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チャリパクから始まる放課後疑似青春記 〜自転車の窃盗犯に間違えられたら、何故か金髪JKの盗難車捜索に協力する羽目になりました〜

作者: たまぞん

友人H氏が自転車の盗難にあったので、記念に執筆いたしました。皆も自転車には鍵をかけようね!防犯登録も忘れずにね!!


 ラブコメは突如として襲いかかる。


 ──あるときは近所の曲がり角で。


 ──またあるときはクラス替え後の隣の席で。


 ──またまたあるときは自宅のリビングで。


 そんな数あるラブコメ導入レパートリーの中でも、僕こと「斑鳩(いかるが) (かける)」の身に今さっき降りてきた出来事(イベント)は中々に稀有なものだろう。


 だって普通じゃないだろ?


 曲がり角でもなく学校内でもなく家の風呂場なんてとこでもない、ふっつーの田舎道を自転車で快走してた約30分前………



『アタシのチャリ返しやがれボケナスッー!!』



 年頃の女の子と思しき者の絶叫と共に、僕と " 僕の " 自転車をめがけてリュックサックが飛んできたのだ。


 いきなりのことで当然それを回避できたはずもなく。


 僕と自転車は地に伏すことと相成った。




「いきなり何しやがる女子高生! 危うく田んぼに落ちるとこだったぞ、自転車がッ!!」


「人のチャリ盗んでおいてよく言えたなこのクソ厨房! 田んぼにのまれて溺死してろ!!」


「クソでもなきゃ厨房でもねぇ、バリバリ男子高校生風味だっての!」


「風味って何だよ」


 いや、ホントになんだろ。


 ギャグ漫画みたいな怒涛の展開に思わずボキャブラリがバグってしまった。


「で、それはさておき返してもらうよ。私の自転車」


「いや、これ僕の──」


「あぁ、そーゆーのいいから。返してくれれば許したげるよ面倒くさいし。とりあえず返してはよ返せ」


「いやいや。僕の方こそそーゆーのいいから、面倒くさいから。ホラ、ちゃんと高校のナンバーシールも貼ってる。何なら学校に確認とっても構わないけど」


「………………これ、私の番号じゃない」


 どうやらそういうことらしい。


 彼女───「橿原(かしはら) ひなこ」は自転車の盗難にあった。コンビニの駐輪場に停めていたところ、気が付けば影も形も失せていたらしい。


 そしてこの3日間血眼になって探し回っていた果てに、僕の駆る自転車が目に入った…ということだった。


「だって仕方ないじゃん、斑鳩くんのと私の自転車めちゃ似てんだから」


 そう言うと彼女はパーカーのポケットからスマホを取り出す。そしてスイスイと画面をいじると、一枚の画像を僕に見せてきた。


「たしかに、これは似てる…というかまんま一緒だね」


 それは自転車の写真だった。おそらく彼女の。


「やっぱり? 似てると思ったらまんま同じとか、ビミョーにウケる」


「おいちょっとまて。『似てると思ったら』ってどういうことだよ」


 つまり橿原さんは『100%私のチャリ!』って確証もなしに僕をチャリンコ泥棒にしようとしてたわけか? 行動力えげつないな…。


「そっか。でもそれじゃ斑鳩くんの自転車には悪いことしちゃったね。…ごめんな、斑鳩号(いかるがごう)


