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SEVENTH HEAVEN  作者: 夜凪霞
第一章

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001:魔女狩り

 

「――つまり、災厄と恐れられる〈七罪源の魔女〉の一人がエストレア聖教国で暗躍していて、そいつにいきなり命を狙われたから必死でここまで逃げてきた、ってことか?」


 エーファから事の顛末(てんまつ)を聞いたノアは、驚いた様子で尋ねる。


「ええ。あまりの急な出来事で酷く混乱しましたが、ひとまず逃げなくては、と」

「本当によく生き延びたな。話を聞いたはいいものの、魔女がエストレア聖教国に居た理由、あんたに化ける謎の生物の正体、教皇たちが犯罪に関与していた件の真相……疑問は尽きないな」


 彼は腕を組んだまま天を仰ぐ。


「あとは星竜の巫女か」

「私がそうだということなのでしょうが、思い当たる節はありません……。ただ、頭に響いた声は、どこかで聞いた覚えがありました」

「普通に考えて、十中八九、声の主は星竜だろ。 神のお告げってことか?」

 

 聖女は口をきゅっと結び首を傾げる。

 俯き、声を落として再び口を開いた。

 

「なにより、リンと皆様の無事が心配です」


 露骨に落ち込んでいる様子の彼女をしばらく眺めた後、覚悟を決めたようにノアは告げる。


「協力するよ。一緒に〈傲慢の魔女〉を倒そう」

 

 (はな)から彼はその願いに応えるつもりであった。


 誰かの為に、動くことのできる奴になれ。


 彼女の話を聞いている時から、ノアは師匠(センセイ)の言葉を思い出していた。

 胸に抱いていた信念を再確認し、彼女との出会いを運命的なものだと、今まさに自分が必要とされている時なのだと感じていた。


「本当ですか⁉︎ ありがとうございます。何とお礼したら良いか」

「ただ、ひとつ交換条件がある。道中では俺の旅の目的――人探しにも協力してくれ」


 首を傾げる聖女に、彼は自身の過去を語り始める。


 幼い頃、家族で平和に暮らしていた森の中の家を、突如魔物に襲われたこと。

 奇跡的に自分だけが難を逃れ、その時、遠くの木陰に純白のローブを纏った怪しげな二人の人影を見たこと。

 片方は両目を布で覆い、竜のような尾が生えていたこと。


 そして、師匠(センセイ)に拾ってもらったこと。

 

 淡々と話すノアだったが、目の奥には確かに、色褪せることの無い復讐心が浮かんでいた。


「貴方にそんな過去が……」

「お互いそれなりに苦労してるってことだな」


 同情から言葉を失い黙り込むエーファにふっと微笑み、彼は改めて告げる。


「今ここに”魔女狩り”同盟を結成しよう」


 どちらからともなく差し出した手を、互いにしっかりと握りあった。


 ◇◇◇

 

