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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第5話:僕のやるべきことと

第5話:僕のやるべきことと


 2024年6月27日、天気は雲ひとつない快晴だった。


 どこを見渡しても、人で溢れている。

 アプリで確認した各アトラクションの待ち時間はどれも90〜140分ほどを示していた。

 アプリ内で見られる各ショップのライブカメラを覗いても、店によってはレジの列がどんどん長くなっている。


 フレンズの予想人数は確か42,000人だったはず。

 「どう見ても、それ以上の人数がいる気がする」


 現在時刻は16時40分。

 僕はパーク内エントランス前に立っていた。


 ここで働くワースタたちは、福利厚生の一環として、いつでも裏方従業員入口からパークへ入場できる。

 仕事の前後でも、休みの日でも例外はなく、チケットなしで自由に入退場可能だ。さらに、園内で購入する飲食やお土産などは半額で手に入る。そのため、仕事終わりに新発売のグッズを買うだけのためにパークに立ち寄る人も少なくない。


 「さっさと終わらせて帰るとしよう」


 普段、一刻も早く帰路につきたい僕にとって、仕事終わりにパークへ入るのは珍しいことだった。

 理由は遊ぶためでも、何か買いたいものがあるわけでもない。ただ、やらなければならないことがあるからだ。


 現在立っているエントランスから左へ進めば『恐竜世界:ダイナソーダイブ』、右へ進めば『遊戯世界:ゲーミングフィールド』がある。そして、真っ直ぐ進むとパーク中央に位置する噴水広場がある。


 目指すはその噴水広場。おそらく、そこに“居る”はずだ。

話し合うために必要なカードも、ちゃんと持ってきた。本当は良くないことだが……。

 

 取り出す際には、無意識のうちに惑星スーパーボールまで手に持ってきてしまっていた。バレたら、どれだけ怒られることか……。



 噴水広場には、黄色い水晶玉のようなものがシンボルとして埋め込まれた大きな時計塔が立っている。

 その周囲には手入れの行き届いた草木や花が円状に植えられ、所々にはカラフルに塗られたベンチが置かれていて、疲れた人々の休憩場所となっていた。


 もうすぐ17時ということもあり、疲れ切って荷物番をしている親御さんや、肩にもたれかかって眠る彼氏とスマホをぼーっとスクロールする彼女、ベビーカーの子どもを泣き止ませようと軽く前後に揺らす母親など、休憩している人々の姿が非常に多く見られる。


 その中に、一人だけ、明らかに普通の疲れとは違う表情を浮かべて腰かけている人物がいた。

 荷物は何も持っておらず、たった一人、スマホを両手で強く握りしめ、何かの連絡を待っているかのようにも見える。

 その男の足はずっと貧乏ゆすりをしており、手も震えていた。テーマパークにいる人間としては、明らかに普通ではない様子だ。


 そして服装は“青い服”だった。


 「見つけた」

 おそらく彼だろう。僕の勘がそう告げている。


 ちょうど彼の座っているベンチに隣接する席が空いていた。目の前を通ったときも、こちらのことは気にも留めず、ずっとスマホを眺めている。


 ──ここは、こちらから強引に行くしかないか。


 「そのままで良いので、聞いてください」

 「っ!?な、なんだ、君はだれ」

 「しっ!静かに」


 驚きと少しの恐怖が混ざった声を、こちらは制止する。


 「まずひとつ。僕はあなたに何があったのかはまだ想像の範囲内で、明確には知りません。ですが、これだけは確実に分かる。あなたは助けを求めている」

 

 「君が何者か知らんが、関係のないことだ。消えてくれ」


 そう言う男の声は、明らかに何かに怯えている。やはり口止めでもされているのだろうか。


 ここまでは予想通りだ。


 「じゃあ、関係なくても構いません。ここからは、ただあなたの隣で独り言をぶつぶつ言っているだけの人間だと思ってください」

 

 「……」


 「まず、あなたが誰か。おそらくあなたは『ワット学園』の作者、赤立若小さん。今日は子どもを連れて、自分の漫画がコラボしているこの場所へ遊びに来ていた」


 作者が遊びに来ているなんてこと、周りに聞こえたら大事になる。だから、彼にしか聞こえないくらいの小声で、問いかけるように呟く。


 「!?」

 目を見開き、明らかに「何故分かった」と言わんばかりの表情。ビンゴだ。


 「そして、2日目の今日、事件は起きた。おそらくお子さんが誘拐でもされたのだろう。時刻で言えば12時にはすでに連れ去られ、そのお子さんの電話で犯人から連絡が入っていたはずだ」


