008:冒険者登録試験①
ノア、エーファの二人が、冒険者協会”会長”ウェルズと別れ階下に降りると、再び受付嬢のミントから声をかけられる。
「お二人ともこちらへ。今から冒険者協会登録試験の事前説明と、仮登録をします」
ロビーにある受付カウンターのさらに奥へと案内され、羽ペンや書類の束が置かれた机の並ぶ場所へやって来る。
受付嬢はその手に、透明のガラスに靄がかかったような、立方体型の魔道具を持っていた。
「お座りください。わたしが冒険者と協会についての基本的な説明をしますので、その間に書類の記入をお願いします。文字は書けますよね?」
「ああ、二人とも書ける。さっきとはうって変わって随分と丁寧な対応だな」
「こう見えてもわたし忙しい身ですので、余計な会話をする暇はありません。早く始めましょう」
冷たく答え、彼女は二人の前に書類を並べる。
書類には名前や性別、大まかな身長・体重、出身地や魔導の使用可否などの個人情報を記入する欄があった。
ノアとエーファはペンを持って書類を埋めていく。
名前を書きかけている聖女の手を、ミントはさっと止めた。
「馬鹿なんですか? 『エストレア』と書いてしまっては、あなたの本当の身分が一目でわかってしまうではないですか」
「……すみません。新しいものを一枚ください」
初対面の人物に馬鹿などと言われたことが無いであろう彼女は、露骨に落ち込んだ様子で新しい書類にペンを走らせる。
その姿を横で見ながら、ノアは必死で笑いを堪えた。
「この希望職種ってのはなんだ?」
顔を上げて受付嬢に尋ねる。
「剣士、戦士、射手、魔導士などの、いわゆる戦い方ですね。ここで言う『魔導士』は狭義の魔導士です。冒険者という職の中で、何の種を望みますか、という項目になります」
「なるほどな。じゃあ侍、魔導士にしておこう」
「東方の剣士ですか……それなら剣士でいいと思いますけど。剣を使う魔導士とはまた珍しいですね」
自分が余計な会話を振った自覚があったのか、彼女は返事を待たずに咳払いし、冒険者と冒険者協会についての説明を始めた。
冒険者とは、かつてはその名の通り大陸中を冒険し、未開拓の土地や迷宮を踏破して生計を立てていた者たちのこと。
現在では魔物討伐や素材採集、商隊護衛、迷宮探査に傭兵派遣など様々な依頼をこなす、一般的な仕事のひとつとなっている。
そして、大陸各地の冒険者たちを統括管理する組織――冒険者協会。
元は商業ギルドの専属護衛集団に端を発し、やがてギルドの下部組織として、個人で活動していた冒険者たちを取りまとめて一大勢力となった。
学歴や特殊技能の無い農村部出身者の主な出稼ぎ先・受け皿となっており、死亡率が高い代わりに、手厚い補助と働きに応じた賃金が保証されている。
組織の象徴は『剣と羊皮紙』。
これは、力と契約を重んじることを示している。
「冒険者はその証として、協会から支給された『剣と羊皮紙』の紋章入りのバンダナを、身体のどこかに着用することが定められています」
ミントの淀み無い説明が一段落する。
彼女は数え切れぬ程、何回もこの説明を繰り返してきたのだろう。
「記入は終わりましたか? お二人とも魔導を使えるでしょうから、魔力測定しますよ」
「その謎の魔導具が測定器なんですね」
受付嬢が準備をしている様をエーファは興味深そうに眺めている。
「魔力測定器に手をかざして、中のもやが変化するまで魔力を込めてください。ではノアさんから」
言われた通り、魔導具に手をかざして魔力を込める。
数秒後、ガラスの中の靄が渦巻き、立方体の大きさいっぱいの白い球状となってその形を留めた。
「面白いな。でもこれで一体何がわかるって言うんだ?」