「人の自転車に変なあだ名付けないでいただきたい」


 赤のラインがトレードマークの僕のママチャリ。それを橿原さんはそっと撫でる。


「ねぇ、斑鳩くん。この後ってなんか用事ある?」


「用事があるならとっくに逃げてるよ」


「そっか。じゃあ付き合ってよ」


 悪びれる様子など微塵もなく、橿原さんは僕を見てニッと笑った。


 ───そして現在。


「もーちょい馬力出ないの? 頑張りたまへよ斑鳩号」


「………なら、橿原さんがこいでくれッ」


「嫌だよ、スカートミニだし」


「ハイハイ」


 僕はグチグチと文句ばかり垂れる女子高生を自転車のケツに乗せ、玉の汗を流しながら重いペダルを踏みしめている。


「なんでJKってそうもスカートを短くすんの? 脚の可動域でも気にしてるわけ?」


「斑鳩くんって若人のくせして言うこと中年だよね」


「ほっとけ。普段女子となんて喋んないから柄にもなくはっちゃけてるだけだよ」


「ならもっとはっちゃけて。そんでもってもっと足動かしなさいよ」


「ぶっちゃけもう疲れたわ…」


 吐き出す吐息に雑音が混じりだした辺りで、僕は体力の限界を感じ始める。ゼーゼーじゃなくてヒューヒュー、間違いなく肺が音を上げてるやつだ。


「じゃあ、ちょっと休憩する?」


「します」


 少し不服そうな顔で僕の背をつつく橿原さんの提案を秒で受理し、僕は相棒のサドルから腰を浮かせる。それと同時に、彼女の方も相棒のケツからピョンと飛び降りた。


 風に乗り、彼女の金髪はふわっと宙を踊る。チェックのミニスカートの方もバッと広がり、すんでのところで再び彼女の太ももへと吸い寄せられる。


「橿原さん、その髪染めてるの? それとも地毛だったり」


「そんなの染めてるに決まってるでしょ。金髪ミニスカでストラップジャラ付けの無敵女子高生! 憧れてたんだよね〜」


「ルーズソックスは?」


「…やっぱ斑鳩くんって中年だわ。男子高校生に転生した系のおっさんだったわ」


 一応、彼女と同じ高校一年生であることは念を押しておいた。しかし改めて見ると、橿原さんはどこに出しても恥ずかしくないような「ギャル」である。


 金色に染め、そんでもって軽く巻かれた長い髪。濃すぎず薄すぎずのメイク。緩んだネクタイにダボダボのパーカー。スカートも短いせいでもはや履いてないのではと錯覚させられてしまう。


「橿原さん、多分 " 色気 " と " だらしなさ " をはき違えてるよ」


「どこ見てそれ言ってんのかによっちゃ、私は斑鳩くんのことを『セクハラオヤジ』ってあだ名で呼ばなくちゃいけなくなるね」


「すんませんでした」


「よろしい」


 再びニカッと笑う橿原さん。何だかんだ言っても笑顔はやっぱり可愛いもんだ。


「…で、道中それらしい自転車見つけた?」


「もし見つけたんなら真っ先に斑鳩号から飛び降りてたよ」


「ですよねー…」


 かれこれ2時間ちょい。僕と橿原さんは誘拐された自転車を探し回っていた。


 最初は自転車捜索の協力なんて断るつもりでいたけれど、「協力してくれたら私の連絡先を教えてあげる」なんて言われてしまえば仕方がないだろう。非リア男子高校生たるものの性である。後悔の二文字は無い!


「さ、もう十分休んだでしょ? そろそろ再開するべ」


「えぇ…」


 やっぱちょっとだけ後悔。もう無理、疲れた。


「ってか、交番には行ったの? 警察を頼るのが一番無難だと思うんだけど」


「は? 警察?」


 露骨に嫌な顔をする橿原さん。


「いや、普通交番に駆け込むのがセオリーかと」


「警察はちょっと…色々アレなんだよね」


 そう言うと、橿原さんは自分の足先を見つめバツが悪そうにゴニョゴニョと独り言を始める。


 これはもしや、学外で相当ヤンチャしている口なのでは…!? 警官と顔を合わせたくないと言うのなら…つまりそういうことなのだろう。悪い友達と夜な夜なドンキでたむろしたり、タバコなんてものにも手を出してみたり、飲酒淫行その他諸々………詮索は止したほうがいいだろう。


