第28話:新たな敵意
第28話:新たな敵意
2024年12月19日 木曜日
夜。勤務を終えた千里は、制服のままオフエリアの通路を歩いていた。一日中お客様の笑顔を見届けた充足感と、どこかに残る疲労を抱えつつ。
「ちさお姉ちゃん、後ろから誰か来てる」
耳元で、なでしこの声が囁いた。
「誰かって……またタトゥーの男……?」
「気配が違うと思う。でも、確実にちさお姉ちゃんを狙ってる」
なでしこの言う通り、もし私を狙っているなら、人通りの多い通路はかえって危険になる。
「道を外れた方がいいよね?」
「うん。それと……バングル、ちゃんと着けてて」
「大丈夫。もう着けてるから」千里は両腕にバングルを確認し、深呼吸して別の通路へと足を踏み入れた。
人影のない、暗い道。
その時、不意に声が響いた。
「……あんたが、井原千里、か」
振り返ると、作業員の格好をした若い男が立っていた。
顔は穏やかなのに、目だけが冷たく光っている。
「誰……?」
問いかけた瞬間、男の周囲の照明が次々と消えていった。
闇の中に、光の粒がふわりと浮かび、男の掌に集まり渦を巻きはじめる。
「……悪く思うな。俺は、お前を“連れていかなければならない”」
言葉と同時に、光の粒が束ねられ、閃光となって千里に襲いかかる。
「ちさお姉ちゃん、危ない!」
なでしこの声が響いた瞬間、バングルが光りだし、彼女が自分の中に入り込む感覚が走った。
千里は咄嗟に腕を構える。
バングルが反応し、眩い光の壁が生まれる。閃光は弾かれ、火花のように散った。
「……なるほど。聞いた通りの力だな」
男は余裕の笑みを浮かべ、指先を払う。
すると周囲の街灯が一斉に爆ぜ、破片と光が飛び散った。
「うわっ……!」
思わず千里がよろめく。その隙をつき、男は背後に回り込み、光の糸のようなものを繰り出して絡め取ろうとする。
「これは命令なんだ。従ってもらう!」
胸の鼓動が速まる。
だが心の奥で、なでしこの声が響いた。
「大丈夫、ちさお姉ちゃん。私たちは負けない」
千里の瞳に決意の光が宿る。
バングルに力を込めると、全身から眩い光が爆ぜた。
閃光は光糸を焼き切り、その場一帯を昼間のように照らし出す。
「ちっ……」
男は舌打ちして後退する。
「やはり君は“特別”だ。いや……君だけじゃないのか。バングルと“共鳴”しているのか?」
「何を言っているの……?」
「おい。どうなんだ?」
男は千里ではなく、別の方向に視線を向ける。
その目線の先。物陰から一人の少年が姿を現した。
「そうだね。彼女、ずっと独り言を言ってた。多分僕らには見えない“誰か”と話してる」
小柄な少年だった。明らかにワースタではない。
手にはゲーム機を持っている。
「いきなりすぎるんだよ、君は。最初から警戒されっぱなしじゃないか。それに、彼女がバングルを着ける隙まで与えてるし」
──私たちの会話、聞こえてた?どこから?
「僕たちの目的は彼女に“来てもらう”こと。殺すんじゃないんだから。ちゃんと話せば済むかもしれないだろ」
「うっせーな。そんなの面倒くせぇだろ」
「……まぁ、君ならそう言うと思ったよ。だから僕は歩く音を聴いて、先回りしてたんだ」
「歩く音……?」思わず声が漏れる。
「そう。あぁ、自己紹介をしておこうか。僕は菊上 音恩。能力は千里聴声─エコーシーカー─。音を聞き分ける力を持ってる。だから、無駄な言葉は喋らないでくれるかな。全部、聞こえてしまうから」
「だから……私に話しかける声が“一人言”として聞こえてたんだね」なでしこが胸の奥で呟く。
「いや、君の声も……微かだけど聞こえてるよ。──幽霊さん」
「……!?」
「さて。紹介は続くよ。彼は繰原 光。能力は光華繚乱 ─ライトミラージュ─。光を自在に操る力を持ってる」
「……ってわけだ。能力を持った二人相手に、勝ち目が無いのは、もう分かっただろ? さっさと俺たちについて来い」
「何が目的なの……?」
私が問うと、菊上はゲーム機から視線を外さぬまま、無感情に答えた。
「それは言えない。けど一つだけ言える。君は“使える”。だから、連れていかないと。それだけ」
その声は淡々としているのに、背筋を撫でる冷たさを帯びている。敵意は隠さない。なのに、目線は画面に固定されたままだ。
