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リーオレイス帝国の魔女探し



 朝から、街中の辻馬車が教会前に招集されていた。


昨夜の雨で地面がぬかるんで、足元が轍と足跡とでぐちゃぐちゃだ。


 ふと足をとめた厚着の旅装姿の貴人が、その喧噪をしずかにみつめる。 

 「・・・教会が騒々しいわね。ここは、魔女探しの溜まり場だったかしら?」


 


 フェリア中央教会。

 魔物を消すという『光明の聖女』の名は、次第にきこえてきている。

 同時に、最近国境を越えて連携しているという魔女探し達の『協会』の拠点となっていることも、報告はうけていた。


 今回の外交交渉には関係無いし、立ち寄るつもりはなかったが・・・

 小さな好奇心が、教会の門に足をむける。


 「・・・皇女殿下。近付くのはお止め下さい。無秩序な魔女探し達は、危険です」

 「皆が抜き身の剣をぶら下げている訳では無いでしょう。少し覗いてみるだけよ」



 リーオレイス帝国第二皇女 キリス=ウイガル。

 昨日この中央都市に着いたばかりの北国の外交大使。

 彼女は旅装を解いたところで、自由に中央都市を歩いていた。


 街の様子に感嘆しながらも、殺伐とした帝国の王城で育ったキリス皇女にとっては、平和すぎる光景にみえた。

 それが良い事なのだろうとは思いつつ、どこか、居心地の悪さを感じはじめていたところだ。


 そういう街の重要拠点である教会に魔女探し達が溢れて殺伐としている。

 その空気は、キリス皇女をどこかほっとさせた。



 多くの馬車が出発したばかりの轍を踏んで、教会の正門をくぐる。

旅の重装備をした魔女探し達があふれていた。


 「―――まるで、一軍の出発風景ね」


 物々しい雰囲気に、ふと口許が弛む。

 こういう緊張感の中にいる方が性に合っている、と皇女はひとり小さく頷いた。


 渋面をつくりながらも傍についている護衛が、左右をみて首を傾げる。

 「普段バラバラの魔女探しがこんな風に一斉に移動するなんて・・・魔女を見つけた訳じゃないでしょうに」

 そう護衛が呟いたのをきいた訳ではないだろうが、魔女探し達の誰かが声をあげる。



 「―――メルド湖沼地帯! 初心に帰るっつうか、やっぱそこだよな。足は工作好きのアーペに着けば―――」



 それを少し聞いた護衛の目が、すう、と冷たくなった。

 「・・・レギナ。顔に出てるわよ。あまり彼らを馬鹿にしちゃ、かわいそうよ」

 「ふっ・・・。罵倒しなかっただけ、我慢しましたよ。一体、なにを寝惚けているのか。誰かが煽動しているんでしょうが」

 嫌味を含んだ言葉をこの程度に収めたのは、この護衛にしては、上出来だ。

 「メルド湖沼地帯は、魔物が出るだけ。それが今になってこれだけ大騒ぎをするのであれば、きっとそれなりの理由があるんでしょう」



 さらに足を運んだ聖堂にも魔女探しが多くいて、一般礼拝者が入って来られる空気では無い。

 リーオレイス帝国の第二皇女とその護衛は、少し高貴だが簡易な旅装姿でいることで、魔女探し達の中でも違和感はなかった。



 聖堂の構造そのものは、どの国のどの地域の教会でも、変わりはない。

 年季の入った石造りのフェリア中央教会ではあるが、小奇麗に改装したばかりのようだ。

 檀上の天使像も、歴史ある中央教会にしては、最近制作したと思われる新しさがある。


 ―――奴隷解放という大きな改革と共に、古きものを、生まれ変わらせたのだろうか。

 


