‘長’が付く立場は実はリーダーでもないのよね
アツシとカエデにとってはモネという強力なキャラで精一杯だったのに、さらに別格強力キャラ、ケンゾーの登場で2人は緊張して胃がよじれそうだ。
ケンゾーは、多額の貯蓄を持ちながら年金をせしめ交通費無料パスや美術館無料パス、医療費1割などという年寄りパラダイスな日本の仕組みが大嫌いだ。
ケンゾーの話を聞いていると老人がずるく汚なく思えてくる。
老人の人数が少なかった頃に多勢の若い世代で老人をいたわっていた時代とはちがい、今は金持ちの元気な老人が大勢で街を闊歩したり豪華クルージングに参加したり学生や子育てママを独りよがりに怒鳴り付けたり、挙げ句には若い命を何人も轢き殺しておきながら車のせいにして裁判でも反省すらしないのが老人だよ。
老人らは自分達の取り分が増えるように政治家を一生懸命応援するもんさ。
若い世代を思いやる気など欠片もないし後進に立場を譲る勇退という潔さもない。
自分達を論破して文句を付けてきそうな若い人物を多勢で排除するときは大勢で一致団結しやがる。
長が付く役割を与えるのも自分達の言いなりになる人間にだけさ。
モネはニコニコしているだけで、ケンゾーの言葉を遮ることはしない。
’ケンゾーはね、ギグワーカーの支援をしたいと考えて起業してるのよ。‘
日本語なのに意味が分からない進学校生徒の2人は質問するタイミングさえ分からなくなってしまった。
カエデがポツリと聞いた、モネと妻との出会いについての説明は頭で聞き取れたのでほっとした。
‘ワタシはビタミン点滴が好きなのね、で、通ってたクリニックのバイトの女医だったのがうちの妻なわけよ。最初は自分のゲイの弟にワタシのことを紹介しようと思ったのね、でも、ワタシは男が好きなわけじゃないのよね。’
’ほとんどのゲイはモネみたいに女装しないよ。‘と言って笑うケンゾーは、アツシがゲイなら嬉しかったのになぁ、と本気の眼差しでアツシを見つめた。
アツシとカエデは知らなかった社会が一気に洪水で流れ込んでくるのに溺れそうになってきて、美味しそうなシフォンケーキの味が良く分からなくなっていた。
若い世代だけに共通のポイント制社会を構築して拡げていって大きなビジネスにしたいので協力してくれるなら知らせて、と言ってモネはケンゾーと2人で帰っていった。
‘メイクしてるアツシだけで満足なのに今日はお腹いっぱいだね…’とカエデが言うとアツシは真面目な顔で答えた。
’東大とか京大の人ってもうあきれるほど自由なんだね…。僕はもっともっとモネさんと友達になりたい。カエデさ、もし良かったら僕としてみてくれない?‘
勉強と庭の自然界が日常だったカエデに新たな嵐が吹き込んできたようで、アツシの誘いに応じることになぜかまったく意義はなかった。
愛情からでなく体験することを学びのように捉えた2人は、夜まで家族が留守のアツシの家でぎこちないキスから始めることになった。




