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【時系列2】世界を支配する魔女は 可愛い勇者が好き  作者: 白山 いづみ
流れ星を待つ

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魔物最強の吸血鬼



 アルヴァは馬に揺られて、午後の柔らかい日差しのなかにある教会の門を通過した。

 教会では、棺も墓地へ運ばれて、日常の風景を取り戻しつつあるようだ。


 地方都市の大規模葬儀としては、進捗が速い。

 これまで何度も魔女探し達を弔ってきたこの街としての、やりかたなのだろう。

 


 教会の敷地に入ってすぐ、聖者が木材を切り出しているところに遭遇した。

 「おお、ディアナ。昨日から色々ありがとな」

 朝の聖者様的な雰囲気はどこへ行ったのか、また作業着姿の技工士にしか見えなくなっている。


 「聖者様、こんな日ぐらい、聖者様の格好でいて下さいよ。何人も亡くなってるんですから」

 「厳しいなぁ。弔いはちゃんとしただろ。俺は生きてる奴の為に働きてぇんだよ。湖沼側の柵の修繕が第一だぜ。アルヴァもお疲れさん。アンゼリカには会えたかな?」


 「はい。館から資料を持ってきて頂けるそうです―――」


 馬から降りる瞬間、ふっと目の前が暗くなる。


 どうにか落馬はしなかったが、地面との距離感を失って、ザッと尻をついていた。

 ディアナの慌てた声が、どこか、遠い。



 「ぷっ・・・あはは・・・! アルヴァが転ぶとこ、はじめて見た!」

 アクアの笑いだけが、ハッキリと耳に届く。

 それに反論する余裕もない。


 ―――怠い。

 気持ち悪い―――。



 ぐい、と作業着姿の大きな手に抱え上げられて、その手の温かさに、小さく息をつく。


 「かなり無理してたんだな。何か食って休んでおけ。寝ててもいいぞ。日が落ちたら、また魔物が出てくるかも知れないしな」


 少し揺られたあと、ふわりと柔らかい場所に横たえられる。

 聖者とディアナが何かを喋って、楽しそうな顔をしたアクアに、水っぽい普通の粥をねじこまれた。

 ソーマの甘粥が、飲みたい。






 ―――気付くと、静かになっていた。

 どのくらい経ったのか、少し眠ってしまったようだ。

 アルヴァは聖者の執務室でひとりで横になっている状況に、ため息をついた。


 旅先でこんな情けない状態になるなんて――――。



 頭が、働かない。

 身体も、重い。


 目を閉じると、何故かリースの顔が浮かんでくる。



 リースは子供の頃から、亡き姉の代わりのように、傍にいた。

 今まで考えた事も無かったが、彼はどうして、一緒にいてくれたのだろう?


 魔物である正体を隠し通そうとするなら、特定の人間に長期間関わるということは、避ける筈だ。

 浅く広く、目的の為に移動を続ける。

 それが秘密を守るには一番良いし、誰も傷付けない。


 ・・・自分は、リースにとって、何だったのだろう。




 ふと、目元を温かいものが塞ぐ。

 「こんな所でお昼寝しているなんて、思いもしませんでしたよ」


 小さく回復魔法を唱えられ、急速に全身が楽になる。

 目元を塞いできた手が外れると、いつもの笑顔を浮かべたノーリが、そっと隣に座っていた。


 「・・・ノーリ。どこに行っていたんだ。少し、探していた」

 「貴方こそ。昨夜はアクアが心配して、大変だったんですからね」



 そっと、ノーリの指先が目元を拭ってくる。

 どうしてか、涙が滲んでいたらしい。


 「昨日は大丈夫でしたか? 無事で良かった。まさかあそこで深追いするとは、驚きました」


 アルヴァは少し軽くなった身体を起こして、目を擦る。

 「あの敵は、魔女の顔をしていたんだ。少し頭に血が昇っていた。手間をかけて、済まなかった」


 「魔女の顔・・・。幼い頃に会ったと聞きましたが、よく覚えていますね。僕なんてすぐ人の顔を忘れてしまいますよ。特に、顔と名前を一致させるのって、大変です」

 

 困ったように腕を組んだノーリに、少しだけ和まされる。 

 どうやら彼に助けられているのは、アクアばかりではなかったようだ。


 「生き残った魔女探し達は、一様に魔女の存在にうなされていました。忘れてしまえば少しは楽になるのかも知れませんが、そういう訳にもいきませんよね。どうにか落ち着いて、情報が共有できるといいですね」


 「ああ。時間が必要だな」


 頷いたところで、突然、外が騒然としたのに気付く。

 湖沼の方で、夕方を待たずに再び魔物が出て来たのだろうか?



