異世界より現実はずっとシビアで、撃破なんて無理だから
モネは、立っても自分の肩にも届かない背の小さい可愛い男の子がまだ自分を探していることだろうと思っていた予想が当たって、本当にそこにその子が居るのが嬉しくてつい満面無防備な笑顔になってしまった。
午後六時前の制服の高校生を2人、女装の自分がどこにつれていけばゆっくり話ができるのかとなると、結局、1時間以内で行けてモネのような人物がさほど目立たない場所候補のひとつである東大宮のハレノテラスで明後日の日曜日の朝11:00、待ち合わせをすることにした。
庭の水やりをしなくてもすむような朝から小雨の日曜日、初めて他人に興味を覚えたカエデもアツシにくっついて東京新宿ラインで40分ほどの下車駅から歩いて待ち合わせのカフェにやってきた。
モネが指定したカフェは駅からまっすぐ歩いて10分ほどのハレノテラスのクリニック階の奥にある大きな販売用鑑賞植物を配した広くて席数が少ない緑豊かなセンスのよいインテリアの店で、まさしく穴場といえるところだった。
10:55分に店についたアツシは、バナナの木の奥の6人席に一人で座っている西洋人のような完璧な横顔の待ち人を見つけ、急に浮き立った気持ちになった。
名前も知らないのでどうしようかとアツシが足を止めるやいなや、すぐに気がついたモネが笑顔で自分の向かいの空いた席を綺麗に手入れされた長い指の先で指し示してくれた。
‘はじめまして。私は男だけど着飾るのも見られるのも好きでね、モネと呼んでくださいね。’
人に自分から先に挨拶をする習慣がないまま高3まで過ごしてきた帰宅部学生アツシとカエデは、分かりやすくモネに助けられた感じだ。
’こんにちわ、はじめまして、アツシと言います…。‘
‘カエデです…。’
’あなたたちはどうしてワタシをまっていたの?確か、初めてワタシを見て声をかけようとしてたのは2ヶ月も前じゃなかったかな?‘
‘あ、そうなんです…!’
というところで、もう高校生からの大人への話はなに一つ続かなかった。
モネはちょうど若い世代向けのカフェを若い子自身に経営させる店の展開を目論んでいるところなので、高校生と会うのはやぶさかではない。
’あなたたち高校生は学校のカリキュラムにのってればよほど怠けないかぎり進級して卒業できるわよね、そして次は大学に進むにしても働くにしてもそこからは自由で本当の人生が始まってしまう。頭を使わないヒトの動きを作ってお金の流れを誘導するモンスターに永遠に泳がされてしまうのが社会なんだけれどね。‘
‘…。’
学校を出てからも大人の思いどおりに動かされ続ける…?
カエデは、学生を卒業して大人の支配下からはずれる日を楽しみに待っていたのにこの人は何を言ってるんだろう、と、戦闘用の変身みたいな人形っぽいモネの顔や姿を見つめていた。
話が弾まないまま、2時間ほどが過ぎた。
モネは自宅マンションから車で来ていたがtwoシーターだから2人を送れなくてゴメンね、と言って白いSLKの自動ルーフをかっこ良く開いてそのまま風のように帰っていった。
モネは個々にLINEを交換してくれたけれど、カエデは自分からはとても連絡できないような気がした。
アツシはモネに出された課題、「ギグワーカーの人生か組織に属する人生か、どちらが幸せだと思う?」をさっそく考えていたのだが、いまいちイメージが沸かなかった。モネをもっと見ていたかったのは、自分にもモネのようになりたい衝動があるからだと確信できたことが今日一の収穫だと思った。
1時間ほどで自宅に着いたモネは、ウイッグをはずして付け睫を取りメイクを落としてシンプルなシャツとパンツになってエリコの夫に戻った。
結婚してそろそろ10年になるモネとエリコには子供はなかったが、勤務医のエリコは数年ごとに勤務先を変える自由な女医でドラーグクインになる実業家の頭が良すぎる夫モネの最大の理解者だった。
モネのセルフォンにアツシからLINEが来た。