 ──まて、だとすると僕はこんな危険人物とつるんでいて大丈夫なのか? 補導の巻き添えなんて真っ平ごめんだし、もしも彼女にヤンキーの彼氏なんていたりしてみろ。


『てめぇ人の女に何手ェ出しとんじゃボケナスッ!土に埋まって星数えてろやッ!!』


 …僕の顔面から血の気が引いていくのがはっきりとわかった。


「…橿原さん、やっぱ僕帰るわ。後は交番にでも行って、警察の方々のお世話になるといいよ」


「ちょい、いきなりどした斑鳩くん! 警察だけはマジで勘弁だって」


「………なんで?」


 つい魔が差してしまった。


 聞いてはいけない警察と橿原さんとのしがらみ。僕はもう、引き返すことはできそうに…───


「………………だって、私髪とか染めてるし? この前も自転車で歩道走っちゃったし? なんか怒られそうで怖いってゆーか…」


 え、かわよ。何そのキャラに似合わぬチキン発言。交番のお兄さんが怖いとか可愛いかよ。これは危なくないギャルですわ。


 恥ずかしそうに口を尖らせる橿原さんに僕は思わず萌えてしまった。


「そっか、じゃあやっぱりもう少し付き合うよ」


「なんのやっぱりなのそれ」


「別になんでも」


「…まぁいいや。斑鳩くんって優しいよね」


 優しいというか、流されてるだけというか。褒められることにあまり慣れていないせいか、『優しい』という言葉が妙にくすぐったい。


「………あ、私のこと『チキン』とか思ってんならコロスよ? 社会的に」


「僕自身そこまで社会的地位があるわけじゃないからへーきへーき」


「おまわりサーン! この人痴漢───」


「アンタ警官苦手なんじゃなかったっけ!?」


 僕は彼女の凶行を必死に制止させ、そんなこんなで彼女の自転車捜索が再びスタートした。


 河川敷の脇、鉄橋の下、薄暗い路地の裏………結局その日だけでは見つけることが叶わず、捜索は明日へ持ち越しとなった。


 そして次の日も、そのまた次の日も、僕と橿原さんは「自転車捜索」という名の放課後デートに精を出していた。


「…自転車、見つかんないね」


 生クリーム増々な苺のクレープにかぶりつきながら、橿原さんは残念そうにそう呟く。


「うん。で、このクレープと君の自転車には一体どんな因果関係があるというのかね橿原さん」


「クレープ代返してもらうよ斑鳩くん」


「何でもありませんゴチになります」


「ウケる〜」


 今日は駅前のクレープをご馳走になっている。僕が、橿原さんに。


「なんで奢ってくれんの? 地味にこのクレープ高いと思うんだけど」


「んー、日給? 自転車探しの」


「薄給かよ…」


 昨日は唐揚げ、一昨日はたしかアイスだったな。それも全部橿原さんの奢り。僕は少し不安になった。


「エンコウとかしてないよね…?」


「馬鹿にすんなし。普通に居酒屋のバイトとプログラミング関係の仕事で稼いでるだけ」


「プログラミング関係の仕事について詳しく」


 実は彼女、パソコンに強かったりするのだろうか。あまり想像できないけど、僕はとりあえず尋ねてみる。


「んーとね。お客様からのメッセージに、マニュアル通り愛想よく返信する仕事かな。歩合制で割と稼げるし、『好きだ』とか『結婚してくれ』とか言われちゃったりして、なんか気分アガるんだよね」


「それチャットアプリのサクラじゃねぇか!」


 サクラダメゼッタイ。


 これじゃ警官に怯えるのも無理はないな。と僕は内心で勝手に納得する。


「サクラ…? なにそれ」


「お巡りさんにでも訊いてみな」


 嫌味を言われたと思ったらしく、その日はいつもよりひどく橿原さんにこき使われた。いや、実際嫌味半分本気〈マジ〉半分の塩梅だったんだけど。


 そして次の日。


「…誰? その人」


 橿原さんは怪訝そうな顔で眉をひそめ、僕の隣でニヤニヤと愛想になっていない愛想を振りまく彼を見る。


「スーッ、召喚に応じ馳せ参じました、『三郷』っちゅーものデス………デュフッス…」


「ごめん、誰も呼んでない」


「斑鳩氏ィ!?」


 おいィィィィと涙目で僕を肉迫する彼こそ、僕の唯一の旧友であり俗に言う「オタクくん」の名を冠するヒョロガリメガネ。


 「三郷(さんごう) 大智(だいち)」その人である。


 あまりにも自転車捜索の件が進展しないため、猫の手も借りたい猫の手代表と彼を見込んで、他でもない僕が召喚したのだ。


「ワイ、『オタクに優しいギャル発見したったwww』のメッセを見て飛んできたんやが、こりは一体どういうことやねん斑鳩氏!」


「いや…いるじゃん、目の前に」


「何が!?」


「オタクに優しいギャル」


「敵意剥き出しなんだが!?」


 そう叫ぶ三郷の視線の先には、なるほど確かにいつもより目つきの厳しい橿原さんが。


「いや…オタクかどうかはぶっちゃけどーでもいいんだけど、単純にキモいのよ君」


「キモッ…!?」


 某くさタイプみたいな鳴き声を漏らす三郷は、静かにその片膝を地に立てる。


「なんていうか、挙動不審? 見てて不安になる」


「ふ、不審ッ!?」


「あと笑顔が怖い、かわいくない、気色が悪い」


「あ、あがががが………」


 地上最悪の3K成立である。三郷くんは泡を吹いて倒れてしまった。


「な? 橿原さん優しいだろ」


「ど、どこが…」


 心底気分悪そうに白目を見開き、か細い声で三郷くんは僕を見る。


「だって、こんなハッキリしかも正直に客観的な三郷のキモさを指摘してくれる美少女なんて中々いないぞ?」


「『優しい』の解釈が完全に不一致ッ!!」


 そしてそのままガクッと昇天。


 見た目の割によく喋る三郷だったが、ついにうんともすんとも言わなくなってしまった。死んでしまうとは情けない。


「………いや、何気に『美少女』とか言ってんじゃねーし…」


 その間、何故か橿原さんは頬を赤らめていた。



 

