第29話 初めてのプレゼント
「私、なつさんとSexしたいです」
「…深谷。もうちょっと違う言い方しようよ…」
「言い方まずかったですか?」
「うん。例えば、エッチとか」
「そうですね。私、なつさんとエッチしたいです」
「あんまりそういうことを男の人に言っちゃダメだよ」
「男の人に言うわけないじゃないですか。なつさん以外に言いませんし、言ったこともありません」
「でも、どうしていきなり?」
「いきなりでもありませんよ。好きだったんですから。それに今…と言っているわけではありません」
「いつかそうなりたいってこと?」
「そうです」
「じゃあ、そんなことを言わなくても自然とそうなるでしょ」
と俺が笑うと、それとは対照的に曇りがちな表情で深谷が言った。
「そうですかね?なんとなく直感なんですが…」
と、言い、さらに続けた。
なつさんはこういうのをちゃんと言っておかないと、いつまでも先輩後輩が抜けないんじゃないのかなぁ…と感じるんです。
なつさんは、ずっと優しい良い先輩でした。
メール交換する前まで、変な先輩だ、腹が立つ、イライラする、というのもありましたが、優しい人だってのはずっと感じてました。
だからいっぱい混乱もしたんですけど。
それから今のように連絡をし合う仲にはなって、やっぱりこの人は優しいと実感しましたよ。
なつさんにもっと近づきたい。
そう思って近づいても、なつさんの中では、壁がありました。
「壁?」
「はい。すごく高い壁を感じました」
この人は後輩を本当に大事にしてくれる。
私を妹のように接してくれる。
でも
この人にとっては私はずっと後輩。
どこまで行っても…妹までで、それ以上は行かない。
行ってほしいのに。
ちゃんと女として見てほしい。
女の子として好かれたいって思ってました。
だから
昨日のことは本当に嬉しかったです。
「深谷。今、深谷は俺の彼女なんだよ。好きなんだよ。女の子として見ているに決まってるじゃん」
「…それはそうなんですが…」
たぶん、なつさんと私の好きの大きさが全然違うと思います。
「そんなことはないよ。同じくらいだと思うよ」
「でも、やっぱり、なつさんにはちゃんと言っておかないといけない気がして…」
なつさんに振り向いてもらえるように、いっぱい好きって言いました。
でも、なつさんは、“それはお付き合いしたい的な意味の好き?”って聞いてきましたよね?
だから…
それもあって、ちゃんと言わないとって。
じゃないと、なつさんは、私の体調のことを気にし過ぎて、遠慮とかすると思って。
「大丈夫だよ。あの時も鈍いとかじゃなくて、そうだったら嬉しいなって聞いたんだし。だから言わなくても気持ちは伝わるよ」
「たぶん、それを鈍いっていうんだと思いますよ。それに…」
私は、なつさんが大好きで、いつでも一緒にいたいし、触れていたいし、エッチだってしたいと思っています。
体調が悪いからとか関係なく、なつさんが求めたくなったら、いつでも遠慮なく求めてほしい。
私はそれが一番嬉しいから。
なつさんがそうしてくれるのが一番嬉しいんです。
これをちゃんと言っておかないと、なつさんはきっと私の体調とか気にかける。
気にかけ過ぎる。
そして…
躊躇する。
なつさんは優しいから。
ぐうの音も出なかった。
たぶん、深谷の言っていることは正しい。
俺はいつでも深谷の体調を気にしてる。
きっと、そういう場面がこれからあっても、体調とか気にしてしまうだろう。
凄いな、深谷は…。
俺という人間を本当に理解している。
この短期間なのに。
その上で好きだと言ってくれている。
こんな感覚は幸奈以来だ。
期間を考えると深谷がダントツだ。
「わかった!深谷には遠慮しない。約束する」
「はい!」
満面の笑みで深谷は返事した。
うっ…
なんだろう…
胸の奥がじわぁっと熱くなった。
なんだろうも何もない…
愛おしさだ。
自分を理解してくれる。
それでいて好きだと言ってくれる。
それがこんなに嬉しいなんて。
「深谷。もう少しこっちに来て」
「…はい」
「そこは、“はい”じゃなくて、“うん”と言ってほしいな」
「うん!」
そして、深谷を抱き寄せて、キスをした。
遠慮のないキスを。
深谷もしっかり応えてくれて、遠慮のないキスを返してくれた。
胸に感じる熱さを深谷に伝えたい…
そう思って強く抱きしめる。
深谷もそれを返してくる。
腕の柔らかさ…
胸の柔らかさ…
全部が伝わる。
心地いい。
これ以上はまずい…
と俺は動きを止めた。
「やめてほしくない…」
動きを止めた俺に、深谷はすぐに反応して、抱きしめてきた。
「なつさん…もっと一緒にいたい」
耳元で言われて、心臓が跳ね上がる。
「じゃあ、気兼ねなく一緒にいられる場所に行く?」
と耳元で聞き返す。
「うん!」
彼女は、照れた感じに笑顔で言った。
そして車を駐車場から出した。
「この超田舎町にそんなとこあるのかな?」
そう言いながら、
それに昨日の今日って…
ちょっと早過ぎないか?
