第14話:果たされない約束
第14話:果たされない約束
場所を移し、二人で食堂へ来ていた。
夜になっても、食堂には休憩で食事に来る人が多い。
学校終わりで夕方から勤務する学生、遅番で昼過ぎから閉園まで働く人、勤務後に安く食事を済ませて帰る人など、様々だ。
さらに、このAUPには「ワールドスタッフナイト」と呼ばれる職種もある。
閉園後にパーク内でメンテナンスや仕入れ作業を行う人たちだ。お客様のいないパークが主な仕事場で、早めに来て夜ご飯を朝食代わりに済ませることもある。
そんな、今もにぎわう食堂の一番奥の席に、僕たちは腰を下ろした。
「仕事終わりで早く帰りたいでしょうから、早速本題に入りますね」
肩から斜め掛けにした鞄も下ろさず、土岐さんは話し始めた。
「まず、七国さんにお願いしたいと思ったのは、銃の前でも怯まず堂々としていたあなたなら、何か勘づいてくれるのではないか、見つけてくれるのではないかと思ったからです」
勘の能力を持つ僕にそう考えたのは、なかなか鋭い。
「本当にそれだけですか?」
「えぇ、まぁもう一つ強いて言えば……。同じ部署の人に相談すると、必死に笹松さんを探していることが、好意としてバレてしまうんじゃないかと思ったんです」
確かに、それはあり得る。
「ストーカーだと思われる可能性もありますしね」
「だから、ヘルプとして来た余所者である七国さんが、本当に都合が良かったんです」
なるほど、良いように使われたわけだ。
「僕は西馬さんのことをフレンズとして何度も見かけて知っていましたが、彼は僕のことを知りもしないでしょう。直接聞くこともできませんし、少し疑ってもいましたから」
「彼が、笹松さんに何かしたと?」
「はい。でも、今日ずっと彼の様子を見ていれば、それは違うと確信しました」
土岐さんにとって、僕がヘルプに来た今日というタイミングは、偶然にしては良すぎたのかもしれない。
「わかりました。じゃあ、もう一つの肝心なことを聞いても良いですか」
「はい、“男”だと気づいた理由ですね。でも、この話は人の多いAUP内では少し話しにくいです」
土岐さんの顔が少し険しくなった気がした。本当に話したくないわけではない。もしかすると、何か危険を感じているのかもしれない。
「わかりました。では、AUPじゃなくてカフェとかに移動しますか?」
「それが……すみません。話したくないわけじゃないんですが、先ほどメッセージで赤城さんに会おうと言われまして」
「赤城さん?」
「はい。このAUPの支配人、赤城孔明さんの息子さん、赤城奏多さんです。将来の跡取りで、現場を自分で経験するために各部署を順番に回っているんです」
赤城……支配人の名前なんて、聞き流していたな。順番に職場巡りとは、何とも真面目な話だ。
「朝礼で言ってましたが、聞いてませんか?」
多分、聞く気もなかったのだろう。
「で、その息子さんがなぜ君に会おうと?」
「実は、次はウィザバラに来る予定だそうで、その前に僕に話を聞きたいと指名されたんです」
嬉々として話す土岐さん。そんなに名誉なことなのか……?
「これを機に仲良くなっておくと、仕事で何かあった時に良い待遇してもらえるかなとか思ったり!」
僕に対してもそうだが、なかなかズルい一面がある人だ。
「じゃあまた会えた時にでも」
「あ!それだといつになるかわからないので、ちゃんと決めましょう。明後日の夜、19時に駅前のカフェでどうですか?」
明後日は確か18時終わりだったな。
「明後日、大丈夫です」
「では、それでお願いします。ちゃんと話しますから」
「えぇ、楽しみにしてます」
「ふふ、何だか友達になれたみたいで嬉しいです。話の内容は何であれ」
こんな素直な気持ちを伝えてくれるのは、嬉しい限りだ。
「友達……か。そう思っておくことにします」
「やった!では明後日!あ、七国さんの恋バナもちゃんと聞きますからね」
僕の恋バナなんて話したところで、10分も持たないだろう。
「特に話すことなんて無いですけどね」
「そういう人に限っていっぱいあるんですよ。それに、僕の苦しかった失恋話も聞いてくださいよ」
「えぇ、それは大丈夫ですが」
「この気持ちは、どこにやればいいのやら……」
確かに、自分の好きな人が他の人と良い雰囲気だという話を聞かされ続け、最後には本人が行方不明になったら……消化不良な恋の気持ちはどこにやればいいのだろう。
僕にはその答えはわからない。ただ、一つ思うことがあるとすれば……。
「失恋した人ができることは、3つだけです」
「3つ?」
「一つは、相手の幸せを心の底から祈ること。二つ、次に会えた時には何事もなかったかのように接すること。そして三つ、もし相手が泣いていたら、そばに居られる人であり続けることです」
笹松さんはおそらく、すでにこの世には……。
そう感じる勘が、僕にはあった。
だが、今の土岐さんに、これ以上絶望を味わわせるわけにはいかない。せめて、少しでも気持ちを楽にしてあげたい。そう思っての言葉だった。
「七国さんは優しいんですね。そうですね、いつかまた会えた時にはそうしたいと思います……。……っと!そろそろ時間だ。では、明後日に。お疲れ様でした」
「えぇ。お疲れ様でした」
軽く手を振り、その場で解散となった。
プライベートで誰かと約束をするなんて、何年ぶりだろう。久しぶりの出来事だと、自然に思えるほどだった。
少し、楽しみにしてしまっている自分もいた。
友達付き合いなんて面倒だと思っていた自分が、こんな気持ちになるとは。
「友達、か」
まだ本当に友達になったとは思えないけれど、なれそうな気はする。
「めんどくさいなぁ」そっと呟く。
土岐さんは通路を曲がっていき、やがてその姿は見えなくなった。
さて、帰ろうか。
約束か……。たまには、悪くないものだ。
そう思いながら歩き出した瞬間、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。
同時に頭にノイズが走り、身体の一部のようなイメージがふと浮かぶ。
「なんだ今のは……!」
頭をよぎる、この嫌な感覚──
このまま見過ごすわけにはいかない。そんな予感がした。
「土岐さん!まっ……!」
すぐに後を追うが、すでに土岐さんの姿はどこにもなかった。
土岐さんが向かったと思われる方向へ歩いて探してみたが、その姿は見つからない。
頼む……。土岐さんに関係ないことであってくれ……。
しかし、その願いは届かなかった。
二人の“約束”は、果たされることのないものとなった。
それは、帰宅後にスマホをいじりながらテレビを流し見していたときのことだった。毎日22:00から放送される『NEWSデイナイト』で、信じられないニュースが報じられた。
『速報です。本日午後8時40分ごろ、JR◯◯駅で、✕✕行き上り快速電車による人身事故が発生しました。この事故で男性一人の死亡が確認されました。警察によると、はねられたのは20代の男性で、駅には靴と荷物が残されており、その所持品から死亡したのは土岐勇二さんと確認されました。運転士がホームから線路内に立ち入る人影を確認し、非常ブレーキをかけましたが間に合わず、衝突した模様です。駅の監視カメラには、自ら飛び込む様子も映っており、その状況から自殺と見られ、事件性はないと判断されています。』
──『それでは続いて、先日発見された焼死体の身元が────────』
土岐勇二は、自ら命を絶ち、その日の夜に帰らぬ人となった。




