夢を見る時間の終わり
若きフェルトリア連邦の総議長―――リッド=ウインツ。
いつもの業務に加えて、外交大使の対応もあって、今日も忙しかった。
そこに、仕事を頼んでいたセトが成果を持ってきてくれた。
いつもは自分が取りにいくのに、珍しく足を運んできてくれた。
最初に出会ったのは、森の中。
馬車を襲ってきた盗賊団の首領が、セトだった。
水魔法に髪を濡らしたセトが、じっと睨みつけてきたのを思い出す。
最初は散々な目に遭わされたが、旅で得た頼もしい仲間達のおかげもあって、帰路では彼らを護衛として雇う事で味方に付ける事ができた。
決定権をもっていたのは、勿論、首領であったセトだ。
『仲間達の生活を保障すること』
そう言った真剣な眼差しに、何故か背筋を伸ばされる心地がした。
そのくせセト自身は雇われるのは嫌いだと言って、古本屋をはじめてしまった。
盗賊団を解散した後も護衛に雇った男達からの信頼が厚く、彼らとの良好な関係を築く為にも、頻繁に交流を重ねるようになっていた。
セトは何をしていても、不思議と人を惹きつける。
古本屋をはじめただけあって、かなりの博学だというのもわかった。
人と違う人生経験を積んできて、仲間を安住の地に導いた、集団の責任者。
だから、まだ若い『光明の聖女』に、勉強を教えて欲しいという体で、紹介した。
何気なく近づいてきた、外交大使の護衛の女性。
すれ違う一瞬、ドン、と隣を歩いているセトにぶつかってきたと思った。
だが、彼女の手に握られていたのは、細い短剣。
そしてその切っ先は、まっすぐ、セトの胸に吸い込まれていた。
ドッと周囲の護衛官が犯人を確保した。
駆けつけた外交大使の困惑した様子に、とにかく場を落ち着かせる。
咄嗟に抱き崩れた足元に、とめどなく、血が流れていく。
正装の中まで染み込んでくる、零れていく、命。
―――どうして、こんなことに―――。
リーオレイス帝国の護衛の人間が、突然にセトを襲った意味がわからない。
古本屋の店主が、何をしたっていうんだ?
いや、その前は盗賊だった。
盗賊だった頃の、怨恨か何かだろうか?
それにしても喧嘩を売るでもなく、刺されるなんて―――。
「こんな所で泣き崩れている場合じゃありませんよ。とにかく移動させます。リーオレイスの意図が判明するまで、元仲間に知らせてはいけません。逆上しかねない」
傍についていた緑の制服の護衛が、セトの身体を抱え上げて歩き出す。
いつもは元盗賊の護衛が、緑の制服を着てリッドの警護についているのだが、この階層は公務員である黒服の警護官が目を光らせているため、私兵である彼らは立ち入りを遠慮していた。
ここにいる緑の制服は、盗賊団とは関係無い、昔からの親友だ。
確かに、常日頃から周囲にいる元盗賊団の護衛達が知ったら、犯人の命が危ないかも知れない。
涙を拭ってふらつく足元を踏みしめ、どうにか親友をおいかける。
「・・・そうやって、事実を抹消するのは、よくない」
「その通り。でも、必要です。特にリーオレイスと仲良くするつもりなら」
良好な関係を築いている護衛達に、嘘をつくような事はしたくない。
だが、親友は爽やかに正論をつきつけてくる。
「―――リーオレイスの意図がわかるまで、だ。本当は俺を狙ったのかも知れないし」
「あれだけの至近距離で間違える筈もないでしょう。不本意ながら、私でも防げなかったし、そんな予兆も無かった。『見つけた瞬間、暗殺を即決した』といった感じでした」
「なんだ、それ・・・」
「そんな感じってだけですよ。真相は本人から直接お伺いすべきですね」
それきりふたりで口を噤んだ。
悲しいのに、悔しくて、口を開くと喧嘩になりそうだ。
(―――それに、僕には多分、もうそれだけの時間は、残っていないから)
あの時。
ミラノちゃんと喋っていた時、言いかけた言葉。
何故か、日々の生活の終わりが、迫ってきている気がしていた。
古本屋の店主として、盗賊だった仲間の人生が変わっていくのを見届けたら、その先には、自分の役割はなくなる。
仲間達は、それぞれに幸せに生きていけるようになった。
―――この生き方は、もうすぐ終わる。
そんな、漠然とした、感覚。
だからって、こうしていきなり殺されるとは思ってなかったけど。
背中を抱いてくれる総議長の泣き顔が、なんだか可愛い。
出遭った時は、クソガキが、と思ったものだ。
(・・・ありがとう・・・)
盗賊団を手懐けて、うまく利用してくれて。
皆を、街で暮らせるようにしてくれて。
僕に、皆が幸せになっていくのを、見せてくれて。
視界が昏くなる。
息が停まる。
鼓動が小さくなって、きこえなくなる。
胸を刺されたんだから、あたりまえだ。
――――血。
失った血は、どこにいったのだろう?
床に流れていった他に、リッドと、その護衛に染み込んでいった。
護衛の名前は、確かユリウスといった。
動物の目を借りてあらゆるところから情報を取り、直観力にも優れた、リッドの親友。
血は、命だ。
この命に触れたなら、彼らには、資格がある。
そして、もうひとり―――
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