どちらかと言えば女にも男にもなっておきたくない?
「今日はありがとうございました~」
『もう課題できたの?』
「ギグワーカーが良いです」
『ホントにそうかな?』
「自分も化粧したことあります」
『今度見せて』
「最近ではないです」
『かなり美少女ね』
「どうしてだかわからないです」
『我慢なんてしないで』
「モネさんに憧れます」
『ありがとう、あ、ワタシ既婚者よ』
「だんなさんすか」
『妻よ』
「なんすかそれ」
『課題やっとくこと!』
「はい!」
『じゃあ、おやすみなさい』
「失礼します!」
『明日また』
アツシはモネが女性と結婚していることに安心している自分の不思議な気持ちが消せなくて、しかもモネの自由さに感動さえ覚えてしまっていた。
カエデがあの日にさらっと聞いたらしいのだが興奮しっぱなしのアツシの記憶にはなく、モネが京大工学部情報学科卒の偏差値70の秀才だということを知ったアツシの憧れ度はもう完全にピークに達してしまった。
アツシもカエデも有名進学校に通っているが、最高ランクな希少に高い偏差値を目指して官僚や世界的大企業トップになる道を進みたいと思ったことはなく、そうなるための道がいかに狭く偏狭なものかは小学生の頃からの成績競争ばかりの長年の進学塾通いでよくわかっていた。
あの自由に美しいモネが高みに登っていったヒトだったのだと思うだけでアツシはもうよけいに憧れてしまうところだが、モネはまったくもって社会の既得権益者の一人には見えない。
ゲームもマンガも1日30分以上は見たことない社会を知らない高校生の質問など、自分と同じようにモネも過ごしていたのか?くらいのものだ。
日本では、稼ぐこともなく不自由しない暮らしを与えてくれる親の目を盗んで深夜まで毎日毎夜スマホとゲームだけの生活を送る中高校生も少なくないので、カエデやアツシのような塾漬けの進学校の学生とは確実に二極化している。
質問はカエデの方が旨いのでこの次モネに会ってもらう時も一緒に来てもらいたいとアツシは思うのだが、しかし、自分の女装願望の話になったら、カエデに軽蔑されてしまうのではないだろうか、と勇気が無くなる。
次の日曜日、同じ店でまたモネと待ち合わせたアツシはカエデの目で分かるよう服装は男のままに濃いめのアイメイクアップをしていった。
アツシは電車やバスで座っていると知らないヒトからの視線を浴びるが、この日のビジュアルは本当に美しく、彼に集まる視線の数はいつもの何十倍はあるのではと思うほどだったが、カエデはとくに気にもしていず、アツシはそんな彼女の様子が嬉しくてたまらなかった。
カエデは男がスカートをはいて通える高校が日本にもあることをリスペクトしている一人だった。
翔んで埼玉の俳優ほど積んだメイクアップではなく、さりげなく美しくあることを主張したナチュラルメイクのアツシは本当にギリシャ神話の美少年のように目が話せない程美しく、モネを大いに喜ばせ心を高揚させた。
‘素敵ねえ、最高に美しいわ!’
そういうモネは今日は色白の華奢な人気俳優みたいな青年の姿をしていた。