と色々頭に躊躇の念が走る。
「この先、それっぽいとこありますよ。営業しているかどうかは知りませんが」
と少し笑いながら言った深谷の言葉で、迷いは消えた。
深谷が色々言ってくれたことを思い出して。
彼女の車での通学路。
それはあった。
行ってみると営業しているようで俺らはそこに入った。
車を駐車して、手を繋ごうとした時に深谷が立ちくらみで倒れそうになった。
「大丈夫か?」
とっさに手首を掴んで体勢を整える。
あれ?
そこに少しの違和感を感じた。
そのまま手を繋いで部屋を選んで入り、
「見せて」
と俺は言った。
深谷は、少し、動揺を見せたが、素直に見せてくれた。
…手首を。
深谷の手や腕は、柔らかく、ぷよぷよしているのに、そこは違和感があるほどの硬さがあった。
薄っすらとだが繰り返し作った傷があった。
治るたびに硬くなっていったのだろう。
手首の先から目で登っていくと、少し上の方に比較的最近作られたであろう薄い傷もあった。
「これって…リストカットっていうやつ?」
深谷は静かに頷いた。
「なつさん、よく勘違いする人がいますが、自殺のように深く傷を付けないんですよ」
これは自分に対する罰なんです。
そして、自分の血を見ると安心するんです。
今は初夏。
これだけ一緒にいた俺でさえ気が付かない。
ということは、研究室の他の人らは、それこそ絶対に気が付かないだろう。
ただ、家族はどうなんだろう?
「親とかにバレないの?」
「家族も気が付きませんよ。案外、見てないものです」
と笑みを浮かべて深谷は言った。
「でも、私も止めようと思うんですが…」
止められないんです。
苦しくなるとついやっちゃう。
でも、腕は見えるから…
そう言って、彼女はワンピースの裾をあげて、太ももを見せた。
そこには横線状の新しい傷があった。
決して目立つわけではない。
でも、よく見るとある。
無数に。
俺は深谷を抱きしめた。
「傷を付けるのを我慢しよう」
「うん…」
そう言って財布の中を探し始めた。
「なつさんがこれを持っていってください。私はこれから止めます」
と言って、ビニールの小袋を俺に手渡した。
カミソリだ。
「わかった。これは俺がもらう」
それからな、深谷。
俺は彼氏なんだよ。
1人で苦しまないで。
苦しい時はその都度言って。
口で言わなくてもいい。
メールで良いの。
溜め込まないで。
俺に吐き出して。
俺は吐き出された方が嬉しい。
俺が一緒にいる。
だから一緒に治していこう。
と見つめて言った。
「うん。なつさんには何でも言います…」
と言って、深谷は涙を我慢しながら抱きしめてきた。
深谷がワンピースを脱ぐ。
下着を外す。
すごいスタイルだ…
そして
その白い肌に息を呑んだ。
綺麗すぎて見ているだけでいい…
そう思えるほどに。
「なつさんには全部見てほしい」
身体を隠さずに、手を後ろに回してそう言った。
そして、俺も服を脱いで、深谷を抱きしめた。
温かい。
温もりが心地いい。
「なつさん。大好きです」
「俺もだよ」
そして、俺たちは繋がった。
「なぁ、深谷」
「何ですか?」
「俺さぁ、ここの大学に来て、深谷が後輩で良かったと本当にそう思うよ」
「嬉しいです。でも、私はきっと、なつさん以上にそう思ってますよ」
「俺も嬉しいよ」
「なつさん…私ね、最初からピンと来てたんです。直感というか…」
「直感?」
「私がまともだったら、きっと、この人を好きになっていたのかも…って思ってました」
「変な言い回しだな。きっと…って言ってるのに過去形って」
「そうですね。でも、私はまともな感覚がわからなかったから…。だから、そういう言い回しにもなります」