 「外が・・・何があったんだ?」

 「さあ・・・? さっきまでは静かでした。動いて大丈夫ですか?」


 ノーリの回復魔法のおかげで、身体はかなり楽だ。

 いつのまにか外されていた装備を身につけながら、窓の外を覗く。


 騒ぎのもとは、この角度からはわからない。

 だが、悲鳴がきこえた気がした。

 何かあったのは、湖沼の方ではない。



 「様子を見てくる。回復魔法、助かった」


 何か、嫌な予感がする。


 「また倒れないで下さいね」

 ノーリの声を背中で聞いて、急ぎ足で執務室を出る。









 がらんとした聖堂を抜けて外に出ようとして、水魔法の飛沫が飛んできたのを咄嗟に避ける。


 その一瞬、目の前を、黒衣を被った人間が、駈け抜けた。




 「何してんの、捕まえて!」


 アクアの怒鳴り声に、さっと剣を抜く。


 深く被った黒衣で顔を隠した人間。

 いま目の前を通りすぎたそれは、聖堂の中央を駆け抜けて、くるりと天使像のうえに飛び乗った。


 ―――体重を感じさせないその動きは、まるで、リースのようだ。

 だが、彼よりずっと小柄だ。

 それに黒衣の下で長剣を握っている。



 刀身から溢れる何かが、天使像に、ポタポタと滴り落ちていく。




 「何が起こってる?!」


 背後で息を切らしたアクアが、渾身の魔法を詠唱する。

 『水よ 我が意に従い 絡み取り・打ち縛れ!』


 ゴッと両側をすり抜け、強力な魔力の水が像の上の人間を襲う。

 高速で回転しながらその身体を締め上げていく―――が、捕らえたのは一瞬で、引きちぎるようにして破られた水魔法の飛沫が、入り口にまで吹き飛ぶ。


 一瞬だが動きを止めたその瞬間にダッとアルヴァが距離を詰め、黒衣をとらえた。

 刀身を横に薙ぎ払うもうまく躱され、ばさ、と黒衣だけを掴まされる。




 さら、と流れる茶色の髪。


 結い上げた髪で、一瞬、わからなかった。

 だが、その顔立ちと、赤黒い目は―――




 「なっ・・・どうして、昼間に・・・?!」

 じり、と間合いを取りながら、魔女と同じ顔に、戸惑う。


 「―――違う。おまえじゃ、ない」


 昨夜とは違う、意思の力が、その魔物の瞳にゆらめいたように見えた。

 不覚にも再び視線の力に拘束された隙に、ばっと目の前から逃げられる。


 「くっ・・・待・・・アクア!!」

 ぎり、と振り返る。


 聖堂の入口にいたアクアは、渾身の魔法を弾かれた衝撃を受けた筈だ。

 彼女は、長椅子に掴まってどうにか立っていた。



 一瞬アクアを無視して通り抜けようとした吸血鬼が、急に、ピタリとその動きを止めた。


 そして、ゆっくりと、振り返る。

 「・・・アクア・・・」


 する、と振りかぶった長剣が、いきなりドッと彼女を襲った。


 魔導杖でどうにか致命傷を避けるが、防ぎ切れるような斬撃ではない。

 ガンと叩き落とされた魔導杖が床をすべり、血飛沫がそれを追う。


 崩れ落ちかけたアクアの肩を掴み、吸血鬼の長い牙が、彼女の首に消える。




 あれは、魔女ではない。

 まったく別の、吸血鬼だ。




 「くっ・・・そ・・・『光よ 我が意に従い 刃となれ』!」

 身体の自由がきかないなら魔法がある。

 周囲に発生した無数の光の針が、高速で吸血鬼に突き刺さっていく。


 熱いものに触れたように驚いて離脱したところに―――斬り込みたいが、まだ身体が思うように動かずに、よろめいた。

 その隙に、サッと外に逃げられてしまった。




 吸血鬼が視界から消えて、急に動けるようになった。

 急いで床に倒れたアクアに駆けつける。


 「アクア、こんな所で死ぬな。リースに会うんだろう!」


 ざっと確認しただけでも、相当の深手だ。

 右肩から、あっというまに服が真っ赤に染まっていく。