「───なるほど、それでワイの力を借りたいと」


「なんとかならないかな、三郷」


「んー、まァパクられたチャリの辿る末路なんて想像するだけ無駄やとも思うけど、………ワイなら力になれるかもしれへん」


「マジで!? オタクくんチャリ見つけてくれんの!」


「ンン、まー…ひなこ神の顔に免じて力になったるわって感じ? ッスね」


「………『ひなこ神』ってナニ」


 くだらない茶番も程々に、僕は三郷に事情を説明し彼もうんうんとそれに応える。そしてどうやら、三郷の奴は問題解決の糸口に心当たりがあるらしかった。


「で、一体どうやって橿原さんの自転車を見つけるわけなんだ?」


「ふっふっふ…聞いて驚け見て笑え───」


「ウケる~」


「…あのホントに笑わないでもらえまス?」


 相変わらず橿原さんはノリが良い。良すぎて話のテンポを落としてしまうところが玉に瑕なんだけど。


 んで、そろそろ教えていただきたい三郷くん。


「では改めて! ズバリ『不死鳥は2度死ぬ作戦』が最有力な一手かと!!」


 ふ、不死鳥は……?


「いや、不死のくせに2度も死ぬんかい」


「逆に死なない不死鳥とはこれ如何に?」


 突っ込んではいけないであろう部分に突っ込んでしまう橿原さんと、字面だけ見ればお前の方がこれ如何にな三郷。


 もう訳がわからなかった。


「要は身代わり作戦ッスよ」


「すまない、要約してくれたことはわかるけど全くわからない」


「私もわかんない〜」


 僕たちは2人揃って首を傾げた。


「聞くところによると、斑鳩氏とひなこ神の故自転車はいわゆる同型機。そして一方は我が軍の手中にあり、もう一方は敵陣営で囚われの身、敵さんは手に入れたはずの機体に別個体が存在するということを知らない…これを利用するんスよ」

 

「………つまり?」


「どゆこと??」


 またも僕たちは揃って首を傾げる。


「───もし、 " 以前自分が自転車を盗んだ場所に、自分の盗んだ自転車と全く同じものが停まっている " としたら…?」


 隣の橿原さんが何か閃いたようにバッと右手を挙げる。


「ビビるっ!」


「8割方正解ッ!」


 そう言って橿原さんと三郷の二人は互いの手をパシンと叩き合う。いわゆるハイタッチというやつだ。


 二人の様子を見ていると、この数分で随分と仲が良くなったようだ。微笑ましいやら少し寂しいやら、何だか複雑な感情がふっと灯りそして消える。


「…つまり、予め放置しておいた僕のチャリに何かしらの反応を示した奴が自転車泥棒の犯人ってことか?」


「その通りや斑鳩氏! もちろん、犯人が現れない可能性かてなきにしもあらずやが…大体自転車泥棒ってのは常習犯が多い。長期戦覚悟で挑めるなら、これが一番犯人確保の成功率が高いと踏んだやで」


