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思い出と記録



 「―――僕をみていたのは、君だね?」


 夜の街の暖かい薄明りが、セトの店先に佇んだ黒い影をぼんやりと照らしていた。


 「気付いていましたか。さすが、ですね」

 黒い影は組んでいた腕を解き、片手に小瓶を揺らしてみせる。


 「昼間は良い本をご紹介頂きまして、ありがとうございました。―――俺は、リース=レクト。記憶を失くす前の貴方に会っている。・・・こんな自己紹介で、思い出して頂けるとは思いませんが」


 見た目が盗賊のような男に尾行されたうえに、この言葉だ。

 セトは眉間に皺をよせて、首を傾けた。


 「会っている? ・・・全然覚えてない」

 「もう10年も前ですし。それに、完全に、別の人生を歩んでいるようですね」



 リースの言葉の意図が、全然分からない。

 掲げた小瓶をトンと渡されて、僅かに触れた指先から、静電気がはしる。


 「リュディアの銘酒です。お酒は、飲みますか」

 「それなりに。でも、酔わないよ」


 リースが、それに小さく笑ったようにみえた。


 「―――差し上げます。それと、ひとつお願いがあるんですが・・・少しだけ、教会に来るのを、控えて貰えないでしょうか」

 「なにそれ。僕がいると、何か都合が悪いって事?」


 「・・・俺ではなくあなたにとって、都合が悪い事になりそうだからです」

 「?? 意味分かんないんだけど。明日は行かないよ。面倒な仕事を片付けなきゃいけないし。明後日は聖女様との約束があるけど・・・まあ、気に留めてはおこうか」


 小瓶を揺らして、薄明りの中で銘柄を確認する。

 蒸留酒だ。

 たぶん、紅茶で割っても美味しい。



 「あ、そうだ。日中言ってたフェイって人だけど、女の人だったりする?」

 突然飛んだ話題に、今度はリースが首を傾げる。

 「関係無いかも知れないけど、似た名前の本が出てきて。ちょっと待ってて。取って来るから」


 扉の鍵をあけて、暗い店内に入る。

 荷物を適当に置いて引き出しから古本を取り出した。

 書いてある文字を窓からこぼれてくる薄明りで確認する。


 「これなんだけど―――」

 振り返って、リースが扉の中に入ってきているのをみて、ちょっと息を切る。

 「・・・フェイゼル=アーカイルって書いてあるんだけど、違う人かな?」


 足音もなく近付いてきて、リースは差し出した本を両手で受け取った。

 静電気の火花が小さく散る。


 「お尋ねはしましたが、わかっていない事が多くて。お借りしても良いですか?」

 「本の鍵、僕は開けられなかったんだ。持ってても中身が分からないから、あげるよ。・・・それにしても、静電気すごいね。気にならない?」


 暗い部屋の中で、ちら、と隠れた右目が光ったように見えた。

 「―――あなたに、触れた時だけですから」



 本を片手に、そっと手を取られた。

 また小さな静電気が音を鳴らす。


 彼はまるで主人に仕えるかのように、片膝を付く。


 こういう扱いをされたのは、久しぶりだ。


 盗賊団を率いていた時の皆の態度は、これと似たようなものだったけれど―――

 記憶を無くす前のリースとの関係が分からなくて、どう反応すればいいか、よくわからない。




 「・・・俺は、人を探しています。魔女ではありません。魔女に、力を与えた存在。今の俺には、もう一度、あの人が必要なんです。魔女探し達と一緒にいるのは、目的が近いからです」



