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魔界の監獄王2

 面高は数秒の沈黙ののち、なんとか口を開けた。

「え……守護者? あのすいません、よくわからないんですけど」

「なに? ふむ……そうか」

 監獄王は面高の様子を見て何かを察したようだ。

「——どうやらセリはきみに多くを教えてはいないようだな。では総理、きみは何か知っているかな?」


 総理は面高の顔色をちらりと見て、言葉を選んでいた。

「ええ、その、ある程度なら」

「ふむ、まあそうだろうな。若者への教育的都合もあるのだろう。だが先ほど、我らの王侯会議で決定が下った。それについてを伝えるのはかまわんね?」


 人類の上位種ににらまれて、一般人である総理が断れるはずもない。

「……やむを得ない事情があるのなら」


 総理の許可を得て、監獄王は腕を組んだ。

「さてどこから話せばいいものか……将軍、きみは動物愛護の精神などはあるかな?」


「動物? ええ、まあ」

「では環境保護についてはどうかな? 見たところ、町中にはゴミひとつ落ちていないようだが」


「それなりには……」

 面高は意味不明な緊張感に包まれていた。相手が何を言わんとしているかわからないというのもある。監獄王は一般人への手出しをしないと約束したが、将軍をどうするかは何も約束していないのだ。相手の機嫌を損ねた瞬間に、剛力の一撃が飛んでくる可能性もある。相手が王となれば、その打撃力は過去最高クラスだろう。


 面高はそれでも致命傷にはならないだろうが、巻き込まれた周囲の人々にとっては大惨事となる。ここは相手をなだめて帰ってもらうのが上策だ。


「きみたち人類がそのような境地に達したのを見て、オレも感慨深い。それで、だ」

 監獄王はなにかを思い出すように、空を見やった。

「——君たち現生人類はまだ生まれて20万年。それ以上の歴史を誇る我々は、当然もっと早くから地球環境の保全に取り組んでいたというわけだ。これは理解できるかな?」


「……まあ、なんとなく」

 わからないことをわかったように答えておくのは面高の得意技だ。しかしそれは魔界の王に見抜かれてしまったようだ。彼はこちらの理解度を測りながら言葉を選んでいるようにみえる。

「では、これはどうかな? この国は少子高齢化というものに悩んでいる。これなら理解できるだろう」


「ええ、聞いたことがあります」

「よし。生物というのは、死ぬ確率が高ければ高いほど多くの子を産み、逆に死ぬ危険性が低ければ低いほど、子供を産もうとしなくなる。これは本能的なものだ。きみたち人類の場合は、先進国共通の悩みらしいね」


 そこへ総理が合いの手をはさむ。

「高齢化対策はやっているのですが、いかんとも……」

「そうだろうとも。我らもその少子化に困っているくらいだからな」


「え?」

 面高は意外に思った。そもそも永遠に近しい寿命があるのなら少子化なんて関係がないんじゃないかと。

「きみたちは我らを不朽不滅と讃えるが、いつか死ぬときは来るのだ。オレとて10万年以上は生きているが、これの倍を生きるのはさすがに無理だろう」


 面高は相手の外見をよく観察した。肉付きや肌の張りなどを見れば、監獄王は20代に見える。しかし魔界の住人は見た目と実年齢が釣り合わない生き物だ。若く見えても彼は寿命の半分を過ぎているのだろう。


「——我らの個体数はすでに2000を割っている。ずいぶん血も濃くなっているだろう。そこで種の存亡をかけて、王侯貴族で会議をしたのだよ、将軍。これまでが前提情報だ、いいね?」


「なんとなくは理解できました」

「ではようやく本題だ。我らが下した決定はこうだ」

 監獄王は指を1本立てた。

「——ひとつめ。我らはね、東京の将軍……つまりきみを人類最強の個体だと認定した。そしてきみを我らの仲間として迎え入れ、種の若返りのため大いに子作りをしてもらうことにしたのだ」


 面高はあっけにとられた。まさか人類を超越した魔人の口から、同年代がよくしている『最強議論』のようなものが出てくるとは思わなかったのだ。しかも誰だかわからない相手と子供を作れだなどと。


「あのすいません、おれ子供がどうとかあんまり考えたことないんで。それにみんなよく誤解してるんですが、おれが最強って言われてるのは、あくまで将軍兵装が強すぎるからで、それ抜きのおれはそこまで……」

 監獄王は片手で待ったをかけた。

「ああそうか、きみは生物学などが苦手なのだね?」


「……それはそうですけど」

 むしろ勉強全般が苦手だといえるがそれは黙っていた。

「いいかね? ここで言う最強とは、別に打撃力の有無を基準にしているわけではない。かつて地上の覇者だった恐竜が絶滅し、我らの祖先である哺乳類ほにゅうるいが生き残ったように、強さとは『適応力』のこと。きみは我らの世界に最も適応した人間なのだ——カムヅミを食べ続けたことによってね」

