旅立ちの朝、胸の高鳴り
白い朝靄がまだ港に残る早朝。王立魔法学院の生徒たちは、南国ルリハナ島へ向かう修学旅行の準備で大騒ぎだった。
大きなトランクを転がす者、友達と記念写真を撮る者。活気に満ちた港の空気に、旅立ち前のわくわくがあふれていた。
セナは、荷物を抱えながら人混みを縫うように歩いていた。胸の奥で、心臓がずっと落ち着かずに鳴っている。
潮風は冷たくも心地よく、旅の始まりを告げる鐘の音が響き渡った。
「セーナー!こっちだ!」
港の入り口から手を振る声に顔を上げると、幼なじみのリオがいた。乱れた髪を指でかき上げ、快活な笑みを浮かべている。
制服の袖をまくりあげ、無造作にトランクを肩に担ぐ姿は、子どものころから変わらない彼らしさに満ちていた。
「やっとこの日が来たな、セナ!」
リオは港に並ぶ白い客船を振り返り、眩しそうに目を細める。
「……うん」
セナは一歩近づいて答える。だけど返事は短く、小さな声になってしまった。
リオと目が合うたび、心臓が高鳴りすぎて息苦しくなる。この旅で告白するんだと決めているのに、そのたびに胸の奥に暗い影が落ちる。
(このままじゃ……伝えられない……)
彼女には、恋心を言葉にできない理由があった。
幼い頃、家のしきたりでかけられた「心の言葉を縛る」小さな呪い。
それは恋愛感情を声に乗せた瞬間、喉が固まり、声が詰まってしまうというものだった。
呪いのことを誰にも言えず、胸に隠して生きてきた。
リオにもずっと秘密にしていた。
でも、この旅でしかチャンスはない。卒業後は別々の進路になるかもしれないのだから。
「ねえ、セナ!」
リオが先に歩き出し、ちらりと振り向く。
「船、もう乗れるってさ。行こうぜ!」
リオが差し出した手は、少し日に焼けていて、見慣れたはずなのに心をざわつかせた。
セナはそっと手を取る。リオの手は大きくてあたたかい。
途端に胸の中で「好きだ」という言葉が膨れ上がった。だけど、それを声にすることはやはりできなかった。
船に続く長いタラップを、一歩ずつ進む。
煌めく朝日が海を照らし、遠く水平線が金色に揺れていた。
船の汽笛が低く鳴り響く。旅が、始まろうとしていた。