 触れた掌から、自分の中の何かが、彼の冷たい手に、すう、と勝手に流れていく。


 それが自分の魔力だという事に直観的に気付いて、慌ててぱっと手を離した。

 「君は、魔力を食べるのか」

 変な事を口走ったと思ったのに、リースは小さく頷いた。


 「仲間は誰も知りません。この体質を治すために、魔女よりも、あの人を探しています。その為に、あなたにはまだ、ここにいて頂きたいんです」


 膝をついたまま真っ直ぐに見つめてくる。

 猫の瞳みたいな右目が、赤暗くぼうっと光る。



 「魔女に力を与えた存在?と、記憶を無くす前の僕と・・・何の関係があるんだか全然分からないんだけど・・・君の事情が何か複雑なのは分かったよ。邪魔するつもりはない。明後日教会に行く予定は、このお酒に免じて、伸ばしておくよ」


 どうしてか、心がざわつく。

 さっさと話を終わらせたい。



 「では、宜しくお願いします」

 そう改めて一礼して出て行ったリースをみおくって、店の扉を内側からしっかり施錠する。


 そのあとに、ふとミラノちゃんが心配になってきた。

 魔力を食べるような人物が教会内にいて、大丈夫だろうか?


 日中連れていた魔法使いの女の子が元気だった訳だし、本人も気にしていたから、多分、困った事にはならないんだろうけど―――。


 気にしても仕方ない。

 教会には魔女探しも退魔師もいる。


 セトは小さく頭を振って、机上の荷物を簡単に片付けた。


 酒瓶をひらいて、柔らかく鼻をつく蒸留酒の臭いを吸い込む。

 お酒は好きだ。

 尖った神経が落ち着いて、身体が温まる。



 持ち帰った資料を端に押しやって、総議長から預かった仕事の山に手をつけた。

 グラスに注いだ蒸留酒を嘗めながら、単純な古語記録を訳していく。


 預かりものをいつまでも抱えておくのは好きじゃない。

 それに、仕事に集中すれば、余計な事を考えなくて済む―――。







 「リース様! 私がお風呂に入ってる間に出掛けちゃうなんて、ずるいじゃないですか~!」


 ほかほかに温まったアクアが、声をあげる。

 彼女のリース大好きは、潔い。


 「どこに行っていたんですか? 酒瓶が一本、消費されたようですが」

 「・・・お前まで目くじらを立てるな。アルヴァ」

 いつも通りアクアが熱烈に絡むのを気に留めずに、リースは鍵付きの古書を取り出した。


 

