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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第7話:ここに来た理由

第7話:ここに来た理由


 「人が撃たれたぞー!」「誰か!警察!」「警備員はどこだ!」「ママ!ママどこー!」「痛い!ちょっと!」「押すなって!」「うるせえんだよ!」


 まるでパニック状態だ。

 行き交う人々は皆、宇宙世界から離れる方向へ走っていく。


 逆方向に向かおうとするのは、僕くらいなものだ。噴水広場から宇宙世界に向かうのは、簡単ではない。


 人混みに押されながらも、なんとか宇宙世界に辿り着く。


 僕の勘は、こういう時に限って先回りできない。


 「アトラクションの方向だ!」近くにいる警備員の声が聞こえた。


 今の僕は私服の状態。見つかれば、このエリアから避難させられるのは目に見えている。


 見つかる前に行こう。噴水広場から宇宙世界へ繋がる道を右に曲がれば、アトラクションはすぐ目の前だ。


 道を走り抜け、右に曲がると、その光景はすぐに目に飛び込んできた。


 人が倒れている。間違いない、同じ部署の人だ。

 あれは──新人の、確か“井原千里”さんだ。

 その向こうには、黒い服装に包まれた人物が井原さんに銃口を向けている。

 そして少し後ろには、季節に合わない服装で怯えた様子の男の子もいる。


 説明されなくとも、状況は一目瞭然だ。


 おそらくあいつが誘拐犯。そして今、井原さんを撃ち殺そうとしている。


 フードを深く被り、視界が狭いのか、走って駆けつける僕には、ギリギリまで気づかれていない。



 「この程度ではダメか……。仕方ない。」

 井原に銃口を向けながら近づく黒い人物。

 


 引き金に手をかけている!まだ距離はある。

 このままでは間に合わない──何か手はないか。


 ……!?いや、ある!!!これしかない……!


 無意識のうちに持ってきてしまっていたスーパーボール。

 狙うのは銃を握るあいつの手元だ!勘の力は、こういう時、どの力量でどう投げれば狙った場所に届くかもだいたいわかる。


 

「届けえええええええええ!!!!」

 


 バンッ!

 2発目の銃口が鳴り響く直前、黒服の人物の右手にスーパーボールが命中した。


 軌道は少しずれ、弾は井原さんの身体の右側の地面に撃たれていた。


 この隙に井原さんの横を走り抜け、黒服の人物との間に入り込むことができた。なんとか間に合った。

 

井原さんが死ぬような悪い予感もない。


 「もう大丈夫。君は死なない」

 「七国……さん……?」

 「君はここでは死なない。僕の勘がそう言っている

 「勘、ですか……」


 フッと少し笑みを浮かべ、安堵したのか、気絶してしまったようだ。


 「お前、この子を殺す気はなかったよな。一体何者だ」

 「お前にもいずれわかる。それに、おそらく今回の目的は達した。無駄に話す意味や時間はない」


 変声機か?声は男性の声を出しているが、どこか機械的だ。

 服装は真っ黒で、その上さらに黒いレインコートのようなもので覆われているため、体格もつかみにくい。性別の判断も難しい。


 そして、身長は──僕と同じくらいだ……。まさか……。



 「逃げられると思ってんのか?」


 「そうだな。逃げ切れるさ。俺にはその確証がある」


 僕の勘によれば、もうここにはすでに警備員が向かってきているはずだ。


 「もうじき警備員が来る。今から逃げるのは不可能だ」


 「あぁ、そうか。勘か。それ、その能力についてだが」


 僕の第六感を知っているのか……?


 「能力?なんのことだ」


 「誤魔化さなくていい。お前のその力、確か第六感だったっけか。まだただの勘だと思っているのか」


 やはり知っている……?

 いや、その前に、ただの勘とはどういうことだ?


 「俺がお前の力を知っていて驚いているのか、それとも困惑か。そのどちらも、か」


 こいつは何故、僕のことを──

 一体何を知っているんだ。


 「お前は一体何を」


 「どこまで知っているんだ。一体何者なんだ、か?」


 またもや驚きを隠せなかった。


 今目の前のこいつが発した言葉は、一言一句、僕が今まさに出そうとしていた言葉そのものだったのだ。


 「先程言ったように、無駄に話す意味も時間もない。お前へのヒントはここまでだ。じゃあな」


 そう言うと、黒服の人物は“宇宙世界”の隣にある“未来世界”の方向へ走り出した。


 「待っ……いや、ダメか……」


 追いかけて話の続きを聞き出したいところではあるが、今この場で最優先すべきはそれではない。


 「井原さん!大丈夫ですか!井原さん!」


 後ろで倒れている井原さんの元へ駆け寄る。

 目は覚まさないものの、かすかに息がある。良かった。


 鞄に確かタオルがあったはずだ。簡易的ではあるが、左肩の止血を行う。

 AUPでの災害傷病訓練で習ったことがここで活きた。覚えておいてよかった。そして次は──。


 「あの、君!塔矢くんだよね。君ももう大丈夫。噴水に行けばお父さんがいる。もちろんそこに行っても、もう悪いことは起きない。安心してパパの所へ──」


 おそらくあの分厚い衣服の下には爆弾が巻かれているのだろう。

 まだ危険な状態かもしれないが、このパーク内で爆発が起きる予感はもうしなかった。



 

