたとしても、本当の身分を伝えた瞬間たちまち騒ぎになってしまうだろう。
「心配するな。ある程度の規模の街では、その街だけで使える仮の身分証が発行できる」
「嘘の身分を名乗るのですか? 身分詐称はかなり重い犯罪のはずです」
「なにをコソコソと話してんのか知らねぇが、オレらは顔パスだ」
リンクスがそう告げると、向かってきた門衛たちに軽く手を挙げる。
「いつもご苦労さん」
「リーヴ商会のリンクス御一行様じゃないの。こっちの二人は?」
「臨時の護衛さ。わざわざ身分を証明する必要なんてねぇよな」
彼の言葉の直後、坊主頭のギルが包みを素早く差し出す。
おそらく後輩であろう門衛の一人が無言でそれを受け取ると、彼らはすぐに後ろへ並んでいる商人の団体に声をかけた。
「文句は受けつけてねぇぞ」
「いいえ、助かりました」
エーファも成人した大人だ。
世の中がどのように回っているかくらいは、理解していた。
そして、今回は本当に助けられたのも事実である。
一行は無事、何事も無く街の門をくぐるのだった。
門からすぐ近くの場所にあるリーヴ商会支部の厩舎で、二匹の鳥竜を休ませる。
荷車は敷地内の格納庫に一旦しまい、見張り番と挨拶を交わして彼らは宿屋へと向かった。
「いきなり行って五人も泊まれる宿なんかあるのか?」
ノアがリンクスに尋ねる。
「リーヴ商会の手広さをナメ過ぎだ。商会が出資してる宿なんだから、俺たちみたいな各地を移動する奴の為にいつだって空きはある」
「いやほんと、飛び込みで宿に泊まれて、ベッドで寝られるなんて幸せなことっすよ」
なあ、とチャーリーがギルの肩を叩く。
無口な青年は静かに頷いた。
「風呂もある。全種族共用の大浴場だけど。隊長は最後にしろよな」
ロビンが生意気な口を叩く。
「バカ言うんじゃねぇよ。エーファ以外全員で一緒に決まってんだろうが」
「残念です。男の子に生まれたかったと思ったのは初めてかもしれません」
冗談っぽくエーファが肩を落とし、辺りは笑いに包まれる。
宿屋は二階建てでそれほど大きくは無かったが、かなり綺麗で内装も質の良いものが使われていた。
エーファに一人部屋が与えられ、リンクスとロビンが二人で同室。ノア、ギル、チャーリーが三人で一緒の部屋となった。
「クソガキでも世話としつけはオレの役目だ!」
風呂上り、全員で簡単な食事をとった後、リンクスはそう言い残してロビンを引っ張っていく。
ノアたちの部屋は気まずいわけでも、盛り上がるわけでもなく、全員が明日以降に備えて一瞬で眠りについた。
一方、エーファは独り部屋で寂しく天井を眺めていた――。
◆
「卿、リンクス商隊と例のお方が街に入ったとの報告をお受けいたしました。素性の知れない青年が一人いたとのことです」
「そうか、問題ない。明日も手筈通りに」
卿と呼ばれた、頭まで全身鎧に包まれた人物は、初老の紳士的な執事に答える。
「リンクス様には詳細はお伝えいたしますか?」
「伝える必要は無いだろう。彼の方は彼で上手くやるはずだ。それに、筋書きは得てして、固めすぎると即興が効かない」
「委細承知いたしました。仰せの通りに」
執事が退室し、部屋に残った鎧の人物は窓の外を眺める。
兜の陰になりその表情は見えない。
「……陛下、また魔女との戦いが始まるようです」
◆
もしよければ評価、リアクション、感想等を是非お願いします。楽しみに待ってます。
小説書くのって本当に難しいです。特に、読者が現時点でどこまで知っているor知っていて大丈夫なのか、とかこんな数話しか書いてないのに混乱します。
この世界の種族について、説明したいことは山ほどありますが、今のところは余計な情報かもなので伏せておきます。またいずれ細かく詳しく描写する場面があるはずです。きっと。