「…そういうのって…やっぱりあるんだな」
「どういうことでしょう?」
「直感のこと。俺も深谷を初めて見たときに不思議な感じがした。だから近づかないようにした」
「近づかないようにしたって…ちょっとショックです。でも不思議って何がですか?」
「うまく表現できないんだけど、たぶん深谷と同じ」
「好きになるってことですか?」
「たぶんそうだよ。それが証拠に近づかないように気を付けてたんだけど…それでも自然にちょっかいとか、イタズラしてたでしょ?」
「されましたね…。ヘビが一番印象的でした」
「あの時はごめん」
笑って謝った。
「もう良いですよ。でも、なぜ近づかないようにしてたんですか?」
「単純だよ。彼女がいたから」
「あぁ…なるほどです」
「俺は一目惚れとかあまりしないタイプなんだ」
「つまり私に一目惚れしたってことですか?」
「う〜ん。むしろ逆かな」
「逆!?それはそれでショックなんですけど」
「言い方が良くないな。美人な子だなとは思ったけど、別に外見でいいなぁとか思わなかった」
「なつさんに言われる美人は相当嬉しいですが…。でも、なつさんの好みの顔ではなかったと?それはそれでやっぱりショックです」
「いやいや、だから怖いんだよ」
「怖い…ですか?」
「うん。怖かった」
「なぜ怖いんです?」
「前に付き合った子は、外見的にすごく好みだった。だから惹かれたってのはあった」
「なつさん…。私、今、これ以上なく嫉妬しました」
「最後まで聞いてよ。でも、深谷には、その外見的な要素がないのに、惹きつけられた。少し話しただけで」
「惹きつけられた…に、ちょっと回復しました。でも怖いに繋がりませんよ」
「いや、怖いよ。俺って付き合うと他の女性に興味がなくなるんだよ」
なのに、たった少し話しただけで、外見が関係なく惹きつけられるのは…怖い。
だって理由がわからないんだから。
そもそも初めての感覚だし、彼女いるし…で怖かった。
「私はなつさんの外見は好きでしたけど」
でも、私も一目惚れとかしたことないです。
私の直感は、なつさんのそれと同じか、近いものかもしれませんね。
あっ…
「どうした深谷?」
「これがそうかも…」
「これ?」
「はい。なつさんが言ってた、“結局は好きになるのに理由なんてない”ってやつ」
「なるほど…」
「なつさん。ちょっと嬉しくなりました」
「良かったよ。下手なことを言ってしまったと後悔するところだった」
「なつさん…」
「どうした?」
「好きです。訳がわからないくらい…」
「ありがとう。俺も好きだよ」
「生きてて良かった」
「そんな物騒なことは言うなよ。それと明日、志田と須山さんと呑むんだけど、来ない?」
「私、邪魔じゃないですか?」
「全然邪魔ではないし、深谷が嫌でなければ、この先もずっと来て欲しい」
「じゃあ行きます!明日はバイト無いし」
「お酒飲むし、帰りとか大丈夫?別に泊まってもいいけど、俺はたぶん朝に研究会で出掛けなきゃなんだ」
「大丈夫です。明日は森公からは母に連れて帰ってもらいますから」
「じゃあ、志田と須山さんにはサプライズするから、後からお店に入ってくるイメージね!」
「ちょっと面白そうですね!そうしましょう!」
数時間後、森公都市駅の契約駐車場まで向かい、そこでお互い家に向かった。
昨日の今日で、良いのかな…という思いは無くなった。
むしろ良かったとも思えた。
そして、深谷からもらった小袋を車のダッシュボードの奥の方にしまった。
これでも、深谷から初めてもらったプレゼント。
捨てれない。
でも
もうこんなものは使わせない。




