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否認、そして奔走2

「監獄王、お久しぶりでございます」

 セリが新宿中央公園を訪れてきた。そこに監獄王がいたからだ。


「セリか——懐かしいな」

 監獄王は芝生で寝転がったまま、曖昧な言葉を発した。

「砂鉄公の次女について、見逃してはもらえませぬでしょうか」


 魔界の住人はもともと個人名を持たなかった。人間の影響を受けて個人名を名乗るようになったのはつい最近だ。人間たちの神話伝説から自分に似た人物の名前を借りるケースが多かった。


 こういう事情もあって、魔人同士の会話では、個人名ではなく役割名が使われることが普通だ。セリなど若手世代は普段から個人名を使っているのだが、ここでは監獄王に気を遣って昔ながらの役割名を使ったのだろう。


「子供がいっぱしに気を遣うか……」

 監獄王はそう苦笑すると、隣の芝生を軽く叩いた。

「——まあお前も寝転ぶがいい。昔はよくそうして遊んでいたではないか」

 監獄王に、面高と対峙していたときほどの覇気はない。気だるく、つまらない——そんな顔を隠す気にもならなかった。

「それでは」


 セリは子供用の振り袖に、かかとの少し上がった雪駄を身につけている。彼女はその小さな体を芝生に横たえた。

 周囲に人影はない。監獄王がいるということで公園全体が封鎖されているからだ。

 ふたり分の空色の瞳が、空を見上げている。


「お前たちや人間を見ていたら、ふと若かったころを思い出してな」

 監獄王は気だるげに話を始めた。

「——昔はオレも暴れん坊で、怖いものなど何もなかった。上の世代ができなかったことを、オレならできると命知らずなことをしたものだ。そのおかげで姉上には多くの迷惑をかけた」

「父さまから聞いております」

 セリの声は穏やかだった。


「そうだな、お前の父ともやりあったものだ。武力を(つかさど)る選帝侯が相手でも、肉弾戦なら負けはしないとな」

 監獄王はその勝負結果を思い出し、嘆息した。

「——だがそんなオレでも、世の中を変えたいと思っていたのだ。生物種として衰えゆく我ら、減りゆく個体数。もはや新たな技術は何も生み出せず、緩やかに消え去るのみ。だがそんな現実は認めない、とな」

「父さまも似たようなことをよくおっしゃっておりました」


「そうだろうな。その考えの急先鋒こそ、墓穴公と砂鉄公だったのだから」

 墓穴公と砂鉄公——セリとゼナリッタの親がその結果どうなったのかは、魔界では知らぬ者がない。しかし年少者には教育面での悪影響を考慮して、詳細は伝えられていなかった。


 セリは上半身を起こして、なにかを探るように監獄王の顔をのぞき込んできた。なめらかな青藍色の前髪が、大男の顔面すれすれにまで垂れる。

「そこで父さまは、何か禁忌にでも触れてしまわれたのでしょうか?」


「若い娘があまり顔を近づけるな」

 監獄王は少女の額を押しのけた。

「——まあ禁忌だな。若者の教育に悪いので、詳細は話せないが」

「カムヅミの持ち出しがまずかったのでしょうか?」


「立場上それ以上は言えん」

「あれから4万年。本人ならともかく、子である我らはもう罪を償ったと思うことはできませぬか? 特にゼナリッタへの仕打ちはあまりにも厳しく思います。人生のほぼ全てを監獄の中で過ごし、数少ない眷属だけが話し相手だったなど。セリはこんな身なりでも、地上で楽しく過ごして参りました。それなのに」

 彼女はあまりにも不憫ではありませぬか——という部分までは聞かずとも察せる。


「個人的にはそう思う。だが監獄の王として、あれを野放しにするわけにはいかんのだ」

 監獄王は上半身を起こし、将軍庁の建物を見上げた。ツインタワービルの根元部分には、将軍たちの居住区があるはずだ。


「——あれは、ゼナリッタは完全無欠と言われた娘。あの最強の一角である砂鉄公が長女ではなく次女のあいつを後継者として指名したほどだ。母親が成せなかったことを成せるだけの実力を秘め、向こう見ずな性格も母親以上。ならば過ちを犯す前に封印するしかない。制御不能の怪物は利益ではなく被害をもたらす——それが王侯会議の結論だ」


 セリはそれを否定しなかった。なにしろ彼女は、地上に来て早々に『全ての選帝侯を倒す』などと宣言するくらいなのだから。

 それらの内部情報は監獄王も別の眷属から聞いていた。

「地上でしばらく過ごしたなら、彼女も穏やかな性格になるやもしれませぬ。セリのように」


「魔界の活火山が丸くなったものだ……」

 監獄王は思い出を噛みしめ、口角を上げた。魔界最強の打撃力を誇る父と、それを受け継ぐべき娘。だが今の彼女は人間たちから『たおやかなる天女さま』と理想の姫君扱いだ。これ以上の皮肉があるものか——と監獄王は小さく苦笑した。

「地上の豊かな文化は、必ずや彼女を柔らかくいたしましょう」


「だがな、万が一にもあってはならないからこその永久封印刑だよ、セリ。世の中には、消えてしまったら二度と取り返しのつかないものがある。お前の父はそれをやろうとしたのだよ。お前を放置しているのは身内ゆえの温情だ」

 監獄王は芝生から立ち上がる。懐かしい話によって昔を思い出し、若く精悍な心を取り戻せたのだ。

「——だから、オレがゼナリッタを見逃すことはない。そして彼女に伝えてくれ。どうか捕獲の際、無様に暴れ回らないでくれとな。巻き込まれただけで、人間は簡単に死んでしまうのだから」


「暴れるなと申しましても」

 セリは少しだけ怒っているようだった。そして子供らしく大人の不備を追求する。

「——監獄王とて『瓦礫の山で人間を殺す』とご亭主さまを脅したではありませぬか!」


「あれはただの挑発だ。我らが一般人を殺すわけなかろう」

 監獄王は芝生の柔らかさを感じ取れるように足裏を動かす。そうしながら、愛おしさを込めてコンクリートだらけの高層ビル群を眺めた。

「——我らは人類と第三惑星の守護者。その役目があるからこそ、あんな魔界なんぞに閉じこもっているのだからな」

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