「何から何まで、ありがとうございます。お陰様で昨日はよく眠れました」

「ああ、それならよかった。それで、国を出てから一体どうするつもりだったんだ?」


 翌朝、見張りのために一晩中起きていたノアは、特に疲れを見せることなく尋ねる。


 慣れない野宿だからと、急拵えの寝床に彼女を寝かせ、彼自身は木の上で夜通し見張りをしていたのだった。

 そんな気遣いに、逆に心苦しさを覚えられているとは露知らず、彼は近くの水辺で釣ってきた魚と採れた野草で朝食作りまでしていた。


 皿は無いので小さな鍋を挟んで座り、そこから直接食べる。


「えっと、元々公務でお会いしたことがある、冒険者協会の”会長”ウェルズ様を頼れないかと考えていました」


 あ、おいしい。

 ろくな調理器具も、調味料も無い環境でこれほどのものを作れるのかと、エーファは思わず感心しつつ答える。


「なるほど冒険者協会か……。確かに、政治的なしがらみとは無縁で、対応の早さや勢力の大きさを見てもかなり的確かもな。それにトップと面識もあるのか」

「魔女は強大な力を持つ恐ろしい存在ではありますが、S級冒険者ならばそれにすら渡り合える力があると聞きます」

「噂程度なら俺も聞いたことがある。『剣聖』セシリア、『戦槌』エリクなんかは、大陸中に名の知れた冒険者だ」


 納得のいく味だったようだ。ノアは頷きながら咀嚼し、二口目を口に運んだ。


「となると、目指すは冒険者協会本部のあるブレス王国の王都・パルドブルムだな」

「はい。ひとまずは東へ向かって森を抜けましょう」


 腹を満たし、目的地も決まったことで気持ちも前向きになる。

 後片付けを終えて二人は小さな丘を出発した。


 再び木々が生い茂る森の中を進み、途中ノアが蛙や魚を獲った池を通り過ぎ、そこから流れる小川に沿って東へ向かう。


 彼らが今いる【黄昏の森】は中央大陸南部に位置し、南西のエストレア聖教国、東のブレス王国、そして中西部にあるルオラージュ王国の三国に囲まれた広大な森林地帯である。

 厳密な定義とはやや異なるが、多種多様な魔物が跋扈(ばっこ)し複雑な生態系を織り成す、れっきとした〈迷宮(ダンジョン)〉だ。


 比較的、中央大陸内で見ると低級の魔物が多い”安全圏”ではあるが、森の奥――中心部へと近付く程、強力な魔物が多く生息している。


 そして、それらの知識を持っているノアは、森の外縁を周るように迂回して進んでいた。


「昨日の襲撃のせいで装備品がかなり心許ない。森の東の端あたりに村があるから、そこで物々交換してもらおう」

「分かりました。でも、その交換する()自体がないのでは?」

「ここらにいる魔物を狩って素材を手に入れる。特に魔粘塊(スライム)なんかは、弱くて数が多いうえに需要が高い。うってつけだ」


 もちろんエーファもある程度、魔物に対する知識は持っている。


魔粘塊(スライム)の体液を取るのですか? 灯油に薬と、用途は様々ですもんね」

「ああ、でも体液を入れる容器が無いんだった」


 少しばかり悩んだ後、革の水筒に入っていた水を飲み干し、ノアはそれを振った。

 空になったことを確認するとぼやく。


「洗うの大変だから、本当はガラス瓶とかが一番良いんだけどな」


 それより、と彼は言葉を続けた。


「昨夜からずっとこの辺りに魔物の気配が無いな。魔力探知に引っかからない」

「魔力の高い魔物がこの近くにいない、ということではないのですか?」

「魔力探知や魔力操作にはかなり自信がある方だ。魔粘塊(スライム)怪人茸(マタンゴ)みたいなF級レベルでも問題なく見つけられる」


 周囲を見回し、再び歩き始める。

 少しばかり嫌な予感がしていた。


「あくまで可能性に過ぎないが、森のヌシやそれに匹敵するような魔物が最近この辺りを通ったのかもな」

「怖がって低級の魔物たちが逃げてしまったということですか」

「もしくは、全部喰われたとか」


 彼曰く、事象としてそう多くは無いが、一帯で最も強い魔物が低級の魔物を食べ尽くしてしまうこともあるらしい。

 エーファは話を聞いて身震いしながら、先を歩く彼の後を追った。


 ◇◇◇

 

 かなりの距離を歩き、ようやく二人は【黄昏の森】の東端近くまでやってくる。


 魔物の数も徐々に増えていき、ノアはこれまた見事な手際で近場の魔粘塊(スライム)を狩る準備を進める。

 とは言っても、粘着質の彼らの体に刀剣の類は効果が薄く、魔導を使うと魔力消費量の多さで効率が悪い。


 なので、彼は木の枝に麻布を巻き、それを魔物の体液に浸すことで松明を作っていた。

 火が苦手な魔粘塊(スライム)には効果てきめんであり、可燃性の体が次々と燃えていく。


「あの、これ大丈夫ですか火事とか。段々と火の海みたいになってきていますけど……。それに燃やしたら体液がとれないですよね」

「心配するな。ちょっと離れてろ」


 不安がるエーファを間合いから下がらせ、ノアが一瞬で抜刀すると、剣速による風圧で周囲の火が消える。


「それ絶対正規のやり方じゃないですよね」

「危ないから真似するなよ」

「誰も真似できないから大丈夫ですよ」


 火によって弱った十体ほどの魔粘塊(スライム)が力なく地面を這っている。


 彼はそのうち一体を拾い上げると、まるで雑巾を絞るかのように容赦なくその魔物を捻った。

 空の水筒が体液で満たされていく。

 絞った魔物を放り投げると、それは再び緩慢な動きでその場を離れる。


 しばらくの後、力尽きた魔物の体は地面に溶けていき、きらきらと光る結晶の粒のようなものだけが残った。


「ふと思ったんだが、あんたに化ける謎の生き物、変形して扉の隙間を潜ったんだよな? そんで、火が苦手って、まるでこいつらみたいじゃないか」


 流れ作業で魔粘塊(スライム)を絞りながらエーファに尋ねる。

 その様子をぼんやりと眺めていた聖女は、不意の質問に面食らう。


「それは――思いもしませんでした。魔粘塊(スライム)というのは人間に変身したりするものなのですか?」

「聞いたことは無いな。けど、もしそんな突然変異種なんかが居たりしたら恐ろしいなと思っただけだ」

「もしそうだとしたら……。自由自在にどこでも出入り可能で、誰にでも化けることができて、人語を解す魔物、ということになりますね」


 彼女の顔から血の気が引いていく。

 

