第3話 約束するよ
家に着くと直ぐにメールした。
『(佐藤) 鬱はいつからなの?』
家に着いてすぐに聞いた。
ストレートに聞いた。
そりゃ聞くさ!
これまで『頑張れよ!』って何度言ってきたか分からない。
たぶんアホほど言ってきた。
だって“真面目で頑張り屋の深谷さん”
…それが皆の共通認識だったろ。
そもそも頑張り屋さんってのが深谷のトレードマークみたいなものじゃないのか?
おいおい…何気なく掛けてきた言葉が深谷を苦しめてた…
……なんてことがあったら本当に申し訳ないじゃないか。
『(深谷) さぁ、分かりません(笑) 』
生まれつきの性格なんじゃないかなと私は思うんですが、診断されたのは、つい最近です。
んん??つまり自覚症状が無いってことか?
とりあえずこれまでの文面を見る限りは、イメージする鬱って感じではないな。
『(深谷) 卒論書いてる時に、調子が悪く、なかなか書けなくなって、心療内科で診てもらったら鬱だと診断されました』
調子が悪くなるってことはやっぱり鬱なんだな。
医者も言ってるようだし。
でも、『調子が悪く』って言うのがよく分からん。気分が悪いとは違うのか?
ちょっと聞いてみた。
『(深谷) う〜ん。気分が悪いことは悪いんですが、ちょっと違うんですよね』
『(佐藤) どう違うの?』
『(深谷) 何というか、そういう時は頭が腐ってる感じなんですよ』
思ってる以上にヤバそうな答えが返ってきた。
!?!? 頭が腐ってる感じって、一体どんな感じなんだ?
でも深谷はいつまで休学するんだろう?
実は以前の大学で不登校になったことがある。
丸1カ月ほど行かなかった。
戻るのには勇気がいったし、戻ってからも何となく居づらかった。
誰も俺のことを見てるわけでもないのに…
変な緊張感があった。
深谷は鬱だ。
この休学が後から余計にストレスになるんじゃないか?
『(佐藤) あのさぁ、深谷。休学中だけど、たまには遊びに学校へ来ないか?』
研究とか考えずに気楽に学校に来てよ。
やっぱり学校から離れすぎるのは良くないと思うんだ。
そう思って言ってみた。
『(深谷) 佐藤さん、大学は学びに行く所で、遊びに行くとこじゃないでしょ?』
学べる体力がない私は行くべきじゃない。
だから休学を選んだんですよ。
マジかー!!これ、本気で言ってるよな?
すげぇよ深谷さん。
貴女は学生の鏡だ!
こういう台詞を素で言える学生を初めて見たよ。
俺とは真逆じゃないか!
『(深谷) それより佐藤さん。私とこんなに長くやり取りしてて大丈夫ですか?』
ん?どういう意味だろう?
『(佐藤) もう家に帰ってるし、学校に戻ってこんな時間から作業するのも嫌だし、全然大丈夫だけど』
『(深谷) 本当ですか?』
『(佐藤) むしろ深谷に迷惑かけてないかの方が心配だよ』
『(深谷) 私は良いのですよ』
今日から休学になって明日から何もすることが無いですし。
それに、こうやって相手して頂けることがとても嬉しいですから。
『(佐藤) 俺も全然平気なんだけど』
『(深谷) でも、佐藤さんは、いつも一緒にいる志田さんや須山さん達とこれから遊びに行く予定があったりとか、彼女さんと連絡する時間とかを私が奪ってないか心配なんです』
おいおい…気の遣い方が半端ないな。さすが深谷さんって感じだ。
『(佐藤) 志田はこの時間は彼女と過ごしているし、須山さんはもうバイト終えて家に帰ってるよ』
そして俺は彼女いないし。
だから深谷が気を遣うようなものは何も無いぞ。
『(深谷) え?佐藤さん、彼女さんと別れたんですか?確か遠距離の彼女さんがいましたよね?』
おいおい、誰から聞いたんだ?
俺の個人情報が知らないところで深谷に漏れていた。
『(佐藤) うん、去年の秋くらいにお別れしちゃったよ』
『(深谷) そうなんですね…。そっかぁ…。別れてたんですね…』
『(佐藤) でも、何で遠恋だったことまで知ってるの?もしかして志田や須山さんから聞いた?』
この2人以外は知らないのだ。
『(深谷) 去年くらいに私の席の近くで志田さんと須山さんがそういう話をしていたので』
君ら2人、俺のいないところで俺のコアな話をするんじゃない。
『(佐藤) まぁ…そんなとこだから深谷は何も気を遣う必要ないぞ』
むしろこっちこそ相手してもらって嬉しいくらいだ。
『(深谷) 嬉しく思って頂けるのですか?』
『(佐藤) そりゃ嬉しいさ。深谷は面白れぇし、なんだかかわいらしいしな』
『(深谷) ??私、面白いと思わせるようなことした覚えは1つも無いんですけど…』
そして、かわいらしいは子ども扱いされてるようで、ちょっと嬉しくないです。
『(佐藤) いつでも誰でもどんな時も敬語で丁寧語なとこが面白いじゃん、そこがかわいらしいし』
『(深谷) またかわいらしいって…今年で24になる世間では大人の女性ですよ』
『(佐藤) 24歳になるってことは深谷は一浪してたんだね。意外だ。現役だと思ってた』
『(深谷) はい、一浪です』
佐藤さんは志田さんと年代は一緒のようですから私の5学年ほど上になりますね。
二浪されたんですか?
