第2話:勘
第2話:勘
「やっぱり僕が対応変わりますよ。レジは人員に余裕あるし、葉月さんは品出しですもんね。今はそっちの方が大事かも」
「かしこまりました。それではお願いします。名前は後藤三奈ちゃんで、パパは青い服、ママは白い服まで聞きました!」
「了解。ありがとう。じゃあ、品出しよろしくね」
「はい!」
元気よく返事をして、葉月さんは裏へ戻っていく。
迷子対応は万全だ。
「ここからはお兄さんと一緒に、ママとパパを探そう! 恐竜さんにも手伝ってもらおっか」
「……がぉー……」
「お! 協力してくれるのかな? 優しい恐竜さんだね!」
少し照れながらも、女の子は楽しそうに乗ってくれた。泣いている様子もなく、両親の情報まで言えるなんて、随分しっかりしている。
僕は無線のボタンを押し、迷子対応に入ることを上司や周りのワースタに報告する。
ここ、スペーシアンショップは戦国エリアから続く橋を渡り、宇宙エリアに入ってすぐ右側にある。
もうすでに、僕にはこの子の両親の居場所の見当がついていた。
葉月さんから対応を変わったのも、そのためだ。
「すごくしっかりしてるね!恐竜さんが一緒だからかな?」
「うん、あのね、ピラノちゃんね、きょーかったの」
ピラノちゃん……ピンク色のティラノサウルスのことだろうか。
「ピラノちゃん、めっちゃ可愛いね。いい名前!」
自分の発言もしっかり言える。
小さな子なのに、本当に立派だ。
「すぐお店の人に伝えてくれてありがとうね。怖くなかった?」
「みなね、おねえさんになったの。だからね、なかないよ。いっかいね、みながね、さがしてね、ふくがおなじでね、こまってでんわしてるひとがね、おおきなみずのあるところにいこうとしてたけど、ぱぱちがうなってなったから、おみせのひとにきこうとしたの」
状況を簡潔に話せるだけでも、本当に強い子だと思う。
しかし、なぜか一瞬、嫌な予感が頭をよぎった。
手を繋ぎ、女の子と話しながら近辺を捜索する。ショップを出て左に向かい、橋を渡る。
迷子対応では、まず聞けるだけの情報を聞き、子どもと一緒に近くを探す。数分探して見つからなければ、サービスセンターへ電話して対応を変えてもらうのがマニュアルだ。
ほとんどの場合はすぐに見つかる。
今回も、すぐに居場所が分かったからこそ、自分で対応した方が早いと判断した。
それにしても、先ほどの嫌な予感は何だったのか。
この子の両親に、何かあったのだろうか。
不安をかき消すかのように、両親はすぐに見つかった。
橋を渡り、戦国エリアに入ってすぐ、あの子の両親らしき人影が見えた。
白い服の女性が一人、キョロキョロと辺りを見回している。
普通ならそれだけで確実とは言えないだろう。しかし、少しお腹が膨らんでいることから妊婦だと分かる。
確信するには十分だった。
──みなね、おねえさんになったからね、なかないよ。
「三奈ちゃん、あの方がママかな?」
「わ!ママ!」
「みな、ごめんね! 見失っちゃって。大丈夫だった?」
「うん!おにいさんがね、いっぱいおはなししてくれたよ」
「本当にありがとうございます!ご迷惑おかけしました!」
「いえ、大丈夫ですよ。見つかってよかったです。みなちゃん、この後もいっぱい楽しんでね!」
「うん!」元気いっぱいの返事。
「そうだ、三奈ちゃん、とってもがんばったから……いいものあげようかな!」
そう言って手持ちのシール袋から、宇宙エリア限定のシールを取り出す。
「はい、これどうぞ~」
「ありがとー!」
また可愛い。子どもって、こういう小さな可愛さの塊だ。
最高の癒しだな、と笑顔で手を振りバイバイする。
先ほどの嫌な予感もあったので、他のお連れ様の所在も軽く確認してみる。どうやら父親とは別々に探していただけらしい。
少し距離を離れて振り向くと、白Tシャツに無地の青い服を羽織った方が合流していた。おそらく父親だろう。
彼はこちらへ「ありがとう」と言わんばかりに頭を下げてお辞儀をしてくれている。
三奈ちゃんは、姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
その後──
「対応変わっていただいて、ありがとうございました!」
