第10話:魔法世界の新たな出会い
第10話:魔法世界の新たな出会い
「僕ね、フラれたんです」
快晴。風は涼しく、夏本番が近いとは思えないほど過ごしやすい気温。
小さな悩みなら吹き飛びそうな、爽やかな日だった。
そんな空気を台無しにするような沈んだ一言を放ったのが、このフレンズだ。
──今日は、この哀愁漂う青年の言葉から始まる勤務となった。
2024年7月1日(月)。天気は雲ひとつない快晴。
来園者数の予測は48K、つまり48,000人。
僕が今いるのはAUP内のエリア
『魔法世界:ウィザーディングカントリー』
2つのアトラクション、3つのグッズショップ、そして2つのレストランから構成されている。
3つのショップはそれぞれ扱う商品が異なり、
「杖・箒・衣類」
「お菓子系お土産」
「雑貨全般」
に分かれている。少しややこしいエリアだ。
今日の配属先は、その中でも雑貨全般を扱う『ウィザードバラエティー』(略してウィザバラ)だった。
──二日前の夜、職場から一本の電話があった。
「吉崎です。七国くん、急にすみませんね。昨日28日と今日、休みでしたよね」
「そうですね。偶然続き休みになったんで、あの事件の後ですし、ちょうど良かったです」
「そう、その件なんだけど……先日の騒動、SNSでかなり拡散されてるんですよ」
「ああ、知ってます。ツブヤイッターで回ってきました。ご迷惑おかけしてすみません」
「いや、それはいいんだけどね。昨日今日と、その動画に映ってた人を探しに来るフレンズが結構多くて。ちょっとした有名人探しみたいになってるんですよ」
「え、そんな物好きいるんですね」
「まぁすぐ落ち着くとは思うんだけど、君だとバレて騒ぎになると面倒だから、とりあえず明後日の勤務は他店舗のヘルプに回ってもらおうと思って電話しました」
「はい、全然大丈夫です。よろしくお願いします」
あの日の夜。
ツブヤイッターやイマステグラムといったSNSで、早速あの騒動の動画が拡散された。
幸い、撮影者はみな建物の中や離れた場所など、安全圏から撮影していたため、謎の人物との会話や声は記録されていない。
映っているのは、遠目に黒服の人物と僕が向き合う姿、その背後に横たわる女性と子どもの姿だけだ。
現代のカメラの性能に感謝したくなるほど、距離のある映像だった。
それでも最近のネットリテラシーは疑わしい。
モザイクをかける動画はほとんどなく、僕の顔はネット上で晒された。とはいえ、ほとんどがズーム撮影で粗い映像ばかり。
顔のパーツははっきりしないし、身長もわかりにくい。
服装や輪郭を頼りに個人を特定するのは難しいはずだ。
……だが、それでも面白半分で「騒ぎの中心人物」を見に来る人は必ずいる。そして、その数が会社の想定をはるかに超えてしまった。
そこで、騒ぎが落ち着くまでの暫定措置として、服装もエリアも違う他店舗での勤務に回されることになった。
井原さんが入院中だったのも、幸いだっただろう。
アトラクション部門ならルールや操作が全く違うため他エリア勤務は難しいが、ショップスタッフは事情が違う。
どの店舗でもレジシステムが共通しているため、他店ヘルプは珍しくない。
──そんなわけで今日はヘルプに来ているのだが……。
ちらほらと僕を気にして見る物好きな目がある。
しかもフレンズ(お客様)だけじゃない。
おい、ワースタのみんな、僕を見るな。仕事をしろ。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
後ろから声をかけてきたのは、少し背が低めで明るめの茶髪、物静かそうな雰囲気の男性だった。
「あ、はい。大丈夫です。けっこう気楽にやってます」
「それなら良かったです。あ、初めまして。土岐です。土岐勇二。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
土岐さんは少し笑って言った。
「あんまり嫌な目で返してあげないでくださいね。宇宙世界の制服の人が動画で話題になったでしょう?その渦中で、君がスペーシアンショップからヘルプで来た。輪郭も似てるし、そりゃ皆さん気になるんですよ。僕はどうでもいいですけど」
「土岐さんは、僕に何か聞いたりしないんですか?」
「しませんよ。動画を見た時、銃を持った男の前で怯まないのがすごいなとは思いましたけど、それだけです。七国さんが悪いことをしたわけじゃないですし」
「フフッ、ありがとうございます」
「いえいえ。あ、そうだ。社員さんから、エントランスグリーティングをお願いって頼まれてます。それを伝えに来たんでした」
エントランスグリーティング──店舗入り口前で、お客様に挨拶や案内を行う業務だ。
「了解です。行ってきます」
「お願いします!あ、そういえば入り口前のベンチに、朝から3時間くらい座りっぱなしで暗いオーラ漂わせてる方がいます。暇があれば話しかけてみてください」
めんどくさい予感しかしない。暇はないことにしておきたいが……。
「了解しました。気にしておきます」
そう答えて、店舗の入り口へ向かった。
外に出ると、すぐにその人物が目に入った。
悲しみのオーラって、こんなにも目に見えるものだっけ。いや、そもそもオーラって見えるものだったっけ。
店舗の向かいにある緑のベンチに、一人の男性が微動だにせず座っている。
表情は、この世の終わりを見ているかのようだ。
スマホも見ず、右手には透明カップに半分以上残ったビールを持ったまま、完全に上の空。泡はとっくに消えている。
さすがに声をかけるべきだろう。
ワースタとして、見て見ぬふりはできない。
幸い、サービス業務で時間には余裕がある。
体調不良の可能性もある以上、放置はできない。
「こんにちは。お客様、パークで飲むビールはいかがですか?」
気楽に声をかけてみると、男性はかすれた声で答えた。
「僕ね……フラれたんです。……味なんて……」
なんだか……めんどうになりそうだ。
七国のこの予感は、勘ではなく、最早確信となっていた。