 三郷の言葉には謎の説得力があった。少なくとも、今まで通り地道に捜索を続けるよりこっちから犯人をおびき寄せた方が効率的だろう。第一無駄な労力を使わずに済む。


 僕と橿原さんは、三郷の立てた作戦を採用することに決めた。


「やるじゃんオタクくん〜!」


「ッス…www」


 橿原さんに褒められて照れる三郷は相変わらず気持ち悪かったが、これでどうにか落着できそうだ。


 ………でも、そうなると橿原さんとの関係もこれで終わってしまうのだろう。


 それは何だか、すごく嫌だった。




「ここが例の事件現場か」


「そー。『外環沿いのフェミニーマート』、ここで相棒が…やられちまった」


「チャリ盗まれただけなんだよなぁ」


 三郷の立てた作戦を実行に移すべく、僕と橿原さんは盗難の起きたコンビニまで来ていた。


「んじゃ、尊い犠牲となってもらうよ斑鳩号」


「僕の自転車がスクラップにされる前提で話を進めないでいただきたい」


 そう言うと、僕は自転車のハンドルをぐいっとこちらに手繰り寄せる。


「えっと、橿原さんの自転車が停められていた場所は…」


「あぁ、それね。あそこだよあそこ」


「あそこ…?」


 彼女の指す指の先には、このコンビニが所有しているであろう駐輪場………とは真反対の、倉庫とフェンスで影になったゴミ置き場がある。


 はっきり言ってこんなところに停めてあるような自転車、「不用品」の紙が貼られていても何ら不自然ではなさそうだ。


「………粗大ゴミと間違われた可能性が出てきたな」


「私だってこんなとこ停めたくなかったケド! 駐輪場パンパンだったんだから仕方ないじゃんよ〜」


 彼女の言葉を聞き正規の駐輪場の方に目をやると、たしかに今も自転車やらバイクやらで満席のようだった。そしてその近くでは学生と思しき集団がたむろしている。


 たしかにこれじゃ、駐輪場は中々空きそうにないな。


「このコンビニって、近くに高校とか事務所が多いから利用者さん多いんだよ。特に私らみたいな学生は、買い物が終わってもしばらく脇の方でだべるんよ」


「あー…青春ってやつですか」


 生憎僕には全く縁もゆかりもないような話だ。


 彼女の言うことに共感できていたとするなら、僕はこんなわけのわからん女子高生に雇われてなんかおらず、きっと今頃ドリンクバーのみでサイゼに入店を果たしているだろう。友達とやらと一緒に。


「ホラ、あのカップルなんて放課後デートめっちゃエンジョイしてんじゃん!」


「えぇ…カップル?」


 なにがそんなに嬉しいのか、橿原さんは敷地の隅でイチャつく一組のカップルを視線でなぞる。


『……ほら、あーん』


『ちょい待て待て! そんなことしなくたってちゃんと食うよ!』


 男の方は恥ずかしそうに、しかし女の方は割とノリノリでフェミチキくんをシェアし合っている。


 会話の内容は聞こえずとも、自然とどんなことを話しているのか想像がついてしまう。


「………うん、僕の目にはちょっと毒だからさっさと仕掛けてとっとと立ち去るとしよう橿原さん」


「えぇ!? 初々しくてかわいいじゃん。どこが毒なのよ」


「甘すぎるってことだよ。甘いモノも辛いモノも過剰摂取は毒にしかならん」


「なにそれウケる。斑鳩くん辛党?」


「いや、俄然甘党」


 放課後買い食いカップルを後目に、そして僕たちはコンビニの駐輪場から少し離れた茂みへと移動した。


 レンガでできたプランターの縁に身を寄せて座り、後は自転車泥棒が現れるのを待つのみ。


 ───だが。


「橿原さん、僕たち今めちゃくちゃ絵面馬鹿っぽくない?」


「私もそれ思った。なんか落とし穴の仕掛け人みたいな」


 まさにそれだ。


 三郷のやつ、実は適当吹いてたとかなら容赦しないぞ…。


「そーいや、今日はオタクくん来ないんだね」


「あぁ、今日は水泳部の練習があるからって」


「ああ見えてゴリゴリ運動部なのウケる〜」


 そしてしばらく、二人の間に静寂が訪れる。


 どうしよう………すごく気まずい。早く何か話題を振らねば。


「さっきの話の続きなんだけどさ」


 先に沈黙を破ったのは橿原さんだった。


「斑鳩くんはあーゆーのに憧れとかないわけ?」


「『あーゆーの』…って?」


「ほら、だからその…カップルとか」


 少し恥じらいを含んだ顔で、橿原さんは僕に問うてくる。


 しかしあれだ。共通の話題が見つからないとはいえ、この空気感で男女交際の話を振ってくるとは…こいつもしや───


 根っからの恋バナ好きだな。


「…別に、憧れとかそんな対象ではないよ。ただ、見てると凄い憎悪に駆られるだけ」


「たしかにそりゃ毒だったね!?」


 彼女はオーバーに笑ってみせる。


 実際のところ大してどうも思わないけど、ここは当たり障りのないような返答をしておかねば面倒なことになりそうだと思ったから、僕はあえて非リア陰キャ高校生を装ってみせた。