「魔力属性と魔力量、魔導の使用可否です。しかしおかしいですね。本来は、魔導が使えるならばもやが消えて魔導が現れるはず」
「例えば、炎を操る魔導なら炎が、水で創られた生き物を召喚する魔導ならその召喚獣が現れる。――というような感じでしょうか?」
一度手を放したノアに代わりエーファが測定器に手をかざす。
するとすぐにガラスの中が光り輝き、無数の煌めく星が現れた。
どうやら、彼女の魔力と魔導は正常に測定できているらしい。
「属性は光、魔力量はやや多いと言ったところでしょうか。魔導は……星を操る? ともかく、なかなかに優秀ですね」
「ふむふむ。ま、悪くないでしょう」
満足げに頷き、彼女は少しばかりにやけている。
「俺のは結局、測定できてたのか?」
「魔導以外はできていました。属性は無、魔力量は極大ですね。その年齢でその魔力量は、歴代のS級冒険者にも匹敵する才能ですよ」
「S級冒険者に匹敵、極大、才能……」
単語の羅列の呟きが聞こえるが、ノアは一旦無視する。
協会の決まりでは魔力測定器での測定結果が優先されるため、彼の魔力使用可否は、書類上『不可』となってしまった。
だがミント曰く、それで何が変わる訳でも無い、とのことだ。
手続きはようやく終わりに差し掛かる。
「それでは最後に、協会と個人間での契約を結びます。持ってなければ協会側で用意するのですが、お二人はアルバ金貨をお持ちですか?」
問いかけへ答える代わりに、青年はリンクスに報酬として渡されたアルバ金貨を懐から取り出す。
「……持ってる。リンクスが『すぐにわかる』って言ってたのはこういうことか。金貨に魔力を込めて協会に預けるんだな」
「身分証偽造対策ですかね。魔力の割符というか、照合というか。でも随分と古風なやり方を続けているのですね」
「大方合っています。突き詰めると、昔ながらのやり方が最も合理的、というのはありがちなことです」
ノアとエーファはそれぞれ金貨を握り、魔力を込める。
滑らかで白い輝きを放つそれの色と状態が変化した。
ひとつは無色透明になり、ひとつは金色に光る。
金貨二枚と書類を手に取り立ち上がったミントは、最後にこう告げる。
「お疲れさまでした。これにて仮登録は完了となります。登録試験は三日後、試験の詳細は当日に発表ですので、九ノ刻までに必ず冒険者協会本部まで来てくださいね」
◇◇◇
三日間、二人は旅の装備や必需品を揃え、情報を集めるなどして過ごした。
街の道具店、鍛冶屋、酒場の店員や客の冒険者に尋ねたところ、冒険者登録試験は基本的に『ちゃんとやれば受かる』ようなものらしかった。
試験は月の中頃と月末に計二回実施される。
受験者の大半が戦闘経験もろくに無いような者たちであり、会長の意向で極力危険性を排除する方針とのことだった。
「試験の事、ちょっと安心しました。本当に合格できるか、私、結構不安で」
「俺たちなら絶対大丈夫だ。でも油断は禁物だからな」
九ノ刻まであと半刻程、ノアとエーファは宿泊している宿から冒険者協会本部に向かっていた。
再び広場までやって来る。
相も変わらず、多くの冒険者たちで賑わっていた。
入り口の重い扉を押して建物に入る。
ロビーにはちらほらと、受験者らしきまだ年若い少年少女が集っていた。
「想像していたよりも皆さんまだ若いですね……」
フードで顔を隠したエーファは、恐る恐る周囲を見回している。
「ミントが説明してたように、出稼ぎのために冒険者を目指してる地方出身者だろうな。生き残りさえできれば、並み以上の収入が見込める職業だ」
「生き残りさえできれば、ですか。――そうですよね。ここに居る皆さんそれを分かったうえですよね」
話している間に集合時間の九ノ刻になったようだ。
