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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第17話:ありえない存在

第17話:ありえない存在


 2024年8月2日(金)天候:曇りのち雨

 来園人数予測:59,000人



 今日は一日曇りで、日差しはなく、いつ雨が降ってもおかしくない空模様だった。


 パーク内では、“季節外れのサンタ”と呼ばれる不可解な事件が連日発生しており、その影響もあってか、各部署には本部からの視察社員が頻繁に訪れていた。

 上司も含めて、少しピリついた雰囲気が漂っている。天気も相まって、この状況はまさに「泣きっ面に蜂」といったところだ。


 とはいえ、夏休み本番を迎えている世間の影響もある上に、各エリアでは夏のイベントも始まっていた。

 そのため、天気が悪くても来場者は多く、パークは賑わいを見せていた。


 一方で、発砲事件に関心を持つ野次馬の姿は数日経つとほとんど見られなくなり、7月下旬の勤務からは自分の所属店舗に戻ることができていた。


 世間の人々は日々新しいことに興味を持つもので、パークでの発砲事件も、2週間も経てば「そういえばあったな」という程度の出来事になる。

 自分自身も、ヘルプ勤務はやはりやりづらさを感じていたため、元の店舗に戻れてほっとしていた。

 この店舗での仕事の居心地の良さを、改めて実感していた。


 ただ、土岐勇二の自殺の件はまだ頭から離れなかった。


 自殺は、その日の思いつきでできるものではないはずだ。

 それに、これから自殺しようとする人が誰かと約束をするだろうか。いや、絶対にありえない。


 しかし、駅の防犯カメラには、彼が自ら飛び込む姿がはっきりと記録されていたという。

 報道後、時間を作って駅員に話を聞きに行き、改めて確認した。一般人の自分が映像を見ることはできなかったが、駅員の証言には、勘の力をもってしても嘘は感じられなかった。

 ここ数日考え込んでも、やはり何も見えなかった。


 第六感を持ってしても、判断材料が足りない。わからないことばかりだ。


 「どうしたんですか?七国さん」


 店内で品出しをしていた僕に声をかけてきたのは井原さんだった。


 あの発砲事件で負傷し、数日間入院していた彼女は、すでに勤務に復帰している。

 肩への負担を避けるため、重い荷物を扱う品出し作業は免除され、フロアでの接客とレジを中心に動いているらしい。


 僕がヘルプ勤務に行っていたこともあり、井原さんとシフトが被るのは今日が久しぶりで、まだ2回目の対面だった。


 「顔色悪いように見えましたけど」心配そうに覗き込む。


 「いや、大丈夫です。少し考え事をしていただけなので」


 「なら良かったです。何でも言ってくださいね。私は何でも力になりますよ!」

 「お気持ちだけで、本当にありがたいですよ」


 今日の勤務は14時から22時まで、彼女と丸かぶりだ。


 前回は数時間だけ一緒に仕事をし、その後、拳銃で撃たれそうになった彼女を庇うという、強烈な初対面の経験だった。


 そのこともあってか、今日は朝礼前に事務所で会うなり、井原さんは「おはようございます!今日の仕事ご一緒だと聞いてたので、こちら持ってきました!」と、お菓子のギフトボックスを差し出してきた。

 