 そのうえ首筋から血を吸われたとなれば、相当な失血量だ。


 「・・・へへっ・・・やっぱ、私、人間、かぁ」

 激痛に顔をしかめる余裕はあるようだ。


 一瞬安心したが、今すぐ止血が必要だ。



 「アクアは、人間ですよ。頑張り屋さんですからね」

 背後で、のんびりした声がした。


 いつのまに来たのか、ノーリの詠唱する丁寧な回復魔法が、アクアの傷をゆっくり塞いでいく。



 「ノーリ。済まない、助かる」

 「いえいえ、これが僕の役割ですし。ちなみに魔物に回復魔法をかけたらどうなるか、知ってます?」

 「? いや・・・効かないんじゃないか?」

 「実は少しですが、弱体化させる事ができるんですよ。吸血鬼程の大物には無意味でしょうが、通常の魔物には結構有効なんです。逃げる時間を稼ぐのに、ですけどね」


 そういって少し場を和ませてくれるノーリの気遣いに感謝しつつ、じっと回復魔法が落ち着くのを待つ。




 逃げた吸血鬼が外で惨事を起こしている。

 多くの悲鳴と、怒号と、対抗する詠唱がきこえる。


 だが今は、アクアにかけている回復魔法が終わるまで、じっとしているしかない。



 「・・・くそ。何故昼間からあんなに普通に動いているんだ。ソーマの家で眠っていた筈なのに」

 「魔女の顔だもん。専門家でも想定外の能力があったのかも。・・・顔だけじゃなく、能力も複製したとか」

 「そんな吸血鬼がいたら、とても手に負えない。まだ魔法や蛇を使っては来ないから、大丈夫だとは思うが―――。ソーマには、家で見張っていて貰うべきだったな」


 回復魔法の柔らかい光が、収束して消えていく。


 アクアも、やっと安堵した息を吐いた。

 だが、顔色が良いとはいえない。



 「・・・最初は、魔女探しの一人が来たのかと思ったわ。顔も見えなかったし、地元の人も知らないみたいだったし。でも突然、聖者様を襲ったの。聖衣も着てなかったのに、確実に、聖者様だけを狙った。街の守護を揺るがすつもりなら、最高の手段よね」


 まさか―――。

 「退魔師達は?」

 「びっくりしすぎて、一瞬、動けなかったみたい。すぐに私が対応したんだけど、やっぱり吸血鬼相手に私一人じゃ、ちょっと無理。退魔師の手にも、余るみたいだし」




 外の騒ぎが少し遠くなった。

 逃げたか、場所を移したか。



 「聖者様は大丈夫なんですか? 治療に駆けつけた方がいいでしょうか」

 ぐい、と椅子につかまって立とうとしたアクアを支えて、ノーリが大事なことを聞いた。


 「わ、わかんない。でも、お願い」


 頷いて外に駆けていったノーリの背中を見送ってしまってから、一緒に行くべきだったと気付く。


 しかし、頭ではわかっていても、身体がどこか重くて、動こうとしない。




 「・・・あ~あ。リース様がいてくれたらなぁ~」

 床に転がった魔導杖を拾って、口先だけは、いつものアクアが戻ってきた。


 「―――アクア。何か・・・その、大丈夫か?」


 自分が何を言っているのかわからないが、それしか言葉が選べない。


 「え? 駄目に決まってんじゃない。おもいっきり負けるし、リース様は見つかんないし、怪我人だらけだし、もう散々よ。アルヴァこそ大丈夫なの? ノーリに回復して貰ったみたいだけど、なんかいつもと違うんじゃない。さっきも、ノーリと一緒に行くと思ったんだけど」



 唇を尖らせてそんな事をいうアクアに、手を差し伸べられた。


 何かが、いつもと違う。

 なのに何が違うのかが、わからない。






 外に出ると、惨状だった。


 傷付いた退魔師がそこかしこで呻き声をあげ、血痕があちこちに散っている。


 この街の退魔師が複数人いても、これだ。

 最強の魔物という吸血鬼の評価は本物だろう。



 昨夜、発生したてとはいえ、ソーマはこれほどの魔物をどうやって捕らえたのだろう?


