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古書店と総議長


 古びた紙のにおい。

 整頓された大小の古書が、上品に棚の中で眠っている。


 セトは広い机上に古書をひろげて、難解な表現の古語の翻訳に頬杖をついていた。


 本を読むと、筆者の呼吸が伝わってくる。

 生きて、思考した痕跡がよくわかる。


 だから本には相性がある。

 人付き合いと一緒だ。

 目を通してみて相性が悪ければ、扱わない。


 なかでも相性の良い古語の本は、文字を越えて、筆者の意識に直接触れているような感覚になる。

 文字は、そのときの時間と空間を切り取る、媒介だ。


 ―――この貴重な古書は、文献上最も古い、創世記だろう。

 新しい聖女様に教えて欲しいと託された、一般人には禁書の本。

 創成記―――世界の始まり。


 初めて読んだ筈なのに、何故か、どこかで聞いたことかあるような気がする・・・。

 



 トントン、と扉を叩く音に、目を擦った。

 古語の解読に夢中になりすぎて、今朝いつものように外に看板を出した事を忘れていた。

 「どうぞ、開いてるよ」


 扉が開くと、よく晴れている外の日差しが眩しく差し込む。

 見慣れた茶色の癖っ毛の青年が、書類の束を抱えて入ってきた。


 それをみて椅子に根を生やしたように動かなかった腰が、浮いた。

 「リッド! また持ってきたの。どれだけ国庫の中、大掃除してるんだい」


 「いやー。書記官の手に負えなくて。記録をつけるのは一流でも、解読とか整理とかは日常業務外だからな。勿論謝礼は弾むから、もう少し頼むよ」

 「それは良いんだけど・・・。誰かに持ってこさせれば良いじゃないか。総議長様が毎回直々に持ってくるなんて、政敵に狙われやすくなるよ」


 広い机の端に書類の束をドサリと置いて一息ついた平服姿の優男は、呑気な顔で笑ってみせた。

 「頼み事をするのに、人任せには出来ないだろ。セトは護衛官達と違って、部下じゃないんだから。これでも護衛はついてるから、そこまで心配はいらないさ」


 ―――これだから、この男は。


 盗賊団だった時の仲間のほとんどが、当時から上級貴族だったリッド=ウインツに、緑の制服を着て、個人的な護衛官として雇用されている。

 盗賊団の首領だったセトは、ここでひとり、古書店を営んでいる。

 理由はひとつ。

 セト自身の戦闘能力は、ほとんど無い。

 盗賊団の首領としての役割は、戦略家だったのだから。



 セトは小さく息をついて、持ってきた書類をあらためる。

 さっと見た感じ、ほとんどが古い行政記録のようだ。


 「・・・これ、解読して何に使うの?」

 「いや、解読しないと何に使えるか分からないから」

 「こういう所で税金の無駄遣いって言われるんだよ。まぁ僕個人に割く数字なんて、全体からみればたかが知れてるだろうけど。もうちょっと部下を使えるように育てて、有効活用しなよ」