裏方で商品整理をしていた葉月さんから、感謝の言葉をもらう。
「いえいえ、大丈夫ですよ~」
「すぐ戻ってきましたね。見つけるの早すぎます!」
「あー、居場所に目星がすぐついたので。向かうだけでしたから」
「そんな自信があったんですね。どうして分かったんですか?」
説明するのは少し面倒だ。でも、無愛想に返すより、ちゃんと答えておいた方が今後の関係は円滑になる。
「あの子、初来園シール貼ってたでしょ。それに恐竜のぬいぐるみ、からくり屋敷のシールも付けてた」
「私が話しかけたあの一瞬で、そこまで見ていたんですね」
「そう。ということは、このパークの設定順序通りに回ってるかなと。初来園の方がよくするルートだね」
僕はあの時、頭の中で園内の地図を一瞬で再生していた。
オープンからの時間、各エリアの混雑具合、目印になる橋や看板、人の流れ。
恐竜エリアから戦国エリア、そしてからくり屋敷……彼女の手にあるぬいぐるみとシールの配置から、ここまでのルートと滞在時間を割り出す。
橋を渡った瞬間の人の混み具合、迷子になりやすい位置……そこに彼女が入り込む可能性を瞬時に予測する。
「今日はオープンから約4時間。平日で空いてるし、恐竜と戦国の2つのエリアをゆっくり回ったくらいだろうなと」
「でも、それだけじゃ場所まで分からないですよね?」
「ここに入ってきた状況を考えただけだよ」
「状況……ですか?」
「この辺で迷子になりやすいのは、すぐ左の橋だ」
「ですね。確かに、戦国エリアと宇宙エリアをつなぐ橋は人混みになりやすいです」
「橋はSNS映えするくらい作りこまれてる。だから迷子になりやすいんだ。戦国エリアから来て、この店を通り過ぎて迷子になったなら、ここまで戻ってきてわざわざワースタに声はかけないはず。ということは、迷子になってすぐ、目の前にこの店舗があったんだろう。一緒に店前に出て、両親らしい人がいなかった時点で、彼らは橋を渡って戦国エリア側に戻って探してるはずだ」
「名推理すぎます……」
「時間もそんなに経ってないし、橋の向こうに戻れば、見つかるのはほぼ確実だったかな」
「すごい……シールとぬいぐるみだけでそこまで……」
説明終了。さて、戻るか。
「ん?でも、それって全部七国さんの予想でしかないですよね?」
やはりそこに引っかかるか。まぁ当然だ。
「ま、そうだね。予想というより……“勘”なんだけど」
「勘?え、ただの勘?それでそこまでの自信を持って行動してたんですか!?」
これまた当然の反応だ。
「うん。でも——」
「でも?」
「僕の勘は、当たる」
……ちょっと顔を決めすぎたか。少し恥ずかしい。
葉月さんは少し不思議そうな顔をしていたが、これ以上詳しく説明する必要もない。
「じゃあ、戻りますね」と、話を切り上げてレジへ向かう。
『第六感』——人間に備わる五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)以外のインスピレーション。
勘や直感、予感、時には虫の知らせとも呼ばれる。
一般的には、ふとした瞬間に極まれに発生するものだ。
しかし僕の場合、日常的に多々感じることができる。
時には自然に、時には少し頭で考えるだけで、答えが直感として浮かぶこともある。
今回の迷子対応は後者だった。少しの要素が揃えば、証拠や確証がなくても答えを特定できる──それが、ある事故をきっかけに身についた能力だ。
そして、この能力こそ、僕がAUPで働き続けたいと思った理由の一つでもあった。
ここなら、日常業務の中で、この勘を活かすことができるのだ。
僕の勘は、確実に当たる──。
だが、迷子の案件が解決しても、途中で感じた“嫌な予感”はまだ消えていない。
あの子と話している最中に胸の奥に走った違和感。まだ、何かを見落としている。
少しずつ、時間が悪い方向へ流れていくような感覚。
もしかして、もう始まっているのか?
どれだけ能力を働かせようとしても、まだ頭に答えは浮かばない。
判断材料が足りない。今はそれを探すしかない。
目の前のお客様には関係のないことだ。
モヤモヤした気持ちを抱えたままでも、笑顔で仕事をこなすしかない。
「こんにちは! スペーシアンショップへようこそ!」




