第8話:不可解な点
第8話:不可解な点
帰宅した頃には、すでに時刻は21時を回っていた。
警察の話によると、井原さんはあの後すぐ病院に搬送され、出血は多かったものの容態は無事安定しているという。
意識はまだ戻っておらず、眠ったままだが、近いうちに目覚めるだろうとのことだった。
まずは安心だ。井原さんのことに関しては、本当に良かった。
だが、それ以外のことでは問題ばかりだった。
まずは、あの全身黒で覆われた謎の人物に関してだ。
「消えたのか?」
「そうだ。奴が走るすぐ後ろを警備員と警察が追っていたはずだったが、曲がり角を曲がった途端、すぐに見失ったそうだ。まるで消えたかのようだった、と。」
「監視カメラは?」
「もちろん確認した。しかしカメラにも奴だけは映っていなかった。映っていたのは追いかけていた二人だけで、映像が改ざんされた痕跡もなかった。」
警察官二人は、未来世界にて追跡した道中、追い詰めたと思った先が普段の喫煙所であったと証言している。
そこには行き止まりしかなく、隠れられる場所もなかったという。
しかもその時、周囲には誰もいなかった。
そう、黒服の人物はまるで雲隠れするかのように、忽然と姿を消したのだ。
そして、漫画家の赤立先生への強迫と息子・塔矢くんの誘拐についても、不可解な点が残っていた。
犯行を行った人物は、状況証拠と塔矢くんの証言から黒服の人物で間違いなかった。しかし、犯行に使われた爆弾はすべて偽物だったという。
「タイマーと3Dプリンタで作られたと思われる外装に、火薬の匂いのするものを組み合わせて、精巧に作られた偽物だった。一般人には見分けがつかないほどの代物だよ」
「そんな……じゃあ、目的は……?」
「それがさっぱりわからない。誰が、何のためにここまでの物を作ったのか。いたずらや脅迫にしても、クオリティが高すぎる。君が何か知っているかと思ったが」
「いえ、赤立さんとの会話も、あの人物とのやり取りも、思い当たることは何もありません」
「隠している様子はないな。それでいい。ここから先は警察の仕事だ」
「それにしても、あの二人を狙った理由がわからないですね」
「そうだな。偶然標的になったのか、それともまだ俺たちには見えていない目的があったのか。まあ、ここからは任せてくれ。お話をありがとう」
「いえ、お役に立てずすみません」
「いやいや。今回の件はわからないことが多すぎる。奴の目的どころか、性別すら判断材料がない。声も君たちの証言によれば、男性の声に寄せた変声機のものらしいしな」
「何か、ひとつでも明確なことが分かれば良かったのですが」
「仕方ないさ。ニュースでも、明確でないことは報道されないだろう。だから君も、今日のことは内密にしておいてくれ。これからの君たちの未来のためにも、あまり信憑性のないことで世間を騒がせたくない」
「はい。もちろんです」
「また、何かわかったことや思い出したことがあれば、この番号に連絡してくれ」
そう言って受け取った名刺には“御堂正義”と書かれていた。刑事らしい、固い印象の名前だった。
警察との話は、ここで終わることになった。
爆弾が偽物だとすれば、あの二人を狙った理由も、今回の犯行全体も、わからないことだらけだ。
行動のリスクに見合うメリットがあったとは、とても思えない。
自分の第六感をもってしても、材料があまりに不足している。何も見えてこない。
これ以上考えても答えは出ないだろう。
「今日は、ひどく疲れたな……」
聞かれたことに答えたり、一連の出来事をそのまま話すだけなら、ここまで気力は消耗しなかっただろう。
だが、話はそう単純ではない。
「どうしてここで困っている人がいるとわかった?」と訊かれ、「僕の能力です。勘が働くんです」なんて答えれば、余計にややこしい話になるどころか、何かを隠していると疑われて、今も聴き込み中で帰してもらえなかっただろう。
第六感に関することはもちろん伏せつつ、なぜ自分がその場に居合わせたのか、なぜ暗号の書かれたカードを持ち出していたのか。辻褄を合わせるために気力と頭脳を振り絞った。
自分がワースタであることは話した。
落とし物を持ち出してしまったことも、部署の上司には伝わることだろう。
次の勤務でどれだけ叱られることやら……まさかクビになることも……なくもないな……。
「考えても無駄か。寝よう」
そう独り言をこぼし、ベッドに吸い込まれるように倒れこむ。
今日はもうキャパオーバーだ。そういえば、まだお風呂も済ませていない……。入らないと……。確か、明日は休みだったはず……朝でもいいか……。
こうして、僕の情報過多な一日は、気絶するかのようにして終わった。




