願いの瑠璃石
夜の森から帰った翌日、修学旅行もいよいよ大詰めを迎えた。
この日、クラスは島の伝説に語られる「願いの瑠璃石」を見に行くことになっていた。
ルリハナ島の中央にそびえる白い石灰岩の丘。その頂上に、青く輝く瑠璃石が祀られているという。
丘を登る道は緩やかだが長く、木漏れ日が眩しく照りつける。
生徒たちは疲れた顔をしながらも、はしゃぎ声をあげていた。
でもセナは、今日こそ自分の想いを変えられるかもしれないと胸を高鳴らせていた。
足取りは自然と速くなる。
「セナ!お前、元気だな」
後ろからリオが追い付いてきて、横に並んだ。
「今日は変だぞ?昨日の森で怖がってたのはどこの誰だっけ?」
「も、もう……昨日のことは忘れて……!」
顔が赤くなるのを感じながら、早足でリオから視線を逸らす。
リオは不思議そうに笑いながらも、セナに合わせて歩を進めた。
丘を登り切ると、そこには白い岩肌にぽっかり空いた洞窟があった。
冷たく澄んだ空気が流れ出し、中に入るとひんやりとした静寂が辺りを支配している。
先頭の先生がかざした魔法灯が、洞窟奥に祭壇のような場所を照らした。
そしてそこにあったのは、直径30センチほどの丸い石。
美しい青のグラデーションをまとい、中心から小さく脈動する光を放っている。
まるで心臓の鼓動のように、静かに、でも確かに光は揺れていた。
「これが……願いの瑠璃石……」
セナは引き寄せられるように近づく。
他の生徒たちも感嘆の声をあげたが、セナの耳にはもう何も入らなかった。
喉の奥に張り付く、あの呪いの重さ。
けれど瑠璃石を見た瞬間、どこかで「今なら変われる」と確信めいた思いが湧いた。
瑠璃石の前に立つと、不思議なことに誰もが一歩ずつ距離を取り、セナのために空間を作ってくれた。
(この呪いを……どうか、解いてください……!リオに、自分の気持ちを伝えられるように……!)
心の中で強く強く願うと、瑠璃石はふっと青白く光を増した。
そしてその光がそよ風のように広がり、セナの胸を貫くように駆け抜けていった。
胸の奥にあった冷たい硬さがふわりとほどけ、喉を押さえつけていた見えない鎖が解けた気がした。
「セナ、大丈夫か?」
リオが背中を支えてくれていた。
心配そうにのぞき込むその顔が近くて、胸が再び熱くなる。
呪いはもうない。なのに今度は、勇気が足りなかった。
(私……呪いのせいにしてただけだったの?)
心の奥に、小さな自分が問いかけてくる。
呪いが解けても、自分から踏み出さなければ何も変わらない。
瑠璃石の青が、どこか励ますようにきらめいて見えた。