 「はい。すみません、がんばります」


 これで、フェルトリア連邦国の盟主である総議長が務まっているんだから、不思議だ。

 茶色の癖ッ毛の頭を掻いてから、リッドはふと顔をあげる。

 「ミラノさんは元気?」

 「うん、元気にやってるよ。自分でも古語を習いたいっていうんだから、向上心のある子だね」

 「そうか。良かった・・・。じゃあ、引き続きよろしく頼んだ」


 そういって店を出て行った総議長をみおくって、書類の束を机の端に寄せる。

 今解読にかかっている創成記のほうが、先だ。




 少しも経たないうちに、また扉を叩いて日差しが入ってきた。

 本が日焼けするから、もう少し季節に合わせて棚の位置を工夫した方がいいかも知れない。


 「わっ、暗い」

 女の子が、小さな声をあげた。

 それを連れの男が小さく注意する。


 「すみません、こちらに東地区の方の古書はありますか?」

 右目を隠す黒い長髪に、機動性の良さそうな服装。

 まるで単身の盗賊みたいだ。

 だが、一緒にいる女の子は、どうみても魔法系の退魔師か魔女探しだろう。


 「東地区・・・君達は魔女探しかな? あるのは巧芸品の本ばっかりで、地図とか、役に立ちそうなものはあんまり無いよ。一応、見てみるかい?」

 男が頷いたのをみて、東地区の関連本を纏めた棚に案内する。

 簡単に棚の内容を紹介して古書をひろげた机に戻ろうとしたとき、男の腕に肩が触れて、ビリ、と変な静電気がはしった。

 それには気を留めずに本を開き始めた客をちらりと見てから、作業に戻る。


 「リース様、ここに載ってる装身具、今リュディアで流行ってる魔除けですよ! 東地区の発祥だったんですね~」

 「ああ、そうか。魔物が多いって事は、こういうものを作るのも必然だな」


 この古書店に女の子の声が響くと、なんだか変な感じがする。

 昔からの馴染みを含めて、男ばかりが出入りするからかもしれない。

 それにしても盗賊みたいな男の名前がリースって、随分可愛いなと思う。


 ふたりが本を眺めているうちは、解読が終わった所までの訳文を整理する。

 集中力が切れると、新しい文章をつくることはできない。

 聖女ミラノ=アートに、理解しやすく文を組み立て直す。

 本来の秘め置かれた文間の意図を壊さないようにするのは、結構な頭脳戦だ。



 ふ、と顔をあげると、買う本をいくつか手にした男が、そっとこちらを見ていた。

 「・・・古語の解読ですか」

 「ああ。ちょっと頼まれててね。本は、それでいいの?」

 「はい。それと、歴史家の『フェイ=リンクス』という人について、何か聞いたことはありませんか?」

 「・・・リンクスは、僕だけど・・・。聞いたことないな」

 「そうですか。もしかして、東地区出身ですか?」


 「いや、わからないんだ。昔、川に落ちて記憶を無くしてね。知り合いに助けられて自分の名前はわかったんだけど、故郷とか身内とかは、さっぱり。リーオレイス帝国とリュディア王国の間にいたし、この国の東地区との関係は心当たりが無いな・・・」


 喋りながら清算を済ませて、本を束ねる。

 「帝国との間・・・というと、山間部ですね。あの辺りは寒いでしょう。よくお知り合いに助けて貰えましたね」

 「僕は運が良いからね。―――はい、できたよ。またどうぞ」


 ポンと本の束を手渡すと、また小さく静電気がはしる。

 この客は、どれだけ帯電しているのだろうか。

 軽く頭を下げて帰っていった魔女探し達をみおくって、小さく息をついた。



 ―――記憶のはじまりは、冷たい川岸。

 田舎の小さな村で占い師をしていたらしいけど、その記憶はない。

 何かの事件に巻き込まれたらしくて、探し出してくれた村の男達も、故郷を焼かれていた。

 犯人である魔女探し達を襲撃したのをきっかけに、そのまま彼らと一緒に盗賊をしていたことは、今は結構いい思い出だ。

 昔は魔女探し達が嫌いだったけど、今は何とも思わない。

 敵討ちは、終わっている。



 手元の作業を一通り纏めて、窓から差し込む日差しの角度で昼過ぎになっているのに気付く。

 そういえばお腹も空いてきた。

 椅子の上でかたくなった手足を伸ばして、引き出しの店の鍵を手に取る。


 引き出しに一緒に入っていた古本に、ふと目が留まった。

 鍵がかかっていて、表題も無い本。

 どの棚に収めていいのかもわからず、取り敢えずここに放り込んでおいていた。

 いつ持ち込まれたのかも忘れてしまった。


 ずっとこの引き出しの中で忘れられていたけれど、そういえば、筆者の名前だけが裏表紙に記載されている。


 ―――フェイゼル=アーカイル―――


 さっき、フェイ=リンクスとかいう歴史家について訊かれたのを思い出す。

 同じフェイではある。

 本の著者が本名を使うとは限らないし、もし女性だとしたら、姓が変わる事もあるだろう。



 「・・・まぁ流石に、偶然かな」

 トン、と引き出しを閉めて立ち上がると、纏めた紙と古書を荷物に束ねて店を出た。



 出していた看板を建物の隙間に片づけて、晴れ空の冷たい空気を、大きく吸い込む。




 フェリアの賑やかな街並みは、最初の頃は盗賊暮らしに慣れた身には、ちょっと引け目があった。

 でも暮らしてみれば慣れるもので、昔の仲間も快適に生活している。


 「セトさん! お昼、これからですか」

 「うん、教会に行く途中のどこかで取ろうと思って」

 「じゃあ、うちで食べて行きませんか? 今嫁さんがパンを沢山焼いたとこなんですよ。多過ぎてどうしようかと思ってたんです」

 「いいね。じゃあお邪魔するよ」


 近所に住んでいる元盗賊仲間は、今でも家族みたいな感じだ。

 いつでも身近に控えていたこの男が、最近やっと所帯を持って、仲間のほとんどがこの都市に完全に落ち着いた。

 充満する幸せの匂いを沢山吸い込む。

 大変な事が沢山あったけれど、こうして仲間が笑顔で暮らせるようになっていくのを見守るのは、嬉しい。


 可愛いお嫁さんにお礼をいって、教会へ向かう。

 余ったパンを持たされて古書が暖かい。



 色彩豊かに旗がゆれる繁華街を通って、街の南側にある中央教会に向かって歩けば、お洒落なお店と音楽と、賑わいで溢れている。

 最近は観光客も増えた気がする。



 ―――ふと、足をとめて振り返ってみる。

 誰かに見られているような気がしたけれど、人が多過ぎて、よく分からなかった。



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