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ヒューマンシールド——黄昏作戦1

「太陽の巫女って死んだらダメなんだよ」

 腰に両手を当て仁王立ちする手末たなすえりゅーりを、面高は気圧されながら見上げるしかなかった。

 将軍庁31階居住区、そのリビングでの出来事だ。


 面高がニナへの『おつかい』から帰ってきてしばらく経った16時。4月上旬ともなればこの時間だと夕暮れにはまだ早い。ひとまずの仕事を終えて気持ちを切り替えた少年はいつものようにソファに座ってマンガを読んでいた。そこへ少女が弟のお迎えから帰ってきて、ニナに関する話題となったのだ。


 りゅーりはフィンランド人である母親の血を色濃く受け継いでいて、そのルックスは人目を存分に惹きつける。166センチと平均より背が高く手足も長い。部屋着のワンピースというゆるい格好でもスタイルの良さが目立つ。最近Gカップになってしまって服を選ぶのが大変だ——と愚痴っていた胸の持ち主をソファに座って見上げると、それなりの圧を感じるのだ。


 少女の弟、手末こよりはいつものように面高の背中をよじ登り、肩車状態におさまり上機嫌だった。幼児が脚の力だけで面高の首筋に張り付いて両腕を前に伸ばし、前に立つ姉と手を繋いで戯れる。


 そんな平和なひとときに、太陽の巫女とはなんぞやという雑談になった。

「……いや、なんで太陽の巫女とか知ってんだよ」

「こないだマンガで読んだから」


「何だよマンガかよ」

 面高はマンガ雑誌を太ももの上に伏せて置いた。


 少年が少女と目線を合わせようと見上げると、頭部に角度がつく。しかしそうすると、後頭部に張り付いている3歳児はずり落ちまいと全力でしがみつく。

 こよりが肩車状態から転落しないようにするには、頭部の傾きを水平にしてやるしかない。しかしそうすると思春期少女のバストを凝視することになるので非常に気まずかった。が、面高は幼児の安全を優先した。


 顔ではなく胸と会話するような形になった少年を、少女は仕方なさそうに見下ろしていた。

「はー? 漫画は漫画でもちゃんと参考資料とか調べて描いたってあとがきあったし」


「いやわかったよ。でも生け贄になるのが役目っていってたしなあ」

 りゅーりは得意げな顔でにんまりと笑う。人に何かを教えようとするときこのような顔になるのを、面高はよく知っている。なのでおとなしく聞き役に徹することにした。

「そもそもさ、太陽の巫女って神殿でいろいろお仕事するんだから。日本の巫女さんがお守りとかおみくじとか作ったりするみたいに。それが死んじゃったらダメでしょ、仕事できないじゃん」


「あー、やっぱその辺は日本の巫女さんと変わんないのか」

「そうそう。それで国中からかわいい子ばっか集めて共同生活させるのが太陽の乙女で、その中から神様の花嫁役になるのが太陽の巫女。選びに選んでるんだから人数だってそんないないわけよ」


「神様の花嫁役って、つまりあの世に行くってこと?」

「だから死んだらダメなんだって。そんなポンポン生け贄にしたら巫女さんいなくなっちゃうじゃん。だから生け贄なんてなかったみたいだよ。もしそんなレアな役目に選ばれるとしたら、それこそ国で一番の美人さんとか族長の娘とかだったんじゃないのかなー」


「ああ、国で一番……たしかに」

 面高はニナの整った顔立ちを思い出す。さらさらの銀髪に、すべすべの褐色肌。全体的なスタイルの良さはりゅーりの方が上だが、しかし儚げな雰囲気や物憂げな仕草、健気な使命感などといった点を考慮すると、ニナの方が美少女っぽいと思えた。


「ふーん、へー」

 りゅーりは両手を腰に当てたまま上半身を前に倒し、面高の面前まで顔を近づけてきた。その目は半眼になり少年をめつけてくる。亜麻色のポニーテールが右肩から前に垂れていた。肩車状態の3歳児が姉の顔に触れようと手を伸ばすもあと少しのところで届かないほどの近距離だ。緩やかな襟元から豊満な胸元がのぞいている。


 そうやって自分の肉体を誇示して男子をからかうのが彼女の趣味だとわかっているので、面高はそこまで動揺しない。

「——やっぱ敵がかわいかった場合、闘うときにも手加減しなきゃって思うわけ?」


「いや、それとこれとは話が別だろ」

 面高は半笑いのまま後ろに下がろうとしたが、ソファの背が壁となって立ちはだかる。

「そーなんだ。図書館デート楽しかった?」


「何だよ意味わかんねーよ。勘弁してくれよ」

 素っ気なく容赦のないりゅーりに、面高は音を上げた。

「だってさー。あの子って敵なんだよ? なのにみんなさー」

 りゅーりはため息をつきながら上半身を起こし、テレビをつけてニュースにチャンネルを合わせた。


 まだ時間が早いからか内容の固い番組ではなかった。申し訳程度に浦賀水道上空に浮かぶ日輪卿の真っ赤な拡張人体を映すも、あとはその眷属ニナについての話題だ。


 一部の格式高い番組を除き、ここ2日間のニュースやワイドショーはどこも似たような報道姿勢だった。

「——どこのチャンネルもニュースサイトも、あの子のことを可憐とか美少女とか……人質100人事件の実行犯だよ? うちそんなデカい事件とか聞いたことないんですけど。まあ確かにうちの次くらいにはかわいいかもしれないけどさー」


 画面を見ていたりゅーりからちらりと視線を送られて、面高は苦笑する。ただかまってほしくて絡んできているだけなのだ。もちろんここは人質の人数が正確には97人だと訂正する場面ではない。


「どーでもいいことで張り合うなよ」

 りゅーりは面高の隣に勢いよく腰を下ろしてきた。

「はー? うちのおかーちゃんミスなんたら大学だったんですけど?」


「知らねーよ。そもそもニナだって明らかに操られてるんだから悪人ではねーだろ」

「うわ呼び捨て。そんな仲良くなったんだ」


「ちげーよ。あっちからタメ口で話してくれってお願いしてきたんだよ」

 りゅーりは大きく両足を上げてからそれを下ろす反動で立ち上がる。そしてソファの背に回り弟の両脇に手を入れた。


「ほらこよりん、おねーちゃんとお買い物いこう。マッキーは明日も女の子とおデートだから忙しいんだって」


「やだ! まっきーいっしょにマンガよむの!」

 全力で面高の頭部にしがみつく弟と、それをなだめて引きがそうとする姉。少年はされるがままだった。


 東京の将軍が下の名前で呼ばれることを嫌っているのは全国的に有名だ。なのでニュース番組にテロップが出るときなども、名字の『面高』だけなのが通例となっている。そんな少年をファーストネーム由来の愛称で気安く呼べるのは、もはや日本でこの姉弟だけとなった。


 抱えた問題は多々あるものの、この姉弟を見ていると大抵のことはなんとかなりそうだと思えてくる。面高は自然と笑みがこぼれた。それよりも、最近体重を増してきたこよりが肩から降りなかった場合、翌朝の首と肩こりがどうなってしまうのかが心配だった。


「あのー、そろそろ首が引っこ抜けそうなんですが」

 面高の冗談にりゅーりも笑顔になる。

「ほらこよりん、このままだとマッキー死んじゃうよ? 助けてあげようよ」


 姉の説得により弟は両手両足のロックを解除し、将軍は一命を取り留めた。しかしこよりは姉によって床に下ろされてからも不満そうに飛び跳ねる。

「もー。あたまがとれてもたたかえないとダメなんだよ?」

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