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SEVENTH HEAVEN  作者: 夜凪霞
第一章

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5/10

003:リンクス商隊


「――()()、元に戻るんですか?」


 泉の上に浮かぶ、空間に入った黒い亀裂を見て、エーファは横にいるノアの方をもう一度向く。


「どうだろう。こんなに長く『虚空』が残ったことはないから……泉の魔力で存在を保ってるのかもしれないな」

「頭が変になりそう。これがだまし絵ってやつ?」


 あらゆる角度から亀裂を眺めた後、クルトが呟く。


「これ手とか入れたらどうなるんだろう」

「やめとけ。何が起きるかわからない」

「そこに”無”が”在る”……あまり真剣に考えない方が良さそうです。何かちょっと不気味ですし」


 三人は、異常な光景には一旦目を瞑ることとし、少年は念願の幻月花(げんげつか)の採取に取り掛かる。

 

 彼が村から持ってきたガラス瓶へ半分ほど泉の水を入れ、そこへ一本だけ採った幻月花(げんげつか)を入れる。

 満足げに二人の元へ戻るかと思いきや、彼はしばらく立ち尽くしたままだった。


「どうした? あまり長居するのは身体に悪い」


 ノアの言葉に振り向き、クルトはこちらへ駆け足で戻ってくる。


「やっぱり、これ二人にあげるよ」

「なぜですか? この花をお母さまのお墓に埋めるのが望みだったはず」

「ん~……お母さんは本当にこれが欲しいのかな。ノア兄ちゃんが倒した森の魔女は、ここの幻月花(げんげつか)をまもっていたみたいだった。誰かから無理やりとったものを、お母さんは本当に欲しいと思うのかな」


 少年は少年なりに、物事の道理と、亡くなった母の事を考えているらしい。


「でも、だからと言って俺たちが貰ったら、それはそれでおかしくないか? 俺たちは確かに奪う側だったが、魔物は話が通じる相手じゃないし敬意を持つべき存在でもない。気にしなくて良いと思うけどな」

「クルトの考えは立派だと思います。お母さんの気持ちをしっかりと想っていることも。貴方が望み、叶えたことなのだから、貴方の好きにして良いんですよ」


 幼い子どもには整理をつけるのが難しいことなのかもしれない。

 己のしていることが”正しい”事であるかなど、大人でも分からないものだ。

 

 二人の言葉を受け止めたうえで少年は結論を出した。

 

「今日採ったこの幻月花(げんげつか)は、二人にあげる! というか、二人が森の魔女を倒して勝ち取ったんだから、二人のものだよ。でもこの場所はこれから僕がまもるんだ。お母さんも、お父さんもきっとわかってくれると思う」


 その小さな手に抱えられたガラス瓶は、柔らかな光を放っていた。


「クルトがそうと決めたなら、有難くいただくさ。これは大切にする。もし使うことがあったなら、エーファか俺が命に関わる怪我をした時だけだ」

「私たちの大切な思い出で、クルトの決意の証です。この花を貰えることを誇りに思います」


 手渡された瓶を荷袋にしまう。

 一行は、バウム村へと帰るべく、再び来た道を歩き出した。


「ところでさ、お兄ちゃんの左耳の()()、どうしたの? なんかひび割れてない?」

「え? このイヤリングか?」


 ノアは左耳にある小さな球状の結晶が付いたイヤリングに触れる。

 

