第20話:認知
第20話:認知
──8月2日 19:00─────────────
本来ならレジ担当の時間だった。だが奏多に上へ掛け合ってもらい、シフトを変更。
目的は──遊戯世界のオフエリアに潜り込むこと。
ルートは少々ややこしい。宇宙世界の地下オフエリアに入り、休憩室などを抜け、さらに遊戯世界の真下まで進んで地上へ出る。面倒だが、仕方ない。
「……寄り道していくか」
僕は足を止め、とある倉庫へ向かった。
商品在庫を保管している場所だ。
「……我ながら、バレたら即アウトだな」
理由があるとはいえ、勝手に借りるのは規則違反。
あとで必ず返すつもりだが──。
遊戯世界のオフエリアに到着すると、ちょうど従業員たちが「お疲れ様でした」と声を掛け合っていた。
異なるエリアの制服を着た僕がここにいるのは不自然だ。だが、奏多が“シール不足を補うため、こちらの店から余りを持ってきた”という名目を用意してくれたおかげで、違和感なく紛れ込めている。
そのシールは既に社員へ手渡し済み。本来は本部から直接各店舗に支給されるものだが、奏多に手を回してもらい、本部在庫が切れていると偽装してくれた。おかげで自然に出入りができたわけだ。
この時間を選んだ理由もある。
「礎斎さん、今日はもうお帰りですか?」
「はい、中番でしたので」
「そうなんですね。お気をつけて!」
社員同士が挨拶を交わし、礎斎さんという社員がちょうどオフィスを出ていった。
この退勤に合わせて19時に来たのだ。
扉に手をかけ、同じ通路へ向かおうとした時、脇に置かれたカートが目に入った。三角コーンと数枚の紙が載っている。紙にはこう書かれている。
『荷物運搬中につき、通路の迂回をお願い致します』
どうやらここは閉園後、仕入れ荷物を一時的に置いたり運搬するための通路らしい。
「……使えるな」
「さて、勘で完結といこうか。」
礎斎さんがオフィスを出て通路を進んだ先、そこにはぬいぐるみが一つ置かれていた。
もちろん、僕が事前に仕掛けておいたものだ。
彼女はそれを見つけ、思わずつぶやく。
「これって……」
「見覚えがあるはずですよ」
振り返った彼女に、僕は声をかけた。
「……あなたは?」
「七国と申します。シールを届けに来ました」
「あぁ、それはご丁寧にありがとうございます」
「でも、それは建前です。本当の目的は別にある」
「目的……?」
「えぇ、それです」僕はぬいぐるみを指差す。
「これが?」
「ここAUPで多発している “季節外れのサンタ”──プレゼント事件の正体です」
「あぁ……あれ。本当に対応に追われて大変なんですよね」
「その混乱を、あなた自身が生み出した。そうですよね?」
「……何を言ってるんです? 初対面で犯人呼ばわりなんて、失礼にも程がある」
彼女の声に苛立ちが混じる。ここで怯むわけにはいかない。
「根拠はあります。まず、事件が発生した日はすべて、あなたが出勤していた日だった。そして──フレンズにぬいぐるみが渡されても、景品の残数は不思議と一致していた。だが、それも社員なら記録を書き換えるのは容易い」
出勤名簿と景品記録。それを確認できたのは奏多のおかげだ。どう調べたかは言えないが、確かな情報だ。
「……それだけで私を犯人扱い? 無茶苦茶ですね」
「まだあります」
そう言って、僕はポケットから十数枚のチェキを取り出し、彼女の足元へ放った。
約二時間前、食堂にて。
「井原さん。ひとつ、お願いがあります」
「え、はい!なんでしょう?」
「その……なでしこちゃん?の“念写”で、試しに写してほしいものがあるんです」
「写す……?一体、何を?」
「それは……プレゼント被害があった当時の現場写真。できれば置かれた瞬間を」
念写──念じたものを写真に写し出す力。
その範囲は未知数だが、過去の情景を写せてもおかしくはない。
井原さんは隣にいる“誰か”と小声でやり取りし、少し考え込んだ後、頷いた。
「……できる? うん、ちょっと多いけど……ほんとに? ……わかった!」
そう言って彼女は食堂を出て、人目の少ない場所へ移動していった。
そして数十分後──彼女は見事に全ての現場写真を念写してみせた。
「やっぱり……」
一見バラバラに思える写真。しかし、よく見るとすべてに共通して写り込んでいる人物が一人だけいた。
──それが、社員・礎斎零華だった。
「これが証拠です。プレゼント事件すべての現場写真──しかも、ぬいぐるみが置かれた瞬間や直後のもの。そのどれにも……礎斎さん、あなたが写っている」
「……そんな、あり得ない」
「そう。常識的には“あり得ない”ことですよね」
「こんなの……どこで……」
それを教えるつもりはない。
僕は一歩近づき、静かに告げた。
「そして、もし僕の勘が正しければ……あなたは」
そう、僕たちと同じ。
「超能力者だ」