 今からソーマを馬で迎えに行ったとしても、吸血鬼の被害が拡大するのは目にみえている。



 「―――吸血鬼の標的は、本当に街の守護なのか・・・俺を見て、『違う』と言ったのに、アクアに対しては明確な意思をもって攻撃したように見えた。アクアは守護とは関係無い。退魔師も蹴散らすように攻撃しているだけで、吸血はされていない・・・」


 追うにしても、また返り討ちに遭う可能性が高い。

 気合いだけで勝てると思うほど馬鹿ではない。

 声に出して頭の中を整理してみても、どう対抗すればいいのか分らなかった。



 「・・・あっ・・・診療所は? 魔女探し達はどうなってるかしら」

 急に、アクアが走り出した。


 教会のすぐ隣にあるその建物の広間には、動けない魔女探し達が大勢横になっている。

 応戦どころか、抵抗もできない筈だ。




 診療所の大きく開け放たれた扉の奥から、異様な気配が溢れていた。


 そっと気配をころして中の様子を覗き込む。

 強烈な、生温い鉄の臭いが、鼻を刺す。


 引きつったような悲鳴が小さくきこえて、やがて途絶えた。


 吸血鬼の長い溜め息のあとに、その息が笑いに変わる。

 それが静まり返った広間に、反響していく。



 ―――外が惨状なら、診療所の広間は、惨劇、だ。


 こみ上げる吐き気を飲み込んで、剣を握り直す。


 だが、どうしたらいい。



 「・・・吸血鬼は、心臓を破るか、首を落とすか。アルヴァ、私がもう一度囮になるから、仕留めて」

 「無理だ。危険すぎる」

 「でも、あいつをもうここから出す訳にはいかないでしょ。まだ生きてる人もいるかも知れない。建物に封鎖の魔法をかけるなんて、私の魔力じゃ出来ないし。やるしか、ないじゃない」


 これが、本当にあの、アクアだろうか。

 いつもリースについてまわって、戦闘は離れた所から支援魔法を飛ばし、前線に踏み込む事はあまり無かった。

 ついでに人助けよりもリースと一緒にいることを優先する時すらあった。


 リースにべったりの時の彼女との格差が、大きすぎる。




 「・・・死ぬなよ。一緒に、リースを見つけるんだ」

 「別にアルヴァと一緒じゃなくても、絶対に見つけるんだから」


 頼りないが、頼もしい返事に、頷く。




 ザ、とアクアが扉の真ん中に立って魔導杖を構えた。

 「取込み中に悪いわね。『水よ 我が意に従え』!」


 ドロリと淀んだ空気を、水の刃が切り裂いて、棒立ちで笑っていた吸血鬼に襲いかかる。


 吸血鬼は避ける様子もなく、小さな無数の傷をつくりながら、こちらをみる。


 「そこにも、いた」

 嬉しそうな声が響く。


 ガリガリと長剣を引きずり、ゆっくり歩を進めてくる。

 と、急に加速して、あっという間にアクアの目の前に立った。


 「っ・・・!」

 速すぎる―――。



 大きくアクアの首筋に噛みつき、首を振って彼女の身体を放り出した。


 あまりに予想外の動きに、アルヴァの繰り出した長剣が吸血鬼の首をかすめて、宙を裂く。



 ―――駄目だ。


 魔女と、同じ顔。

 その首筋を自分の剣がかすめる瞬間を、自分の全感情が、拒絶する。


 どうしてだかわからない。

 ただ、嫌だ。

 それではいけないと、わかっているのに。





 「・・・っソーマ!! こいつを捕まえてくれ・・・!!」


 何故あんな自身満々な人間が、こんな大切な時に居ない?