 “誘拐”なんて言葉、周りに聞かれるわけにはいかない。小声で、周囲を気にしながら話すのは思った以上に神経を使う。


 「何でそれを知ってる。やはりお前が」

 早くも独り言タイムは終了。会話が成立した。

 

 これで、こちらの話を無視することはできない。


 「違いますよ」

 ここで冤罪を吹っ掛けられ、その弁明のために話の方向が逸れたらたまったものではない。

 強めに言葉を遮って続ける。


 「あなたのことを見かけた女の子がいました。その子の言っていた特徴と行動が、僕の勘によれば、あなただとピッタリ一致するのです」


 ──ふくがおなじでねこまってでんわしてるひとがね、おおきなみずのあるところにいこうとしてたけどぱぱちがうなってなったからおみせのひとにきこうとしたの。


 三奈ちゃんのパパは青い服を着ていた。

 小さな女の子から見ても、“困っている”と分かるくらい行動に出ていたその人が向かった先は“大きな水のあるところ”つまりここ、噴水広場だ。


 「その目撃証言から、『行動に出るくらい挙動不審に困っている人が噴水広場に居る』ことまでは分かりました。しかし、テーマパーク内での困りごとなんてたくさんあります。道が分からなかったり、落とし物を探していたり。なので、これだけの情報では僕もわざわざここへ来たりしませんでした。このカードを見つけるまでは」


 そう言って、落とし物として届いていたAUP公式ホテルのカードをポケットから取り出して見せる。


 「……それは!?」

 「そう。AUP公式ホテルの高いランクの部屋に宿泊した人しかもらえない限定カードです。裏の番号は『12400020240626』。この番号は宿泊した金額と日にちから成り立っています。最初の6桁124000は12万4千円。つまり、昨日の価格で言えば高い部屋の小人の値段です」


 「なんで、それを君が……?」

 当然の疑問だろう。しかし、自分がワースタであり、部署に届いた物を取ってきたなんてことはさすがに伏せておきたい。


 「僕が拾いました。このカード、あなたもお持ちですよね」


 そう問いかけると、赤立さんは財布から同じカードを取り出してきた。


 「そんな高い部屋に泊まれるのは、よほどお金に余裕のある人だけです。それこそ、世間の人に『金持ちシングルファザー』と認識されているあなたのような」


 ──そいえば昨日さ!ウチ昨日も出勤やってんけど、『ワット学園』の作者の人来てたで!


 戸上さんたちの雑談が、こんなに役に立つとは思っていなかった。


 「目撃証言もあり、金持ち、そんな時に暗号の書かれたこのカード。タイミング的にも、あなたたちかと思いましてね。困っている人がこの広場にいる、という別の証言が最後の鍵となり、すべてが結びつきました」


 「なるほど。それで、ここにいる私が『ワット学園』の作者だと。それは分かった。しかし、さっきから何なんだ。探偵ごっこのつもりか、ぺらぺらと推理を話しやがって。しかも憶測がたまたま当たっただけの推理だ」


 「ですね。でも、まだ時間があるからこそ、こうやって信頼を得るためにお話しているんです」


 「君とゆっくり話す時間なんて、こちらには──」

 

 「20時ちょうど。ですよね」


 「な……なんで、なんでそこまで知っている」

 

 「このカードを見てください」


 そう言いながら、カードを手渡す。


 「脅されているだけなのか、おそらくお子さんは縛られたりはしていない。身体的には自由の身でしょう。まぁ、この中で自由を奪うようなことをすれば逆に目立ってしまい、犯人にとっても都合が悪いですからね。でも違うことで脅されていて、お子さんは犯人の側から離れられない」


 「なんで知っていると聞いているんだ」


 その声には怒りが込められているのが伝わってくる。


 「そのカード、落書きされていますよね」


 ここでうろたえては信用してもらえない。冷静に言葉を繋いでいく。


 「あぁ、これがどうしたというんだ」


 「それは、あなたのお子さんが書いた助けを求める声です。おそらく犯人があなたに電話している時に、会話を聞かれないように注意しながら書いたのでしょう。2と0に〇がしてあるのは20時を示すのだと思います。そして、それがあなたへの要求のタイムリミットなのではないか、と」