 天使像を見上げてそんな感想を持ったキリス皇女に、護衛がトンを肩を叩いた。


 「・・・キリス様。私のうしろへ」

 護衛の硬い声に、キリス皇女はこちらにむけられた視線に気付いた。

 いつも誰かの目がある、というのは、入国前もそうだった気がする。

 が、その視線がまっすぐに近付いてくる。


 国交のなかったこのフェルトリア連邦には、既知の人間も、いない筈だが―――。 



 「―――お久しぶりです。レギナさん」

 金髪の魔女探しの青年が、厳しい顔の護衛ににこやかな声をかけてきた。


 レギナは、昔、帝王の命令で魔女探しをしていた時があった。

 そのときの人間だろうか。


 「・・・誰かしら?」


 声をかけられたのは、護衛だった。

 護衛は咄嗟に心当たりが無いようで、眉間に皺を寄せたまま顔のまま首を傾げる。

 


 「10年前、国境までご一緒しました、アルヴァ=シルセックです。ご存命で、何よりです」


 レギナの顔からさっと険しさが引いて、驚きにかわる。 

 「・・・嘘、アルヴァ?! そうか・・・10年・・・。そりゃ、成長するわよね。びっくりしたわ」



 「俺はまだ12歳でしたから。貴女は、お変わりありませんね」


 彼の真顔が、ほんの少しだけやわらかくなる。

 礼儀正しい立ち姿は、まるで軍人のようだ。

 10年前にレギナと行動を共にしたという事は、リュディア王国の人間だろう。



 レギナは少し息をつくと、表情をあらためた。


 「ところで、この騒ぎはどうしたの? メルド湖沼地帯なんて行っても魔女はいないわ。それは、貴方もよく知っているでしょう」

 「魔女の所在はともあれ、入り方が違っていた、という情報が出てきたんです。その真偽を確かめる為に、皆が一斉に動いてしまった。教会の方々には、ご迷惑をかけています」


 冷静沈着な低い声が、心地良い。


 「入り方・・・? 裏口があるわけ?」

 「歩いて地上から入るのではなく、上空から。それによって湿地帯ではない土地に入れるようです。皆が風魔法で長時間滞空できる訳もありませんが、行ってみてから、何とかするつもりでしょう」



 ―――おもしろい。

 それは確かに、試してみたくもなるだろう。


 「その情報は、どこから?」

 レギナの問いに、彼は、すぐには答えない。

 小さく笑んだように見えた。


 「―――俺からも、貴女にお会いできたら訊きたい事があったんです。・・・昔、魔女をみつけた時、どうやって探されたんですか」



 これには、レギナも黙ってしまった。

 魔女という共通の探求物があるとしても、多くの代償を払って得たものは、気安く扱えるものではない。

 まして相手は、リュディア王国の人間だ。

 リーオレイス帝国が取得した知識を簡単に渡すというのは、知り合いだからといって、簡単に考えて良い事ではない。



 「・・・横から口を挟んでも良いかしら? 教えて差し上げなさい、レギナ。それで本当に魔女に迫れるのなら、それはそれで、面白いじゃない」

 キリス皇女の言葉に、アルヴァは、はじめて護衛の後ろにいた貴人を直視した。

 周囲に気付かれないよう、彼はそっと左胸に手を当てて礼を取る。


 「感謝します。では、場所を変えましょう。ここは、目立つので」



 たしかに、聖堂の真ん中で気安く喋って良い話題ではない。







 共同宿舎に案内されると、人気の無い大部屋に、沢山の書類や本が散乱していた。

旅支度を終えた魔女探しが、片隅で打ち合わせをしている。



 「魔女を探し出せたとしても、倒せなければ意味が無い。そこで、協会は打開策の糸口を探すべく、古い文献の調査をしていました。その中で、魔女について記録をつけている本が出てきたんです。概要しか判明していませんが、魔女と魔女探しの始まりと、メルド湖沼地帯について言及されています。―――これが、その写しです」




