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芝生に寝転ぶ罪過の天女2

「よう! おもくん、おやつ代わりに高田馬場でラーメンでもどうだい?」

 将軍庁教育部係長・安養院正雪は教え子を呼び止めた。


 将軍庁2階のロビーにて、彼は小腹を空かせていた。そして思案を重ねていた。職員食堂で定食か、それとも車でラーメン屋か、それともすぐそこにあるカフェで軽く済ますか。三つ巴の戦いに悩まされていたところ、面高が今まさに自動ドアから外に出ようとしているのを見つけたのだ。


 だが面高は何かばつが悪そうな顔だ。

「あ、先生すいません、今日はちょっと……」


「なにかこれから用事かい?」

「ええ、まあそんなところでして……」


 さて教え子はどんな隠し事をしているのかと思考を巡らせていると、その答えがエレベーターから降りてきた。

 今日も美しいゼナリッタが肩にフクロウを乗せ、早歩きでやってくる。

「オモダカ! 遅れたのは尊林のせいですから!」


 正雪はそれを見て苦笑いをした。年頃の男子なら、女子と出かけるというのを大人に知られたくないのだろう。この状況で教え子を車に乗せて連れ出すほど彼も野暮ではなかった。


 安養院係長はカフェの看板に目をつけた。

「お! 魔導まどうメイデンのコラボメニュー始まってたのか。あれ娘がほしがってたんだよなぁ」

 普段から子供の相手をしている親には、それなりの演技力が備わっている。


 面高は釣られてその看板を見るが、興味はなさそうだ。

「ああ、なんか女児アニメの」


「そうなんだよ、なんかいろいろおまけグッズがあるみたいでさぁ。何度か通わないとコンプできないみたいなんだよ。すまんねおもくん、ラーメンはナシで」

「ああ、いえ。おれも用事があったんで」


 ゼナリッタが近づいてきて足を止めた。

「あら係長。あなたも花見に行くの?」

 無邪気に聞いてくる天女さまと、なぜか照れくさそうに慌てている将軍。かつての青春時代を思い出し、正雪は面はゆさを感じた。


「こんにちはゼナ姫さま。ぼくは用事があるのでお付き合いできないんで、すみません」

「あら、そう。ではオモダカ、いきましょうか」

 早歩きの姫君に置いていかれまいと、少年は目礼をしてから去って行った。


 しばらく青臭い思い出に浸っていた安養院係長は、背後から含み笑いが聞こえたので振り返る。

 笑っていたのは将軍庁教育部長・三船夏奈多だった。

 楽しい思い出を突然キャンセルされるのはあまり気分のよいものではない。たとえそのお邪魔虫が、思い出を共有する相手だったとしても。


「……なんだよ」

「いえね、当然でしょう?」

 三船部長はまだ笑いがおさまっていない。

「——こんないい天気なのに、おっさんからラーメン誘われる身にもなってみなさい。かわいい女の子とデートする方がいいでしょ」


 安養院係長は、自分が今『面倒くさい上司』と化しつつあるのかもしれないと衝撃を受けていた。

「……表に出るときはさ、ぼくが一緒ならいざってときに庇ってあげられると思ったんだよ」

 三船部長はようやく笑いの衝動がおさまったようで、呼吸を整えていた。

「でも、あの年頃だとそういうのはウザいって思うんじゃないの?」


「そのせいで余計な苦労も背負い込むことになるんじゃないかって思うと、なんともね……世の中うまくいかないもんだ」

 安養院係長は、カフェに張られている女児アニメのコラボポスターを見る。やけにカラフルな髪色やファッションの女子が悪と戦うという、その世界観を思い浮かべながら。

「——フィクション作品の主人公みたく、もっと自由に戦わせてあげたいんだけどねぇ」


「ああ、魔導メイデン?」

 三船部長はあまり興味がなさそうだ。女児を持つ母親として、そのアニメをチェックしないわけにはいかないのだが。当然作品内容も頭に入っているはず。


「あのアニメではさ、主人公たちが町中で敵と戦っても、マジカルパワーのおかげで周囲に被害なんて出ないだろう? 敵と戦うのに誰の許可を取る必要もない。純粋な正義の心で悪を討つ。そこに大人の邪魔は入らない」


「それはそうでしょ。子供向けのアクションものにリアルな法律を当てはめようとしたら、話にならないじゃない」

 仕事中になにを言っているんだか——というドライな顔。


「でも思わずにはいられないんだよ。虚構と現実が違うってのは重々承知の上で。もう少しおもくんには自由に戦わせてやりたいってね」

「自衛隊も警察もガチガチに縛られてる中で、惑星レベルの面高くんに自由意志で戦闘させるってのは無理でしょう? 永田町せいじか霞ヶ関(やくにん)も国際社会も、そんなの受け入れるはずがない」


「そんな世の中を変えてやるのがぼくたち大人の仕事だろう?」

「変な夢を見ないでよ? 熱血教師みたいなことをしても、世の中なにも変わらないんだから。せめて私たちだけでも、面高くんに大人としての手本を見せてあげなくちゃ」


 生真面目なその顔を見ていたら、不意に笑いがこみ上げてくる。それは完全には抑えきれず、少しだけ笑みが漏れてしまった。

「それ、実体験からのいましめかい?」


 三船部長は話に乗ってこない。ただ涼やかな無表情が返ってくるだけだった。

「さあ? ただアニメみたいな夢を見るよりは、地道にひとつひとつ仕事を積み上げる方がいいと思っただけ」


「マンガやゲームじゃ自由に無双できる最強主人公も、実際は規制だらけでまともに戦わせてもらえないんだよなぁ……夢のない話だよまったく」

 安養院正雪31歳は世の無常にため息をつく。


「——権力も、カネも自由もありゃしない。なのに重荷は山のよう。将軍やるのも楽じゃないのさ」

「あなたのそれも、実体験からのぼやき?」


 それには答えず、正雪はひとつ提案した。

「それはともかく、これから高田馬場にラーメンでも食べに行かねぇ?」

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