 「古書店に行っていたんだ。フェイ=リンクスについて尋ねたら出てきた。フェイゼル=アーカイル。・・・聞いたことがあるだろう」


 「アーカイル? ・・・協会が情報共有した、魔女の手下の名ですね」

 アルヴァは差し出された古書をそっと受け取った。


 「鍵が開けられなくて持て余していたのを、譲って貰った。酒瓶は代金代わりに置いてきた。開けられそうか?」


 リースは、魔法が全く使えない。

 開錠の魔法があるとはいっても、すぐに開けられるようなものは単純な物理的鍵の場合に限るという事も、よく知らないのだろう。


 「―――これは、条件が揃ってはじめて開錠魔法が効く型ですね。そう簡単には開けられませんよ」

 アルヴァはそっと鍵穴に触れた。

 光魔法の応用で、跳ね返ってくる印象の影の形から条件を探る。

 リュディア中央教会で猛勉強してきたことが、活きている。




 『ーーーさせない』


 突然、声が聞こえた気がして、咄嗟に探るのを中止した。

 急速に背筋が寒くなって、変な汗がふきだしそうになる。


 アクアが首を傾げて覗き込んできた。


 「・・・時間がかかりそうなので、明日、調べてみます。今日はこの後、魔女の容姿を協会の方々に共有する約束がありますから」


 そうかと無表情に頷いたリースが、どこか機嫌が良さそうなのに気付く。

 10年も一緒にいれば、その無表情の下にある感情ぐらい、わかる。


 「何か、良い事がありましたか」

 「魔女探し達が、こうも素直に協力的だという事は、凄い事だな」

 「―――そうでなければ困ります。協会なんですから」



 とにかく魔女探しというものは、命を張って魔物と戦い続けてきたせいか、独自の自尊心を誇示する人間が多い。

 王国でも魔女探し達を集めて団結を図ろうとした教会があったけれど、結局集まったところで、喧々囂々と意見がぶつかり合い、まとまらなかった。

 それは一部の人間が彼らを統率しようとしたからだ。

 この協会のように、情報共有という一点に命題を置いて個々のやり方に干渉しないというのは、的を射ている。



 聖堂では、夜の礼拝が終わるところだった。

 参加していた魔女探し達と聖女を交えて、時間をとってある。


 「アルヴァ、そういえば出発前に頼まれてた仕事って何だったの?」

 リュディアを出る直前になって、国から名指しで依頼の手紙があった事しか、アクアは知らない。

 そのせいでアルヴァだけ一日出発が遅れた。


 「王に、会って来た。戴冠式以来だったが、変わりない。俺達がフェリア教会に行こうとしている事をどこで知ったのか・・・。リーオレイス帝国の大使がこの国に入るのを、監視してきた。伝書鳥を飛ばして報告済だ。到着後の監視は怪しまれないように別の人間が当たっているから、あとは彼らの仕事だな」



 リーオレイス帝国とリュディア王国は、昔から対立してきた。

 魔女にとって戦場に水害と魔物の被害が出るようになってから、軍事的にぶつかるような事は無くなりはしたが、国交らしい国交は無い。


 政変を片づけたリーオレイス帝国が、広くて豊かな国土を持つフェルトリア連邦と交流をもつということは、リュディア王国としては、看過できない変化だ。



 「リーオレイス大使は誰だ?」

 「帝王の妹、キリス=ウイガル。少数精鋭の護衛と共に来たようです。見覚えのある軍人もいました」


 10年前も、リーオレイス帝国が魔女を自国に連れて行こうとするのを、監視した。

 その時の軍人が、大使の傍に立っているのを、みつけてある。

 「・・・『死神のジノヴィ』か」

 「いえ、女性の相方の方です。レギナ=クッシュ。変わっていなくて、すぐにわかりました」




 そうこうしているうちに、礼拝の終わった魔女探し達が早足に集まってきた。

 埃臭い紙資料を隅によせて、大人数に講義できそうな環境を手分けしてつくる。


 魔女の容姿について、気にならない魔女探しはいない。

 聖女と、猫を抱えた退魔師の聖使が揃ってから、口をひらく。



 「まず、皆の期待しているような面白い話ではない。しかもこれは10年前の事だ。リースから共有されていると思うが、魔女は小さな村の、占い師の青年として生活していた。どこにでもいる、茶髪の真っ直ぐな長髪。少し運動が苦手の室内派で、穏やかな話し方をする、どうみても無害そうな青年・・・。間近で女性にも変化したが、容姿に大きな変化はなかった。茶髪の長髪。柔らかい物腰と静かな喋り方。そもそも男の姿の時から、女装の似合いそうな女顔だった」


 息を切ると、ザワザワと場が沸いた。

 際立った特徴のあるような事は言っていない。


 「・・・完全に姿をくらませてから経過した時間を考えると、あまり容姿はあてにならない。全く別の外見で大衆に紛れているか、本拠地にでも戻っているか―――」



 今でも、はっきりと覚えている。

 優しげな貌。

 丁寧な話し方。

 けれどそれは説明しようと言葉にすると、どこにでもいる、ありきたりな容姿表現にしかならない。

 実際に会えれば、一目でわかるのに。


 あのとき、自分はまだ12歳の子供で、ついていくのが精一杯で。

 ―――何も、出来なかった。


 優しい青年が、ふんわりと顔を撫でてくれた、あの時間。

 忘れようにも、忘れられない。



 協会代表のシヅキが、話を次ぐ。


 「どこにでもいる、一般的な人間になりすましている。これはクレイさんが共有している、魔女の手下にも同じ事がいえるわね。ごく普通の―――手下の場合は、魔女探しの一人として。こういう内容だけを、ただ広く共有しても、私達が疑心暗鬼になるだけです。今は仲間を信頼して、対抗手段を探りましょう」


