第26話:二人で一人
第26話:二人で一人
アレユニストアの裏側、スタッフ専用のオフエリアには、コンテナに積まれた在庫がずらりと並んでいる。
その商品棚の迷路を抜けると階段があり、二階へ上がったすぐ横にトイレがある。
……不思議なもので、トイレに行くつもりがなくても「トイレに向かっている」と意識した瞬間、途端に本当に行きたくなってしまう。私だけだろうか。
トイレへ向かう通路。
足音が、二つ。
自分のものと、後ろに重なるもう一つ。
「……誰か、ついてきてる」
なでしこの声が鋭く響いた。
千里は振り返らないまま、呼吸を整える。
だが、背筋に張り付くような視線が離れない。
トイレの手前で角を曲がった瞬間
「おい」
背後から声が飛んだ。
振り返ると、首筋に黒いタトゥーを刻んだ男が、薄笑いを浮かべて立っていた。
「……お前かぁ。俺たちと同じになった女は」
「同じ……?」
意味がわからず、思わず言葉を漏らす。
なでしこと共に得た“力”を、他人に知られているはずはない。それ以外に心当たりもない……。
胸の奥がざわつく。
どういうこと?
「まぁ、何でもいいや」
男の目が獲物を見定めるように細められる。
「……私に、何か──」
言いかけた瞬間、銀色の硬質な音が空気を切った。
男の手の中で、黒い銃口がこちらに向けられていた。
「動くな」
冷たい鉄の穴が額を射抜くように突き付けられ、千里の喉が固まる。
心臓の鼓動が、耳の奥で爆音のように響いた。
銃を向けられるのはこれで2回目……。
なんでこんなにも銃に縁があるのやら……ほんと、勘弁してほしい……。
タトゥーの男に銃を突きつけられ、千里は身動きが取れずにいた。
その時、なでしこがふと物真の言葉を思い出す。
「ちさお姉ちゃん、バングル!あれをつけて」
「でも……!」
動けば即撃たれる。そんな緊迫した状況で、腕を伸ばすことすら難しい。
なでしこは迷わず男の背後へと回り込み、幽霊ならではの軽やかさで物音を立てた。
「……誰だ!?」男が一瞬だけそちらに気を取られる。
その隙を逃さず、千里は両腕にバングルをはめ込んだ。
瞬間、バングルがまばゆく光を放つ。
「何をしたてめぇ……!」
なでしこは千里の内側に吸い込まれるように姿を消した。
「なでしこちゃん……どこ?」
声を上げた千里の身体が、光に包まれる。
……いや、どこに行ったでもない。
「そう。私は、ちさお姉ちゃんの中にいる」
「なでしこちゃんを感じる……」
今の私達は……!
「「二人で一人!」」
二人の声が重なり、力強く響いた。
バングルが光り輝き、千里の身体を包み込む。
足元の床が震え、空気がビリビリと揺れる。
「それがお前の力かぁ!女ぁ!!!」
タトゥーの男が銃を握る手に力をこめる。
千里はまだ戸惑っていた。
「これ……私がやってるの……?体が勝手に……!」
「大丈夫、ちさお姉ちゃん。私たちの力だよ!」
なでしこの声が、今は頭の中ではなく胸の奥から響く。
突如、銃口が火を噴こうとした瞬間、千里の腕が勝手に動き、光の壁のようなものが目の前に展開された。
乾いた銃声が響く。しかし弾丸は弾かれ、床に転がった。転がっていたのは乾電池だった。
「まじかよっ……!俺の電池が爆発しねぇ。なんだてめぇ」
タトゥーの男が驚愕の声を漏らす。
千里は息を呑んだ。
「これが……私達、二人の力……」
胸の奥から、なでしこの声が低く響く。
「今度は……私たちの番……」
千里は息を整え、手を前に突き出した。
意識は完全になでしこと一体になった。自分の力が特殊なものになったのを感じる。
自分の手の平へ力を集中させる。
目の前で、タトゥーの男の銃がわずかに揺れる。
そして次の瞬間──
手の先から、見えない力が炸裂した。
銃は光に包まれ、軋む金属の音と共に、粉々に砕け散った。
鋭い破片が周囲に散り、空気が裂けるように震える。
男は後ずさり、唖然と目を見開く。
「なんだぁそれはぁ!おもしれぇ!?念動力か?」
その視線の先には、もう銃はない。
「まだまだヤりてぇとこだが、仕方ねえ。今の音で人が来る……。また会おうぜ。井原千里……!」
そう言って去って行くタトゥーの男。
私の名前を知っている……!?
「まっ──」「ダメ……ちさお姉ちゃん!」
男を止めようとした私の口をなでしこが中から黙らせる。
静寂だけが残り、胸の中でなでしこが小さく囁く。
「……これでいいの。私たちの……勝ちよ!」
千里は深く息をつき、自分の中に共にいる力を感じた。
二人でひとつ。
初めて、力を完全に解放した瞬間だった。
バングルを外すと、身体から何かが抜けていくような感覚がした。なでしこはまた目の前に居た。
「これが……バングルの力……」
「多分、あの物真って人。ちさお姉ちゃんの力の事も、そして、こうなることも知ってた……」
だから、先にバングルを渡してくれたのだろう。
このバングルが無ければ、私達は確実に奴に殺されてたかもしれない。
私達の運命がまた動いた気がした。
──そして、ここから約3ヶ月の月日が経つ。