朽葉色の短髪で、冒険者協会の紋章が入ったバンダナを額に巻いている壮年が、ロビーへやって来る。
他の冒険者たちと違い、彼のバンダナは緑色ではなく赤色だ。
その後ろには、鉄紺色の髪を後ろへ流したふくよかな青年が続く。
「今回の冒険者登録試験で試験監督を務めるラセットだ。後ろにいるのが同じく試験監督のフューエル。今から、オレの方で試験内容の説明をする」
試験監督のラセットの説明によれば、今回の試験は、王都の北に位置する【新月の森】で行われるとのことだ。
内容は、手負い状態のB級の魔物――魔角獣を全員で協力して討伐すること。または、全員が無事な状態で設定された目標地点まで逃走すること。
試験は如何なる状況でもリタイアが可能であり、各受験者の能力確認と不測の事態への対処の為、複数人の試験官が周辺に待機するらしい。
説明の途中から、聞いていたような試験内容と違うと、周囲がざわつき始める。
革鎧を着た暗金髪で長髪の剣士が声を上げた。
「手負いとは言え、ほとんど戦闘経験も無いようなヤツらとB級の魔物を倒せだと!? おまえら合格させる気はあんのかよ」
「それは質問か? なんにせよ、合格したいなら説明はちゃんと聞いとけ、としか言えないな」
ラセットがそう言い捨てた後、フューエルがにこやかに告げる。
「こちら側の戦力がどのくらいか、相手は勝てる相手なのか、勝てないならどう逃げるか。そーいうことが判断できない人は、うちには要らないからね~」
何の気なし、といった様子の彼を、横に居る赤バンダナの男が睨みつける。
ふくよかな青年はそれに気付き、軽く頭を掻いた。
試験前からヒントを与えるな。
そう言いたそうな目線である。
長髪の剣士も察したように口を閉じた。
「他に言いたいことや質問がある奴は? いないなら、バカが余計な事を言っちまう前にさっさと試験場へ行くぞ」
試験監督二名の引率の元、十一名の受験者たちは数台の馬車に別れて、【新月の森】を目指し王都を出る。
ノアとエーファ、そして先程声を上げた長髪の剣士に加え、フードを目深に被った小柄な人物が一緒の馬車になった。
剣士は不機嫌なのか、それとも元からか、眉間に皺を寄せて景色を眺めている。
フードの人物の表情はよく見えないが、しきりと周囲を気にしており忙しなく首を動かしている。
その落ち着きの無い動きが癪に障ったのか、長髪の剣士は大きな声で悪態をついた。
「おい、おまえさっきからキョロキョロと、うっとうしいんだよ。何をそんなに気にしてんだ」
「ほええ……すみません! あの、あ、知らない人も多いところは落ち着かないでして」
余程驚いたのか、素っ頓狂な声と支離滅裂な喋り方で小柄な人物は答える。
声色は随分と幼い少女のような、気弱な女性のような、どちらとも取れるか細く高い声だ。
「変なヤツだな。まったく、先が思いやられるぜ」
馬車に乗り込んですぐから話したそうにしていたエーファが、この会話をきっかけにと、口を開く。
「折角なので自己紹介でもしませんか? お互いを知っておいた方が、試験でもきっと役に立つと思います」
「はう、あ、いいと思います。へへ……」
「めんどくせえな。役に立つかなんて関係ねえさ。どうせB級なんて倒せっこないんだから、逃げ一択だろ」
仰々しく踏ん反り返って長髪を掻きあげる。
そんな不遜な態度からだけでも、まだまだ青い少年であることが透けて見える。
エーファも、小柄な少女も、苦虫を噛み潰したような表情で黙っていた。
助けを求める聖女の視線に、成り行きを見守っていたノアがようやく会話に参加する。
「そんなこと言わずにあんたも協力してくれ。まずは俺から、剣士兼魔導士のノア・ヴェルトだ。そこにいるエーファと一緒に冒険者を目指して旅をしてた」