 実際、口で説明したような外見の人間は沢山いる。

 特に茶髪はこのフェルトリア連邦の人口のほとんどを占め、文化の街であるここフェリアには、外よりも室内で活動する職業が多い。

 疑ってかかれば、数えきれないほどの人数を疑うことになる。




 ばらばらに盛り上がりながら解散していく魔女探し達の背中をみながら、小さく、息をつく。

 皆をみおくったシヅキが、そっと傍に立った。


 「私は偽魔女と戦った事があるの。赤い髪の女の子で、あとから調べてみたら、シェリース王国の辺境にある小さな教会の孤児だったと分かったわ。私の当時の仲間も、何百人もの魔女探しが偽物に殺された。それを仕立てた手下は許せないし、そもそもの原因の魔女も、許せない。・・・絶対に、対抗策を立てて、この長い魔女の歴史を終わらせましょう」


 彼女の強い瞳が、小さく笑んだ。


 何百人もの死者がでた偽魔女との戦いで生き残ってきたというのは、よく考えれば物凄い状況だ。

 単に創立者不在の協会を取り仕切っているだけの、並の魔女探しではない。


 「・・・シヅキさんは、魔女を恨んでいるんですね」

 「あたりまえよ。直接じゃなくても、大事なものをなくした原因だもの―――」


 協会の人に呼ばれて、彼女は忙しく走っていった。


 その背中が、どこか、遠い。


 魔女探し協会をここで代表しているシヅキ=ユーラス。

 彼女は人の扱いが巧い。

 混乱を作らないように、共有した情報に必ず注釈をつけて、誰かが勝手に変な風に解釈しないようにしているし、協力という形で、魔女探し達をうまく使っている。


 おそらく大多数の魔女探しが、説明した容姿に自分の想像を加えて、魔女を追い求める。

 ほとんど、悪感情を抱いてーーー。

 そういう空気が静かに流れている。




 リュディア王国から長い距離を南下してきたから、日中は暖かく感じた空気が、急に冷えてきた。

 ひらけた共同宿舎の窓の外で、小雨が落ちてきている。


 ―――どこに行っても、同じか。

 どこでも、魔女は恨まれる。


 魔物の出現も、世の理不尽も、魔女が支配する世の中だからといわれる。

 しかし、本当に、そうだろうか。

 魔女の出現以前にも、魔物は存在していた。

 認めたくないことを、すべて魔女に押し付けて、どこか諦めてはいないだろうか。


 「―――アルヴァ、今日はもう休め。この中央都市でするべき事は協会に任せて大丈夫だろう。これから出来るだけ早めに、東地区に向かおうと考えている。フェイ=リンクスが実在したかどうかは、誰かに任せる訳にはいかない」


