第25話:アレユニストア
第25話:アレユニストア
2024年9月1日(日) 曇りのち雨
「ゴミ出し、行ってきます!」
明日からAUPは、期限未定の閉園に入ることが正式に決まった。
あの日。
爆発に巻き込まれ、恐竜世界の湖へと落下した七国さんは、そのまま行方不明となった。
直後の捜索でも影は見つからず、遺体としても発見されなかった。せめて亡骸が見つからなかったことだけが、わずかな救いだった。
その後も勤務に姿を見せることはなく、無断欠勤が続き、連絡も途絶えたまま。
爆破事件の被害は甚大だった。
死者 23名、重傷者 43名、軽傷者は数え切れず、行方不明者1名。建物も大きく損壊し、AUP全体のイメージは壊滅的打撃を受けた。
ニュースでは連日大きく報じられ、報道陣と野次馬が園の周辺を埋め尽くした。
さらに悪いことに、この事件の前には銃撃事件があり、しかも日が浅い。今回は行方不明者まで出た。そこへ追い打ちをかけるように、「少し前に駅のホームで自殺した男性もAUP関係者だった」という噂まで広がった。
「笑顔を届ける場所」であるはずの遊園地で、立て続けに血なまぐさい事件。
「安全管理はどうなっているのか」
「持ち物検査は形骸化していたのではないか」
世論は厳しく追及し、さらに無関係な自殺の件までパワハラ疑惑に発展するなど、飛び火は止まらなかった。
経営側は8月後半まで何とか営業を続け、悪いイメージを払拭しようと試みていた。
だが、状況は日に日に悪化。
園内外ではクレームが絶えず、関係のないワースタ(スタッフ)への罵声、ゴミ投げつけ、挙句の果てには暴力事件まで起きた。
こうして、営業継続はあらゆる観点から不可能となり、AUPは9月からの閉園を決断した。
──スペーシアンショップにて──────────
私たちが働くスペーシアンショップは既にクローズしており、ワースタは掃除や片付け、商品の検品作業のために出勤していた。
今日は一部の店舗とアトラクションだけが動いているが、明日からはAUP全体が期限未定の休園に入る。
一応、福利厚生として「平均給与の3割が毎月支払われる」待遇はある。正直、それには感謝していた。
「働かんでも給料貰えるとか最高やん。ニートするわ」
「俺は掛け持ちしてるから、この間にめっちゃ稼ぐ」
「えー、じゃあ何か奢ってや〜」
周囲ではそんな会話が聞こえてくる。
けれどAUPが大好きな私にとって、そのやり取りは耳障りだった。誰もパークの閉園や、もうフレンズたちと会えなくなること、そして七国さんの行方を心配している様子がないのだ。
倉庫でまとめられていたゴミを預かり、私は処分のために外へ向かう。
ショップのオフィスから少し歩いた先にあるゴミ集積場。
扉を開けた瞬間、強烈な臭いが鼻を突いた。
息を止め、袋を燃えるゴミ・燃えないゴミに投げ込み、足早に外へ出る。
そのときだった。
「井原千里さん、で合ってるかな?」
臭いに顔をしかめていた私に、不意に声がかかった。
振り返ると、遊戯世界の制服を着た男性が立っていた。
「え、あ、はい……」
「いきなりで悪いが、この服装で場違いな所に長居はできない」
言葉の意味をすぐには理解できない。
「名は物真だ。覚えなくてもいい」
唐突な自己紹介に、私は慌てて名乗ろうとした。が、彼が先に私の名を呼んでいたことを思い出す。
「彼を救えるのは君だけだ。これを」
そう言って、物真と名乗る人物は私に二つのバングルを差し出した。
「これ……?救えるって、誰を……?」
「これがあれば、君の力を最大限に扱えるはずだ」
力? そのことを知っているのは、七国さんだけのはず。
「どうして私のことを……?」
「理由はいずれわかる。じゃあな」
短くそう告げると、物真さんはすぐに去っていった。
残された私は、渡されたバングルを見つめるばかりだった。
それが何を意味するのか。まだ知る由もなかった。
「お、居た居た!井原さーん!」
「あ、はい!居ます!」
戻ってきた私に、矢柴さんが手を振りながら声をかけてきた。相変わらず元気で可愛い声だ。
「ごめんやねんけど、今からアレックスユニバースストアのヘルプ行ってもらってもいい?」
「ヘルプですか!?」
「そうそう。ウチらは人足りてるけど、あっちが今すごいことになっててね」
「最後だから、フレンズのみんなもお土産いっぱい買って行きますもんね。」