 あまり心の隙を見せては恋バナ好きの彼女にとっていい餌場となってしまう。あることないこと根掘り葉掘り訊かれる前に早く話題を変えなければ。


 ………いや、ホントにどうも思ってないよ? カップルとか男女交際とか。あえてそれっぽいこと言っただけだから。思わず本心が出てしまったとかそんなんじゃないから。


「でもそっか。…私は憧れるけどな。恋人とか彼氏とか」


「え? あ、あぁそっか」


 誰に対してなのかわからない言い訳を繰り返しているうち、僕より先に彼女の方が話し始めてしまった。


「私、こう見えて男友達とかいないからさ。なーんか恐くて、男の人って」


 実に意外だった。なんならヤンチャな彼氏の二人くらいいそうな余裕ある立ち回りで、僕は彼女が男慣れしてるとばかり思っていた。


「じゃあ、僕は? 一応男のつもりだけど」


「斑鳩くんは恐くないよ〜。だって君、『雄』って感じしないんだもん」


 男として見られてないってことか。…じゃあ雌? いやいや、もはや生物とすら認識されていない可能性も───


「私、無敵女子高生と同じくらい憧れてるものがあるんだよね」


 僕の心の声を遮り、彼女は再び口を開く。


「優しくて、気兼ねなく話せる男の子と普通に恋してみたい。───それが、私の憧れ」


 瞳を輝かせ、真っ直ぐな目でそう語る彼女は、僕が今まで見てきたどの橿原さんよりも、一番 " 女の子 " してたと思う。


 そんな彼女の輝いて見えた笑顔に、僕は不覚にも少しムズっとしてしまった。


「えっと…それってつまり───」


 この先を、僕はどんな言葉で続けようとしたのか。


 もしこの瞬間が続いていれば、何かが変わったのかもしれない。


 でも、それはあくまで「もしも」の話。僕が次の言葉を放つ直前に、橿原さんは大声をあげていた。


「アッ! 斑鳩くんあれッ!!」


 身を乗り出して指を指す先、僕の自転車だ。


 そして、それを難しい顔で凝視している一人の女性。ピシッとしたスーツに身を包み、赤がかった長い髪をバレッタでまとめた彼女はどこかのOLさんといった風貌。その上中々の美人だ。


 けど、残念ながら怪しい奴であることは間違いない。放置された僕の自転車をあらゆる角度から観察しており、正直言って気味が悪い。


「おいおいホントに出たよ犯人候補…」


 僕が呆気にとられていると、横からビュンと風を斬る音が聞こえた。


「食らえ黄金の右腕…とあるどこぞの超電磁砲ッ!!」


 威勢のいいセリフと共に、僕が彼女と初めて出会った日に受けた豪速リュックサックがまたも炸裂してしまったのだ。どうやら超電磁砲という必殺名らしい。


 水色のファンシーなリュックサックは宙に直線を描き、そして外れることなく例の女の頭へと直撃した。


「あうッ!?」


 女は間抜けな声をあげ、そしてかつての僕と同じように地に伏す。


「斑鳩くん、犯人確保だよ!」


「お、おう…」


 彼女に言われるがまま、僕は事故現場へと急いだ。




「な、何なんだ君達は!」


「それはこっちのセリフだっつーの、自転車泥棒さん?」


 橿原さんはじっと女を睨みつける。


「君たちは何か勘違いをしているよ。私は吉野、市の職員だ」


 『吉野(よしの)』…と名乗るこの女性は、あくまで自分が無実であることを訴える。


「あの、じゃあ市の職員さんが一体僕の自転車に何の用があるんですか」


 僕が尋ねると、吉野さんは困ったように話し始めた。


「私は地域の環境に関する仕事を請け負う課の者でね。先日通報があったんだよ」


「………通報?」


 まだ吉野さんのことを信じ切っていないらしい橿原さんは、険しい表情を崩すことなく高圧的な態度を一貫する。


「あぁ。…『このコンビニの敷地内に、数日前から持ち主不明の自転車が放置されてる』って」


 続けて、吉野さんはポケットの中から一枚の写真を取り出す。


「これがその自転車だ」


 それを見た瞬間、僕と橿原さんは声を揃えた。



「「僕・私の自転車!?」」



 ワイドタイプの前かごと、トレードマークの赤いライン───間違いなく僕と橿原さんのと同じ自転車だ。


「でも、どうやらこいつは通報にあった自転車ではなかったらしいね。すまない少年、君の自転車だったんだな」


 そう言って吉野さんは深々と頭を下げる。なんて大人な人なんだろう。…じゃなくて!


