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本当は怖い昔話は未完結



 東の辺境の町に、『緑の戦士』と呼ばれた退魔師がいた。


 剣士と魔法使い。

 ふたりで一組の凄腕の魔物退治屋として、その噂は王都にまで及んだ。


 『緑の戦士』がふたりとも女だということを耳にした国王は、その腕を確かめるため、ふたりを王城に招いて、兵士20人と戦わせた。


 結果は『緑の戦士』が圧勝。

 ふたりの女が20人の訓練された男を叩きのめした光景は、王城内に衝撃を与えた。


 時は、隣国オラミスとの長い戦争の只中。

 慢性的な戦時状況に各階級からの不満が相次ぎ、退魔師として町を守っていた『緑の戦士』が、首都の反乱勢力に加担するのでは、とまことしやかな噂が流れた。


 王はふたりを王都から離す為にも、戦場に向かわせた。


 ディールの丘では、長く戦闘が続いており、戦争に使われた『緑の戦士』は一軍を崩すほどの大戦果をあげ続けた。

 そこで王はふたりを別々の隊に組み入れ、戦果の分散をはかった。



 結果は惨敗。

 剣士が戦死し、軍は散々に乱れて潰走した。


生き残った魔法使いは、戦場から忽然と姿を消した。


 兵を回収して軍を立て直し、両国とも徐々に疲弊しながら、激しい戦争は七日七晩に及んだ。

丘には死体があふれ、血の海を呈した。




 八日目の夕暮れ。

翼をもつ大蛇に乗った魔法使いが、戦場の空に姿を現した。

そして突然の大洪水が戦場をのみこんだ。


 死体も、生きた兵士も、両国の王も、水の中に沈んだ。

大量の水は王都にまで及び、一晩で国を二つ滅ぼした。


 これが、魔女のはじまり。




 この日以降、彼女は戦場に洪水と魔物を呼び寄せ、戦うもの全てを迫害した。

 大きな戦場には洪水を。

 小さな戦場には魔物を。

 世界から戦争を奪う。

 従わないものは、滅ぼす―――。



 各地で起きていた戦争は徐々に終息を余儀なくされ、ついには世界から戦争が消えた。

 持て余された兵士は野党化し、食糧は枯渇し、多くの貧困が加速し、社会が闇に沈んだ。

 そういった全ての元凶である魔女を倒す為、多くの人間が彼女を探し始めた。


 これが、魔女探しのはじまり。






 私、フェイゼル=アーカイルは、レトン王国王の甥であり、王子の参謀であり、歴史学者だった。


 王子にはひとり弟がいた。

 彼は幼少の頃にオラミス王国の人質となって、長く幽閉されていた。

 ディールの丘の戦争の最中、王子は弟を助けにオラミスに潜入した。

 大反対した私は、山に隠遁した。



 そこで洪水の難を逃れ、伝え聞いた様々な話を後の世に記録する事を生涯の仕事とした。


 しかし魔女は、どんなに時間が経過しても死なない。

 私は最後まで彼女の歴史を綴る為、死の際に、本に魂を移した。


 死んでからの方が記録が進んだ。

 未知の事について、いつでもどこにでも、調べに行けた。


 あるとき、魔女に見つかり、人知れず長く山小屋にあった本は、回収された。


 魔女の住まいは、まさしくディールの丘―――

 今はメルド湖沼地帯と呼ばれている所にある。



 歩いて入れば、何処までも続く沼地と魔物の出現。

 しかし、彼女の大蛇に乗って入ったそこは、水気の全く無い、もとのディールの丘だった。





 私は、暫くそこで彼女と会話をした。

 太古の歴史について、彼女は良い聞き手だった。


 そこで王子の弟もみつけた。

 顔も覚えていなかったが、王家独特の白い髪と名前でわかった。


 彼は、魔女の忠実な奴隷になっていた。

 私が声をかけると、彼は私を外へ持ち出した。



 そのまま人々の手を転々として、この本は現在に至る。





 私は記録者。

 歴史について、評価も介入もしない。




 彼女の物語は、終わってはじめて、完成する。











 新しい紙に書かれた文字は、古い文章の癖もなくて、読みやすいものになっていた。

 300年も前の人の文章というと、ちょっと読み辛い表現が多いんだけど、フェイゼルは現在の文章表現を時代に合わせて学んでいるんだろう。


 実際に本に書いた内容は、多分、もっと詳しいんだろうけど―――。





 「ありがとうございます。とても、壮大なお話なんですね」



 丁寧に、本に向かって頭を下げた。




 アルヴァは悪寒がすると言っていたけれど、私は、ドキドキする。

 まだ誰も知らない魔女の物語のひとかけらが目の前に展開して、胸が熱くなる。





 ミラノはこの古書を託された後、全然どうしたらいいのかわからなくて、最初はただ困り果てていた。

 でも、魔物を相手にしたとしても、人を相手にしたとしても、対する態度は同じ事。

 ―――それが本の幽霊でも、そこにかわりはない筈だ。



 人と話をするのが嫌い、と聞いていたから、新しく大事な所を紙に書いて貰えないか、そっとお願いしてみていた。





 

 青白い人の姿っていうのは見なかったけれど、夜、ひとりきりの長い礼拝から部屋に戻ってみると、古書の上にこの新しい紙が載っているのをみつけた。

 ちょっと怖いのは確かだけれど、リースと向き合っている時と比べたら、全然平気だ。



 内容をよく見てみれば、たぶん、魔女探しの皆が気にしそうな部分が沢山ある。




 「―――魔法使いは、七日間、どこで何をしてたのかな・・・?」


 魔女の力の源。

 今協会が一番知りたいのは、そこのはず。


 メルド湖沼地帯の話も凄いけど。



 そもそもふたりで20人を倒したっていうのも凄い。

 離れ離れになって駄目になったって事は、お互いに不可欠な相方だったんだろう。



 それが、魔法使いだけ、七日経ってみたら、国を二つ滅ぼすほどの力を手に入れていた―――。





 卓上の古書を、あらためて乾いた布で丁寧に包む。

 雨が降る冬の夜は、しっとり冷える。

本に宿った魂が、寒くないように。




 『―――師匠がいる、と言っていた』



 自分の寝台に入ってウトウトしている中に、若い男の声が聞こえたような気がした。



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