 旅支度を終えた荷物からアルヴァが取り出した紙を受け取って、レギナとキリス皇女は一緒に目を通した。

 史実については、リーオレイス帝国の歴史書の記載と矛盾はないようだが―――。


 「真偽の程は、行って試してみないとわかりませんが」


 「貴方も試しに行くの?」

 「いえ、メルド湖沼地帯は彼らに任せて、俺達は魔女の力の源を捜しに出ます。戦場から七日の範囲に、何か鍵がないか。そこを調査します」


 アルヴァの明快な回答に、キリス皇女は少々ざらついていた胸元がすっきりした。

 彼も同じ行動を取るというなら、この概要文は、怪文書にしかみえなくなっていただろう。


 「―――魔女の力の源か・・・、それも、魔女を探し出したやり方が、役立つかもね」

 ぽつ、と紙に視線を落としたままのレギナを、アルヴァは静かにみつめる。


 「魔女が何処で何をしているのか、魔物に訊いてまわったの。喋るような魔物は、とにかく手強い。仲間が次々にやられた。だから、筆頭役をしていたアイツに、『死神のジノヴィ』なんて二つ名が付いたのよ。一緒に旅をすれば、生きて帰れないってね」


 レギナにとっては苦い記憶だ。

 だからといって胸が痛くなる年齢でもない。

10年、政変の中で軍人として生きてきた彼女にとって、身近な人間の死は茶飯事に近い。


 「・・・そうでしたか。教えて頂きありがとうございます。お引止めして申し訳ない」

 「いえ、おもしろい話を聞けたわ。協会というのは、今はここが本拠地なのかしら? 結果の情報共有は、ここに届くの?」

 「一応そういう事になっています。協力的な聖使の方を含めて、連絡要員が常駐しています。魔女探しであれば、情報を共有できるように」


 「キリス様。あまり首を突っ込むのは止めて下さい」

 護衛に釘を刺されて、キリス皇女は小さく首を竦めた。


 「結果の報せが届く頃に、また来るわ。結果が楽しみね」

 「はい。その時に俺が戻っているかはわかりませんが、誰かに声をかけて頂ければ、報告は聞けるでしょう」


 そういうアルヴァの折り目正しい姿勢。

 彼は多分、レギナの呼ぶ「キリス様」が、リーオレイス帝国第二皇女だと気付いているのだろう。



 アルヴァに簡単な礼を言ってから、教会をあとにした。

 出る時には、門前の魔女探し達はほとんどいなくなっていた。





 「あの、アルヴァという青年は、軍人なの?」

 「いえ、私が知っているのは、12歳の時には商業都市の教会で既に退魔師として認められていたという事です。魔女を連行する際に、リュディアからの監視役としてジノヴィと一緒に行動していました。私は後方支援でしたから、ジノヴィに次いで長く魔女と一緒にいた事のある人間ですね」


 「それで、魔女探しの活動をしている、か・・・。魔女って凄いわね。これだけの時間が経過していて、もう社会の一部みたいになってるのに、誰も、忘れたりしない。反発か、許容か・・・。羨ましいわね」

 「―――そんなことより、はるばる南下してきた本来の仕事に集中して下さい。国交の開通を、全く無いところからつくるんですよ。互いに知らない事が多いんですから、確かな情報網をしっかり構築しなくては」