「そうそう!今、長蛇の列で回らないみたいなのよ。だからお願いできる?」
「はい!もちろんです!」
アレックスユニバースストア──通称アレユニストア。
AUPのエントランスに入ってすぐ、左右に大きく広がる巨大ショップで、全エリアのお土産が揃うパーク一番の店舗だ。規模も品揃えも桁違い。閉園前とあって、押し寄せる人の波に飲み込まれているのだろう。
「荷物も持って行って、そのまま向こうで退勤してくれていいからね。」
「はい!了解しました!行ってきます!」
──アレユニストア───────────────
レジ前には見たこともないほどの行列ができていた。
店内にある20ヶ所のレジすべてが稼働しているのに、どこも10人以上が並んでいる。
ワースタのみんなも疲弊していて、15分ごとに水分補給を回す担当まで置かれているほどだった。
今日が最後の日。再開はいつになるのか、それとも二度とないのか。そんな不安もあって、フレンズたちは惜しみなく財布を開いていた。
「次のお客様どうぞー!」
呼びかけると、一人のおばあさんがやって来た。
「すみませんねぇ、お願いね。」
「いえ!楽しいので大丈夫ですよ!」
私はこういう忙しさが案外嫌いじゃない。一組一組と向き合いながら手を動かすことで、不思議と自分も楽しめる。
「寂しいわねぇ。最後だなんて。」
「本当にそうですね。皆さんに会えなくなるのは辛いです。でもだからこそ、最後に全力で頑張りたいんです。」
「熱意があるのねぇ。」
「熱意というより……お客様とお話できるのが楽しいんです。だから今も、少しでも一緒に楽しみたいなって思ってます!」
「嬉しいわぁ。こんな婆さんにまで、そんな風に言ってくれるなんて」
おばあさんはふわっと優しい笑顔を浮かべた。
「私の方こそ、元気をいただいてます。お客様のような素敵な大人になりたいです!」
「ふふふ。あなたなら大丈夫。だって一人じゃないものね」
その言葉に合わせるように、おばあさんの視線が私の背後へと向けられた。
「この人、多分、私のことが見えてる」
なでしこが小さくつぶやいた。
「えっ!?」思わず声を出してしまう。
「えぇ、ちゃんと見えてるわよ。でも大丈夫。悪い存在じゃないのも、わかるから」
おばあさんは小さな声でそう言った。
なでしこの言葉に自然と応えたこと。その光景に、私はただ驚きと戸惑いを覚えるしかなかった。
「でもね、一つだけ心配なことがあるの」
「え、心配……ですか?」
「近いうちに、あなた達に“人生で一番の選択”が訪れるわ。その時に迷うことが心配なの。でも大丈夫。あなたが正しいと思う道を選びなさい。」
「……はい、わかりました。」
「ちさお姉ちゃん、手が止まってる」
「あっ、す、すみません!」
「いいのよ。忙しいのにごめんなさいね。でも伝えたかったの。だから、わざわざここに並んだのよ」
「ありがとうございます……。あの、袋はご利用ですか?20円かかりますが。」
「いただこうかしら。」
「では……お会計は16,770円です。」
「ふふふ、戸惑っている姿まで可愛いのね。」
カルトンに置かれた2万円を受け取り、自動レジで精算。お釣りを渡す。
「あの!私、頑張りますから!」
なぜだろう、忠告だけでなく背中を押されたような力を感じた。そのせいか、自然と今日一番大きな声が出た
。隣のレジのワースタやフレンズたちの視線が一瞬こちらに向くのがわかる。
「ありがとうございましたー!この後も楽しい一日をお過ごしください!」
「ありがとう。あなたも良い日にね。それと……小さな神様も、またね」
「バイバイっ」なでしこも嬉しそうに手を振った。
「次のお客様どうぞー!」
心の中で気合を入れ直し、次の接客へ切り替えようとした、その時だった。
「……聞いて。あのおばあさんと話す少し前から、誰かがあなたを見てる。敵意を感じる」
「えっ」
「声は出さないで。最初はおばあさんかと思ったけど違う。間違いなく、遠くから敵意を持ってあなたを見ている。誰かはわからない」
「今、仕事中だし……どうすればいい?」
「トイレ休憩に行ってみて」
なでしこの声は真剣で、私の身を案じているのが伝わってきた。疑う余地などない。
レジ横の無線機を取り、発信ボタンを押す。
「すみません、トイレに行きたいのですが……」
何が待ち受けているかわからない。けど、今の私なら立ち向かえる。そんな気がした。