 リースがぽんと背中を叩いてきた。

 気のせいか、その手がいつもより温かい。


 「了解しました」

 「浴場は宿舎の奥だ。以前の聖女が水魔法系統だったらしく立派なものだ。土産話にでも一度使ってみると良い」


 「・・・どうかしたんですか? 機嫌も顔色も良いようですし。まさかアクアと何か進展でもあったんですか」


 いつもより言葉数の多いリースの言動が、どこか不自然な気がするのは気のせいだろうか。

 それとも、この華やかな都市の雰囲気に少し染められているだけか。


 「いや、クレイの誘いに乗って来て良かったと思っているだけだ。知らない情報も得ることができたしな」

 「確かに手下の詳しい行動は、参考になりますね。少し視野をひろげて調査する必要もありそうです」




 フェイ=リンクスは、占い師に扮していた魔女が口にした「身内」の名前だ。

 メルド湖沼地帯で死んだと言っていたが、もしかすると、その手下のことかも知れない。

 魔女の手下として情報共有された『ゼロファ=アーカイル』。

 そして昨日手に入れた古書に書かれた名は『フェイゼル=アーカイル』。

 これは、貴重な情報の手掛かりだ。



 アルヴァはリースの薦めに従って、浴場に足を向けてみた。

 木造の廊下は、雨のせいか木の良い匂いが立ち昇ってきていた。

 品のある旅館のような風情が滲む。


 今の時間帯は、皆夕食を取っているんだろう。

 誰もいない浴場に、サーッと流れる水音が綺麗に響いていた。

 中心にあるのはお湯の噴水だ。

 白い湯気をあげながら惜しげもなく滔々と流れている。

 確かに、こんな贅沢な浴場を持つ教会は、他に知らない。



 リーオレイス帝国の一団を監視しながら来たから、土埃と草木の臭いが全身に染み込んでいる。

 外した外套からは土埃が落ちて、くたびれた服は洗うと別物になった。

 長い金髪はしっかり髪留めに収納していたから、それほど酷くはなっていない。

 それでもザッとお湯で流すと、すっきりする。


 浴場の燭台に水面がきらきら揺れる。

 ここの聖使達は、幸せだろう。




 このフェリアには平和な空気が流れている。

 去年この国で奴隷制度が廃止されたのは、王国にとっても大きな出来事だった。

 自国でも解放を求める声が高まってきていて、フェルトリア連邦に脱走しようとする奴隷も後を絶たない。

 一般平民にとって、貴族の政治は悪政であることがほとんどだ。

それが、この300年間の傾向でもある。

 それをこの国の盟主は、変えようとしている。

 多くの人々が魔女の世の中だからと諦めてきたことに、大きく手を加えている。

 そういう余計な事をすれば、魔女に消される―――

 まことしやかに囁かれてきたその噂は、どこにいったのか。

 小国である隣のシェリース王国でも、新しい政策が続々と出されて、景気が上向いてきているらしい。


 その点、リュディア王国は政策の改善からは立ち遅れている。

 首都より賑やかな商業都市がもらたす豊かさが、ある程度行き渡っているからか、おもいきった政策の改善がなくとも、何とかなってしまっている部分がある。



 このフェルトリア連邦の温い湯の中にいると、魔女をどうにかしようという気概が緩んでくるのではないかという気もしてくる。

 それが、リースを急がせる理由ではないだろうけれど。


 ―――お湯に入っていると、つい考え事に耽ってしまう。

 あれこれ考えても行動しなければ仕方ない。




 ざっと上がって着替えに腕を通したところで、預かったさっきの古書を持ってきてしまった事に気付いた。

 湿気ってしまっていないか、裏表を検める。

 傷みそうな所が無いのを確認して、ひとまず温かくなった本をそのまま小物入れに仕舞おうとした。


 『―――殺す気か』


 溜息のような微かな声に、一瞬、凍り付く。

 誰かが気配を消して浴場にいたのかと周りを見回してみたが、そんな事をする意味もないし、やはり、誰もいない。


 『まだ、書き上がっていない。絶対濡らすんじゃないよ』

 もう一度同じ声が零れる。


 手元の古書がぼんやり青白い光を纏っているのに、息をとめた。



 「―――本が喋る魔法なんて、きいたことがない」


 作者がかけておいた魔法が、何かのきっかけで働いたんだろうか。

 驚きを鎮めて、そっと乾いた所に光る古書を置いた。


 濡らすなと言われたから、それで不可解な現象が終わるかと思ったが、青白い光がそのまま膨らんで、人の形をとる。


