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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第6話:厄日

第6話:厄日


 時は、七国遊人が赤立若小に接する少し前に遡る。


 現在の時刻は、16時30分示そうとしていた。


 ショップ内は混雑しておらず、早めにお土産を買おうとするフレンズが増え始める時間帯だった。


 「井原さん、レジの対応すごくいいね!頑張ってるけど、しんどくなってない?大丈夫?」


 橋本さんは、フレンズがレジに来ていないタイミングを見計らい、何度も優しく気遣ってくれる。


 「はい!楽しんでます!大丈夫です。ありがとうございます!」


 先ほども、喉が渇いてきたなと思った瞬間、まるで見透かしたかのように、絶妙なタイミングでドリンクを差し出してくれた。


 どれだけ長く働いていれば、そこまでの観察力が身につくのだろうか。素敵だ。


 「慣れてきてるのが見ててわかるよ!覚えるの早いね!」


 「ありがとうございます!」


 「ちょっと私、水筒が空になっちゃったから、裏でお水汲んでくるね。何かあったら、周りの誰にでもすぐ聞いてね」


 「了解です」


 橋本さんはそう言って離れていった。レジにフレンズはおらず、店内も少し空いてきている。


 メモ帳を開き、復習しようとしたその時、男性のワースタさんが声をかけてきた。


 「……新人さん?」 静かな声で問いかける。


 「はい!井原です。よろしくお願いします!」


 「井原……!?」 その男性は、なぜか私の名前を聞いて、一瞬驚いた表情を見せた。


 名札を見ると、神蔵さんという方らしい。


 「あ、すみませんね、名乗り遅れました。私は神蔵栄一と申します。よろしくお願いします」


 微笑は暖かく、声も落ち着いていて、見るからに優しそうな方だ。


 でも、さっきの驚きは何だったのだろう。気のせいかな。


 「よろしくお願いします」


 「頑張ってね」 そう言うと、神蔵さんは再び自分の作業へと戻っていった。


 去り際、小さく呟く声が聞こえた。

 「彼が言っていたのは、君のことだったか……」


 彼?一体誰のことだろうか。七国さん?いや、そもそも私には関係ないことかもしれない。


 気にすることじゃない、と自分に言い聞かせ、仕事に集中しようと周りを見渡したその時、店舗入り口前に佇む一人の男の子の姿が目に入った。


 6月後半で、早くも暑さが厳しいこの季節に、どう見ても不自然な長袖を着ている。

 しかも、その膨らみ具合から中にも着込んでいるようだ。表情も体調が悪そうで、明らかにおかしい。


 その時だった。男の子は手のひらを見せ、親指を内側に曲げ、残りの4本の指を握るように覆う動きを見せてきた。


 テレビか何かで見たことがある。


 「確か、あれは……」


 「ハンドサインだ。意味は“助けて”だよ」


 「わっ、神蔵さん!」


 いつの間にか、先ほどどこかへ向かったと思った神蔵さんが隣に戻ってきていた。


 「“ヘルプ”ですね。あの子の服装も違和感がありますし……。こういう時はどうすれば……」


 「行ってあげて。君が行くべきかもしれない」


 「え、行っても大丈夫ですか……?」


 バイト初日の私が、勝手な行動をしても良いのだろうか。


 「橋本さんには僕が伝えておく。ここで大事なのは、業務よりも人を笑顔にすることだから。君が困っていると感じたなら、行ってあげるべきだ。何もなければ、それはそれでいい。だから、井原さんは彼の元へ行ってあげて」


 「わかりました。行ってきます!」


 自分の居たレジのポジションを一先ず神蔵さんに預け、店舗入り口の男の子の方へ足を運ぶ。


 男の子は私が近づくと、足元に目を落とし、次の瞬間、逃げるかのように走り出した。


 「待って!」


 何で逃げるの!?


 急いで後を追う。


 

 今日は一体、何という日なのだろうか。

 こういう日を厄日というのだろうか。

 厄というほどでもない気もするが。


 勤務一日目にしてクセのありそうな人と出会い、助けを求められたと思ったら今度は急に逃げられる。

 今までこんな変な日はなかったし、今後もごめんだ。


 店舗から少し右へ離れたところで、男の子がようやく立ち止まってくれた。

 良かった。このまま走り続けられていたら、きっと見失っていたと思う。運動不足かな。明日からウォーキングでも始めようか。


 「良かった。止まってくれて。こんにちは、君、今私に……」


 話しかけた言葉は、そこで止まった。


 男の子の隣には、テーマパークにいるはずのない、怪しい風貌の人物が立っていた。


 真っ黒な服装に、その上から黒いマントかレインコートのようなものを羽織る。フードは目まで深く被られ、口元には呼吸用の穴が6つほど空いた黒いマスク。

 手袋も真っ黒で、顔は全く見えない。背丈は高めで、七国さんと同じくらいかもしれない。

 全身黒く包まれたその人は、まるで急に現れたかのようだった。


 男の子を追いかけていたときには、こんな人はいなかった気がする。いれば、嫌でもすぐに目についたはずだ。


 「ありがとう。ここまで出てきてくれて」


 男の声のようだった。しかし、あのマスクが変声機のような役割をしているのか、声は機械交じりで、人間の声には聞こえない。背丈的には男性だと思うが、何せ全身真っ黒で何もわからない。


 「あの……あなたは……?」


 「悪いけど、こんな目立つ格好で長居するわけにもいかないんだ。それに、いずれ分かることだ」


 「え? あの、一体どういうことか──」



 バンッッッッッッ!!!!


 質問を言わせてもらう間もなく、一発の破裂音と共に、左肩に強烈な痛みが走った。


 一瞬、音のない世界にいるような感覚。

 周囲の人も状況を把握できていないだろう。

 少しして、何秒経ったのか、私には数分のように感じたが、周りは逃げ惑う人々と悲鳴、泣き声でパニック状態だった。まるで、私だけ時間がゆっくり流れているかのようだった。


 「え……」


 左肩を抑える私の右手は赤く染まり、黒い人物の手には、しっかりと私に向けられた拳銃が握られていた。


 「いつかの君のためだ。すまない。これは必要事項なんだ」


 ダメだ、足の力が抜ける。次の瞬間には、すでに視界は青空を向き、パークの固い地面に横たわっていた。


 「この程度ではダメか……。仕方ない」


 私に銃口を向けながら、ゆっくりと近づいてくる。

 目的はわからない。しかし、ひとつだけ確かなことがある。


 今日は、確実に厄日だ。


 そう思った次の瞬間──


 すっかりBGMしか聞こえなくなったこの場所で、二発目の銃声が鳴り響いた。

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