『(佐藤) いや、大学自体は現役で出たんだ』
その後2年間は働いていたんだよ。
そっから勉強し直して修士課程に進んだの。
『(深谷) ちょっと不思議なんですけど、修士課程は今の大学ではありませんよね?』
なぜ博士課程でこの大学を受験してまで移ったのですか?
『(佐藤) 正確に言えば、この大学を研究生として移ってから博士課程の受験。俺は10月入学なの』
『(深谷) 10月入学とかあるんですね?初めて知りました』
『(佐藤) うん。実は前の大学で一時期不登校になっちゃってね。その時、就活もほっといてしまった訳』
『(深谷) 佐藤さんが不登校ですか??』
『(佐藤) うん。その時に、どうせならもう博士まで行くか!ってなっちゃったけど…』
向こうの大学に在籍し続けるのが嫌で嫌で仕方なくなってね。
頼み込んでここの大学に研究生で来たんだよ。
『(深谷) 佐藤さんの不登校が相当意外なんですけど』
『(佐藤) まぁ、だからね、深谷が休学を終えて復学する時には、たぶん少なからずのストレスがかかると思うの。』
それがたかだか1ヶ月程度の期間だったとしてもね。
『(深谷) 佐藤さんのご経験からですか?』
『(佐藤) うん。そうだね』
『(深谷) 私は1ヶ月よりもっと掛かりそうですもんね』
『(佐藤) 休学届け出すくらいだから、そうなのかな』
でも、復学した時にね、事情を普通に理解してて、なんの気兼ねも要らない学生が近くにいたとする。
深谷の抱えるストレスは凄く軽減されると思うんだ。
『(深谷) 確かに鬱で休学したのを知っているのは、先生と佐藤さんだけですから』
『(佐藤) うん。俺には前の大学で、状況を理解してくれる学生がいなかった』
『(深谷) やっぱり私も佐藤さんのようにそれがストレスになると感じますか?』
『(佐藤) 直感だけど、たぶん深谷もそうなりそうな気がする』
『(深谷) 直感ですか?』
『(佐藤) うん。直感だけど確信的に。そういう訳で、俺がその立場になる』
『(深谷) その立場とはどういう意味でしょう?』
『(佐藤) 俺は深谷が復学することを楽しみしてる。復学することを応援する。そういう立場』
『(深谷) 本当ですか?』
『(佐藤) うん。絶対に。約束するよ』
あれ?ちょっと言い過ぎたかな…。
深谷からの返信が遅くなり、ちょっと不安になってきたところで…
『(深谷) やっぱり佐藤さんは分からないなぁ』
『(佐藤) 分からないって何が?』
『(深谷) 私が研究室に配属されてから…』
いや、この大学に入学してから、もっとも混乱させられたのが佐藤さんでしたから……。
『(佐藤) えっ!?混乱????』
『(深谷) はい、そうです(笑)』
『(佐藤) えっ?えっ?混乱って一体何??』
『(深谷) それについてはいずれお教えしますよ(笑)』
『(佐藤) 相当気になるんだが』
『(深谷) 今日、佐藤さんが私に声を掛けて下さいましたよね?』
あの時、佐藤さんは話の切れ目を見つけて、社交辞令的な挨拶とともに去ろうとしてましたよね?
『(佐藤) えっ!?』
『(深谷) あの時に私は、ここで逃がしてなるものか!って必死で食らいついたんですよ(笑)』
『(佐藤) どういうこと??』
『(深谷) さぁ、どういうことでしょう?(笑)』
『(佐藤) え??』
『(深谷) またいずれお教えしますよ』
『(佐藤) いずれ!?』
『(深谷) もう遅いですし、寝ましょうか』
『(佐藤) 逃げられたな(笑) 分かった。そうだね。俺も眠くなってきたし』
『(深谷) 佐藤さん。明日もメールして良いですか?』
『(佐藤) お好きにどうぞ!そんなこと言わずに普通にいつでも入れたら良いんだよ』
『(深谷) はい!(笑) お好きに入れます!おやすみなさい』
『(佐藤) うん!おやすみ!』
長い1日が終わった。
たった1日で深谷と凄く近くなったような気がした…