 理不尽な苛立ちだ。

 それは、わかっている。




 瞬間―――


 白い閃光が、目の前で爆発した。


 轟音が地面を叩き、衝撃で全身が痺れる。

 光に焼かれた視界の中に、黒い人影がふわりと舞い降りた―――ように見えた。



 


 「俺の名を、呼んだな。アルヴァ。嬉しいぜ」


 軽くて甘ったるい、低い声。


 どこから出現したのか、どうやって出現したのか、それは確かに、ソーマだった。





 「ここにいたのか。これはまた、派手にやらかしたな」


 光にくらんだ視界に、目を擦る。

 ソーマの反対側に同じように目を擦っている吸血鬼の姿があった。


 「ほら、大丈夫だよ。おいで。―――《スレイヴ》、《ソレイユ》」

 武器も魔法もない。

 ソーマは両手をひろげて、愛犬を待つかのように、片膝をついた。



 「ば・・・」

 馬鹿か、と言いかけて、吸血鬼の表情がみるみる変わっていくのに、言葉を飲み込む。


 吸血鬼の瞳から攻撃性が引いて、ぽかんとしたような顔にかわる。

 優しく待ち構えたソーマの腕の中に、おずおずと自分から収まってしまった。



 ぽかんとするのは、こちらだ。

 何か特殊な魔法を使った訳でもない。

 一体どうして、そうなる。


 まるで飼いならされた犬のように、大人しくソーマが撫でるのに任せ、吸血鬼は目を細めている。


 昨日もこうして眠らされたのだろう。

 傷ひとつ付けずに捕らえていたのは、戦っていないからだった。



 首筋から血を滲ませたアクアが、同じように呆然とした顔で、ふらりと歩み寄る。


 「・・・そう。やっぱり、それで・・・。―――ソーマさん、遅い!」

 アクアは何かを呟いてから、いきなり口を尖らせた。

 新しい怪我は大きくなさそうだ。



 「えぇ~それちょっと厳しくねぇ? 俺、役に立ってるだろ?」

 「どうしてそんなに簡単に捕まえられるのよ? 貴方も、別の意味で魔物みたい」

 「あ、やっぱり? 俺って魔物すら魅了しちゃうんだよね。人外の魅力ってやつ」


 そんな会話が、吸血鬼の頭上でかわされる光景に、冷や汗が出てきそうだ。


 ソーマの軽口に、アクアは諦めたようなため息をつく。

 「・・・アルヴァ、大丈夫? いつまでぼーっとしてるのよ。まさか貴方までソーマに魅了されてないでしょうね」


 「まさか―――少し、驚いただけだ」

 アクアにそんな言葉をかけられるとは思わなかった。

 いそいで立ち上がって、砂埃を払う。


 「あー。それにしても、ここで助けてくれるのがリース様だったらなぁ~。私もぽーっとしちゃうわ~」

 「だから、魅了されてなんて、いない」



 それにしてもこれだけ馬鹿な会話をしていても、気持ちよく目を細めた吸血鬼に、これといった反応はない。

 ソーマの腕の中で、会話が耳に入っていないのか、意識はもう眠っているのだろうか。



 「でもびっくりしたぜ。家で寝てた筈なのにな。ディアナちゃんが知らせてくれたコウモリ型も、結局こいつがちょっとかじった痕で、準備体操みたいなもんだったし。こっちが狙いって事は、俺はうまく無駄足を踏まされた訳だ」


