LGBTの中のマイノリティー
‘あなた、綺麗な顔をしてるわね、ワタシを見ていたのはなぜ?’
20センチのところまで近づいてきたそのドラーグクインはアツシに、野太いがとても優しい声をかけてくれた。
‘…!あの、えーっと…、あー。’
’声のかけ方を決めかねているのにワタシを探したりして。会ったときどうするつもりだったの?ウフフ、じゃあ、ね!‘
‘あの!あの!また、来てもいいですか?’
’来るって、ここに?ああ、ストーカーになるの?ウフフ、ワタシのストーカーはたくさん居るのでもう満員よー。じゃあね、美少年!‘
振り返りながらそう言って去っていってしまったアツシはドラーグクインのそのテンポの良さに圧倒されたが、胸の内側が熱くなってワクワクして、初めて感じるような深い高揚した幸せ気分のまま1時間かけて地元の駅にたどり着いた。
若くて素直なアツシは、あの人だけが自分のことを理解してくれて導いてもくれる神だと確信したのだが、同時にこの事を言葉にだして大切に守りたくなり、口が固くて信用できる唯一の友であるカエデにだけは話したいという衝動にかられた。
カエデは伯母の庭に居て辺り一面を占めている野いちごの白い花の周りの枯れ葉を取り除いたり、1000本以上はありそうなヨメナが伸びすぎないようにカットしたりして過ごしていたが、
LINEが来てすぐ、明日の朝早めに登校してアツシから話を聞くことを了承する返信をした。
話の中身が何にせよ、アツシは信用できるし自分が嫌がるシーンを演出することはあり得ないので安心だ。
今日はカエデが自分の摘み草の天婦羅をユカリに勧めたが、ユカリは目を合わせずに弁当箱のすみにおいたまま、カエデがわざと横を向いてやっているあいだに、結局いっさい口をつけずに放置して蓋を閉めた。
当たり前のように弁当タイムになるとカエデのところにやってきて、食べ終わると去っていくユカリにとって自分は便所飯の便所なのかよ、と、カエデは思い始めていた。
良く晴れた翌朝、朱、白、ピンクのツツジが咲き乱れる公園のベンチで興奮気味のアツシから話を聞いたカエデは自分もその人に興味があることに気づいた。
ついでに、なかば呆れながらユカリのことをアツシに話すと、彼は、春の摘み草の栄養価についてのユカリの知識の無さとカエデへの信頼の無さからくる態度なんだから、ユカリには期待せずに上から目線で許してやれ、という。
少し茶色いアツシの瞳に朝の柔らかい陽が差してとても綺麗に輝いていて、アツシはギリシャの美神のようだなぁ、とカエデは思った。
今日もドラーグクインに会いに行くというアツシの瞳には新たな輝かしい光が灯っているので、なおさら美しいのだろう。
それから1週間ほどは、改札内で毎日数時間待ってもアツシがあのドラーグクインを見かけることはできなかった。