「従うわけにはいかない……!」
私の胸の奥からなでしこの意思があふれ、両腕が自然に前へと突き出される。バングルが応えるように淡く光を帯びた。
「だから言っただろ!こいつは戦うしかねぇんだよ!」
繰原が低く唸り、掌を前に掲げる。瞬間、周囲の灯かりがまた一つずつ弾け飛んだ。闇の中、彼の掌には再び光の粒が集い、鋭い槍のような輝きへと収束していく。
「……行くぞ!」
眩い閃光が一直線に放たれる。千里は咄嗟に腕を交差させ、バングルが発する光壁で受け止めた。
轟音と共に光が砕け、白熱した火花が闇を照らす。
「やっぱり防ぐか……だが!」
繰原が腕を振ると、光の破片が刃のように散り、雨のように千里へと降り注いだ。
「ちさお姉ちゃん!」
なでしこの声に導かれ、千里は横へ跳ぶ。背後の壁に光刃が突き刺さり、焼け焦げた痕が残った。
「フッ、悪くない反応だな」
繰原は笑みを浮かべながら追撃の構えを取る。その時──
「足音、三歩遅れてるよ。そこを狙えば?」
菊上の声が冷ややかに響いた。
「おうよ!」
繰原が即座に反応。千里の動きを先読みしたかのように、足元に光の罠が展開される。
「しまっ──」
足が踏み込んだ瞬間、光の糸が爆ぜ、千里の足を絡め取ろうとする。
「させない!」
バングルの光が奔流のように溢れ、糸を焼き切った。千里は転倒しながらも辛うじて抜け出す。
「おっと、やっぱりやるね。幽霊さんとの共鳴ってやつか」
菊上の冷たい声が続く。耳を澄ませているのか、彼の表情には確信めいた笑みが浮かんでいた。
「……っ、二人がかりで……!」
息を整える間もなく、繰原が再び光を集める。
「次は外さねぇ!消し飛べ!」
渦巻く光が巨大な槍となり、轟音を伴って千里へ襲いかかる。
「ちさお姉ちゃん、集中して!私達なら弾き返せる!」
なでしこの声に呼応するように、千里の瞳が決意で燃えた。
──負けない。ここで倒れるわけにはいかない。
両腕を前へ突き出すと、バングルの光が爆発的に広がり、繰原の槍を正面から受け止めた。
光と光がぶつかり合い、オフエリアの通路全体が照らし出される。
耳を劈く轟音。
閃光の中心で、千里と繰原の力が激突している。
轟音と閃光の渦の中で、私は必死に腕を押し出す。
「このままなら押し返せる……!」
バングルが悲鳴のようにきしむが、力は確かに槍を押し返していた。
「やるじゃねぇかっ!」繰原の額にも汗が滲む。
あと一歩、あと一押しで勝てる――!
その時だった。
「右足に力が入りすぎてる。軸を崩せば終わる」
菊上の低い声が闇に響いた。
直後、地面に響く自分の靴音が妙に大きく耳に返ってきた。菊上の能力の一つだった。そして次の瞬間、その反響が増幅されて足元を震わせ、私の体勢がぐらりと揺らぐ。
「しまっ……!」
押し込んでいた槍が一気に反転する。
「もらったぁっ!」
繰原の咆哮と共に、光の槍が爆ぜ、衝撃波となって私の身体を吹き飛ばした。
背中が壁に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出される。視界が白く霞んだ。
「ちさお姉ちゃんっ……!!」
なでしこの声と共に、胸の奥から抜き取られるような感覚が走った。
次の瞬間、彼女の姿が私の隣に浮かび上がっていた。
「……なでしこ……!」
「ごめん……衝撃で外に……!」
繋がっていたはずの共鳴が途切れる。体から力が抜け落ち、バングルの光も急速に薄れていく。
「見えない何かの声が少し鮮明になった。おそらく分離したね」菊上が呟く。
「勝ったな。幽霊が離れりゃ何も無いただの人間だろ?」
繰原が掌に再び光を集める。
「……これで終わりだ」
光が収束し、槍が再び形を成していく。
逃げ場も反撃の力もない。
──絶体絶命。
その時だった。
轟くような風切り音が走り、繰原の光の槍が弾き飛ばされた。
「なっ……!?」繰原が振り返る。
闇の中から、黒服を羽織った人物がゆっくりと歩み出る。
顔は影に隠れ、ただ冷たい気配だけが漂っていた。
「……ここから先は、俺の出番だ」
低く響く声に、場の空気が一瞬で張りつめる。
そこに現れた黒服の人物は、以前私を銃で売ったあの人物で間違いなかった──