「実はですね…」


 僕が吉野さんに事情を説明しようとしたそのとき。


「あ、もしかして役所の方ですか? すみませんわざわざ、これが裏に停めてあった例の自転車なんですけど………」


 コンビニの店員らしきお兄さんが、一台の自転車を担いでこちらへやってきた。


 そしてその自転車は───


「それ、私の自転車じゃん!!」


 へ?と驚いたような顔を作るコンビニのお兄さんと、彼と同じような顔で固まる吉野さん。


 数日間敷地内に放置されていた橿原さんの自転車。


 倉庫とフェンスで影になったゴミ置き場。


 そして見つからない犯人。


 全てのピースがここで出揃い、音を立てて組み上がってゆくこの感覚。


「つまり………どゆこと?」


 彼女だけがキョトンとした顔で、僕の方を見つめていた。




「つまり最初から " 盗まれてなかった " んだよ」


 事の流れとしてはこうだ。


 1. 橿原さんがゴミ置き場に駐輪する。


 2. 橿原さんが店内で買い物している間にゴミ収集車がコンビニのゴミを回収に来る。


 3. 収集の際邪魔になった橿原さんの自転車をコンビニの裏へ移動。


 4. 自転車はそのままコンビニ裏に放置され、戻ってきた橿原さんは「盗難にあった」と勘違い。


「───という感じです」


「それどーゆー確率よ!?」


 橿原さんは信じられないといった様子で項垂れるが、実際自転車はコンビニ裏に停められたままだったらしいし、ゴミ収集車が回収に来る曜日時間も、店員さんが言うには事件のあった日時と一致している。


 つまり、偶然に偶然が重なった一種の奇跡だったというわけだ。


「なにはともあれ、ひなこちゃんの自転車は無事だったわけだし、持ち主不明の盗難車も存在しなかったことで私の仕事も一つ減った。よかったじゃないか」


 そう言って吉野さんは僕と橿原さんの肩をポーンと叩く。


「うむむ…やっぱそうだよね! 私の自転車は無事だったし、斑鳩くんも放課後に女のコとデートなんて有意義な時間の使い方ができたわけだし、マジ円満解決ってやつ? ブチアゲなんですけど〜!」


「橿原さんの有意義と僕の有意義を一緒にしないでもらいたいんだが」


「ま、細けーことは気にすんなよ斑鳩くん! ぶっちゃけ、私との放課後も悪くなかったっしょ?」


「確かに、散々ペダルこがされたおかげで随分鍛えられた気がするよ」


 筋肉痛で死にそうだけどな。


「ちょ、それだけ? もっと他にあるでしょーが。…『一生分の思い出をありがとう!』とか、『一緒に食べたクレープの味、決して忘れはしません!』とか」


「このアキレス腱の痛み、決して忘れはしません」


「………こき使って悪かったって、謝るよ」


 不貞腐れたように口をすぼめ、ようやく橿原さんは謝罪の言葉を口にする。


「───ってか、斑鳩くんはぶっちゃけマジに楽しくなかったわけ? それならそれでちょっとショックなんだけど」


「えぇ? いや、えっと…」


 僕は思わず言葉に詰まる。


 まずったな。不意打ちの上目遣いと、これまでの彼女にはあまりみられなかった、マジトーンなか細い声に反応が遅れてしまった。


 「楽しくなかった」…といえば、月並みだけど嘘になる。眼前に佇む彼女のおっしゃる通り、この数日で僕は一生分女の子と関わった気がするし、一生分の刺激・非日常を楽しませてもらった気もする。もちろん、物理的な刺激込みで。


 だから。


「そうだな。普通に楽しかった」


「やっぱ楽しかったっしょ? 私もみーとぅーだぜ」


 相変わらずの橿原さんのテンションに、僕も自然と笑顔になる。それを見た彼女もまた、嬉しそうにニッと笑った。何がそんなに可笑しいのか、僕たちはしばらくの間二人で笑い合っていた。


