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彼女の鬱に恋をした  作者: ホタテノホ
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第2話 鬱らしいんです

深谷(ふかたに)!」


 校舎脇にある駐車場で、車に乗り込もうとする彼女に声を掛けた。


「今から帰るの?お疲れ様!」


「でも、こんな時間に帰るんだな?用事か?運転気をつけなよ〜」


 と笑顔で続けざまに言った。


 単なる挨拶だった……はずだ。




 “あっ!お疲れ様です!気をつけて帰ります。ありがとうございました”


 と、深谷が、()()()()彼女らしい社交辞令的な返事を寄越す。


 そして、こちらもその言葉に対する返事をする。


 その後、彼女はすぐに車に乗り込んでいく…。




 その予定であった。




 俺らの関係性はそんなもんだ。


 しかし、用意してた


 “おう!じゃあなぁ〜バイバイ”


 …の台詞(せりふ)を引っ込めざるを得ない返事を投げかけられ……


 ……()()()()()軽く混乱した。




「あの、佐藤さん」


「どうした?」


「私、()()するんです!」


 にこりと笑みを浮かべてはっきりとした口調でこう言った。


 え…?


 休学と言ったか??


 予想外の返答にちょっと間が空いた。


 確かにその内容もびっくりなのだが、いつもの深谷の感じではない。


 なんというか…。


 そう思いつつも聞き返した。



「ん???休学??」


「はい!」


「なんかあったの?」


 そうすると彼女は、


(うつ)らしいんです」


「え?」


「病院でそう言われました」


「ええ?」


「休学した方がいいって言われたから、今日はその手続きの書類を提出に来たんです!」


 と、さらりと明るく笑顔で返された。


 この告白に…その内容と話し方の(ギャップ)に…思いっきり言葉が詰まった。当然対応にも困った。鬱というものは知っている。


 聞いたことがある程度の知識であるが。確か“頑張って”などの言葉が、本人を追い詰める禁句(タブー)であるとか。


 そう…誰でも聞いたことがあるような(うっす)いものしか持ち合わせていないのだ。


 これは良いのかな?どうなのかな?と返事の言葉選びに頭の中をフル回転させて、結局出てきた言葉がこれだ。


「そうなんだ。大丈夫なの?」


 …言ったそばからアレだけど…“大丈夫?”って聞くのは良かったのかな?あまり良くは無い気はするが。


 それ以外の言葉は無いよな?ていうか、もう言っちゃってるし…と、落ち着きなくそわそわしていると…


 その(こぼ)してしまった動揺に、深谷はくすくすと軽く笑みを浮かべて


「全然平気ですよ(笑)」


「本当に??」


「鬱って言われたものの、私自身は本当にそうなのかぁ?って感じですもん!」


 と明るく返してきた。


 やっぱりいつもの感じではない。


 なんというか、いつでも誰とでも社交辞令(しゃこじ)対応のあの深谷が()()()()()()()としている。


 そしてあの深谷が()()()笑顔を見せている。


 このらしくなくグイグイ来るような様子に…



 …深谷に対して初めて()()()のようなものが走った。


 少なからず深谷は療養中なのだし…と。なんだか気恥ずかしくなってきた気持ちを、取って付けた言い訳で覆い隠すように。


 ()()()()ための定番的なフレーズを持ち出した。


「そうかぁ。俺は何にも出来ないけど何かあったらいつでも連絡してね!」


 と、大学から学生個々に渡されている個人メールへ…のつもりで言った。


 言ったのだが…。


「私は佐藤さんの連絡先が分からないですし、佐藤さんの方は私の連絡先知ってるんですか?」


 言った先から速攻(ソッコー)で捕まった。それが当然、携帯のプライベートメールや電話番号のことだと思っている様子の深谷に。


「いや…分かりません…」


「私の机の上の象の人形があります。その人形に携帯アドレスを書いた紙を付けてますから、それを見てくださいね」


「分かった。すぐに見つけて送るよ(苦笑)」


「ご連絡お待ちしてますね!」


「じゃあ、深谷も気をつけて帰るんだよ」


「はい!」


 そして深谷は車に乗り込み、学校を後にした。


 俺は散歩をやめて再び校舎に戻った。


 研究室に戻ると深谷の机の上を遠目から見渡した。象とか言っていたな?えっ?象?と思いつつ目で探す。


 深谷自身の許可がある。しかし、そのような事情を全く知らない在室中の後輩達の前で、後輩女子の机を勝手に(いじ)る先輩…。


 これは相当ヤバく映るだろう。


 そう思うと背向かいの席なのに近寄れなかった。机の上の本棚に目をやった時、目的の象(それ)を見つけることができた。


 人形の鼻の先に棒が差してあり、その棒の先端にアドレスが書かれた付箋があった。


 視認後、素早く棒ごと付箋を取り、自分の携帯にアドレスを登録した。  


 そしてすぐにメールを送った。


『(佐藤) いつでも遠慮なくメールしなよ(笑)深谷が早く戻ってくる事を楽しみにして待ってるからな!』


『(深谷) 分かりました!(笑)遠慮なく送ります!』


 と驚くほど早く返信がきた。


『(深谷) 今日は学校行けて良かったです!』


『(佐藤) 深谷の家は車でどのくらい掛かるの?』


『(深谷) この時間帯なら1時間半って所ですかね!一応隣県ですので〜笑』


『(佐藤) めっちゃかかるじゃん!気をつけて帰りなさいね!』


『(深谷) 慣れるとそんなに遠くに感じないんですよ〜』


『(佐藤) いやいや遠いでしょ!しかも山道っぽいし気をつけてね!』


『(深谷) 運転は好きなんですよ!いつもは途中駅までですが、今日は書類とか色々あったし、学校まで来ちゃいましたが』


『(佐藤) 今運転中でしょ?危ないからメールは後にしないと…』


『(深谷) いいえ、今は帰り途中にあるスーパーの駐車場に停めてメールしてるので大丈夫ですよ』


『(佐藤) 家まで1時間半も掛かるんでしょ?渋滞時間と重なったらもっと遅くなるじゃん!後でいくらでもメール出来るから気をつけて帰りなさいね』


『(深谷) しょぼ〜ん。分かりました。帰ったらまた連絡しますね?良いですよね?』


『(佐藤) はい!じゃあ気をつけて帰ってね!』


『(深谷) は〜い』


 普段、クソ真面目な印象があるのか、メールの返信などあっさりしたもんだろうって思ってた。


 全く違う。


 メールの中の彼女は女の子らしく顔文字が散りばめられ可愛らしいものだった。


 …なんというか…まだまだやり取りをしたそうでもあった。


 よーし、今日はもう家に帰ろう。バイトも無いし、深谷からまた連絡がくるだろうしな。


 いつもより早く学校から帰宅した。



 そして、怯えていた『日中の着信』が、この日を(さかい)に、段々と少しずつ少しずつだが気にならなくなっていった。



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