 白い髪。

 薄水色の東方風の衣装。

 気怠い貌をした、若い男。


 「・・・フェイゼル=アーカイルとは、貴方の事か」


 湯から上がったばかりなのに、全身が物凄く寒くなる。

 魔法というより魔物と向き合っているようだ。


 『生きていた時は、その名前だった。魔女は私を勝手にフェイと呼んだ。失礼なことだ』



 ぞく、と背筋を変な感覚が駆け抜ける。

 こんなところで魔女に繋がった。

 だが悪寒がとまらないのは、喋っている相手が、どうやら生きていないからだ。


 「では、フェイ=リンクスとは、貴方の事か」

 『魔女が勝手にそう呼んだ。私は、故レトン王国の王族、フェイゼル=アーカイル。書庫を司る歴史家。魔女の歴史を記録するもの。・・・この本は未完成だ。開けさせない』


 故レトン王国。

 300年前に滅亡した古王国。

 その末期には隣国と度々戦争を繰り返していた。

 戦場に出現した魔女によって、戦場も王城も大水害に遭い、国そのものが水没してしまった。

 その跡地が、メルド湖沼地帯になっており、今でもなお多数の魔物に満たされている。


 アーカイル王家というのは、どうやら白い髪をしていたらしい。

 どの地方でも一般的には金・茶・黒の髪色が殆どだが、濃淡によって赤や銀があっても、若くして真っ白の綺麗な髪というのは、きかない。




 フェイゼルの青白い姿を突き抜けて、そっと古書を手に取る。

 「・・・魔女について書いてあるって事だな。どういう内容だ」

 すりぬけた空間が、ひんやり冷たい。

 悪寒がするのは変わらないが、ただそれだけで、実害はない。


 『魔女がうまれた背景、やってきたこと、関わったこと、今に至るまで。彼女の歴史は彼女が死ぬまで終わらない。僕の役割も、終わらない』


 背筋がぞくぞくする。

 悪寒と嬉しさが混ざり合って、変な感じだ。

 「なら、本は開けなくても良い。貴方がその形で、魔女について書いた事を俺達に教えてくれないか」


 『・・・人と話すのは、嫌いだ』

 ぼそっと呟くと、するりと青白の姿が本の中に消えていった。



 ―――嫌いだろうが何だろうが、内容を明らかにして貰わなければ。


 急いで着替えを終わらせて、共同宿舎に戻る。

 夕食を終えた聖使達とすれ違って、現実の感覚が戻ってくる。

 資料の中に埋もれているリースとシヅキをつかまえて、早口に事の顛末を説明すると、シヅキの目の色が変わった。


 「それは、炙ってでもお伺いしなくてはね。それとも聖女様の魔物を消す能力でそれを消して、開く事も出来るのかしら」


 いきなりやり方が物騒になりそうなシヅキの言葉を置いておき、リースの静かな貌をそっと見る。

 「・・・まさか、本物だとはな。銘酒一本は、格安だった訳だ」

 「もとの持ち主は気付かなかったのね」

 「鍵が開かなくて仕舞って忘れていたそうですから。よくある事です。とにかく、聖女様に声をかけてみましょう。その青白いものを消すかどうかはともかく、お願いしていた国の文献は不要になるかも知れません」


 ぱっと本を手にして歩き出したリースに、慌ててついていく。

 アルヴァ自身も珍しく熱くなっているが、リースの行動も、いつもより速い。







 「丁度、総議長様にお会いするための日程を調整するお手紙を書いていました」

 執務室で、そういって筆記用品を端に寄せた聖女が、小さく笑んだ。


 「お手数をおかけして、すみません。どうにかこの本から話を引き出す事は出来ないでしょうか」

 「えっと・・・。その青白い方というのは、王族の方なんですよね。じゃあ、丁重に接して差し上げましょうか。早く内容を知りたいとは思いますけど、怒らせて鍵も言葉も閉ざされてしまったら、元も子も無いですから」


 困ったうな聖女の言葉に、はっとする。

 内容にばかり気を取られ、相手が生きた人間ではない事もあって、そういう配慮をすっかり忘れていた。


 「では一度、聖女様にお預けしても良いでしょうか。私達が持っていると、頭に血がのぼってしまって」

 そういったシヅキは、確かに、持っていたら炙って試しかねない。


 「わ・・・わかりました。明日、お返ししますね」 

 「悪寒がするかも知れませんが、害は無いかと思います。お願いします」

 少し怯えたふうの聖女に、補足する。


 余計に泣きそうな顔にさせてしまった。


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