 それは確かに、クルトが言うように小さな亀裂が走っていた。

 欠片が手のひらにぱらぱらと零れ落ちる。


 魔導士にとって無くてはならないもの。魔導を使ううえで必須とも言える貴重な石。


魔導結晶(クリスタル)が……。先ほどの高出力の負荷に耐えられなかったのでしょうか」

「みたいだな。正直、一生ものだと思ってたから驚いてる」

「それが無いと魔導が使えないの? 帰り道大丈夫かな」

「よほど強い魔物に出くわさなきゃ大丈夫だ。今はエーファのサポートもある。あんたのはどうだ?」


 尋ねられたエーファはローブの首元から服の中に手を入れる。

 しばし胸のあたりをまさぐった後、ネックレスを取り出した。


「妙に光り輝いていますが、魔導結晶(クリスタル)自体は無事みたいです」


 装飾品の先端に付いた結晶が金色の光を放ち、暗闇に浮かぶさまは空に瞬く星のようだ。


「それも高濃度の魔力の影響か? 洋灯(ランプ)くらい明るいな」

魔導結晶(クリスタル)は周囲の魔素を吸収し、その魔素属性の色に光り輝く。そして、周囲の魔力反応に対して敏感に呼応し、反応を増幅させる。これは正常の範囲かと」

「なら良いが、また本を丸ごと引用したみたいな説明だな」


 聖女はその言葉には答えず、跳ねる兎のように軽やかな歩みで鬱蒼とした森を進んだ。


 その後、一行はノアとクルトの競い合うような魔導探知で、一切魔物との戦闘をすることなく村へと戻るのだった。


 ◇◇◇


 空が白み始めた頃に村へと到着し、三人はそのまま泥のように昼近くまで眠りこける。


 母屋で遅めの朝食を取りながら、彼らはバルトとマリーに昨夜の冒険譚を詳らかに聞かせ、また、少年に傷ひとつ付いていないことを証明した。

 途中まで腕を組み黙ったまま頷いていた一家の主であったが、終いにはテーブルに身を乗り出して話を真剣に聞き入っていた。


「――そこで、ノアお兄ちゃんが太刀をバッ、ってやったんだ! そしたら泉の上にでっかくて黒いひびができた」

「なんだそれは。おとぎ話か? 森の魔女を一撃で倒したことより、そっちの方が驚きだ」

「まぁ……特殊な環境のせいだあれは」


 食べ終わった皿が並ぶところへ、ノアがガラス瓶に入った戦利品を置く。

 

「そんでこれが、泉の周りに咲いてた幻月花(げんげつか)だ。クルトから説明してくれ」

「僕、お母さんにこれをあげるのはやめた。その代わりに、あの泉と幻月花(げんげつか)をまもることにしたんだ」


 言葉足らずの息子の話に、父はあまり納得のいっていない様子である。


「クルトくんは、森の魔女があの場所と花を護っていたことを気にしているんです。例え相手が魔物であっても、無理矢理奪いに行ったのは私たちで、それをお母さんに渡すのは良くないことだと考えたんです」


 とっても優しい子です、とエーファはクルトの頭を撫でる。

 少年は嬉しさと恥ずかしさで俯いている。


「お兄ちゃんだけずるい、あたしも」


 か細い声が響く。マリーがいつの間にか自分も彼女に撫でられようと隣に来ていた。


「なるほどな……クルトが考えていることについてはわかった。父さんもおまえを誇りに思うよ」


 珍しく見る父の優しい微笑みに、少年は驚いている。

 

 バルトは続けて何かを言おうと迷っているように見える。

 彼の代わりにノアが口を開いた。


「現実的な話をすると、今後もクルトが一人で夜の森へ行くのは無理だ。ただ――」


 青年は一度上を向いた後、前に座る男へ再び視線を向けて告げる。


「あんた本当は夜の森に出てくる魔物も難なく倒せるだろ? 元冒険者か、兵士か……姿勢や歩き方からして兵士か? あんたがクルトに戦い方を教えてやれば良い」

「確かにわたしは昔、王国兵として『花の街』ガーランドで衛兵をしていた。魔物の討伐だって何度やったか数え切れないほどだ。だが、息子を同じような職に就かせる気は毛頭無い」

 

 辺りに気まずい沈黙が漂う。エーファたちは静かに会話の行く末を見守っている。


「俺はあんたの、クルトとマリーの、苦しみが痛い程わかるよ。子どもはいないけど、大切な人を危険に遭わせたくない気持ちも理解してるつもりだ。でもクルトは類稀な才能を持ってるから、どうかそれを活かしてやって欲しい。きっと大丈夫だ」


 そっと言葉を置くように話すノアはひどく寂しげだ。


 ”家族”が彼の救いであり、呪いでもある。

 事情を知る聖女は黙ったまま彼の肩に手を置いた。


「悪い、家庭の事に他人が口を挟み過ぎたな」


 バルトは何かを感じ取ったのか、表情を和らげて話し始めた。

 

「……他人じゃないさ。わたしの代わりに息子の願いを叶え、必ず無傷で返すという約束を守った二人には、感謝してもしきれない。ずっと否定してばかりで何もしなかったことは後悔もしている。大事な息子の願いを、二度も無下にはしたくない」

