頑張れば報われる社会ならば
’あなたたち、診断を担当する医者の人件費って高過ぎるのよ、ナース系医療者の5倍の時給を国が認めてるの知ってる?だからこそ医学部は庶民の目標になるわけだけど。ワタシは妻に医学部もいける学力ね、って褒められるけど、病気の人ばかり相手にするのは嫌だったわ。‘
アツシはいつも滑舌良く早口で笑顔のモネの話が大好きで、今日もカエデの方を見向きもせずに全身で聴えている。
’誰もが子供の頃から知ってることとしては、日本で頑張れば報われるのは医学部だけかもしれないわね。大学名や性別は関係ないわ、あとは、親のコネか有力者との婚姻必然ね。’
とにかく親も子も東大を目指すことしか考えていない中学入試を成功して入った学園の環境下ではアツシとカエデは自分達の目標を少しずつ下げ続けてきている者たちのひとりだったが、関西の京大にも大きな興味はあった。
強いカリスマオーラを放つモネが端的に考えを話してくれると、聴いている方は、その全てがすっと頭に入ってくるので、まるで宗教団体の教祖の前にいる信者のようになってしまう。
’奥さんはお仕事なんですか?‘
カエデの初めての質問に、妻は病院の休日診療の当番で稼いでいるわ、とすぐにモネは優しく答えてくれた。
モネの妻は美容医療の皮膚科医で、収入のない東大生6年目の妻の弟のケンゾーにはこのうちの空いているひと部屋を使わせてあげている。
妻はモネより年上の38歳だが、ヒアルロン酸やボトックス、プラセンタを自分の顔や唇に少量打ったり点滴を試したりしているので28歳くらいにしか見えない、とモネに聴いてから、カエデはどうしても会いたくて仕方がなかった。
‘老人が多い今の日本では、誰でも頑張れば幸せになるためのお金を自分のためだけに持てないのですか?’
モネとの会話はゼミのようだが、先生のモネはモヒートという強いラム酒が濃いめに入ったミントの葉っぱだらけの大きなグラスの飲み物を飲んで少し酔っている。




