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将軍兵装・てつのつるぎ2

 監獄王の肉体はまだ残っていた。

 首から上だけが大地に転がっていた。

 それ以外の部位は完全に消失してしまった。


「やれやれだ……」

 監獄王の生首は起き上がった。上空に逃がしていた拡張人体を回収し、それを義足代わりにして頭部を支えた。その状態のまま周囲を観察する。惑星規模の武器が使用されたにしては、辺りの地形にあまり変化は見られなかった。せいぜい樹海の木々が放射状になぎ倒されている程度だ。

 少し離れたところに面高が仰向けで倒れていた。学ランもその下のシャツも消し飛び、上半身は裸になっている。


 危険極まりない将軍兵装・てつのつるぎは、膨大な神気により宙に浮いていた。それが地面に触れてしまっていたらこの国の滅亡は免れなかったことを思い、監獄王は安堵した。

「——安全装置は作動しているようだが、使用者本人がぶっ倒れていてはなあ」

 その皮肉を聞く人はいない。面高は完全に気を失っていたからだ。魔人の肉体を消滅させるほどの衝撃を間近で受けたのだから無理もない。


『いくら雑に扱っても暴発しないように作られているから、安全装置と言うんだよ』


 その声の主はヒトではなかった。あからさまなほどの機械音声だった。

 監獄王はその声の出所を凝視した。


 面高の左腕に動きがあった。少年の上衣は吹き飛んでいるので、腕に張り付いているカムヅミもよく見える。

 将軍の上腕をがっちりとホールドしているはずの4本の根が、じわじわと開いていった。やがて魔界の秘宝カムヅミは根を使って四足獣のように立ち上がる。

 長く伸びた茎は首のようでもあり、その先端についた未熟な果実は頭部のようにも見える。

 平べったい胴体に細長い4本足——魔界の秘宝カムヅミはとことこと地面を歩いてきた。


「これは……」

 蛇や鳥が言葉を話すくらいならば監獄王も驚いたりはしない。しかし植物が動物のように歩き、しかも言語を解するとなれば、話は別だ。

『やあ、初めまして。当方の名前はカムヅミという』


「植物が人語を解するとは……さすが魔界の秘宝といったところか」

 カムヅミは胴体を反らし、細長い茎を真上に伸ばした。それは小動物が『伸び』をしているようにも見える。

『こういうとき、普段は将軍の分身に擬態して敵を葬るんだけど、君の頭は頑丈そうで嫌だねえ。さすがは王といったところか』


「お前の狙いは何だ? この少年に何をさせるつもりだ?」

 歩行する植物が機械音声で話しかけてくる——それは異様な光景だ。混乱を抑え込み、監獄王は核心的な質問をした。将軍に力を与えた張本人こそ、最も警戒しなければいけない相手だからだ。

『狙いといってもね……当方はただお母さんの願いを叶えてあげたいだけだよ』


「母だと? 植物にも母という概念があったとはな」

『ああ、生物学的な母ではないさ。セリは当方を発芽させるために4万年も地上をさまよい歩いてくれたんだ。まさに育ての親。そんな彼女こそ母と呼ぶにふさわしいだろう?』


「なるほどな。ではその少年はお前の父といったところか」

『……この宿主のことかい?』

 その言葉は冷淡そのものだった。

『——あくまでお母さんの願いを叶えるまで死んでもらっては困るから、力を与えているだけだよ』

 監獄王は思わず苦笑してしまった。東京の将軍があまりにも不憫に思えたのだ。彼は世間からあまり尊重されていない。財産もあまりないという。そして主ともいえるカムヅミからもこのような軽い扱いを受けているのだから。


「そうだったのか、将軍を死に追いやるのはお前だったのか」

『質問の意図が理解できないね』


「近い将来、その少年が地球を破滅させるという記録が残っている。だがその時期も、手段も、理由も、何もわからなかった。結果しか残っていなかったからな。だがこれでようやく納得がいった」

『未来の記録が残っているとは、矛盾も甚だしいね』

 その矛盾を解明するために、監獄王は地上を訪れたのだ。


「お前が復元させた将軍兵装……あれは明らかにおかしい。いくら魔界の秘宝とはいえ、ただの一個体が惑星規模の質量を復元できるわけがない。質量保存の法則に反しているではないか。お前の特性は『復元』ではないな?」

 最も不可解な部分はそこだ。魔人とは、人間たちが想像するような超能力者や魔法使いではない。地球上のあらゆる生物と同じように物理法則に縛られているのだ。人間からは魔法に見えるような能力も、全ては拡張人体によって起こされる物理現象に過ぎない。進みすぎた技術は魔法にしか見えないのだ。

 だがカムヅミは違う。これは技術では済まない。


『そうだね。あれは復元ではなく、全盛期の姿にまで対象の時間を戻しているんだよ』

 できて当然とばかりに、カムヅミはあっさりと言い切った。


「ああ、そうだろうな。未来の記録が今に残っているのだからな。誰かが未来から時をさかのぼってきたのだろうさ」

 未来に起こる出来事を知っているのだから、未来から来たという発言も人間に嘘をついたことにはならないだろう。だが、未来の記憶とはあくまで未来予知に近いほど高精度な予測だと思っていたのだ。しかし現実は厳しかった。本当に言葉通りの意味で時間逆行能力を持つ者がいるなど全くの想定外だった。