「じゃあ、お父さん協力してくれるの?」

「ああ、勿論だ。クルト、おまえももう大きくなったんだなあ。ナンシーにも見せてやりたかった」


 屈強な男は瞳を潤ませている。咄嗟に目頭を押さえた。

 クルトとマリーが父の隣に寄り添う。


 ()()には居てはいけない気がして、ノアとエーファは揃って家の外へ出た。


「泣いてもいいんですよ?」


 いたずらっぽく彼女が笑う。

 白金の髪が風になびき、日の光を反射して煌めいている。


「護衛対象の前で泣いたりするかよ」

「なにその理由!」


 見慣れぬ姿の若い男女が何やら言い合っていても、村人たちの視線は好意的だ。

 誰も話しかけはしない、しかし、彼らが信用に足る人物であると皆が認識していた。


 クルトが二人の様子を見ようと家の扉を開けたその時、村の前の道を大きな音を立てながら走る、二台の竜車が彼らの視界に入る。


 満足に舗装されていない道を、砂利や小石の上を、鉄の車輪が通る音。

 布で覆われた荷車を引くのは、鳥の顔と長い首を持ち、羽毛に覆われた体躯の魔物――鳥竜(ククルカ)だ。


「あ! リンクス商隊だ!」


 玄関を飛び出し、少年は村の入り口へと駆け出す。

 ノアとエーファの心には、彼が転んで怪我をしないだろうか、などと考える謎の親心が芽生えていた。


「きっとノアにも、あんな子ども時代があったんだろうな~」

「それはとんだ思い違いだ。どちらかと言えば、俺は家で大人しく本を読んでいる子どもだった」

「本当に? ちょっと意外かも」


 おそらく本当なのだろう。

 だがエーファは、家で大人しく過ごしていた少年が、蛙を食べるようになる何かがあったはずだと、そう思っていた。


 彼の師匠が鍵だ。


「――間違いない」


 ぶつぶつと呟き考え込む彼女には、青年の呆れ笑いは見えていなかった。


 二人はリンクス商隊と話し込んでいるクルトの元へ向かう。

 竜車から降り、少年と仲良さそうに会話しているのは、獣人族(ベスティア)の男だった。


「お~、こちらが()()。お初にお目にかかる、オレはリーヴ商会で南方交易ルート担当商隊の長をやっている、リンクスという者だ」

「旅人のノアだ。こっちはエーファ」

「初めまして。エーファと申します。リーヴ商会ってあの、中央大陸三大商会のひとつのですか?」


 彼女の問いには答えず、リンクスは何故か黙ったままだ。

 斑模様の髪を触り、そしてピンと立っていた耳を触り、最後に細長いヒゲへ手をやる。

 

