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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第34話:それぞれのクリスマスイブ

第34話:それぞれのクリスマスイブ


2024年12月24日 火曜日


 クリスマスイブのAUPは、平日にもかかわらず大勢の客で溢れていた。

 

 正面ゲートでは巨大なツリーが点灯式を迎え、雪を模したシャボン玉が夜空に舞い、子どもたちの歓声が響く。

 園内の至るところにはイルミネーションが施され、スタッフがサンタやトナカイの格好で歩き回り、ゲストにキャンディやグリーティングカードを手渡している。


 アトラクションごとに特別演出が用意され、キャラクターショーもこの日だけの“クリスマスバージョン”。

 賑やかな音楽とライトアップに包まれたパークは、まさに「夢の国」としての頂点を見せていた。


 だが──井原にとって、その光景はただ胸を締め付けるものにしか感じられなかった。


 カウントダウンイベントまで、あと一週間。


 未来の七国が語った「厄災」という言葉が、頭から離れない。

 目の前の笑顔や、飾り付けられた華やかなツリーさえも、どこか脆く儚く見えた。


 スペーシアンショップのレジに立ちながらも、心ここにあらずだった。


 「井原さん、これお願いします」

 隣で働くスタッフが声をかけても、数秒遅れて「……あっ、ごめん!」と慌てて反応する始末。


 包装を間違えてリボンを逆に結んでしまったり、預かった現金を一度カウンターに置いたまま忘れそうになったり。

 普段なら絶対にしない小さなミスが、次々と積み重なる。


 「大丈夫? ちょっと顔色悪いよ」

 同僚に心配されても、「うん、大丈夫……」と笑ってごまかすことしかできていなかった。


 目の前に並ぶのは、笑顔でプレゼントを買い求めるカップルや親子連れ。

 その光景は本来なら心を温めるはずなのに、今の井原には胸を締め付ける現実との落差を突きつけるものにしか見えなかった。


 ──あと一週間。


 このきらびやかな光景が、全て燃え尽きる未来が来るのだろうか。そして、それを防ぐためには何をすべきか……。


 井原の手は、商品を袋に入れながら小さく震えていた。


 レジを打っていたその時、背後から声が飛んできた。


 「──井原さん!」

 振り返ると、上司の吉崎さんが手を振っていた。


 「本部から電話きてるんよ。代わって出てくれる?」


 「……え? あ、はい!」


 思わず返事をしながら、井原は胸の奥にざわりと広がる不安を抱えたまま、バックヤードへと足を向けた。


───未来の七国が住む倉庫内──────────


 「……そろそろだな。出掛けてくる」

 未来の七国が立ち上がり、静かに上着を羽織った。


 「どこに行く気だ?僕も行く」

 七国は思わず口をついた。


 しかし、未来の七国は即座に首を横に振った。

 「いや、ダメだ」


 「……今日なのか? 死ぬ日っていうのは」

 七国の声には恐怖と焦りが滲んでいた。


 「いや、違うさ」

 短く答える未来の七国。その瞳はどこか遠くを見ていて、何かを覚悟した者だけが持つ静けさを宿していた。


 その目を見た瞬間、七国の胸にぞわりと悪寒が走った。嫌な予感。しかし、それ以上言葉を紡ぐことができなかった。


 ──言ってはいけない。問いただすべきではない。

 そんな確信めいた感覚が、彼の口を塞いでしまったのだ。


 結局、何も言えずにただ立ち尽くす七国を残し、未来の七国は背を向け、静かに部屋を後にした。


 ──12月20日。未来の七国が“自分の死”について語ったあの夜。解散したあとのことを七国はふと思い返していた。


 『お前はもうピースを見つけているはずなんだ』


 「どういうことだ?」

 その時、七国は問わずにはいられなかった。


 未来の七国は少し間をおき、低い声で語った。

 「俺が視た未来の一つの話だ。……その未来では、パークは休業せず、10月頃、お前は早々にAUPに姿を現していた。そして……あの“タトゥーの男”との戦いの末、その場で命を落とした」


 「そんな未来も……」


 「そして、その時お前は息を引き取る直前にとあることを呟いていたんだ」


 七国は息を呑む。「僕は……その時、何と……?」


 未来の七国の目が一瞬だけ揺れた。

 「──『すでに全員と出会っていたのか……』」


 ──全員と出会っていた……。

 その言葉が意味するものは一つしかない。

 敵対する者たち──つまり、これから牙を剥く全員と、すでに自分は顔を合わせているということ。

  

 七国の勘が、覚醒しきれていない能力である第六感が、確かにそう告げていた。


 だが──それが誰なのか、七国にはまだ確信がなかった。


 あの話し合いから今日まで、七国は毎日のように黒服を着て透明化の機能を使い、AUPへ潜入していた。

 

 同じ部署の仲間だけでなく、少しでも見たことのある顔の人も含めて、会議室、研究室、廊下、食堂。そして、スペーシアンショップ。そこで交わされる言葉や人々の表情や仕草を、何一つ見逃さぬよう目を凝らした。

 

 笑顔で冗談を飛ばす者。黙々と書類をまとめる者。夜遅くまで端末に向かう者。

 

 すれ違った誰もが“普通”に見えた。怪しげな態度も、不自然な仕草も──ただの一度も、なかった。


 違う未来での自分は「すでに全員と出会っていた」と言った。

 

 ならば黒幕は、もうすぐそこにいる。今まで視線を交わし、声を耳にしてきた人物の中に、確実に紛れ込んでいる。


 残された時間は、あと一週間。

 

 このわずかな猶予のうちに、必ず黒幕を見つけ出さなければならない。

 それが、未来を変える唯一の方法。──いや、最後の希望だ。


 七国は無意識に拳を握りしめる。

 未来を打ち破れるか、それとも定められた死へ向かうのか



 全ては、この一週間にかかっていた。


 