「は!? バカバカしい! 一体何を……」
否定の言葉は予想通りだ。だが僕には確信がある。
「あなたの能力は──“自分を見えなくする力”かな。姿を消すようなものだろうか」
「……あのね。やっと仕事を終えたんです。そんな妄想話に付き合う暇は──」
彼女の言葉を遮るように、僕は素早く銃を構えた。
戦国世界の商品倉庫から拝借してきたばかりの新商品モデルガン。今日発売されたばかりだ。別部門の社員なら、まだ詳しくは知らないはず。
「命中率は良いんですよ、僕」
そう告げ、引き金に指をかけた瞬間──。
目の前の礎斎さんの姿が、ふっと掻き消えた。
しかし。通路の照明が映し出す彼女の影だけは、地面にくっきりと残っていた。
パンッ──。モデルガンから乾いた空砲音が響いた。
「……やはりですか」
消えていた礎斎さんが姿を現す。
本物そっくりの銃で不意を突けると踏んでいたが、思惑通りになった。
「……騙したのね」
「あなたが超能力を持ってる証拠はない。証拠がなければ、目の前で能力を発動させてもらうしかありませんから。そして──結果は予想通りでした」
「釣られた、ってわけね」
「銃を突きつけられれば、“撃たれない方法”を取ります。もし僕の推測通りの能力なら、自分を認知させなくすれば絶対に撃たれない。……だから、そう動くと踏んだんです」
「まさか、そんな理屈で……」
「ええ。やはりあなたの力は“存在をゼロにする能力”。自分どころか触れているものまで認識から消せる。ってところでしょうか」
礎斎さんはわずかに肩を落とし、諦めたように笑った。
「……ええ、その通りよ」
「ぬいぐるみも突然現れたんじゃない。あなたが堂々と置いた。ただ、誰もあなたを認知できなかっただけ。だから、手を離した瞬間に“物だけ”が急に現れたように見えた」
「……いつから気づいてたの?」
「事件はすべてプレイ広場で起きていた。そして残数の書き換えが可能な社員はごく一部。その名簿と出勤日を照らし合わせれば……必然的に、あなたしか残らなかった」
「……なるほど。そんな冴えた勘を持つ人、初めて見たわ」
そして彼女は目を細め、静かに問いかける。
「でも……どうして? あなたにとって、この事件は無関係でしょう」
僕はゆっくりと息を整え、答えた。
「ええ、本来なら関係のない話でした。……ですが今日、一つ。どうしても気になることができてしまったんです」
──ぬいぐるみが置かれる直前のことです。子ども達の後ろで、人が急に消えるのを見たんです。
女性の証言が脳裏に蘇る。
「ぬいぐるみが置かれる直前、人が消えるのを見た──。幽霊だなんて噂されていましたが、実際はあなたが能力を使って存在を消した瞬間だったんですね」
礎斎さんの目が細くなる。
「……つまり、見られていたってこと?」
「ええ。あなたの能力の弱点はそこです。発動の瞬間を見られれば、“人が目の前で消えた”と認識されてしまう。ちょうど今、僕がそう見たように」
言葉に詰まる彼女に、僕は続ける。
「僕が気になったのは、“人が消えた”という点。以前の発砲事件でも犯人が突然消えたと証言されていた。それと繋がるのではないかと考えたんです」
「なるほど……で? 私が1ヶ月前の発砲事件の犯人だとでも?」
僕は首を横に振った。
「いいえ。もしもあなたなら、あのときわざわざ姿を晒したまま撃つ理由がありません。そもそも発砲事件と今回のプレゼント事件には、因果関係がまるでない」
彼女は小さくため息をついた。
「結局、私は女一人に目撃されただけで全てがバレたわけね」
「そういうことになります」
これで黒服の人物とは無関係だと分かったし、彼女の能力の正体も掴めた。──これ以上追及する理由はない。
礎斎さんは周囲を一瞥してから、皮肉めいた声で言った。
「それにしても……こんな通路で大声で推理を披露するなんて、大胆ね。誰が来るかも分からないのに」
「大丈夫です。これで人は来ないでしょうから」僕は肩をすくめ、貼り紙を見せる。
扉には『荷物運搬中につき迂回をお願いします』の貼り紙をしていた。コーンも置いてある。
「しばらくは誰も違和感を持たない限り、この通路には入ってきませんよ」
「なるほど。通路を立入禁止にしたわけね。でも──」
礎斎さんがポケットに手を入れ、取り出したのは小型のスタンガンだった。
「あなたにとっても助けが来ない場所になるとは思わなかった?」
ビリリリリ、と鋭い電流の音が通路に響く。
その目には明確な敵意。彼女は僕を気絶させるつもりだ。
プレゼント事件には、まだ探られては困る“何か”がある。
「ごめんなさいね。私には能力を使わなきゃならない理由があるの。それ以上は黙っててもらうわ」
一歩、また一歩と迫る礎斎さん。
想定外だった。武器を持ち出すとは……。
僕にあるのは、弾丸の入っていないモデルガンだけ。
どうする──。