 あのコンビニでレジ近くに置いてある少し高級なお菓子だ。令和の今でもまだ存在していたのかと驚く。そもそも、こんなものを買う人が本当にいるのだな。


 遠慮すべきかと思ったが、小さなお菓子一つならともかく、これほど大きなものを無理に返す方が迷惑になるだろう。

 しかも、彼女は「先日、命を助けてもらったお礼です!」と百点満点の笑顔で言う。断ることはできなかった。


 お菓子自体は嬉しいし、気持ちとしてありがたく受け取った。

 助けたことで恩を売るつもりもないので、それで十分だ。

 だが彼女自身はそうでもないらしい。どうやら、プレゼントだけでは返しきれていないと感じているようだ。


 とても嬉しいけれど、正直、恩返しなんて必要ない。

 こうしたやり取りが続くと、少し面倒に思ってしまうのも事実だ。


 「遅番、頑張りましょうね!」


 またもや百点満点の笑顔だ。


 「ですね。頑張りましょー」


 今日の閉園は21時。締め作業を含めて22時までの勤務設定になっている。

 現在時刻は15時。まだこれから長い……。

 とりあえず、品出しに集中することにした。


 しばらくすると、二人組の女性が入店してきた。


 井原さんがすぐに声をかける。


 「こんにちは!え!お客様!それって!」


 女性自身よりも、彼女たちの持ち物に目が行っているようだ。


 「バッグにAUPの記念グッズいっぱいですね!」

 「あ、はい、ありがとうございます……」


 「古いのに、スタッフさんもなかなかマニアックなんやね!」


 二人のうち一人は元気よく返事をしたが、もう一人の女性は少し困ったような表情をしていた。


 「ここが好きですから!知ってますよ!キーホルダーも痛バの缶バッジも、プレミア物いっぱいじゃないですか!」


 二人の女性は“痛バ”を肩に背負っていた。


 痛バとは“痛いバッグ”の略で、好きなキャラクターグッズを大量に付けたバッグのことだ。


 透明ポケットにきれいに並べられた缶バッジは、いずれもAUPの周年記念として短期間販売された貴重な品。

 マニアでなくても価値がわかるほどだ。

 井原さんのテンションが上がるのも納得できる。


 「あ!それとその銃!センピリの新商品ですよね!」


 女性のバッグから少しはみ出した銃を指さす。


 「そうなんですよ~!高いけど買っちゃいました」


 話を聞くと、それは戦国世界ことセンゴクピリオドで今日から発売された公式モデルガンで、価格は2万円。

 弾を撃つ機能はなく、音声が鳴るだけだが、持っていると戦国世界のイベントで演者から反応をもらえるという。

 AUP好きにとっては、これ以上ない喜びだろう。


 普段、ここAUPでは武器の形状をした物の持ち込みは禁止されているが、パーク公式品は例外だ。

 公式マークが確認できれば、入り口で問題なく判断される。


 モデルガンは非常にリアルな作りで、まるで本物のようだ。こんな商品が発売されたとは知らなかった。

 社員でも他エリアの商品までは把握しきれない。

 井原さんの知識の広さには感心する。


 しかし、このままではもう一人の女性が置いてけぼりになってしまう。

 井原さんはその表情に気づいていない。


 ここは僕が話を切り出すべきタイミングだろう。


 「お客様、何かお困りでは?」

 「あっ……!えっと……。すみません」


 「お困りでしたか。申し訳ございません。グッズが素敵で、つい私がそちらばかりに気を取られてしまって」


 「いや、いいんですよ。この人、多分見間違いを気にしてるだけなんで」


 「見間違い、ですか……」井原さんが復唱する。

 「それでも大丈夫ですよ。パークは一人でも多くの方に笑顔でいてもらう場所ですから。よろしければ。どうされましたか?」


 一人の女性の不安げな表情がはっきり見える。

 もう一人は少し呆れた笑みを浮かべている。


 「ついさっきなんですけど……。なんて言えばいいかな……?」女性はお連れ様に問いかける。


 「そのまま言えばいいんちゃう?」


 「頭おかしい人だと思われない?」


 「いやいや、どんなお話でも僕はそんなこと思いません。安心して、どんなことでも話してくださいね」


 すかさずフォローを入れる。

 前置きは長いと話が進まない。


 「あの……。私たち、見ちゃったんです」


 何を見たのだろう。テーマパークでは日々さまざまな人がいろんな行動をしている。

 何を見ても驚くことではない。さて、いったい何を……。


 「何を見られたのですか?」


 「あれは、多分……。ゆ……」


 有名人でも見たのか。AUPにはプライベートで来園する有名人も少なくない。それなら珍しくない。


 「もう~気になるならはっきり言いや~。何かの見間違いかも知れんけど、私が言うわ」

 お連れ様がしびれを切らして話し出す。


 「さっきゲームエリアで遊んでたんですけどね。この子が見たんですって」


 引っ張るのは十分。いよいよ発表のときだ。

 早く話を進めてほしい。


 「幽霊を」


 ……幽霊?まだ明るいお昼の15時に?


 人でにぎわう場所に?


 「幽霊?ですか?」思わず聞き返す。


 「影の薄い人ではなくて?」井原さんがツッコむ。

 ちょっと失礼な気もするが。


 「はい………でも、こんなこと言われても対応できないですよね」


 「そうですね。でも、すごく怖かったんですよね。幽霊のことで何か困っていることがあれば、ぜひお話の続きをお伺いしますよ」


 まずは気持ちを落ち着かせること。

 話を聞き出すことが大切だ。

 プライベートなら聞き流すかもしれないが、今は仕事中。できる限りのことをしよう。


 品出し中で店舗の外に出られない以上、現場を確認することはできない。

 それでも、女性達の話を信じていないわけではなかった。


 非常に信じてもらえないような“第六感”の力を持つ人間がここにもいる。

 そして、その力で見ても、今目の前の女性が嘘をついているとは感じられなかった。


 品出しを終え、無線で上司にお客様対応に入ることを報告。井原さんにはそのまま仕事に戻ってもらい、僕は女性達から話を聞くため、店内の端に場所を移動した。



 ……また長くなりそうな予感がした。

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