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AUPへようこそ  作者: 谷中シノン


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第11話:出会った意味

第11話:出会った意味


 「僕ね……フラれたんです。……味なんて……」 

 急に重たい言葉から始まった。

 

 その言葉からも、濁った淀みが伝わってくる。

 こんな天気のいい日に、ここでの勤務最初のサービスがこれとは。


 そもそも恋愛なんて、まったく無縁……というわけではないが、ほとんど経験のない僕には荷が重すぎる話題だ。


 だが、聞いてしまった以上、この場を立ち去るわけにもいかない。プライベートなら迷わず逃げるが……仕方ない、続きを聞くか。


 「もしよろしければ、僕が話をお伺いしますよ?」


 「……話して何の意味があるんですかね。こんな僕なんかの話を」


 なかなか面倒くさいタイプだ。

 しかし、本当に話す気がない人は、冷たくあしらうか無言に徹するものだ。

 意味を問うあたり、話したい気持ちはあるが、罪悪感やためらいが邪魔しているのだろう。きっかけ待ち、というわけだ。


 「そうですね……考え方にもよると思います」

 「考え方……?」


 「はい。人生の何事も、“意味”って後からついてくるものだと思うんです」

 「……どういう意味ですか」


 男性はわずかに笑みを浮かべた。無理をしているのが見て取れたが、それでも反応してくれた。


 「その時は無意味に思えても、後になって『あの時の経験が役に立った』とか、『危険を回避できた』とか、同じ過ちを繰り返さないための学びになっていたりします。無意味だと思った出来事も、後から必要だったとわかることがあるんです」

 

 「……失恋も、無意味じゃないと?」

 

 「もちろん。だから、話してみませんか? 僕との会話が、今すぐじゃなくても、いつか何かの意味になるかもしれません」


 これで十分きっかけは作れたはずだ。

 これ以上引っ張らず、本題に入ってくれ。


 「……琴葉さん。あ、お相手なんですが、少し前にこのパークで怪我をしたみたいなんです。それで、楽しい思い出で上書きできればと思って誘ったんです。『怪我の思い出なんて消してみせる』って」


 「優しい理由ですね。その後、お相手からお返事はあったんですか?」


 「もちろんです。その約束した日が、今日だったんです」


 「……じゃあ、お相手は今日来られなくなった?」


 「数日前にこんなメッセージが届いて以来、ずっと未読無視されてまして。スマホが壊れたのかなとも思って、一応今日来てみたんですが……やっぱりいなくて」


 彼はスマホのメッセージ画面を開き、こちらに差し出してきた。正直、他人のやりとりを覗くのは落ち着かないが、事情を聞くためには仕方ない。


 画面の表示名には “西馬慎二” とあった。

 「朝に集合しようって言ってくれて……『あなたと会うのが楽しみ』と言ってもらえた、その次の文章がこれなんです」


 彼は、約束を取り付けた直後のやりとりをスクロールして見せてくれた。



 

         6月22日(木)

 ことは───午後12時には会っていたいしね 18:58☑

 しんじ───そうですね!本当に楽しみです! 19:00☑

 ことは───しっかり晴れたらいいね。楽しみ 19:01☑

 しんじ───ですね!晴れろー!      19:01☑

 ことは───早く当日にならないかな    19:02☑

 ことは───1日でも早く過ぎればいいのに  19:02☑

 ことは───人多いかな          19:02☑

 しんじ───僕も他の物が手につかないです! 19:04☑

 ことは───気をつけて!         19:04☑

 しんじ───はい!            19:05未読

 しんじ───忙しいところお返事ありがとうございます

      おやすみなさい!       23:29未読

         6月30日(日)

 しんじ───おはようございます!     9:42未読

 しんじ───明日!楽しみにしてますね!   9:43未読

 しんじ───何度もすみません……何かありましたか?

      明日大丈夫でしょうか?    22:31未読

         7月1日(月)

 しんじ───お返事お待ちしてますね。   0:06未読

 しんじ───おはようございます!

      今日とても楽しみにしています 8:15未読

 しんじ───琴葉さんのお店の前で待っておきます!

