マープルさんと督促に行こう9
私たちの前を迷い無く飛んでいた鳥が急にホバリングを始めて、クルクル旋回し始めた。
「あらあら、これはちょっと、困ったことになるわねぇ。」
「まさか、ここが本のある場所なんですか?」
旋回している鳥の真下を見る。信じられない。
「いいえ、多分違うわ。ねぇ、エルコちゃんは、魔法の解除については、詳しい?」
「うーん……人並み、くらいです。」
魔導士になる時に最低限、発動されている魔法の解除については学んで、実技もやった。
けど、実践で使えるレベルかといわれると、微妙だ。
「魔導書に使われているタグの魔法はとっても強力で、そう簡単に解除なんて出来ないようになっているの。
けど、例外もあるの。ここにはね、発動されてる魔法を一時的に無効化する、『封印』を得意としている魔導士の人が居る場所なのよ。
タグの魔法の痕跡が、どうもここで途切れてるみたいだから、もしかしたら……ねぇ。」
そう言って頬を触れながら困った顔をする。
「そんな、なら、追いかけられなくなるんじゃ……」
それは、とってもまずい。
今回追いかけている魔導書は、失くなったらとても大変なものだ。このまま失くしたとなったら、責任問題以上に大変なことが起こりかねない。
そんな私の心の内が表情に出ていたのか、マープルさんが笑った。
「大丈夫よ、途中まで追いかけてるってことは、完全に解除されてる訳じゃない、一時的な魔法の封印よ。
それに、封印は遠隔でも解除出来るから、術者さえ見つけちゃえば、封印を解除してもらって、また追いかけることが出来るわ。
心配しないで。さぁ、行きましょう。」
そう言って指先を頭上へ、紙の鳥がその指先に戻ってきたのを確認するとそのまま何事も無いようにそこへと入っていった。
元が何の建物か解らない、改築と増築を繰り返して節操の無い要塞の様になったそこは、噂で聞いたことがある。
北壁付近にこの世の悪さを煮詰めて固めた様なとんでもなく、とびっきり治安の悪い場所があるらしい。
北壁の人間でもそこに入ろうとする奴は札付きか死にたがりくらいのもので、入って戻ってきた奴が何人もいるとか、戻ってきても記憶喪失になっていたり、すぐに行方不明になったり……。
『入ったら命は無いから絶対に近寄るな』って言われたな。
「無理なら戻って大丈夫よー。」
マープルさんが声をかけてくれた。
「大丈夫です、行きます。」
足を進めた。
命は無い……か。
入って直ぐの場所は、酒場みたいだった。
どこにでもありそうな、年季の入ったテーブルと椅子が並んでて、奥にはカウンターがあって、カウンター奥の壁にはズラリと酒瓶が並んでその前にマスターが立っていた。
けれど、私の知ってる酒場じゃない。
客のなにか達がジョッキに入れて飲んでいるものはエメラルド色のドロッとした何かで、それを美味しそうに飲んでいるのも、人の形をしていない。
ある席には人の頭をワニにすげ替えたような何かが座ってて、その向かいには人が座っているけれど、目と鼻と耳のある場所にそれらがなくて、代わりにすべてが口になって、その中をちらりと見ると、目や鼻や口がある。
人間をそのまま枯れ木にしたような人もいれば、肩から先がスライムになっている人もいる。
なんだここは?
「落ち着いて、ここはお客さんに自動で変身魔法をかける場所なのよ。見えている風景は……そうね、ホラー小説の挿絵だとでも思っておいて。
あ、自分でも姿を上書きできるから、気に入らなかったら自分で好きに姿は変えられるわ。」
そう言ってマープルさんの声の屈強な腕を4本携えた男の人が自分に魔法をかける。
さっきまでの姿が変わって、可愛い羽の生えた飛ぶ妖精の姿になった。
「あ、なら、私は……このままで良いです。」
「あら、そうなの。うふふ、エルコちゃんって、本当に本が好きなのね。」
私の姿は……開いた本が何冊も集まって人の形をしている何かだった。
試しにページを読んでみたけれど、既読本だらけだった、残念。
これ、本人の認識とか記憶とかに作用するタイプの魔法なのかな?
「さぁ、聞き込みを始めましょう。先ずはマスターね。」
そう言ってマープルさんが飛んで行った。
引っかかることがある。
なんで、マープルさんはこの場所にここまで慣れているのかな?




