人間は愛し合うのが基本なの
京都から戻ってひと月程はモネが忙しく、カエデとアツシとは会う時間を取ってくれなかったのだがアツシ達は受験勉強のためにはかえって良いと思うことにしていた。
カエデは京都でのことをひとまず忘れてとにかく受験を乗り切るために目の前の課題をこなし、模試のあとは自分の弱いところを集中的に勉強するように務めて、余計なことを考える暇を作らないようにしていた。
アツシもこれまでの受験の取り組みよりも東大を目指すモチベーションが大きく上がったことが塾や家族にも伝わるほどで、とにかく空いた時間を作らないように必死だった。
アツシとかえでには、大学は東大でなくてもよいが人生で一度だけ全てを忘れて入試合格を目指すことが生涯自分の自信と誇りになるということを、モネが教えてくれた気がした。
一方モネは、1日のほとんどをパソコンの側を離れずに過ごすような、部屋に閉じこもりがちの日々を送っていた。
‘このところあまり寝てないんじゃないの?、モネ’
’自分の夫をモネなんて呼びますかね‘
‘その呼び方はあなたに似合ってるもの’
’今日は病院の勤務じゃなかった?‘
‘当直が続いてたから休みを取ったの。このところのあなた、めずらしく疲れてるみたいね…’
’京都のコンサルはどれもこれも老害の言うなりにやらなきゃ進まなくてさ、斬ってやったら仕返しに業務妨害されちゃったみたいなんだ…‘
‘どこでもそんなもんよ、学会も臨床も老害でまくりよ’
’相手を判断するために何処でもドラーグクインで行くもんだからさ、あんな変態なんか!、て、ひどいんだよ‘
‘あなたの女装は知性からの興味のパフォーマンスなのに、バカね’
’君はいつも素敵な言葉をくれるよ、センセイ‘
‘ケンゾーからメールがあったわ、あなたのキスは心から大切にいたわってくれる慈しみのピエタ…、なんですって’
’ごめんよ‘
‘私にもキスしてよ’
’奥さまにはキスだけじゃ足りないんじゃないの?‘
モネには今日は新しく請け負ったシンガポールとシドニーへの日本からの出店のコンサル業務の下調べとポイント制共済プログラムのデータ集めの仕事があったが、
妻の柔らかい長い巻き髪に触れているうちに心も身体も副交感神経支配下になり、今日はしばらく忘れていた欲望に思い切り身を任せる一日にしやうと決めた。
今でもとてもアラフォーだとは信じられないような美しい肌と長身でまとわり心地の良いスタイル抜群の妻を抱きながら、
出会った頃から女装のモネを差別も区別もしなかった聡明な医学生時代の彼女の照れるような笑顔を思い出していた。
モネの妻は、自分を抱くときの優しく丁寧でありながら力強く男らしいモネの長い指に煌びやかなネイルが施されて彼が美しいドラーグクインになることも、本当に大好きだった。
モネも妻も、何度愛し合っても子どもが出来ないことについてはいつしか諦めが染み付いていて、お互いを恋人というより人生の相棒のように想い合い、信頼関係を一番大切にする間柄でありたいと考えていた。
ケンゾーは、ゲイだったことで店のオーナーに異教徒迫害よろしくいじめられていて落ち込んでいる若い恋人の部屋に泊まっていて、ここ数日部屋に帰ってきていなかった。