 「君!そこからは私たちが請け負うよ。」


 ふと声の方へ顔をあげると、数人の警察官が立っていた。

 いつの間にか周囲には複数の警備員や救急隊も集まっている。


 通りの道にいた人々は逃げて別の場所へ向かったが、この通りの店舗やアトラクション施設内にいた人々からすると、今は安全圏でこの一部始終を見守っていたことだろう。

 そういえば、何人もの人にカメラを向けられていた気もする。


 今の世の中は、誰かを助けて守ることよりも「スクープを目撃した自分凄い!」をアピールしたい馬鹿がありふれている。

 会話までは聞こえていないだろうが、目立ってしまったことに変わりはない。


 それでも、一連の流れを目撃したワースタさんか、一般の方が通報してくれたのだろう。

 誰のおかげであれ、こんなに早くプロの方々が集まってくれたことは助かった。


 「一連の大まかな出来事は他の目撃者から聞いている。君が犯人じゃないことも、安心して。その女の子は救急隊の方が対応してくれる。あとは、あの男の子のことや、さっき言っていた噴水にいるお父さんのことも含めて、全部お話を聞かせてもらいたいんだけど……良いかな?」

 

 「はい。もちろんです」

 「では、こちらに同行お願いします」


 そう言って場を離れようとしたその時だった。


 「塔矢!」


 背後から赤立さんの声が聞こえた。

 振り向くと、走ってきたせいか汗だくの赤立さんが、呼吸を荒くしながらこちらに向かってきている。


 「赤立さん!ケースは!?」

 「大丈夫だ。近くにいた警察の方に事情を話して任せたさ」


 早口で僕に返事をし、赤立さんは塔矢くんの元へ足早に向かっていく。


 「良かった、無事で……これが爆弾か!警察は何をしているんだ!早くこれを脱がせてくれ!」


 「落ち着いてください。今、処理班もこちらへ向かっていますから」

 「落ち着いてられるか!処理班が遅すぎるだろうが!」


 子どもの安否が一先ず確認できたからか、先ほどまでの動揺は消え、今度は怒りと焦りを警察官にぶつけている。


 八つ当たりもいいところだ。情緒不安定すぎる。

 その姿に僕は苛立ちを隠せなかった。


 元を正せば……

 「お前のせいだろう、赤立さん」


 「ハァ!?何なんだ君は!ずっと……!もう用はない!さっさと去れ!」


 「ちょ、ちょっと君……」


 警察官が戸惑いながらも止めようとする。

 しかし、これだけは言っておきたかった。

 警察官の制止を無視し、僕は話を続ける。


 「息子さんが誘拐された時、漫画を描いてたって言ってましたよね。そして、電話でやっと誘拐されたことに気付いたと」

 

 「だから!君には関係ないと言って!」


 「僕には関係なくても、そこにいるその子には関係あるだろう。」


 「は?」


 「何のために仕事してるんですか。何のために子どもとテーマパークに来てるんですか。全部、子どもと楽しく生きていくためだろう。それとも、売れっ子漫画家で、しかもシングルファザーな自分が世間に褒めてもらうために子どもを育ててるんですか。違うだろ。子どものために仕事をして、その仕事でさらに多くの人に笑顔を届けるために漫画を描いているんじゃないんですか。なのに、テーマパークに来て、ホテルで構わず漫画を描いて、拐われたことに気付きませんでしたと……ふざけんな。」



 「君に一体何がわかるんだ!私の……ひとり親の苦労が!」

 「わかりたくないな。子どものこと、何も見えてない人の気持ちなんてな。」


 「子どものこと考えてるから、こうやって連れてきてやってるんだろう」


 

 何故こいつはこんなにも……。

 



 「やってる、じゃない。ここはな、“一緒に楽しみに来る”場所なんだよ!ホテルでまで構ってられないだと?テーマパークに連れてくることが全てじゃない。一緒に遊んで、共感して、笑顔を向け合って、感想をいっぱい話し合う。そんな場所なんだよ、ここは!」


 「感想なんか話し合って、何になる!」


 「話し合って、相手を知るんだろ!お前が今見るべきなのは、原稿でもキャラクターの心情でも読者でもない。目の前にいるその子の笑顔だろ。」


 「お前に、何が……。」


 「わからないな。全部はな。その子が今どんな気持ちで、どんな顔をしているか、それを理解できるのは俺でも他の人間でもなく、あなただけなんだよ。漫画も確かに素晴らしい作品だ。コラボだってしている。でも、一緒に過ごしている時くらいは、締め切りがどうあれ、漫画よりもその子の顔を見てあげてほしい」


 言いたいことは言えた。

 自分でも少し自己満足が過ぎたかと思う。


 「そのくらいで、いいか?」

 警察官が静かに問いかけてきた。


 「はい。もう行きます。お時間いただきました。ありがとうございます」


 赤立先生親子のことは、二人だけの問題だ。

 随分口出ししてしまったが、これ以上は必要ないだろう。


 こうして、僕はこの場を離れた。嫌な予感もすっかり消えている。



 ──もう、大丈夫だ。

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