 「……」


 否定しないのは、正解ということだろうか。


 「お子さんからすれば、『この時間までに助けて』の意味になりますかね」


 「塔矢がそんなことを……?」


 表情からは余裕のなさが滲み出ている。

 それもそうだ。余裕などあるはずがない。

 一日、子どもが誘拐されて台無しになった上、こんな訳の分からないやつに、いきなり推理を話されるのだから。


 だが、犯人を見つけるためにも、まずは僕という人間が、話すに値する人間だと信用してもらう必要がある。

 そのためには、これが一番手っ取り早い。

 悪いが、もう少しだけ聞いてほしい。



 「表の落書きですが。『Happy』と書かれた文字の“a”と、その上の『180』。これは“a”を180度ひっくり返すということかと。そうすると、少し無理やりですが“e”になります。3文字目の“p”は丸の部分が塗り潰されていますが、丸部分を無くして“l”ということ。4文字目の“p”はそのまま。これを続けて読むと——」


 「Help……?」


 「そうです。そして最後の“y”の文字が周りを〇で囲まれているのは、時計を示しているのかと思いました。丸の中に3本の線があれば、時針・分針・秒針と捉えることができますから。矢印が『All』の文字を指すように伸びているのは、時計だと強く認識させる補足です。『All』の“A”と“ll”の隙間に小さく×と書いてあるのは、トランプのように“A”を1と見立てて変換。Ⅱはそのまま2です。1×2となりますが、掛け算ではなく合体と見て、12としたかったのでしょう」


 「そこまでのことを塔矢が考えたというのか?」


 「そこまで、というほどじゃないですよ。一見複雑な暗号に見えますが、要素としては、丸をつけたのとトランプ変換、文字を逆にしたり、あとはHelpという言葉だけです。ひらめけば小学生でも考え付きます」


 さて、そろそろ推理を話す時間は終わりだ。少しは何か話してくれたらいいのだが。


 「ありえない。この状況でそこまで……」


 「すごいですよね。そんな状況で、“時計の場所でHelpを求めている人が居る”ことを伝えようとしたんですから」


 「塔矢……無事なのか……」


 「今はまだ無事かと。子どもって、大人が思っているより成長しているものらしいですよ。塔矢くんがここまで頑張っているんです。だからあなたも、話してみてください。大丈夫、周りに犯人は居ません」


 勘がそう言っている。


 「居たら、ここまで相槌を返す時間は与えられていないと思いますし。そして、今の推理で、少しは僕に話してみる価値があると証明できたと思います」


 もう勘による推理はすべて話し終えた。あとは、直接聞くことでしか、この先には進めない。


 「息子を……塔矢を返して欲しければ……これを使えと言われたんだ……」


 そう言って、ベンチの横に置かれていたトランクケースをこちらに滑らせて渡してきた。


 少しは信用してもらえたのだろう。良かった。

 何はともあれ、これで前に進める。


 「中身、失礼しますね」


 そう言って、二つのケースの留め具を外し、中身を確認する。


 中身は日用品でも、パークで売っているグッズでも、他の何物でもなかった。

 プラスチックのケースの中に、タイマーのようなものが入っており、そのタイマーからいくつものコードが伸びている。


 赤い筒が6本あり、いかにも火薬が包まれていそうだ。


 これは間違いない。


 「爆弾……ですか」


 すぐにケースを閉める。


 「そうだ。こんなものを見られたら、私が疑われる」


 なるほど。だから簡単には話せなかったのか。そりゃそうだ。


 「相談もできない。しかし、ここから離れることもできない」


 「犯人の要求は?」


 「20時ちょうどまでに、爆弾から出ているコードを切れ。そうすればこの爆弾のタイマーは止まる。とのことだ」


 「……?」 


 どういうことだ? これが爆発しないならそれで……。しかし、何故かと疑問に思ったと同時に、頭にとある予感がよぎった。そうか。


 「もしかして……息子さんの体にも同じ物がついている?」


 「そうだ。よくわかったな。君は本当に勘がいいらしい」


 「勘だけはね」


 「まぁ、こちらとは違い、小型の物らしいが。これを止めれば息子の体についている物が爆発する。もし、このまま放置して爆発させれば、息子の爆弾は無事だ。しかし、タイマーが0になれば……」


