第4話:カードの導き
第4話:カードの導き
まさか自分が教える立場を任されるとは思っていなかった。
迷子の件で休憩が30分遅れて12時半からになったが、それは別に大した問題ではない。
しかし、その後、帰ってきたタイミングで新人の方と一緒になるとは。
近くにいただけで、2時間も付きっ切りで行動しなければならなくなるとは思わなかった。
一人で行動することを好む自分にとっては、少々面倒である。とはいえ、そこまで難しいことを教えるわけではないので、別に構わないと思った。
店舗配属の方には、店内業務に入る前に、まず自分たちのいる『宇宙』エリアをウォークスルーしながら案内する。
トイレやワースタ専用口の場所、消火器や避難経路などを教え、エリアの世界観や設定を理解してもらうためだ。
「宇宙エリアの上には、水・金・地・火・木・土・天・海・冥と太陽の、10個の惑星をモチーフにしたキャラクターたちが浮かんでいますよね。実は顔の部分がモニターになっていて、表情が変わったりするんです。」
「あ、私、顔の種類全部写真におさめましたよ~。困り顔が一番好きです」
「何度も来てるんですか?」
「実は、年パス勢です!」
「なるほど。ならエリア案内も軽くで大丈夫そうですね」
「おまかせください!」
何度も来ているだけあって、こちらが説明するたびに「知ってます」と言わんばかりのにこやかな表情を見せてくれる。
一通り案内が終われば、次は自分たちの活躍の場となる『スペーシアンショップ』店内の案内だ。
教える際の流れは、一応決まっている。付きっ切りとはいえ、流れに沿いながら雑談を交えて教えるだけなので、特に苦労はなかった。
「店内案内の前に、結構エリア歩いたので水分休憩ね。何か質問とかありますか?」
「いえ、とくには!散歩楽しかったですね!」
「軽い気分転換にはなりますね」
そう話しながら一息ついていると、冷蔵庫の横、机の前で話している二人の会話が聞こえてきた。
「え!まって!これ、AUP公式ホテルの宿泊者しかもらえへんカードやん!」
「落書きしてあるやん!めっちゃもったいな!」
その二人は、20代前半のフリーターの女の子・戸上日美香さんと、同じ日に入社した浦上知古さんだった。
この二人は、誕生月と年齢が同じで、日にちは1週間しか違わないそうだ。そのせいか、とにかくいつでも仲が良い。
「てか、しかもこれ高い部屋に泊まった人限定のやつちゃうの!?」
「まじで!?ほんまや!」
「これ、落とし物でええよね?」
「特典で貰えるカードやし、取りに戻ってきたりせんやろうけどなぁ。あ、七国さん、これって保管箱に入れるだけで良いですかね?」
二人の方に目を向けていたことに気づかれ、こちらに質問してきた。
「あぁ、シールとかカード類の落とし物は、タブレット入力無しで何も書かずにそのまま箱に入れたらええで」
「ですよね!ありがとうございます~!」
「あ、思い出した。そういえば昨日さ!ウチ、昨日も出勤やってんけど、『ワット学園』の作者の人来てたで!」
そんなことを話しながら、戸上さんがカードを保管箱に入れる。
「あー『赤立若小』だっけ。今アニクリで『ワット学園』のコラボしてるから、それ関係なんとちゃう?私、それ読んだことないし興味ないけど。作者、金持ちのシングルファザーなんやっけ?それだけ知ってる」
「いや、言い方よ。そやけど!じゃあ、ウチら休憩行きまーす!」
「行ってきます~」
二人はそのまま荷物を持ち、裏方の通路へと出て行った。
アニクリ、正式名称アニメーションクリエイトと呼ばれる映像世界のことだ。
『ワット学園』とコラボしているのは知っていたが、まさか作者まで来ていたとは。人気作品の漫画家って、顔まで知られてるものなんだな。
「落とし物って、あそこに入れるだけですか?」
「あぁ、そう。拾得物はあそこの落とし物保管箱にポイっと入れといて。でも、貴重品や明らかに価値あるものはタブレットに入力してからね。シールとかカード、飲料みたいなものはそのままでOK。誰もわざわざ取りに来ないから」
冷蔵庫横の保管箱を指さす。
「落書きされてますし、カードも捨てただけかもしれないですね」
落書きか……そう思った瞬間、カードが重要な物になる気がした。勘が働く。しかも、このカードこそが全てを繋いでくれそうな予感まである。
「七国さん、どうかされました?」
「いや、あのカードって、そんなに良いものなんかな?って」
「遠目でもわかりますよ。金縁入ってますし、絵柄はAUPのキャラクター集合絵柄。AUP公式ホテルの一番高い部屋に泊まった人だけが貰えるカードです。私も欲しいって思ってるので間違いないです」
「さすが詳しいね。ちなみにその部屋っていくらくらいするんです?」
「時期によりますけど、一番安い時期でも一人1泊10万8000円くらいですかね」
「10!?」
「はい、10です。10万の証ですよ。だから落書きなんてもったいなさすぎるんです」
「10かぁ……」
「あ、今は6月で夏シーズン突入、イベントも始まる時期なので12万くらいかもしれません」
「12……」
井原さんが目を細めてこちらを睨む。
「盗んじゃダメですよ~」
「落書きカードを盗むほど困ってへんわ」
と軽く頭にチョップを入れる。
「あ!暴力!」と叫ぶ井原さん。無視して先へ進む。
「さ、そろそろ行きましょ」
「はい!楽しみましょうー!」
現在時刻は15時。残り1時間は店内の案内と、横についてのレジ打ちで十分だろう。
店内の案内では、レジを開ける順番や消火器の場所、扉の開閉ボタンの位置、商品ジャンルの配置、新商品の展開場所など、細かいところまで丁寧に教えていく。
その後は、今日いるメンバーへ挨拶周りをして、早速レジへ。
