第36話:クリスマス・イブの落とし物
第36話:クリスマス・イブの落とし物
2024年 12月24日
───三人がオリジンメタルを手に入れた時より少し時間は遡る
中央広場へ向かう通路は、イルミネーションで昼間のように明るかった。
白い光が木々に絡みつき、頭上では星型のオーナメントが揺れている。
足元の人工雪が、靴音に合わせてきらりと光った。
井原は、人波を縫うように歩いていた。
──本部に向かわなければ。
そう思っていた、その時。
「すみません!」
背後から、切羽詰まった声が飛んできた。
振り返ると、二十代後半ほどの男性が立っていた。
コートの前を押さえ、息を切らしている。
「どうしました?」
「指輪を……なくしてしまって……」
「指輪?」
「今日、ここで……プロポーズする予定で……」
そこまで言って、男性は言葉を詰まらせた。
井原は、一瞬だけ時計を見た。
それでも、視線を戻して頷く。
「最後に確認した場所は?」
「この近くです。時計台の前で写真を撮ってて……」
今は急がなければならない時ではあるが、どんな時でもフレンズが第一優先。それがこのAUPだ。フレンズ対応していて遅れたのであればとくに何も言われることはないだろう。
「わかりました。一緒に探しましょう」
「……ありがとうございます!」
人の多い通路を、二人で目を凝らして歩く。
地面、ベンチの下、花壇の縁。
それでも、指輪ケースは見当たらない。
「おかしいな……」
「ちさお姉ちゃん……」
背中に、なでしこの気配。
「……あっち」
視線を向けた先で、楽しそうな声が弾んでいた。
「なぁこれ、ぜってー高いやつじゃん」
「マジ?ラッキーじゃね?」
若い学生の集団が、立ち止まって何かを覗き込んでいる。
その手の中で、黒い小箱が光った。
「あ……!あれ……」
男性が息を呑む。
井原は、すぐに近づいた。
「すみません。その指輪、落とし物だと思うんです。確認させていただけますか?」
「は?知らねーし」
「自分で拾ったんだけど?」
「“拾った”んですよね。拝見してもよろしいでしょうか?」
この人達もフレンズではある。あくまで笑顔は崩さず対応すべきだ。だが、次の瞬間。
「おっし!逃げろ!」「よっしゃぁ!!」
学生たちは、一斉に散っていった。
「ちょっと……!!」
井原も走り出す。
だが、誰が指輪を持っているのかわからない。
「ちさお姉ちゃん、右!あの人!」
「了解!」
なでしこが示した方向へ、井原は全力で駆ける。
だが、相手も必死だ。人混みを縫って距離が開く。
「このままだと追いつけない……ちさお姉ちゃん、バングル!起動して!」
「……わかった」
井原は、手首のバングルに指をかけた。
微かな振動と共に、体の感覚が変わり、なでしこが、重なる。
視界が一瞬、二重に揺らいだ。
「いくよ!!!」
なでしこは井原の身体を動かし、手を前に出し、力を込める。その瞬間。
逃げる学生の足元に、何かが絡みついたように見えた。
「うわっ!?」
派手に転ぶ音。
指輪の箱が、舗道を転がる。
井原は滑り込むようにそれを拾い上げた。
「……確保」
「もう、こんなことしちゃダメだよ。次やったら、警察に対応してもらうことになるかもしれない。あなた達には、そんな一時のノリで人生を無駄にするようなバカな人にはなってほしくない。だから、これに懲りたら自分を改めてね……。じゃあ」
そう言ってその場を去り、男性のもとへ向かう。
少し離れた場所で、男性が固まったまま待っていた。
「……無事、取り戻せましたよ」
井原が差し出すと、男性は一瞬、言葉を失う。
「……っ、ありがとうございます……!」
何度も何度も頭を下げた。
「泣くのはダメですよ。今日を素敵な日にするのにはまだまだ間に合います。彼女さんのもとへ行ってあげてください」
背中を押すように言うと、男性は走っていった。
「よかったね、ちさお姉ちゃん」
「うん、本当に……」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ふと、視線を感じて顔を向ける。
時計台の前に、フレンズの波の中で一人、オーラを隠しきれていない男性が立っていた。
落ち着いた佇まい、AUPが好きなら誰でも知ってはいるだろうその人──赤城孔明だった。
一瞬だけ、目が合った気がしたが、すぐに視線は逸れた。
(……気のせいだよね)
今は、それよりも。本部へ歩みだす。
広場に流れるクリスマスの音楽。
人々の笑顔。
「ねえ、ちさお姉ちゃん」
「ん?」
「この曲、私けっこう好き」
井原は、少しだけ笑った。
「……私もだよ」
そして、再び歩き出す。
本部へと続くオフエリアの通路の方へ。
厄災が来る..……。そんな嵐の前とは知らず、輝き続けるテーマパークの中を。