 トランクの爆弾が爆発する。そんなことになれば、このパークにいる大勢が犠牲になる。




 息子か、その他大勢の命か、選べ——。


 そんな選択肢、無理に決まっている。


 今日のクローズ時間は21時。20時ともなれば、そろそろ帰ろうとしてこの場所を通る人や、ライトアップされた噴水広場で写真を撮る人がいたりと、ここには大勢の人が集まる時間だ。


 そんな時に爆発でも起これば、死者や怪我人が何人出るか想像もつかない。


 「これはGPSで連動しているらしく、10メートル以上ここから動かすと、これと息子の体についている物、両方が爆発するそうです」


 つまり、これを持って人のいない場所に移動させることも不可能だということだ。


 しかし、今犯人は何をしているのだろう?

 僕にこれを見せて平気でいられるということは、この近くにはいないということだ。では今、どこに居るのか。


 「もしかしてですが……犯人の顔は、まだ見ていないんですか?」


 「あぁ。今朝、私がホテルで漫画を描いている間に連れ去られたんだ。だから見ていない」


 「せっかく遊びに来ているのに、仕事をしていたんですか?」


 「それは君には関係ないだろう!パーク内では子どもの相手をしている。ホテルでまでずっと相手をするわけにはいかん」


 さすがに子どもが可哀想だと思ったが、それを口に出してしまえば話が逸れてしまう。この気持ちは抑えておこう。


 「その後、息子の電話から指示が来たことで誘拐されたことに気付き、ここへ呼ばれ、言われるままケースを確認して以来、ずっとここにいる」


 こんな状況下での判断としては賢明だ。

 もしこの人が離れてしまい、その間にワースタがケースを落とし物として回収してしまえば、10メートルなんてすぐに移動してしまう。それを分かった上での行動なのだろう。



 「辺りを何度も見渡しても、息子を連れている人間は一度も見かけなかった。犯人の仲間がいるのか、あるいは息子だけをどこかに隠して犯人は近くにいるのか」

 

 確かにそういう可能性はある。こんな状況で僕が近づきすぎたのは、迂闊だったかもしれない。


 しかし、赤立さんに話を聞きに行っても大丈夫だということは、僕の勘が告げていた。

 その勘がなければ、ここへ来てはいない。

 

 ……まぁ、まさか爆弾まで出てくるとは思わなかったが。


 「大丈夫かと思われます。もし犯人や仲間が近くにいれば、僕が近づいた時点で何らかのアクションを起こすはずです。それがないということは、近くにそれらしき存在は居ないということ。加えて言えば、仲間なんて者も居ないはずです」


 「それも、勘か?」


 「いえ、もし仲間がいれば、同じく僕が近づいた時にでも立ちはだかるはずです。余計なことをされないように。でも、僕が今こうしてあなたと話せている以上、誰が近づこうが問題はないのでしょう」


 「そうか。なるほど……逆に、もう私たちにはどうしようもできない、ということになるな」


 いや、何か方法はあるはずだ。だからこそここへ出向くべきだと感じたはずだ。


 それにしても、何かがおかしい。金持ちのシングルファザーであるこの人を狙うなら、目的はまず“お金”のはずだ。

 しかし、爆弾を使った2択は金とはまったく関係がない。

 

 これは単純に人を苦しめることを楽しむ行為に他ならない。

 こんなことをするなら、標的がこの人である必要すらない。もしかして、この人自身に恨みでもあるのか。


 手段は大胆、目的と標的には違和感、僕が近づいても平気なこの状況、人質の子どもが落書きで助けを求められるほどの隙の多さ──どれを見ても、この犯行には穴が多すぎる。



 「本当の目的は一体……」



 そう呟いた瞬間、ふと身近な人に危険が及ぶような予感がした。


 「お、おい、大丈夫か、君」


 今の自分は、一体どんな表情を浮かべていたのだろう。それほどまでに嫌な予感が、ぬぐい切れなかった。


 「だ、だいじょう──」


 その言葉が途切れた瞬間、少し離れた場所でバンッ!と大きな破裂音にも感じる音が鳴り響いた。


 それは、テーマパークでは絶対に聞くはずのない音だった。


 「今のは!?」赤立さんが、おびえた顔で椅子から立ち上がる。



 「銃声……!?」




 嫌な予感の正体は、まさしくこれだった。


 その音が鳴った方向は──。


 「宇宙世界……!」

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