 そして──ただ一人だけ、パーク内で姿を見ていない人物がいた。


 七国の脳裏に浮かぶ名前は一つだった。


 「奏多……今どこで、何をしているんだ……」

 その呟きは、無意識に口からこぼれていた。


 七国はふと、土岐の言葉を思い出す。

 

 ──先ほどメッセージで赤城さんに会おうと言われまして。

 ──次はウィザバラに来る予定だそうで、その前に僕に話を聞きたいと指名されたんです。


 土岐は自殺する直前、赤城奏多と会っていた。

 それは、偶然とは思えない。──必ず、何かがある。


 そう直感して、七国は奏多に近づいた。

 しかし──これまで何度も接してきた彼から、敵意は一切感じなかった。

 むしろ、一緒に笑い、言葉を交わすうちに、自然と仲間のような感覚さえ芽生えていた。


 奏多が敵であるはずがない。そう信じたい。

 

 だが──。


 今、この大事な時期に、彼はどこにも姿を見せていない。

 行方知れずのその状況が、七国の胸に疑念を突き立てる。


 「……信じたい。でも……」


 奏多は必ず、この物語の鍵を握っている。

 味方であってほしいと願う気持ちと、黒幕の影がちらつく不安とが交錯し、七国の表情は複雑に歪んでいた。


 自分も、今日もそろそろ動き出そうか──そう思い、立ち上がろうとしたその時だった。

 ふと視線を机に落とすと、そこに見覚えのない紙袋が置かれていた。


 「……これは?」


 袋の口には、雑に貼られたメモが一枚。そこには短い一文が書かれていた。

 

 ──『俺の分だ、使え』


 未来の七国からのものだった。


 袋を開けると、中にはカセットが十個。すべて、未来の七国がこれまで使っていたアームズ用のカセットだ。


 「……これで、両手で同じカセットを扱えることにはなる」


 心強いはずの贈り物。だが、その裏にある意味を考えると胸が重くなる。

 

 未来の七国は、これで手持ちの武器をすべて手放したことになる。

 

 つまり今、彼の手元にはカセットは何一つ残っていない。


 (……やっぱり、死ぬつもりなのか)


 嫌な予感が脳裏をよぎる。


 七国がカセットにそっと触れた瞬間、頭の奥にまた“未来の断片”が流れ込んできた。


 ──アドバンスアームが粉々に破壊される映像。

 ──「お前達はメッセージを見ている。ならさっさと消さねぇとなぁ!」と嗤う、タトゥー男の声。

 ──“オリジンメタル”と呼ばれる未知の資源が琵琶湖から発見されたというニュース映像。

 


 「……オリジンメタル?なんだ、あれは……」


 断片的な未来の映像。だが確かに、そこに鍵があると直感した。


 (それと、“お前達は”って……僕が何を見ていたんだ? 何のメッセージだ……?)


 考えを巡らせながらも、七国はすぐに行動に移る。

 スマホを手に取り、ある人物に電話をかけた。


 「物真か。……至急、探して欲しいものがある」


 声は落ち着いていたが、その奥底には焦りと切迫感が滲んでいた。

 

───物真の自宅付近 地下倉庫内─────────


 「物真か。……至急、探して欲しいものがある」

 物真の元に七国から突然電話が入った。


 「なんだ?今忙しいんだけどな」

 物真は片手で工具をいじりながら応じる。


 「オリジンメタルって知ってるか?」


 「オリジンメタル?なんだそれ──」


 「おそらく……新しく発掘される何かだ」

 曖昧すぎる情報に、七国自身も申し訳ない気持ちがあった。


 「何かって……そうか、また何か見えたんだな?」

 その情報の無さに少し呆れたが、物真はすぐに察し、会話を先に進める。


 七国は短くうなずくように言った。

 能力で見えたのは、報道で「発見された」と流れる光景。

 つまり今の時点ではまだ誰にも知られていないはずだ。


 発見されれば、オリジンメタルは国の管理下に置かれる。一般人が触れる余地はなくなるだろう。


 「で?それを見つけたらどうなるんだ?」

 物真は画面に並ぶデータを解析しながら淡々と尋ねる。


 「そのオリジンメタルが、対抗手段になるかもしれない」


 「……なるほど。で、それはどこにある?」


 「能力で見えたニュース報道では、確か琵琶湖で発見されたようだった」


 「琵琶湖か、地味に遠いな」


 「ニュースになる前にそこに行き、もし僕たちが先に持ち出せれば、未来は変えられるかもしれない」


 物真は一瞬だけ目を細めた。

 「それがいつの報道なのかわからねえが、もし直近なら、今から動いて間に合うかどうかだな」


 「あぁ。でも、ここで待って“発見”を許せば、選択肢は無くなる。未来はまた悪い方に変わるかもしれない」

 七国の声にはためらいよりも覚悟が宿っていた。


 物真はその声を聞きながら、机の端に無造作に置かれていた三着の黒服へと視線を落とす。ここ数日で、ただの保険として簡易的に作っておいたものだ。

 (……早くも使う時が来ちまったか)


 小さく鼻を鳴らし、再び電話口へ言葉を返す。

 「わかった。なるべく早く“行かせる”ようにする」


 「行かせる?」七国が問い返す。


 「こっちの話だ」

 物真はそれ以上は説明せず、通話を切った。


 次の瞬間、指先はすばやくスマホの画面を操作する。


 グループチャットを開き、メッセージを打ち込んだ。

 

 【集合してくれ。頼みたいことがある。】


 物真の短い言葉が、葉倉・菊上・繰原の三人の端末へと送られた。

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