「主に支援を得意とする魔導士のエーファと申します。道中、倒れていたところをノアに助けてもらい、二人で冒険者になるべくここまで来ました」
心底興味の無さそうな様子の剣士に対し、少女は身を乗り出している。
「お、お二人はその、こ、恋人とかなのでしょうか?」
想定外の質問に面食らうも、二人は口を揃えて否定する。
何故かフードを被った少女は頭を抱えていた。
「ま、またやってしまいました……! 初対面の方にぶ、不躾な質問を!」
呻き声のようなものを上げて身を捩っていた彼女は、ようやく落ち着きを取り戻し、被っていたフードを外す。
萌黄色のうねる髪に、透き通るように白い肌、大きな桃色の瞳。
可愛らしさと美しさを兼ね備えたような、整った顔立ち。
だが何より全員の目を引いたのは、その長く尖った特徴的な耳だった。
「驚いた。耳長族だったのか」
ノアと同様に、エーファと長髪の剣士も驚きの表情をしている。
「ふへへ。こ、これでも貴族でして、ドットランド子爵レールスの娘――ヘレナと申します。い、一応召喚士なんですけど、今はとある理由で魔導が使えません」
彼女は下卑た商人のような笑いを浮かべる。
今まで彼らが抱いていた耳長族への心象は、脆くも崩れ去った。
「おれが人生で初めて出会った耳長がコイツか……」
「す、すみません。こんな、あ、あたしが。あたしなんかが」
「おいおい、やめろよ。別に謝って欲しいわけじゃねえって」
泣きそうな声で呟くヘレナに調子を崩され、段々と剣士の態度が軟化していく。
三人から目線を向けられて彼はバツが悪そうに名乗る。
「おれは南部の田舎町から出て来たロジャー。見ての通り剣士。金のためもあるけど、とにかく実力を試したくて冒険者目指してんだ」
初対面の人間に舐められてはいけない。
先程からありありと示されているそんな態度は、深みのある赤みがかった眼の奥に宿る優しさで、あくまでも虚勢であることが分かる。
彼は名乗った後も、露骨に心配そうな顔で横に座る少女を見ていた。
ノアとエーファはその光景を笑って眺める。
「随分と個性的な面子が揃ったな。威勢の良い剣士に、魔導が使えない弱気な召喚士か」
「不安もありますけど、私たちならきっと大丈夫です! 他の馬車に乗っている方たちとも上手くやれると良いですね」
馬車は約一刻程の間、止まることなく進み続けた。
◇
木々が生い茂る場所の手前、続々と到着した馬車が並び、中から受験者たちが降りていく。
ラセットが手を挙げて呼びかけ、受験者たちは彼の周りに集まる。
一番最後に到着したノアたちを見ると彼は口を開いた。
「全員いるな。いよいよこれから、冒険者登録試験を開始する」
不安とやる気の入り混じった顔をゆっくりと見回しながら、言葉を続ける。
「冒険者はパーティや仲間同士の連携が命だ。そして、一番危険なのが手負いの魔物。お前たちの協力関係の構築力と、冷静な状況判断力に、大いに期待している」
「命の危険を感じたらすぐにリタイアしてね~。ぼくたち無暗に若人を死なせるのは、ほんとに嫌だからさ~」
フューエルの呑気な話し方は、もしかすると受験者の緊張を和らげる為なのかもしれなかった。
逃走の際の目標地点は、彼らが今立っている森の入り口。
当たり前だが、魔角獣と邂逅するまでは逃走できないし、戻って来たところで条件達成とは見なされない。
最後の注意事項説明が終わり、その場に立ったままで居る受験者たちにラセットは告げる。
「合図なんか無いから早く行け。試験はもう始まってるぞ」
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最近一段と寒い気がしますので、皆さん体調にはお気を付けてください。




