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タワンティン・スウユから願いを込めて2

 話を聞き終わって、面高はそれを咀嚼するのに時間がかかった。

 現代人としてはあり得ないことばかりを、目の前の少女は体験してきたのだ。力こそ全ての、暴力が支配する時代。自分の何倍もの苦労をしてきた年下の少女にどんな言葉を投げかけるべきか、面高は懸命に考えた。


「それでさ……それでニナは何がしたいの? やっぱ報復とか?」

 ようやく出てきた言葉がそれだった。報復に来るのならば日本ではなくヨーロッパの国だろうとは当然面高も考える。しかしそんな酷い目に遭ったのなら『人類全てが憎い』となるのはゲームやマンガのお約束だ。


 壮絶な内容を語り終えたばかりの少女は、全てを話し終えて気が楽になったのか、穏やかな表情だった。

「なんで報復するんだ?」

 ニナは疑問を浮かべていた。その表情に揶揄やゆなどが含まれているようには見えず、純粋なものだった。

「いや、だってさ。国を滅ぼされるとかヤバいめに遭ってんだし……」


 少女は、うん、とうなずいてからゆっくりと話し始める。

「もともとインカ族は数ある部族のひとつにすぎなかった。それがあるときに力をつけ、周辺部族を支配して帝国にまでのし上がったんだ。それなのに自分たちが支配される番になったからって相手に報復する——そんなの道理が通らないじゃないか」

「……そのへん割り切れるもんなの?」


「割り切らないといけないんだ」

 法や権利に厳格な魔界の住人とって、因果応報は絶対に受け入れなければならないのだろう。

「——それで目覚めてから私は思った。もしもあの時、相手のことをよく知っていたのなら我が国は滅亡せずに済んだんじゃないかって」

「それで本を読んで勉強……なのか」


 ニナは使命感を思い出したかのように眉をつり上げた。

「そうだ。当時、大砲は最高の破壊力を持つ兵器だった。馬は最高の機動力を持つ兵器だった。でもコンキスタドールたちはそれらの軍事兵器をほんのわずかな数しか持ち込んでいなかったんだ。もしそれを知っていれば、危険を顧みずそれさえ破壊してしまえば、敵は後がなかった。そうなれば数万の兵力を有する我らは決して負けなかったんだ」


 少女はここで悔しさに襲われたのか、歯を食いしばった。

「——全ては知らなかったから。敵のことをよく調べていれば負けなかった。だから私は本を読む。大事なのは知ろうとする意志なんだ。たとえこの先どんな戦いが待っていても、今度こそは負けないように」


 ここでも面高は不思議な感覚に包まれた。

 ニナは敵を知れば負けなかったと言う。それは逆にいえば、自分の情報が敵に知られたら不利になるのは理解しているということだ。特に、日輪卿の触手の射程距離が30キロメートルなどというのは情報の中でも最重要だろう。しかし少女はそれを面高に語った。


 つまり日輪卿もニナも、日本や将軍と戦いに来ているつもりなど全く無いのだ。

 ——マジでおれとか人質とかをただ救おうとしてるだけなのか?


 しかしいくら『助けはいらない』と言っても相手は聞こうともしない。日本語が通じるのに会話が通じないという状況は、面高に居心地の悪さを感じさせた。


「あのさ、それで日輪卿についてなんだけど……」

 面高は慎重に話し始めた。いくら相手に戦意がないといっても、人質を取られている以上、日本としては相手を刺激するわけにはいかないのだ。

「——たとえばさ、あの浮いてる位置をもうちょい陸地側に寄せるとかできないのかな? そうすればとりあえず船は通れるようになるんだけど」


 たとえ日輪卿が位置をずらしてくれたとしても、船はともかく飛行機は安全面を考慮して飛べないままなのは確かだ。それでも状況が少しでも改善されるならそれでいい。

 最終的に相手を撃滅するにしても、交渉ごとは一気に全解決することなどなく、少しずつ相手から譲歩を引き出すしかない。長官や部長がそのように説明していたのを、面高も充分に理解できた。


 だがニナは何の悪意もない顔で告げてくる。

「なぜ船の心配をしているんだ? 今でも普通に通れるだろう? 日輪卿が乗り物に危害を加えるなどあり得ない」


 ニナが日輪卿を信頼しているのはその表情から充分すぎるほど理解できた。先ほどの話しぶりからすればそれこそ命の恩人なのだから。

 だが日本政府や国民にとってそんなものは関係ないのだ。


 ——今すぐあの場所からどかなきゃ、国のメンツにかけて叩き潰す……とか言えたら楽なんだけどなあ。

 面高が政府から最終的に期待されているのがそれなのは事前に聞いていた。


「うーん。船の心配ってより、東京湾の入り口に誰かが居座ってるってのが不安なんじゃないかな、みんな」

 面高は自分なりに言葉を選んだつもりだ。しかしニナはテーブルに両手をつき、ムッとした顔を近づけてきた。

「それは、放っておいたら死んでしまう97人の命よりも、大事なことなのか?」


「いや、そんなんじゃないけど……なんか経済的損失がどうとかで……」

「そして日輪卿が治療をやめないというのなら、それを実力で排除しろと政府はお前に命令するのだろう。今までと同じように、ろくな武装もさせずに」


 ニナは憤りで顔が真っ赤になっていた。

「——私はお前の今までの戦いぶりを本で読んだが……酷いものだ。国一番の戦士へ何の武装もさせず戦いに出すなどあまりにも異様だ。お前は大人たちにも、悪い女にも騙されている。セリとゼナリッタ、あのふたりは人々に『天女さま』などと呼ばれているが、実際は——」


「……!」

 そのふたりを悪く言われて、さすがに面高は黙っていられなかった。しかし立場上黙るしかなかった。

 そんな心情の変化を読み取ったのか、少女は落ち着きを取り戻したように目を伏せる。

「すまない。患者を怒らせてしまうとは、私はまだ未熟だ」


「いや、別に……」

 ばつの悪さに顔を伏せた面高を見て、少女はほっとしたようだ。それは、人質を取って交渉を有利に進めようとする者の反応とは思えなかった。

「怒らせてしまって悪かった。今日はもう帰ってくれ。そして大人たちに伝えてほしい」


 ニナはゆっくり立ち上がると、少年へ真摯な視線を向けてきた。それには願いが込められているように見えた。

 どんなに注意をしても命を投げ出そうとする無謀な少年に対しての、希望と諦観が含まれていた。

「——命こそ最優先なんだ。それは金銭よりもずっと大事なものなんだ。日輪卿も私も、その考えに変わりはない」

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