 そしてひとしきり笑い終えたあと。


「…あのさ、無事自転車も見つかってハッピーエンド! みたいな流れなんたけど」


「今度は財布を落としたとか、ベタなオチつけるのだけは止めてくれよ」


「そこまでマヌケじゃないし!」


「ゴミ置き場にチャリ停めた挙げ句そのチャリが盗まれたって勘違いする程度にはマヌケだよな?」


「それは禁止カードなんよぉ…」


 苦虫を噛み潰したような渋い顔で縮こまる橿原さん。少しからかいすぎてしまったらしい、失敬失敬。


「…で? 続きをはよ」


「あぁ、そうそう。それでね、一応私らが放課後一緒に行動できる大義名分はなくなっちゃったワケなんだけど」


「 " 二度と関わるな " って?」


「そうじゃなくて!」


 ここで彼女は大きな声を出す。なにやら真剣な話らしく僕の軽口はバシッと跳ね返されてしまった。


「私的には? これからも斑鳩くんと放課後青春っぽいことして過ごしたいなーと…」


「…つまり?」


「だから! この、私、が、………これからも放課後付き合ってあげるっつってんの!」


 いきなりのツンデレムーブ。どうしたものか、生憎僕にはツンデレ妹もツンデレ幼馴染みもツンデレ友人キャラも持ち合わせがない。この場合どう答えるのが正解なのか。


 そしてこの場合、どう返せば " 僕は橿原さんと一緒にいていいことになるのか " 。


 僕の中では答えが決まっているにも関わらず、それを表明する術を知らない。


 そんなとき、僕に天啓が降りてきたのだ。


「───橿原さんの連絡先」


「え?」


 何時ぞやの、『協力してくれたら私の連絡先を教えてあげる』という約束。


 ついて出た僕の言葉に、橿原さんはキョトンとした表情を浮かべる。


 そして僕はまた続ける。


「まだ教えてもらってないんだけど、今日僕は携帯を家に忘れてしまった」


「け、携帯なのに携帯してないとか草生える…?」


 違う、別にボケたわけでもないしツッコミが欲しいわけでもない。


 僕の心中と同様、正解を探るかのように橿原さんは自信のないリアクションをとるが、僕はそれを気にも留めず更に続ける。


「だから、 " また明日 " 、改めて教えて欲しい」


「っ! それって…」


 人生でこれほど緊張しながら物を言う場面というのは、この先そうそう無いんじゃないか。そう思えるほど、今の僕はガチガチに緊張しまくっている。血液が沸騰しているのかと錯覚してしまう程身体は熱く、この足の震えは筋肉疲労だけによるものではないだろう。


 言い終えた後、僕は彼女の顔を見ることができなかった。


「え、待って。ヤバい、私今すっごい嬉しい。何これ、ちょっと泣きそうなんだけど…ってか斑鳩くんやっぱ優しすぎ…」


「お、落ち着いてくれ。僕の方が落ち着けんわ」


「ご、ごごごごめん…。でも、ホント嬉しい」


 お互い、今度はしばらくの間無言になる。


「そ、それじゃあさ」


「お、おう!?」


 しまった。緊張と恥ずかしさとあまりにもの嬉しさのためか返す声が裏返ってしまった。


「私達、………つ、付き合───」


「ちょっと待ったッ!!」


 彼女の言葉を、僕は空気も読まず遮ってしまった。


 でも、これはいたし方のないことだったのだ。これは別に、橿原さんに対する嫌がらせでもなければ、彼女の提案するはずだったであろう提案のお断りを意とする行為なんてものでもない。


 第二の事件発生を知らせる、警報のようなものだった。


「僕の自転車…無くない?」


「………へ?」


 橿原さんは目を点にして、しかしすぐ何かに気が付いたかのようにハッと息を呑む。


「斑鳩号が…消えてる?」


 さっきまで斑鳩号が停車してあった駐輪スペース。気が付けば、そこには自転車一台視認できなくなっているではないか。


 そう、まさに影も形も失せている。


「もしかして、あの男じゃないのか!?」


 声を上げたのは橿原さんではなく、先程まで役所の方に事の顛末を報告し、席を外していた吉野さんだった。


 そして彼女の指す右手人差し指の先には赤いラインの入った一台の自転車。道路を挟んだ向こう岸を、見知らぬ男と共に走っている。


 つまり何が言いたいのか。


 ───今度は僕の自転車が、少し目を離したすきに盗られてしまったのだ。


「ま、待てッ! 自転車ドロボーッ!!」


 こうなってしまっては大義名分もへったくれもない。まだ犯人は視界の範中に留まっているのだ、橿原さんと協力すれば間に合うかもしれない。


「ほ、ほら! 何ボサッとしてんの、犯人確保だよ!!」


 ついさっき耳にしたようなセリフがリピートされる。


「───しょうがない、斑鳩号奪還作戦に切り替えないとな」


 それに満更でもなく乗っかる僕こと「斑鳩 翔」はまたしばらくの間、僕の前を先行する彼女───「橿原 ひなこ」と協力関係を維持する他ないだろう。


「これからもよろしく頼む、橿原さん」


「こっちこそ、今度は私をこき使ってよ? 斑鳩くん」


 とりあえず、彼女の連絡先を知る日はまだまだ先になりそうだ。


過去作のキャラも友情出演させております!気になった方は是非一度私のページをチェックしてみてください(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ギャルでありながら純なところもある橿原さん。 可愛かったです。 主人公との掛け合いも面白く、今後を応援したくなるカップルでした。 [一言] 三郷くんのキャラが濃かったですね。 「お前は何系…
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