 「わかってるわよ。魔女探しの協会に、負けていられないわね」




 そのあとも、キリス皇女とレギナは一日かけてゆっくり街を視察してまわった。


 豊かな色彩と、やわらかな活気。

 法改正によって奴隷の姿はなく、綺麗に保たれた道と公園。

 あちこちから聞こえてくる、歌と音楽。

 店先には豊富な食料が積み上がり、誰も、飢えていない。



 リーオレイス帝国の首都は、巨大な貴族と豪族の邸宅が土地のほとんどを占める。

 それも、多くの貴族が解体された事で、厄介な遺構と化している。


 下級民が勝手に住み着いたりして治安は最悪だし、平民の暮らしも常にギリギリで、この街を見たら、こぞって移住を希望するだろう。

 ―――末端の国交開始の前に、自国の足元をしっかりと固める必要がある。



 日が暮れるまで無計画に街中を歩き回って、護衛を疲弊させた。

しかし、帝国の地固めの構想は、よく練る事ができた。




 このままどこかの酒場にフラリと入って食事でもしてみたかったが、それは、頑なに却下される。

 夕食は、官公庁の貴賓室で、この国の上級貴族達と共にする日程になっていた。


 仕方なく、行政地区の官公庁に戻る。

 繁華街との空気の違いがはっきりしていて、それはそれで興味深い現象だ。


 職員は平民も多くいて、行政地区だからといって貴族ばかりではないというのも、斬新な状況だ。



 濃赤の絨毯に、品のある燭台の明かり。


 昨日は気付かなかったが、賑やかな街とは違う上品な貴族の趣味に、息をつく。


 外を廻っていた旅装から、大使としての正装に服をあらためる為に、用意されている部屋に戻った。

 一日中連れ回したレギナの護衛の任務を、別の者に交替させる。


 疲れた状態ではいざという時に頼る事は出来ない。

 この国では、あまり心配いらないのかも知れないが―――。




 廊下で、悲鳴があがった。


 重厚な扉に隔てられていても聞こえたという事は、相当おおきな悲鳴だ。

 使用人がワインを絨毯にひっくり返しでもしたのかと思ったが、警護官の慌ただしい足音に、ただごとでは無さそうなのを、そっと察する。


 街中ならともかく、貴賓室にも近いこの官公庁の中で、何事だろうか。


 そっと扉を開けると、外を見張っていた護衛が、青い顔で立ち尽くしていた。




 「どうしたの、何があったの?」

 「いえ、あの、レギナさんが、いきなり平民を刺して―――」


 一瞬、この新米護衛が何を言い出したのか、よくわからなかった。


 さっと扉から身を乗り出して、騒ぎの方を覗き込む。

 黒い制服の警護官が、ドッと密集していて、何が起きているのかまるで分らない。







 「―――誰か、治癒魔法をっ!」

 切迫した若い男の声が響く。


 黒い集団が、誰かを捕まえてその場から引き離す。

 それでやっと、状況がちらりと見えた。



 レギナが警護官に取り押さえられた横で、上級貴族の青年が、ぐったりした男を抱えていた。


 その服に、血。

 ―――大量の。


 みるみるうちに、高級な服の布地が、赤く染まる。




 「―――これは、どういうこと!?」


 レギナが、刺した―――。

 だとしたら、とんでもない国際問題になる。


 低い怒声をもって、廊下に飛び出した。



 「皇女殿下! 私を斬り捨てて下さい! それで―――っ」

 レギナの烈しい声が、警護官の手刀で落ちる。


 「一体、何だっていうの・・・いえ、それより、大丈夫ですか?!」


 気絶させられたレギナが、この場で警護官に斬られるということは無さそうだ。

 後の外交の為にも、証言者として生きていて貰わなければいけない。

 

 しかし、今は被害者に気を配るほうが優先だ。

 いそいで血塗れの青年の傍に駆け寄る。



 刺された男を抱いているのは、昨日会ったばかりの、若い、この国の盟主だった。




 「・・・わたしの部下が、とんでもないことを―――」

 血の溢れる傷口を見れば、大丈夫かという問いは、無意味であることがわかる。


 正面から胸を一突き。

ほとんど、即死に近いだろう。


 せめてもは、レギナに殺されたのが総議長ではなくて、平民服の男だったという事だ。



 「―――追って事情はお伺いします。彼女の身柄はこちらで預からせて頂くが、問題ありませんか」

 「勿論です。貴方にお怪我は―――?」

 「ありません。大丈夫です。どうぞ、お部屋にお戻りください」


 しっかりした、しかし硬い声がはっきり響く。

 平和な国の盟主としては、大した根性だ。


 しかしそんな事に感心している場合ではない。

 これから国交を開こうという時に、とんでもない障害が出てしまった。

 素直に部屋に戻る訳にもいかず、そっとその場を離れて、壁に背を預ける。


部屋の前に立っていた護衛が、ようやくソロソロと近付いてきた。


 今、出来る事は無い。

 黒い集団に連行されていくレギナを見送る。




 男を抱えたまま身動き出来ずにいる総議長から、緑の制服の警備官が、さっと血塗れの遺体を取り上げる。

 緑の警護官は、そのまま何処かへ歩き出した。


 少しふらつきながら、それを追う総議長の背中が、痛々しい。




 あとには大きな血溜まりと、立ち入り禁止の柵が残された。





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