第31話:もう一人の七国
第31話:もう一人の七国
「昔から同じだなお前達は……。俺は──」
黒服の人物が一歩、静かに前へ踏み出す。
闇に沈む通路で、その姿が放つ圧は一層濃くなる。
「七国遊人。お前達と同じ、能力者だ」
「なな……くに、さん……?」
井原は息を呑んだ。
目の前に立つその人物は、確かに七国の顔、声、仕草を持っている。
だが胸の奥に違和感が渦巻く。目の前の存在は「同じ」でありながら、決定的に「違う」。
「無理はない。俺は……君の知る七国遊人とは、少し違う」
黒服の声は低く、だがはっきりと井原に向けられた。
「今……“俺”って……」
「おいおい、七国ってよぉ!死んだんじゃなかったのか!?」
繰原が声を張り上げ、菊上に問いかける。
「死んでない。どこかに“消えた”だけだ」
菊上は眉をひそめ、だが不敵に笑う。
「でも……こうして姿を現したなら、話は別。ここで消すべきだろうね」
「上等だァ……!!」
繰原の掌に眩い光が集まり始める。光は波紋のように空気を揺らし、周囲を圧倒する輝きへと変わっていく。
「井原、下がっていろ」
黒服──未来の七国は片手を軽く上げ、井原を守るように立ちはだかった。
「お前達の相手は……俺だ」
「ハッ、いい度胸だぜ!」
繰原は光を収束させ、閃光の槍を放つ。
ビュオォォォォッッ!!
鋭い光が一直線に黒服を貫かんと突き進む。
だが、七国はカセットリードを起動させた。
《カセットリード ゲンソウノスタミィースリー キドウ》
瞬間、七国の前に星型のバリアが展開し、閃光を正面から受け止める。
ギィィィンッ!と甲高い音を立てて衝突する光と星の壁。
「受け止めやがったかッ!?」
繰原が目を見開く。
「お前の能力もすでに知っている」
七国は淡々と告げると、星形のバリアをひとつ弾き飛ばす。
それは弧を描き、回転する刃のように繰原へ襲いかかった。
「っち……!」
繰原は光で作った障壁を咄嗟に展開し、辛うじて防ぐ。
だがその隙を突くように、今度は菊上の声が響く。
「……こっちもいるのを忘れないでほしいな」
次の瞬間、七国の背後で小さな足音が幾重にも反響した。
耳を澄ます前に、複数の“幻の足音”が七国を取り囲む。
「千里聴声──エコーシーカーだったか。音で撹乱するのも悪くない手ではあるよな……」
七国が静かに呟く。
菊上は声を低く響かせる。
「君の動き、音で丸ごと読ませてもらう」
菊上の手が震え、無数の音が弾け飛んだ。
足音、叫び声、石が転がる音──あらゆる雑音が反響し、七国の周囲を埋め尽くす。
空間は混線したノイズで満ちていく。
「うっ……うるさ……!」
井原が思わず耳を塞ぐほどの音の奔流。
その中で、繰原の光が閃いた。
「死ねぇぇッ!!」
無数の光の波動が空間を走るが、その音は反響音の影に紛れ込んでどこから来るかはわかりずらい。
直進する光線、屈折しながら角度を変える閃光、死角から迫る光弾。
視覚も聴覚も乱され、回避不能の“光の嵐”が七国を襲う。
だが。
「……なるほどな」
七国は小さく呟いた。
「騒音で耳を混乱させ、光の襲来を気付かせない……か。だが、それも見飽きた手だ」
《カセットリード シャドウクエストGBA キドウ》
ズゥゥン……!
次の瞬間、七国の足元から黒い影が伸び、無数の触手となって周囲に広がった。
影は光を喰らい、電気を吸い取り、空間全体を漆黒で覆い尽くす。
「な、何だと……!?光が……消える……だと!?」
繰原の瞳が狼狽に揺れる。
彼が放った光線はすべて影に呑まれ、跡形もなく掻き消されていた。
「お前の光の能力は何度も見てるんだ。悪いな」
七国が、まるで勝利を確信するかのように呟く。
菊上は口角を上げた。
「光を封じても……俺の“音”までは消せないだろう?」
再び、反響音が鳴り響く。
今度はより複雑に、より耳障りに。幻の足音が四方から迫り、刃物を擦るような金属音が耳を裂いた。
「真っ暗でも音までは消せない」
しかし。
「……その音も対策はできてる」
七国が再びカセットを差し替える。
《カセットリード バトルリリカル キドウ》
ビィィィィィィィンッッ!!
全身から眩い音波が解き放たれた。
空気を揺らす重低音、神経を刺す高周波、リズムの衝撃が地面を震わせる。
「ぐっ……あぁッ!?体が……痺れる……ッ!!」
菊上の耳に走る激痛。反響の術が破られ、音の渦は一瞬で霧散する。
繰原もまた、痺れで膝をつき、光を収束できなくなっていた。
七国は淡々と歩みを進めると、再びカセットを差し込む。
《カセットリード サイコパペット キドウ》
カチリと音が鳴った瞬間、通路の蛍光灯がビリリと点滅した。
次の瞬間、消えていた照明が一斉に明滅し、暗闇の廊下を白々と照らし出す。
電子制御のライトが全て光を灯し、まるで“舞台照明”のように彼を中心に光を注ぎ込んでいた。
「驚かなくて良い。これもまたカセットの能力。機械を操って電気をつけただけだ」
彼の声は冷ややかに響く。
そして照明に浮かび上がった二人を見据え、七国は冷徹に告げた。
「お前達の力は既に知っている。俺の前では無力だ」
「クソが……っ!なんでだっ!」
繰原が歯ぎしりしながら睨みつける。
「なぜ僕たちの力を……?」菊上も震える声を漏らす。
そのやり取りを見ていた井原が、思わず口を開いた。
「……あなたは……以前、私を撃った。なのに、なぜ今回は……助けたの?」
七国の瞳が一瞬だけ井原をとらえ、静かに細められる。
「……説明は後でしてやる。だが、今ここで一つだけ言っておこうか」
通路に張りつめた沈黙。繰原と菊上が息を呑む。
七国は黒服のフードを深く被り直し、声を落として告げた。
「──俺は、“未来”から来た」