「まるで悪魔の化身だな」


 ノアは口角を上げて言うが、その目は全く笑っていなかった。


 事実かどうかはさておき、最悪を想定しておくに越したことは無い。


 国の中枢に魔女が入り込んでいる現実がある今、変幻自在で知能を持った魔物がいることもまた、現実離れしているとは思えない。

 むしろ、いくらでも悪用方法が思いつくだけに、魔女と一緒に居たことを考えても可能性は高そうである。


「一応、考慮はしておこう。俺が言い出したことだが、今は深く考えてもどうしようもない」

「そうですね。とにかく今はただ、できることをするだけです」


 最後の一匹を絞り上げ、満杯になった水筒を荷袋にしまうと、二人は再び村へ向かって歩き出した。




 道中、幾体かの怪人茸(マタンゴ)を狩る。

 魔粘塊(スライム)と異なり、あまり日々の生活で使う用途は無いが、一部の愛好家(マニア)に買い取ってもらえることもある魔物だ。


「かなり大荷物になってしまいましたね。両手で抱えるのも一苦労です」

「冒険者を一番困らせるのは、倒した魔物の素材を全て持って帰る方法らしい。荷車の前で悩みこんでる奴らを何回も見かけたことがある」


 同じく両手に巨大茸を抱えたノアは、後ろを振り返って答える。

 

 ほとんど一日中歩き通し、二人の目の前には遂に小さな村の姿が見えていた。


「あれが言っていた村ですか。一日で着けましたね」

「聖女様は思ったよりずっと体力も、根性もあるみたいだな」

「このくらい何てことありません。それに、貴方の方が疲れているでしょう」


 彼女は心配そうに聞くと、歩みを早めて隣に並ぶ。

 村の前には、街道とは呼べないまでも整備された道があり、おそらく竜車や馬車のものであろう車輪の跡もあった。それなりに人通りはある場所らしい。

 入口には看板が立っており、拙い字で『バウム村』と書かれていた。

 

 見慣れぬ来訪者の姿に村人が畑作業の手を止めてこちらを眺める。


「仕事中に悪いな、俺たちは旅の者だ。この村の村長と話がしたい」

「見るからに悪漢じゃなさそうだが、武器を持ったやつは許可なく村に入れない決まりだ。ちょっと待ってろ。今、村長を呼んでくる」

「よろしく頼む」


 村長を呼びに向かった村人の背を見送り、彼が横を見ると、エーファは既に村の入り口脇に座っていた。


 よほど歩き疲れたのだろうか、ローブが土で汚れるのも厭わずに両足を投げ出している。

 少し幼く見えるその姿にある疑問が浮かんだ。


「そういえば、あんた今いくつだ?」

「二十歳ですよ。言ってませんでしたっけ」

「成人してたのか……」

「ええ、まぁ。そういう貴方は何歳なんですか?」


 ムッとしながらノアを見上げる顔は、やはりまだあどけなさを残しているように見える。


「二十一。別に意外でもないだろ」

「なぁんだ、ほとんど変わらないじゃないですか」


 雑談している間に先ほどの村人が戻ってくる。

 隣にはいかにも村長然とした、禿げ頭で白い髭をたっぷりと蓄えた老人を連れていた。


「まさしく『村長』って感じの爺さんだな」

「それ、あの方たちの前で言わないでくださいよ」


 なんでだよ、と聞く彼を無視して、エーファは立ち上がり土を払う。


 村長がこちらへ来ると互いに挨拶を交わした。

 

「君たちが話のあるという旅人か。わしはこの村で村長をやっているフレデリクという者じゃ。隣の屈強な男がバルトという」

「挨拶が遅れたな、バルトだ。よろしく」

「俺は旅人のノアだ」

「初めまして。エーファと申します」


 村長、バルトと握手をすると、ノアから本題を切り出す。

 

「俺たちはかなり厳しい状況で金もほとんど無く、徒歩でブレス王国の王都パルドブルムを目指してる。寝袋や生活用品を魔物の素材と物々交換してもらえないか。それと、今晩だけでもどこかに泊めてもらえると助かる」