      また会えるのを願ってます。  10:30未読


 文章はここで終わっていた。


 確かに今は未読無視されているが、それまでのやり取りからは、相手が迷惑がっている様子は見えない。むしろ好意的な文面が多い……ただ、何か引っかかる。


 「琴葉さんのお店、というのは?」


 「実は……琴葉さんとは、今あなたが出てきたそのお店で出会ったんです」

 「あ、じゃあその方、ワースタさんだったんですね」


 “琴葉さんの”という言い方から、偶然の出会いではなく、勤務先での接点だったことがわかる。


 「はい。僕が一人でパークに遊びに来た時、このお店で一緒にお土産を選んでもらったんです。杖を褒めてもらったりもして」

 

 「それが出会い、というわけですね」


 「えぇ。その時間が、どんなアトラクションより楽しかったんです。年パスも持っていたので、それからは来るたびに立ち寄るようになりました。もちろん、ストーカーみたいなことはしてませんし、長居もしない。少し話せたらそれで満足でした」


 恋の魔法にかかっていった、と言いたいところだが、口には出さないでおく。


 「でも、僕は一目惚れしてしまって……完全に恋の魔法にかかってしまったんです」

 ……言っちゃったか。客観的に聞くと、なかなか恥ずかしい。


 「1か月ほど前、琴葉さんがプライベートでパークに来ていた時、本当に偶然再会して。その時、連絡先を向こうから聞いてくださったんです。夢みたいで、本当に嬉しかった」


 「それは、かなりの両想いっぽいですね」

 

 「……でも見ての通り、今は返信もなくて。もしかして僕、ストーカーに見えたのかなって」


 「もしそう思っていたなら、そもそも連絡先なんて交換しませんし、約束もしないでしょう」

 

 「……ですかね。僕はただ、話を聞いてあげたかっただけなんです」

 「話、ですか?」

 「はい。仲良くなるうちに、プライベートのことも話してくれるようになって。最近は職場のことで悩んでいる様子でした」

 「それは……少し心配ですね」


 「そうなんです。仕事のことなので力にはなれないかもしれません。でも、僕で良ければ話を聞くことはできます。それで少しでも気持ちが軽くなって、ついでに怪我の記憶を楽しい思い出で上書きできればと思ったんです」


 これまでのやり取りやメッセージ内容から見ても、急に嫌われるような出来事は見当たらない。

 慎二さんの言葉も、相手を思いやるものばかりだ。

 そして──僕の勘が告げている。彼は嘘をついていない。


 ただ、もう一つ別の勘も働いた。

 琴葉さんに何があったかは分からないが、胸に嫌な予感が広がっていく。


 すでに手遅れかもしれない……そんな予感が。


 「もしかしたら、本当に何かあって返せていないだけかもしれませんよ。大丈夫、嫌われてなんかいません。それは今、客観的に話を聞いた僕が自信を持って言えます」


 ──嫌われてはいない。だが、何かが起きているのは間違いない。


 「きっといつか返事はきます。気長に待ちましょう。今日ここで待っていたことにも、いつか意味が生まれるはずです。僕とこうして会って話したことも、その一つになるかもしれません」


 本当は、僕の勘では返事はもう来ない気がしていた。

 理由は分からないが、そう確信していた。だが、それを口にするわけにはいかない。


 「とにかく!せっかくパークに来られたんですし、今日は気分転換しましょう。もしかしたら、その間に返事が来るかもしれません」


 「気分転換って……アトラクションに乗る気分でもないし、何をすればいいのか」


 「ここAUP。いや、テーマパークはアトラクションだけじゃありません。推しに会いに来るためだったり、ただ景色を楽しむためだったり、理由は人それぞれ。特別な理由なんてなくてもいいんですよ」


 「こんな今の僕は、何のために動けばいいんですかね……」


 慎二さんは視線を落とし、まるで地面に言葉を吐き捨てるように呟いた。


 「そうですね。では、まずは前を向きましょう。そして、上や周りを見てください。何をするかなんて考えなくていいんです。ただ、歩きながら景色を感じてみてください」


 「歩くだけ?」


 「はい。歩いて、その場の空気を吸って、時間による景色の変化をぼんやり眺めるんです。飽きたら、今度は周りの人の表情を見てみてください。楽しそうな顔、真剣な顔、何かを思い出しているような顔……その表情の理由を想像してみる。そして、また気の向くままに歩き出す。それでいいんです。その行動が、いつかあなたに意味をもたらします」


 「ふふっ、七国さんってカッコいいですね」

 少しだけ、彼の表情が和らいだ気がした。

 今は深く考えるより、別の景色を見る方がいい。


 「わかりました。歩いてきます」

 「はい。疲れたらちゃんと休んでくださいね」

 「はい……少しだけ、ほんの少しですが、元気が出たかもしれません」

 「それなら良かった。もし琴葉さんが店舗に来たら、必ず連絡するよう強く言っておきますから」

 「ありがとう。やっぱり、言われた通り、話を聞いてもらったのがあなたで正解でした。これも意味が繋がったってことなのかな」


 「そう言ってもらえて光栄です」

 「いえ、こちらこそありがとうございます。じゃあ、行ってきます!」


 そう言って、彼は反対方向へ歩き出した。

 「行ってらっしゃい!」と、僕はしばらく手を振り続ける。


 だが、その背中はまだ悲しみに覆われているように見えた。

 「……まぁ、そんな簡単に吹っ切れたら、最初から好きになってないよな」

 

 小さく呟き、その場を後にした。

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