 監獄王は面高の左腕を指さしてきた。


「カムヅミのこと、知っているんですね」

「将軍、ここは……」

 総理が面高に視線を送ってきた。カムヅミの詳細に関しては国家機密であり、屋外で話すのはまずいのだ。監獄王はそれを察してか、小声になった。


「ああ、よく知っているさ。持ち主を助ける果実、魔界の秘宝カムヅミ。それが地上で実をつけたというのは驚いたが、それはともかく、だ」

 監獄王は面高の表情をじろじろと観察してくる。

「——カムヅミはきみが『困っている』からこそ、きみが望むような力を発揮してくれるのだ。きみを不死身に近い肉体にしているのも、武器に神気を注入し復元するのも、うちのミツマタを倒したときのような自動迎撃も、きみの困難を排除するためだ」


 神気は魔人の生命エネルギーそのものと言ってもいい。神気を『角』に蓄え、いざというときにそれを解放することで無類の強さを発揮するのが魔人という生物種最大の特徴だ。


「おれは現状、そこまで困ってないんですけど」

「なるほど。しかし我らは知っているのだ。きみが近い将来に死んでしまうことをな」


「いや、そんなこと言われても」

「まあ根拠を示すのは無理があるのだ……そうだな」

 監獄王は得意げなほほえみを浮かべた。

「——オレが未来からやってきたと言ったら、信じてくれるかな?」


「……」

 面高はすっかり困惑していた。話が長すぎるというのもあるが、王を名乗る魔人がこんな場所で冗談を言うとは思ってもいなかったのだ。

 監獄王はそんな少年を見て、哀れんでいるかのように頷いた。

「その反応は自然だ。当然そうなるだろうと思い、我らは会議でふたつ目の決定を下した」


 そして監獄王は大きく息を吸い、不必要なほど大声で——それこそ彼らを取り囲んでいる人混みの隅々にまで聞こえるよう、高らかに宣言した。

「——そこでふたつめ! きみはこのままだと確実に死ぬ! 使い潰されてな! そうなる前に、きみという希少生物保護のため、王であるオレが直々に保護をしようとやって来たのだよ!」


 首相官邸西門周辺の人だかりは大変なものになっていた。警察官たちが散らそうとしても散らせるものではない。ざわめきも大きく、面高たちの会話内容を全て聞き取れた人はほとんどいないだろう。

 しかし今の大音声だいおんじょうだけは、間違いなく多くの人々に届いていた。


「……今までの、全部冗談なんですよね?」

 面高はようやく口を開いた。話が大袈裟すぎて半分もついて行けない。未来からきただの希少生物として保護するだの、あまりにも現実味がなさ過ぎる話題だ。

 監獄王はもとの声量に戻って吾妻総理に語りかける。

「総理、きみは冗談を言うためだけに、外国を訪問したりするのかな?」


「え? いえ、まさかそんな」

 総理は耳をさすりながら答えた。

「将軍、聞いてのとおりだ。為政者とはそこまで無駄なことをしない。しかし意外だな。その年で子作りに興味がないとは……まあ今は人目もある、本音は言えんか」


「いえ、そういうんじゃなくて」

 面高は人並みに女子への興味を持っている。しかしその相手との間に子供を作って、それで何があるのだろうということまでは考えが及ばないのだ。毎日のように友人の弟である3歳児の相手をしているため、子供はなんとなく面倒くさいな……という思いがあるのかもしれない。

「もちろん子作りの相手はオレではない」


「いや、まあ、さすがに」

 真顔の大男を相手に、面高は笑いたくても笑えなかった。

「ヒト型ではない相手もいるぞ?」


「……それもちょっと」

「もちろん我らの元へ来るときには、きみだけでなく、家族や友人などを好きなだけ連れてくるがいい。セリやゼナリッタでもかまわん。悪い話ではないだろう?」


 面高は少しだけ引っかかったところがあったので、王に問う。

「ゼナ姫は『罪人』みたいなんですけど、そっちに行ったらどういう扱いを受けるんですかね?」

「それはその時になったら判断される」

 魔人は決して嘘をつかない。それは逆に考えるなら、嘘をつけないときは答えをはぐらかすしかないのだ。面高に小さくない不信感が芽生えてきた。


「そもそもおれはまだやりたいこともありますし、どっかに行くってことは考えてません」

「考えは変わらんか……まあ急な話でもあるからな」

 爽やか教師のような雰囲気はなりを潜め、監獄王は威厳をまとった。

「——ではきみについて今回は諦めるとして、当初の予定どおり、罪人ゼナリッタを引き渡してもらおう」


 面高は全身の力が抜けていくのを感じていた。

 実に長い前置きだった。

 今まで全ての会話は、これを言うための前振りだったのだ。最初にとても相手がめないような条件を提示して、それを断られたら本命の条件を出し『これならいいだろう』と思わせるのは、よくある交渉術だと先生に習ったことがある。


 監獄王は周囲を見渡してから総理に告げてきた。

「総理、危ないから下がって見届けたまえ。そこらの人混みと同じくらい遠くでな。契約は不成立、これからは仕事の時間となる」

 監獄王に生えるちょんまげのような角が、赤黒く光り始めた。


 ◆ ◆ ◆


 攻撃の瞬間は誰も見ていない。

 監獄王は全く手足を動かしていない。予備動作などもない。

 恐ろしいほどの重低音が鳴り響き、周囲の人々は反射的に耳を塞ぎ、しゃがみ込む。


 面高の胸部はまるで砲撃を受けたように丸く陥没し、爆発的な勢いで後方へ吹き飛ばされた。

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