海外移住
カエデやアツシが受験勉強の追い込みに向き合っている頃、仕事が無くなったモネの妻とシンガポールに来ていたモネは、MBSのカジノで小さく負け続けているのが厄払いのようで面白いかった。
妻と2人で登った船型の広いホテルのプールには子供らも多く遊園地のようだが、それもまた安全な空気に満ちていて景観が素晴らしい。
’日本に帰っても仕事が無いなんて…‘
‘今は自由さを楽しめばいいよ’
’私は大学とか病院とか医師会とか、組織から離れたこと無いもの…‘
‘家族っていうのも最小の組織かもよ’
’あなたと結婚して良かった…、子どもは持てなかったけど…。あなたは、気持ちは決めたの?’
’今夜のディナーにドラーグクインでいくこと?‘
‘それって素敵!’
’日本では若い世代は年金も掛け捨てで自分達が老いても手に出来ないかもしれない。海外移住も考えてる。‘
‘医師は日本の資格だもの、私は稼げなくなるわ…’
’日本に失望した者が国際結婚以外で海外移住するには、英語能力は中学生並みで良いとしても日本での大学専門科目や仕事のある程度の業績が要るんだけど、‘
‘日本人は海外に逃げにくいように国民の英語教育のレベルを低いまんまにしてるんだわ…’
’国民がいなくなると重い税金を負担させられないからねぇ‘
‘ケンゾーの彼と相談してここでお店をやりましようか、真面目な日本人シェフならウェルカムされるんでしょ?‘
‘あの子にも自分の夢があるよ’
’私は日本国内で医者しか出来ないのね…‘
‘ライセンスにこだわらない生き方をしてもいいじゃない’
かねてからモネは日本の組織のトップ達の判断能力や、将来を見据えて損を引き受ける覚悟や立場からの勇退などの無さにあきれていたので、30歳になった頃から妻には言わずに海外移住も視野に入れて動いてきていた。
’アメリカから大学を通じて永住権のためのグリーンカード許可が出るし、シンガポール移住のための条件は世界一厳しいけれど、すでにキクモモの兄さんのビジネスが順調に業績を刻んでいるよ‘
‘そういえばシンガポールでうちの大学の医師でヘルスケア関連のビジネスをしている人がいるとか…’
’アメリカならニューヨークがいいんだけど、今はユダヤ人との関わりがまるで無いからまだ難しいかもしれない‘
‘ある程度の日本人がいる国なら日本人医師もいるんじゃないの?’
’その辺りは大学からアクセスしてみられない?でも、無理はしなくていいからね‘
モネが京都で何度か会ったことがあるMBSホテル内にある日本人シェフが何年も管理者をやっている有名店での食事は特別な美味しさで、派手なモネの服を着ている妻はシンガポールでは医者の顔をしていなくて表情が柔らかく日本で忙しくしていた頃より美しい。
モネはふいに、数日前アツシに出したメールは少し先輩風を吹かせ過ぎたかなと思い出した。
「アツシ、将来の選択肢が少しでも増えるような学部ならどの大学でも大差はない。英語は世界のコトバなので身に付けること。今はとにかく受験勉強する環境を与えてくれる人々に感謝し、努力を続けること。未来は今の続きにしかないからね。」
アツシはまた、マッチングアプリで知り合った女を親のいない家の自分の部屋に連れ込んでいた。