たった2時間一緒に行動しただけでもわかる。
井原さんはとにかくパワフルだ。
コミュ力は底なしで、高いテンションをずっと維持できる。
挨拶を終えた今も、茶髪の髪を揺らしながらルンルンとレジに入り、緊張する様子もなく、お客様と楽しそうに会話しながらレジ打ちをしていく。
一つ一つの動作が生き生きとしていて、見るだけでこちらまで笑顔になる。きっと、今までもたくさんの人に好かれてきたんだろう。
「教えるの上手ですよね。何年くらい働いてるんですか?」
お客様が途切れたタイミングで、無邪気な笑顔のまま問いかけてくる。
「まだ半年経ったか経ってないくらいかな。教えるのとか初めてやったし!めっちゃ緊張したわ、ほんま」
「いや、絶対緊張はしてないですよね!エリア内で事あるごとに豆知識楽しそうに披露してくださってましたもん!」
「AUPの話をするのは、単純に楽しいことやからな」
「良かったです。だるいだけじゃなくて。私も聞いていて楽しかったですよ」
本当に人当たりが良い。
ウォークスルー中も、僕が雑談や豆知識を話すと、目を輝かせて頷きながら聞いてくれる。
話しかけられるだけで、場の空気がふんわり明るくなるようだ。
「というか、ほんとにずっと元気で楽しそうですよね、井原さん。悩んでくよくよしてる姿が想像つかない」
「もちろん!自分じゃどうしようもないことで悩んでも仕方ない!いつでも全力!私は私のやりたいことを真っ直ぐやるだけです!」
ワースタに対しても、フレンズの前でも、彼女の明るさは全く衰えない。通りすがる人全員に笑顔を振りまき、声をかけ、ほんの少しの会話も楽しそうに広げていく。
彼女といると、自然に元気をもらえる、そんな存在感だった。
初めて“教える”ということを実践する相手が井原さんで本当に良かった、と少しホッとした。
そうこうしているうちに、時計の針は16時を指していた。
「おはよう七国くん!ありがとうねぇ、2時間!」
声のする方を見ると、そこには40代ながら若々しいパートの橋本さんが、優しい笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「おはようございます。なんとかなったので良かったです」
「あら、ほんと?無言の間とかならなかった?あ、井原さん、橋本です。よろしくお願いしますね」
「井原です!よろしくお願い致します!」
「大丈夫?エリアとかだいたいわかった?七国くん、適当じゃなかった?」
優しい声でさらっと聞かれると、こちらは少し焦る。
「はい!楽しかったですし、七国さんも話しやすかったです!」
「良かったわぁ、その言葉!よし、じゃあ今からは私と一緒に楽しく頑張りましょうねぇ!」
「はい!」
「七国くん、あがってえぇよ~ありがとね」
「七国さん、お疲れ様でした~!」
「はい、井原さんも頑張って。では失礼します。お疲れさまでした」
二人にそう告げ、僕はレジを離れて裏方へ足を運ぶ。
退勤ボタンを押し、荷物をまとめながら、社員の方々に挨拶していく。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「はーい!お疲れさん~今日もありがとうね~」と矢柴さん。
「お疲れい!」「お疲れ様~」と続いて吉崎さんと田部さん。
三人ともパソコンに何かを打ち込んでいて、今なら誰にも気づかれない。
あとは更衣室に行って帰るだけだが、まだ確認しておくべきことがあった。
落とし物保管箱に手を伸ばすと、手のひらに収まるくらいの大きなスーパーボールがひとつ。
宇宙エリアのミニゲームで貰える“惑星スーパーボール”だ。そしてその下に、カードが一枚、まるで押さえつけるかのように挟まっている。
先ほど目にしたあのカードだ。光の加減でキラリと縁が光り、まるで僕に存在を訴えかけているかのようだ。
触れた瞬間、何か大きな流れが動き始める予感が胸の奥でざわめいた。
僕自身はこのカードに用はない。しかし、誰かのためには必要な行動だ。そう、自分の勘が告げていた。
カードの種類は『AUP All Happyカード』だった。
「AUP All Happy」という文字と、AUPに存在する全キャラクターが描かれており、縁は金色で豪華仕様のカードである。そして確かに、黒いマジックで落書きがされていた。
『Happy』と書かれた文字の“a”の上には「180」と記され、3文字目の“p”は丸の部分が塗りつぶされ、4文字目の“p”はそのままだ。
“y”は文字の周りを〇で囲まれ、そこから矢印が“All”の文字を指すように伸びていた。
よく見ると、Allの“A”と“ll”の隙間にも小さく×が書かれている。
裏面も確認する。右下には番号が書かれていた。
『12400020240626』
おそらく宿泊金額と宿泊日の羅列だろう。だが、ここにも落書きがあり、“2”には1つ、“0”には3つの◯がされていた。
スマホで昨日・今日のAUP公式ホテルの宿泊料金を検索する。大人14万4千円、小人12万4千円。
やはり、羅列数字の最初は宿泊金額を示しているようだ。
おそらく、このカードの番号で、いつどの料金の部屋に泊まったか、持ち主を特定できるようになっているのだろう。
なるほど。
──ふくがおなじでねこまってでんわしてるひとがね、おおきなみずのあるところにいこうとしてたけどぱぱちがうなってなったからおみせのひとにきこうとしたの。
そういうことか。これは必要になる。
あの時感じた「嫌な予感」の正体は、これだったのだ。
あとは行動してから臨機応変にいくしかない。
「さて、勘で完結の時間といこうか」
しかし僕はまだ知らなかった。
今から起きることが、“完結”どころか、ただの始まりに過ぎなかったということに。




