迷い込んだ夜の森
南国の夜は早く、夕方を過ぎると一気に群青色の闇が島を覆った。
旅行3日目、みんなで訪れた島中央の古代遺跡は、思った以上に広く入り組んでいた。
石畳に苔むした壁、崩れかけたアーチに絡む蔦。昼間は探検気分で楽しんでいたが、日はあっという間に傾いていった。
「こっちの通路も見てみようぜ!」
リオが遺跡の奥へ進んでいく。セナは不安を覚えながらも、その背中を追った。
だが、すぐに仲間たちの声は遠ざかり、気づけば周囲は静寂に包まれていた。
やがて遺跡の出口を出ると、2人の前には夜の森が広がっていた。
「やっべ、思ったより奥に来ちまったな」
リオは頭をかきながら笑うが、その声にも少し焦りが滲む。
辺りはもうほとんど真っ暗で、足元はかすかに月光が照らすだけだった。
夜のルリハナ島の森は、昼間とは別世界のようだった。
葉の上で光る青白いコケや、淡い光を放ちながら飛ぶ虫が、まるで無数の星のように森の中を漂っている。
葉裏で鳴く虫の声が時折響き、風に揺れる木々がひそひそと話しているようにも聞こえた。
「怖くないか?」
リオがセナの方を見て、普段より少し真剣な顔をする。
「俺、方向音痴じゃないし、ちゃんと戻れるから。だから……」
そう言うと、リオはそっとセナの手を握った。
その大きな手に、セナはびっくりして目を見開く。
でも、リオの手はしっかりと温かかった。
心細さよりもドキドキが勝って、セナの胸は痛いほど高鳴った。
「……怖くないよ」
やっと声を絞り出すと、リオがほっとしたように笑った。
その笑顔は、森を照らす月よりも明るく見えた。
歩きながら、夜の森は2人だけの世界のように静かだった。
光る虫がひらひらと目の前を横切り、リオが手を伸ばすと指先をかすめて逃げていった。
森の奥で小さな動物の目が一瞬光り、セナは思わずリオの腕にしがみつく。
「セナ、大丈夫だって」
リオが優しく笑い、自然に腕を回してくれる。その距離が近すぎて、息をするたびに胸が苦しい。
(今なら……言えるかもしれない……)
セナは口を開きかける。だけど、あの呪いの感覚が喉にまとわりつき、声を奪った。
言葉が空気に変わって消えていく。
2人はお互いの心臓の音が聞こえそうな距離で、しばし足を止めた。
夜風が木々を揺らし、葉擦れの音が森全体を満たす。
このまま時が止まってほしい――そう願うように、セナはリオの腕の中で目を閉じた。
「……行こう、道はたぶんこっちだ」
リオは静かに言い、歩き出した。セナはその背中にそっと寄り添いながら、夜の森を後にした。