 「やっぱり魔女の顔をしてるから、ちょっと能力も特殊って事かしら」

 「いや、そんなことはない。いつもの普通のやつだ。・・・日があるのに、勝手にひとりで起きるって事も、本来はできなかった筈なんだよなぁ」


 そうすると、原因は他にある。

 「―――誰かに、起こされたのか。そして街の守護と戦力を狙ったとすると・・・」




 まさか、リースだろうか。

 その一言は、のみこんだ。


 『守護の聖者』の強力な魔物除けが無ければ、魔物である彼は人目につかずに街の中へ出入りができるようになるだろう。

 けれど、そのためだけに、ここまでの惨劇を起こす必要はない筈だ。

 彼が一人で聖者を狙えばいい。




 ソーマが、吸血鬼の結い上げられた髪留めを外す。

 茶色の長い髪がさらりと肩におちて、彼女は不思議そうに目をあげた。


 「《スレイヴ》、《ソレイユ》。この髪留めは、誰に貰ったのかな?」


 吸血鬼は小さく首を傾げてから、ゆっくり口をひらいた。

 「・・・だれ・・・名前は、しらない。白い、真っ白い髪の、男の人・・・。」


 少なくともリースではない。

 ほっと安堵してから、別の不安がこみあげてくる。

 では一体誰なのか。


 白い髪といえば、古書の亡霊であるフェイゼルしかいないが、彼は消極的だ。

 わざわざ吸血鬼を起こして髪留めを与えたりすることは無いだろう。


 街の住人に白い髪をもつ人間がいる様子もなかった。

 見事な焦げ茶色が多い中で白髪がいれば、目立つ。


 「その人は、今どこにいるんだい?」

 「・・・今は知らない。森の中に、いた」


 やはりこの惨劇を作り出した人間が、存在している―――。

 ただの強力な頭の良い吸血鬼の仕業で済む話ではない。


 これは相当、深刻な問題だ。




 吸血鬼を抱いて立ち上がったソーマは、診療所の中の惨劇に少し眉をひそめてから、教会の裏側へ足を向けた。

 教会の裏には緑の庭しかない筈だが、とにかく、彼の後を追う。


 「アルヴァ、今のうちに、この子に訊きたいことを訊いてくれ。また眠っていて貰うには、被害を出しすぎた」



 それは―――、そうかもしれない。

 これだけの死傷者を出した魔物を、ソーマが退治もせずに平然と抱いているのを見れば、地元の人間も黙っていないだろう。

 下手に騒ぎをつくるよりも、人目につかないうちに本当に退治して貰った方が良い。


 

 「・・・魔女の力の源について、知っている事を教えて欲しい」


 そのために、強い魔物と戦ってまわってきたのに―――

 この吸血鬼がとどめを刺されるのを、自分は黙って見ていられるのだろうか。



 ゆっくりと、暗くて赤い瞳と目が合う。

 今度は身体が動かなくなるということはない。


 ソーマに揺られながら、少しの沈黙のあと、小さく口をひらいた。



 「―――好きだから」


 いきなり、思考停止に落とされそうになった。


 「師匠が教えてくれた、この世界が・・・」

 ほとんど意味の分からない呟きが、こぼれ落ちる。



 教会の中庭に辿り着いた。

 吸血鬼の身体が、緑の中の光に溶けるように、薄くなってきていた。


 「師匠? それは誰なんだ?」

 今にも消えてしまいそうな様子に、慌てる。


 まさかとどめを刺すような動作もなく、消えていってしまうとは予想外だ。

 そもそもソーマの捕獲手段から、予想外ではあったのだが。



 答えがないままに、どんどん消えていく。

 いつもの、魔物を倒した時に砂になって崩れ落ちるのとは違う。


 陽光に紛れるように、きらきらと、薄く、淡い光になって、ほどけていく。



 「・・・ソレイユ、ごめんね・・・」

 いつのまにか、アクアが吸血鬼の手を握っていた。


 その声に少しだけ吸血鬼の口元が緩んで、さらりと一気に霧散する。





 しばらく、声がでなかった。


 吸血鬼を退治しただけの筈だ。

 聖者を攻撃し、退魔師達を負傷させ、魔女探し達を殺戮した、最悪の魔物。


 ―――その最期が、何故、これほどの哀愁に満ちるのだろう。


 何故、一番散々な目に遭ったはずのアクアが、強い瞳で自分の涙を拭っているのか。




 「・・・さて、しめっぽいのはここまでだ。無事なのと生き残ってるのを確認しなきゃだな。聖者様は?」


 「真っ先に襲われて、今、ノーリが診てる筈だけど・・・動いてなければ、炊事場に」

 「うへぇ、あのオッサンもやられたのか。参ったね」


 今は考えるより現状を何とか立て直すほうが優先だ。

 街の防衛力が削がれているこの状況で、昨夜のように魔物が大挙して押し寄せれば、防ぎ切れないだろう。


 教会の正面のほうから、驚きの悲鳴がきこえてきた。

 昨日の事があって遠慮していただろうが、ここは一般住民も自由に出入りする教会の土地だ。

 そこらじゅうに負傷した退魔師が倒れている光景は、衝撃に違いない。



 突然の戦闘に息を潜めていた聖使達が、安全を確認しながら恐る恐る出て来て、負傷者の救護にとりかかった。


 凄惨に過ぎる診療所は、封鎖された。



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