 魔界の宝物庫に封印されていた植物がその性能を開花させ、魔界最強の兵器を復元して何かをしようと企んでいるのだ。警戒心は高まり続ける。

『でもその時の記録が残ってしまっているとなると、当方の時間逆行は完全ではないみたいだね。ひょっとしてさっきのも失敗だったのかな? 惑星貫通弾を生身で喰らったにしては、君の頭部はほぼ無傷じゃないか』


「その点では希望が見えたよ。お前が不完全なうちならまだ対処のしようがある。魔界の最強兵器を完全再現されてはかなわんからな」

 魔界の秘宝の中でも特に強力な武具は、非常時に限り宝物庫からの持ち出しが許可されている。それを最強の戦士である選帝侯たちに与えて敵を打ち倒すのだ。当然それは厳重に管理されていなければならない。

 魔人ですら怖れる超兵器を人類が地上で使ったのなら、デリケートな地上の生物など簡単に滅亡してしまうだろう。

「——お前が将軍に何かをさせたことによって、世界全体の時間が逆行するほどの大惨事が起きたのだろう。だが途中経過はわからない。結果しか残っていない。お前は何をしようとしている? お前の目的は何なんだ?」

『魔界の宝物庫を破壊する——それがお母さんの願いだよ。戦いは望んでいない』


「その言葉の意味がわかっているのか? あの中に納められているのは、もはや現在の我々では再現不可能な貴重品ばかりだ」

 人と異なった価値観を持つ植物は、監獄王の首の周りを歩きだした。

『まあ正確には宝物庫の中の【天の柱】だけ、だね。それさえ破壊してしまえば、天地の繋ぎ目は閉じられる。君ら魔界の住人はもう地上には出てこられない。そうすればお母さんの亭主——この少年も安全に暮らせる。お母さんの願いを叶えるには【天の柱】を破壊するしかないんだよ』


「若さとは恐ろしいものだ……行いの結果がどうなるかを考えてもいない」

 宝物庫は魔界の中枢にあたる。過酷な環境にある魔界の空間管理を一手に担っているのが、天の柱だ。人間で例えるならば脳や内臓に相当する物体。それを破壊してしまったらどうなるか、魔界という空間がどうなってしまうのか予測すらできない。


 周囲を歩いていたカムヅミは、やがて監獄王と向かい合う。茎の先の未熟な果実が、まるで大男の顔をのぞき込むように最接近した。

『それは思い上がりだよ魔界の住人。本来はありとあらゆるものが世の中に在ってしかるべきなんだ。それを君たちは自分たちの都合で【危険物】だけを選り分けて宝物庫に封印した。それは傲慢というものだよ』


「この地球は、そして地上に生きる生物は、世界で唯一のかけがえのないものだ。それを保護しようとして何が悪い」

『世界とはありのままであるべきなんだよ。恐竜が隕石によって滅亡しようと、動植物が人間によって絶滅しようと、それは全て自然の成り行きだ。少年少女が情熱のままに突き進んだ結果何が起ころうとも、それは当然のように受け入れるべきだ』


 あまりにも無責任なその物言いに、監獄王は歯を食いしばった。

「侵略的外来種が勝手なことを……!」

『何とでも言うがいいさ。そんなにも驕慢(きょうまん)だから君たちは魔界なんぞに封印されているんだよ』


 人類の上位種として全地球の保護をしようというのはたしかに驕りかもしれない。しかし力あるものの義務としてそれはやらねばならないのだ。たとえ魔界という空間に囚われていようとも。

「やはり最優先で保護すべきは将軍だったな。将軍さえ隔離してしまえばお前は地上で枯れていくだけだろう?」

『それができなかったから、君は生首だけで転がっているんだろう?』


「今回は情報収集が目的だ。対策はいくらでもある」

 そこでカムヅミは不意に振り向いた。その先にあるのは倒れている面高だ。

『おっと、おしゃべりはここまでだ。宿主が目を覚ます前に当方は元に戻るとするよ。言葉を話して歩き回る植物なんて不自然だからね』


 監獄王は不思議に思った。カムヅミに最も近しいはずの面高少年が、その真の姿を知らないなどとは考えにくい。

「……少年はお前の正体を知らないのか?」

 その場を立ち去りながら、カムヅミは答える。

『誰も知らないよ。価値観の異なる者が話し合っても争いになるだけだ。当方は植物。君らは動物。共生関係にあるくらいがちょうどいい。今回は君の爵位に敬意を表して言葉を交わしたに過ぎない』


「話し合いにはならない、か。それでは戦いの道しか残らないではないか」

『魔界の宝物庫は君の領地にあったっけ。まあ楽しみに待っているんだね』

 カムヅミは元通り面高の左上腕にしがみついた。

『——いつか必ず、東京の将軍と魔界の秘宝が君らの傲岸不遜を打ち砕きに行くからさ』


 やがて少年は目を覚ます。己の手が何も握っていないのに気づくと焦って周囲を見回した。だが将軍兵装のセキュリティがきちんと機能していたのを確認すると、安堵のため息をついた。

 将軍兵装・てつのつるぎは、魔界の秘宝としての本領を発揮することなく、禍々しく光り輝いていた。


 ◆ ◆ ◆


 魔界の秘宝:諧謔(かいぎゃく)歯牙(しが)

 分類:惑星貫通弾。

 とある星の中心核を片手武器サイズまで圧縮したもの。射出装置は別。冗談でも素手で扱ってはいけない。

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