「あの……何か?」

「オレを見て驚かなかった奴は久しぶりだ。しかも二人。驚きも、見下しも、怖がりもしないとは。この村の奴らだって最初はビビってたってのに」


 彼は目を細め、おそらく無意識に耳を動かしている。


「言うほど獣人も珍しくないだろ。街で普通に歩いてることだってよくある」

「私も、お会いしたり、お話したりしたこともありますし」


 元々幼少期から人をよく観察することが彼の癖であり、今やそれが仕事に繋がっている。

 目の前の旅人が知る由もないことだが、彼自身がすぐさま違和感を抱く程に、彼らの対応や表情は世間一般とは違ったのだ。


 しかし、()()()を殊更に深堀りしたところで一体世間の何が変わるというのか。


 一瞬で商人へと戻ったリンクスは、再び口を開く。


「いやすまねぇ、あまり気にしないでくれ。話を戻すが、そうとも、オレたちはあの三大商会のひとつ――リーヴ商会の者さ」


 どうだ、とでも言いたいような顔で、手で竜車を指す。

 反応が芳しくないことを察知すると、彼は咳払いをひとつした。


「ところで聞いたぜ。あんたら、あの幻月花(げんげつか)が咲いてる場所を見つけたんだってな。何を隠そう、クルトに幻月花(げんげつか)のことを教えたのはオレなんだ」

「そうなんだよ。リンクス商隊は何度か村にも来たことあって、何年か前に教えてもらったんだ」

「クルト、見つけたことを彼らに教えたのか?」


 咎めるかのようなノアの言い方に、クルトは困惑している。

 言い返したのは少年ではなくリンクスだった。


「おいおい、聞き捨てならねぇ。まるで教えたらダメだって口ぶりだ。あんた獣人への偏見はねぇが、商人への偏見はあるらしいな」

「気分を害したなら謝るが、実際そうだろ。商人って生き物は、自分たちの利益のことしか考えてない」


 一気に険悪な雰囲気に包まれ、エーファとクルトは心配そうに各々の顔に視線をやっている。


「クルトがどんな想いであの花を見つけたがってたか、何を考えてあの場所を護ろうと思ったか。聞かずに独占でもするつもりなら、容赦しない」

「随分なケンカ腰だ。そりゃオレたち商人が利益最優先なことは認めるが、このオレとリーヴ商会を知らずに、勝手なこと言うならこっちだって黙っちゃいねぇぞ」

「二人ともやめてよ! 僕の意見を聞くって選択肢はないの?」


 芝居がかったわざとらしさでクルトは大声を張り上げ、ぎこちない動きで二人の間に割り込む。

 沈黙の後、少年は何とも言えぬ表情で横を見ている。


「子どもに言い争いを仲裁されるなんて、本当に大人げない。ノア、貴方らしくないですよ」


 エーファに厳しい声で言われ、彼は一気に冷静さを取り戻す。


「リンクス、俺が悪かった。確かにあんたのこと何も知らずに喧嘩腰だった」

「良いさ。オレも部下や得意先、初対面のあんたらと、方々に情けねぇ姿見せちまった。すまなかったな」


 互いに謝罪しあう後ろで、エーファとクルトが小さくハイタッチしている。

 大方、彼女が最も場を収めやすいと考え、クルトに口を挟ませたのだろう。

 その姿と彼女の意図に、喧嘩した二人が気付かない筈も無かったが、あえて触れることはせずに双方が非を認める形で終わらせた。


「僕は、リンクス商隊にも手伝ってもらおうと思ってたんだ」


 クルトは何か考えがあるようだ。


「あの泉の幻月花(げんげつか)を全部あげるなんてことは絶対しないけど、あそこで花を育てる研究はしたいんだ。もしかしたら、安定的なきょうきゅうち? にできるかも」

「ほんとに十二かそこらのガ――子どもかよ!? やろうとしてることが、まさに今、リーヴ商会が取引してるような相手と一緒だぜ」


 商人は気分を良くしたのか、高らかに大笑いして、少年の頭を撫でまわしている。

 落ち着いた後、クルトの泉を目指す冒険譚を聞き、リンクスは深々と頷いた。


「やっぱり、オレの第一印象は絶対に間違うことはねぇ。ノア、エーファ! あんたら良い奴だな!」


 だが、少し残念そうな顔になり彼は続ける。


「リーヴ商会で全面的にクルトをサポートする約束はする。けどな、オレたちは別仕事があって手伝えねぇんだ。それに商隊での商売と違って、商会との案件ってなると、すぐには動けねぇ」

「そっか~、リンクスおじさんたちとは一緒にできないのか。時間もかかるんだね」

「悲しそうな顔すんなよ! オレは嬉しかったぜ、クルトが誘ってくれてよ。ありがとな」

 

 再び少年の頭を撫でると、リンクスはノアたちの方を見る。


「さっきの事は水に流してよ、オレたちの”別仕事”手伝ってくれねぇか?」

 

 聞けば、彼らはルオラージュ王国からの臨時の仕入れ業務を終え、まさにブレス王国の王都・パルドブルムにある商会本部へと戻る途中らしい。

 

 商会の物資輸送の護衛。

 冒険者における、最も基本的な依頼だ。


「ちょうど俺たちもパルドブルムを目指してたんだ。けど良いのか? 俺たちは冒険者でもない、ただの旅人だ」

「細かいことはこの際どうでもいいんだ。実力は、信頼のおける得意先のお墨付きだし、商隊の護衛に肩書きなんざ関係ねぇ」

 

 リンクスという男は、繊細さと豪快さを兼ね備えた人物のようだ。

 

 この依頼を断る理由など、どこにも無い。


「喜んで引き受けよう」

「竜車で王都まで行けるなんて! かなりの時間短縮ですよ」


 ◇


 荷物をまとめたノアとエーファは、名残惜しい気持ちを必死で抑え、バルト一家に別れを告げる。


「本当に世話になった。必ずまた会おう」

「こちらこそだ。たった一日にも満たない時間だったが、おまえたちと過ごした時間は忘れない」


 聖女はありったけの力を込めてクルトとマリーを抱きしめている。

 ノアは、彼女越しに目があった二人にただ頷くのみで、商隊の竜車の方へと歩いていった。


「かっこつけ。寂しいくせに」


 いつの間にか追いついていたエーファが小声で呟く。


「今から口調が変わったことに触れて気まずい空気にしてやろうか」

「……ごめんなさい」


 リンクス商隊の面々と二人を乗せた竜車は、来た時と同じ音を鳴らしながら、荒れた道を進む。


 背後に聞こえる少年の声が、春の陽気の中でいつまでも踊っていた。



 

もう一年が終わりますね。早かったなぁ……

本当はこの話はもっと早く投稿するつもりだったのですが、組み立てが結構難しかった+昨日投稿時間を逃しちゃったので今日になりました。(なんだそれ)


今までお願いしてなかったので評価、リアクション、感想等々が全然来てません!

是非是非、皆さまから頂けるととても嬉しいです。


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