「なるほど、お困りのようじゃの。物々交換の件はいいんじゃが、この村には宿屋はないし、今のところ君たちが泊まれるような空き家もないんじゃ」

「高望みはしない。ただ安全なところで休息を取りたいんだ。礼が足りなきゃ、何かしらの依頼や手伝いだってする」


 髭を撫でて考えている様子の村長は、ふと何かを思い出したように声を上げた。

 横に立つ村人の方を向き尋ねる。


「時にバルトよ、おぬしの息子がなにやら困っておったよな。夜の森に行きたいとか、もうすぐ新月がどうとか」


 不意に話しかけられ、精悍な顔立ちの男は驚きに目を見張る。


「え? まぁ、確かにクルトは夜の森に入る方法をずっと探してますが、困っているのはどちらかというとそれを止めたいわたしの方です」

「その話、詳しく教えていただけませんか。私たちならお力になれるかもしれません」


 ここぞとばかりにエーファが口を出す。

 フレデリクの意図が掴めたらしい男は、溜息をつくと話し始めた。


 屈強な村人・バルトが言うには、彼の息子・クルトは数年前から病気の母へずっと届けようと思っていた幻月花(げんげつか)を、母が亡くなった後も探し続けているらしい。

 

 幻月花(げんげつか)――非常に希少な植物で、傷や病を癒す力があると伝えられており、特に治癒薬(ポーション)の原料として広く知られる。

 

 一方、その希少性から多くの商会が商人や冒険者を使い各地を探索しており、安定的な供給地と流通ルートの確立に苦心していた。

 また、人工的に栽培する計画もあったものの、やはりその性質から実現は不可能とされていた。


「新月の夜に、魔力濃度の高い水辺にしか咲かない、と聞いたことがある。しかも採取したら途端に枯れ始めるから、持ち運ぶには魔力濃度の高い水に挿しておく必要があるとも」


 ノアが情報を補足する。


 すると、物陰から彼らの様子を窺っていた少年が駆け寄ってくる。


「僕知ってるよ! その魔力のうどの高い泉を見つけたんだ」

「クルト、いたのか」

 

 バルトは意表を突かれたようだ。

 少年は元気にノアとエーファに挨拶した後、父親と何やら話し合っている。


「それで、どうしたいんだ」


 いつの間にか真横で太刀を興味深そうに眺めているクルトに、ノアは声をかける。


「お父さんは、危ないからダメって言うけど、僕は夜の森に入りたいんだ。昼間見つけた泉の周りに、本当に幻月花(げんげつか)が咲くか見てみたい! それで、本当に咲いてたら持って帰って、お母さんのお墓に埋めてあげるんだ」

「夜の森は昼のそれとは訳が違う! 子ども一人で行って帰って来られるようなところじゃない」

「いつもお父さんそればっかりだよ。僕が行きたいって言ってるのに、怒るだけでどうもしてくれないもん」


 村長は大きな咳払いをすると、親子を窘める。


「せっかく村を訪れた客人の前で、親子喧嘩などするでないぞ、バルトよ。クルトもじゃ。父の言うことは間違っとらんぞ、夜の森の恐ろしさを君は知らんのじゃ」

「大方話の流れは掴めてるが、一応聞く。クルトは俺たちにどうしてほしい?」

「夜、泉にいくとき、二人についてきてほしい」

「つまり、エーファと俺でクルトが泉に幻月花(げんげつか)を採りに行くのを護衛してくれ、って依頼だな?」


 ノアは屈んでクルトと目線を合わせ口元に笑みを浮かべる。

 その様子をフレデリクとエーファは微笑みながら、バルトは渋い顔で見ていた。


「じゃあ、依頼を引き受ける代わりに、村長と親父さんに俺たちが村に泊まれるよう頼んでくれるか?」


 少年は満面の笑みで頷き、村長と父親の方へと視線を移す。

 既にフレデリクは黙って頷いていた。

 

 クルトが口を開くより先に、バルトは観念したように(こうべ)を垂れる。

 

「ひとつだけ約束してくれ。必ず息子を無事に帰すと」

「ああ、勿論だ。約束は絶対に守る」


 ところで、とエーファが声を上げる。


「今夜がまさに新月の夜ですよ」


 


やっと仕事納めです。まだ仕事ある方は、あとちょっとだけ頑張ってください!

(楽しみにしている方が一応いると仮定して)毎日投稿とか一日二話投稿とかできてないんですが、仕事であまり書き溜められておらず……年末年始にやる心づもりです。


・こぼれ話(いいタイトル的なのあったらぜひ)

ノアは背が高いので歩幅が大きく、歩くのが速いです。それで、歩く速さをあわせる紳士的な側面とかは別になさそうですね。

ちなみにエーファも背は高いですけど、歩くのは遅いです。


今度プロフィールでも載せましょうかね。

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