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罪過の汚名を雪ぐには1

 不可視の重撃じゅうげきを受けた面高は、胸部が恐ろしいほどに陥没していた。圧倒的な何かで強打されなければこうはならない。真横から撮影されていた映像を解析したところ、このとき面高の胸部の厚さは10センチに満たないほどに圧迫されていた。


 当然、その内容物である肺や心臓、胸骨や脊椎などは粉砕され、無残な状態になっていただろう。


 ◆ ◆ ◆


 吹き飛ばれた面高は、首相官邸西門の門扉に背中から激突した。上方へ大きくバウンドした少年は、放物線を描いて門を越え、そのまま官邸の敷地内に頭から落下し——地面に手をついてから着地した。


 面高は憮然とした表情と共に立ち上がり、ゆがんだ門扉を不器用によじ登り、何事もなかったかのように監獄王の前まで戻った。

「……素晴らしい!」

 監獄王の表情は仕事中とは思えないほど喜色満面だ。空色の目が爛々と輝いている。


 面高の制服の上半身は千切れ飛び、胸元があらわになっていた。だがそこには、傷跡も内出血の痕跡もない。

「——ミツマタには殺す気でやれと命令したが、これほど復元が早いとはな。やはり殺すには毒を使うしかないのか?」


 面高は周囲の人々が被害を受けていないのを目線で確認した。

「今のも仕事のうちなんですか?」

「今のは趣味だ。オレの仕事は希少生物であるお前と、罪人であるゼナリッタを連れて帰ること」


「……その言い方だと、セリさまは見逃してもらえると思っていいんですかね?」

「同じ一族だからな。あいつの刑は軽くしてある」

 周囲に見える人混みは一向に減っていなかった。それを見て面高はいらだちを覚える。いくら会話で時間を稼いでも、何にもならなかったからだ。


「なんでみんな逃げないんだよ!」

 新宿西口将軍庁前での戦いのときは、警報が鳴っていたため一般人は近づかなかった。しかし今は警報が鳴っていない。野次馬は増える一方だった。

 将軍が人前で声を荒げることはあまりない。そして50メートルや100メートル離れた人々へは、その叫びも届きにくい。


 監獄王は口角を上げる。

「ふふふ、皆は見たいのだろうよ。自分たち自慢の将軍と、魔人の王を名乗るオレ、どちらが強いのかを。そこで、だ」

 大男はその場にあぐらをかいた。その状態になって、ようやく身長175センチの面高と目線が対等といえる高さになる。

「——さきほどはこいつで吹き飛ばしてしまったからな。今度はお前が1発入れる番だ」


 監獄王はそのままの姿勢で、己の右肩の上を指さす。そこへ、薄赤い半透明のチューブがぼんやりと見えてきた。おそらくは今までは透明の状態で存在したものを、面高に見やすくしてくれたのだろう。


「これは……」

 そのチューブは、まるで煙突のように空の果てから伸びていた。それが監獄王の脇の下を通り、開口部を正面に向けていた。まるで古風な大筒おおづつを抱え込んでいるようにも見える。美術の教科書にも載っている【風神雷神図屏風】の風神が持っている袋のようだとも思った。


「わかりやすくいうと、空気砲というやつだ。この管を一気に引き絞ると、中の空気が圧縮され、その塊がここから一気に吹き出す。オレはこうして拡張人体で風を扱うのが得意でな」

 原理はスポイトそのものだ。圧倒的な長大さと破壊力は比べものにならないが。


 拡張人体:黄泉よみの暴風。

 その特性:風の操作。

 空気砲からハリケーンまで、あらゆる種類の風を巻き起こす。ジェットエンジンの再現も可能。


 監獄王の拡張人体は【人体の外付けパーツ】とはかけ離れた構造だ。義手や義足など、人体の延長線上であるものは本能的に操作しやすい。対して、人体とは似ても似つかないパーツを『拡張された己の人体』として扱うには、格段の操作技術を必要とする。手動運転車を乗りこなすには運転技術が必要なのと同じだ。


 これは魔界の住人を相手とする時の指針となる。目の前の大男は拡張人体に関して高い技量を持つのは確実だ。応用力もきくのだろう。面高は警戒した。


 監獄王は後方を向き、離れた位置にいる総理へ呼びかけた。

「総理! 将軍がオレを攻撃するよう命令してくれないか! それで戦闘行為は終わりとしよう!」


 総理は驚いたように顔を上げた。端末で誰かと会話をしている最中だったようだ。総理は短いやりとりを終えて通話を切り、面高に命じてきた。

「将軍、一撃だけの反撃を許可する! ただし周囲への被害が出ない範囲で」


「マジかよ……」

 面高は愕然としてつぶやいた。たしかに魔人案件で相手の要求を聞き、大人しく帰ってもらうというのは平和的な解決方法だ。

 ——だからって東京のど真ん中でバトルとか正気かよ……。


 監獄王はあぐらをかいたまま大きく首を動かして、周囲の人々を見やる。野次馬の大多数は手元の端末で撮影を続けていた。

「見たまえ将軍、あれが少子化の行き着く果てだ。あの者たちは、この場で戦闘が始まろうとも自分たちだけは無事でいられると思っている。生存本能が麻痺している——生物として危険な状態だ」


「だからって、それはあなたには関係が……」

「大ありだよ。この国の民は、自分たちに死の危険性が無いのだから、それ以上にきみが死ぬはずなどないと思っているのだ。無意識のうちにな」


「……」

「きみはその民の期待に応えようと無理な戦闘を繰り返し、そして最後には死んでしまうのさ。我らは、きみがそうやって死んだという【未来の記録】を持っている。そうなる前にきみへ敗北を教え、保護してやるのが、オレの役目だ」


「……将軍に敗北は許されない」

 うつむきながら口を出たそれは、自分に言い聞かせるためのものだ。


「美しい刀を持っているのだろう? ミツマタから『銘を確認してほしい』と頼まれているんでな」

 監獄王はあぐらをかいた両膝の上に、両手を置いた。

「——さあ、手品を見せてみろ。オレは避けも防ぎもしないぞ」

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